150.レジーナとホイル
アナスタシアとブラントが部屋を出ていき、レジーナとホイルは取り残された。
あまりにも素早い行動だったため、文句が二人の口から出てきたときには、扉に阻まれてしまった。
どうすればよいものかと、レジーナとホイルは途方に暮れながら黙り込む。
「こ……困りましたわね……こんな宮殿の一室に……」
ややあって、レジーナはどうにか口を開いた。
優美な造りの部屋の中には、繊細な調度品が飾られている。
各地に支店を持つ大きな商会の娘として生まれ、裕福な暮らしをしてきたレジーナだが、さすがに王族の宮殿の豪華さには慣れず、居心地が悪い。
平民であるホイルはもっと萎縮していることだろうと、レジーナはホイルの様子を窺う。
すると、ホイルは俯きがちにじっと何かを考え込んでいるようだった。
「そ……その……さっきの、俺がどうしてここまで来たかっていう……」
膝の上に置いた拳をぎゅっと握りながら、ホイルはぼそぼそと話し始める。
その内容にレジーナは息をのみ、じっと続きを待つ。
しかし、ホイルは拳を強く握ったり緩めたりを繰り返し、なかなか本題に入らない。
二人の間には緊張感が漂い、重苦しい時間が流れる。
そして、呼吸するのも苦しくなってきたような気がする頃、ようやくホイルが決意したように顔を上げた。
「……俺はレジーナのことが好きだ! 付き合ってくれ!」
顔を真っ赤にして叫ぶと、ホイルはぎゅっと目を閉じた。
まさかこれほど直球でくるとは思っていなかったレジーナは、目を見開いて絶句する。
お互いに憎からず思っていることには、レジーナも気づいていた。
一緒にダンジョンに行ったり、鍛錬したりするのだって、嫌いな相手とするはずがないだろう。
勝手に婚約を決められたときも、レジーナの頭に真っ先に浮かんだのはホイルの顔だ。
だが、学院を卒業して独立したいという気持ちのほうが強いはずだと、いったんは気持ちに蓋をした。
魔術師になりたいから婚約を解消したいのと、好きな男がいるから婚約を解消したいのとでは、意味合いが異なってくる。
まして、付き合っているわけでもないのに後者を選べば、相手にも負担をかけることになってしまいかねない。
それが、まさかセレスティア聖王国まで追いかけてきてくれるとは、思ってもいなかった。
口からは冷たい言葉しか出てこなかったが、本当は飛び上がりそうなほど嬉しかったのだ。
「……はい、よろしくお願いしますわ」
レジーナは顔が熱くなるの感じながら、頷く。
すると、弾かれたようにホイルが目を開け、ぽかんとした顔でレジーナを見つめてくる。
「本当に……?」
「嘘なんてつきませんわよ」
おそるおそる確認してくるホイルに、レジーナは苦笑する。
途端にホイルがぐったりと脱力し、テーブルに突っ伏した。
「良かった……緊張した……魔物たちに突っ込むほうがよっぽど楽だった……」
「まあ……」
心底安堵したような声を漏らすホイルを見ながら、レジーナは呆れ交じりに微笑む。
「でも……レジーナって、リッチ商会のお嬢様なんだろ? 俺もステム王国出身だから、大きな商会だってのは知ってる。本当に俺でいいのか?」
「告白した後で、今さらですわね。それとも、わたくしの家族に挨拶して下さいますの?」
「しろというのなら、する」
冗談のつもりだった質問にきっぱりと答えられ、レジーナはまたも絶句する。
「俺は平民だし、まだ学生だし、認めてもらえるかはわからないけど、何だったら卒業後に宮廷魔術師を目指す。将来性を見てくれとしか言えないけど……」
「あなた、ハンターになりたいのではありませんでしたの?」
驚きながら、レジーナは問いかける。
宮廷魔術師よりも気楽なハンターのほうがよいとは、以前からホイルが言っていたことだ。
それをあっさり覆したことに、レジーナは呆然とする。
「そうだけど……やっぱりハンターだと不安定で危険もあるイメージが強いからな。レジーナの家族には受けが悪そうだろ」
「そ……それくらいのことで、ホイルの夢を……」
申し訳なくなりながらレジーナが呟くと、ホイルは気まずそうに頬を人差し指でかく。
「夢っていうか……単に、俺の親父が元ハンターだったんだよな。体を壊して引退したんだけど、それからも他のハンターと付き合いがあったし、周りにハンターが多かったから俺もそうなるってなっただけなんだ」
「まあ、お父さまがハンターでしたの」
「ああ、引退してからは孤児院のようなことやってるよ。親を失った子を引き取ったり、片親になったハンターの子を仕事中預かったりしている」
「立派なお父さまですわね」
「ああ……だから俺も専業ハンターになりたいって言ったんだけど、お前は魔術の才能があるんだからまずはきちんと学べって、魔術学院に入学させられたんだ。俺もまあ、魔術は立派な武器になるからいいかって」
初めて聞くホイルの身の上に、レジーナは納得する。
すでにハンターの資格を持っていたことから、身近にハンターがいたのだろうとは予想していたが、その通りだった。
だが、気になることも出てくる。
「その……不躾ですけれど、資金はどうしていますの? 確か、ホイルは奨学金をもらっているわけでもなかったように思いますけれど……」
魔術学院の授業料は、決して安くはない。
平民出身のブラントは奨学金をもらっていたはずだ。
それに、孤児院のようなことをするにも、かなりの資金が必要となるだろう。
「親父は、元一級ハンターだったからな。当時、荒稼ぎしていたらしい。名前はルーベンっていうんだけど……」
「まさか、竜殺しのルーベン!? 伝説のハンターではありませんこと!」
レジーナは驚愕の叫びをあげる。
竜殺しの称号を持つルーベンは、ステム王国で伝説となっているハンターだ。
もうかなり前に引退したという話ではあったが、今でもその冒険譚は語り継がれ、子供がせがむような物語になっている。
「……結構、誇張されているらしいけどな。あと、孤児院は仲間のハンターたちも資金を出し合っているらしい」
「わたくしのお兄さま、ルーベンのファンですわよ……ホイルが彼の息子だって言えば、認めてもらえそうですわ……」
思いがけない関係もあるものだと、レジーナは呆然とする。
「うーん……本当は俺だけの力で認めてもらいたいけど……でも、使えるものは何でも使うべきか……それでレジーナとのことを認めてもらえるんだったら……」
ぶつぶつとホイルは呟く。
自分の矜持よりもレジーナのことを優先しようとする姿に、レジーナは申し訳なさと共に嬉しさがわき上がってくる。
そして、本当に付き合うことになったのだなという実感に包まれ、レジーナはそっと両手で胸を押さえた。






