148.考える魔王
レジーナとホイルを談話室に閉じ込め、侍女に誰も近づかないようにと申し渡すと、アナスタシアとブラントは別の空き部屋に移動した。
二人きりにして告白の再挑戦をしてもらうためだけではなく、別にも意図がある。
「やっぱり魔族といえば……」
「だよね……また、いきなり殴りこみに行くと言い出さなければいいけれど……」
アナスタシアとブラントは苦笑しながら、頷き合う。
魔族のことならば、魔王エリシオンに尋ねるのが手っ取り早い。
ブラントは通信用の魔道具を取り出し、魔力を流す。
そのまましばらく待ったところで、応答があった。
『……どうかしたのか?』
魔道具である水晶玉から、エリシオンの声が聞こえてくる。
どことなく疲れたような響きがあり、アナスタシアは何かあったのだろうかと眉をひそめる。
「ええと……天人教団の巫女が魔族である可能性があって、お伺いしたいのですが……天人教団についてはご存知でしょうか?」
『いや、知らぬな。何だそれは』
アナスタシアは質問するが、返ってきた答えは予想通りのものだった。
「天人を崇める教団で、寄付金を積むと治療をしてもらえます。薬も販売していますね」
『うさんくさいな。何故そのようなものを崇めるのだ』
訝しげなエリシオンの声が響く。
そういえば、エリシオンは人間基準では天人なのだから崇拝対象になるのだと、アナスタシアは気づいて苦笑する。
もっとも、魔王であり世界の管理者の一人であるエリシオンは、ある意味では神に近い存在であり、崇拝対象となっても不思議はないだろう。
ただ、天人を崇める天人教団が当の崇拝対象にこの言われようは、かわいそうかもしれない。
「何が目的なのかはわかりませんけれど、とにかくその教団の巫女が魔族らしくて、何かご存知ではないかと思いまして」
『場所はどこだ? 近場のダンジョンだとわかりやすい』
「確か……迷いの森や蛇の峡谷……他は……ええと……」
アナスタシアは前回の人生での記憶を思い返しながら、ダンジョンの名前をあげていく。
『ああ……わかった。そこか……そうか……』
ため息交じりのエリシオンの声が響く。
明らかに様子がおかしく、アナスタシアは首を傾げる。
「どうかしたのですか?」
『……持たざる者の祈りについては、先日話したな。儂はそれを探しに行ったのだが、以前あった場所は全て枯れていたのだ』
エリシオンが説明を始める。
結界の魔道具作成に、『持たざる者の祈り』が必要だとは以前聞いたことだ。
人々の祈りが変換された、回復効果のある水だという。
命の湧き水とも呼ばれていて、おとぎ話に出てくることがあった。
『どうやら意図的に一か所に集められているようで、探っていったところ、ちょうどその天人教団とやらの場所が怪しいようだったのだ』
エリシオンの話を聞いて、アナスタシアは天人教団が販売している薬のことを思い出し、はっとする。
回復効果のある水というのは、天人教団の薬と特徴が一致する。
もしかしたら、天人教団が『持たざる者の祈り』を独占して、それを薬として利用しているのではないだろうか。
今にして思えば、前回の人生で聖騎士がベラドンナの絡みつく蛇の呪いを解除したのも、『持たざる者の祈り』を触媒として使用して効果を高めていたのかもしれない。
聖騎士は治癒術に優れてはいたが、今のアナスタシアほどではない。
あの呪いを解除できるかといえば、微妙なところだろう。
『だが……そこにいる魔族が儂は苦手でのう……どういう手段を取るべきかと考えていたところなのだ』
「え……? おじいさまが、考えているのですか……?」
あまりにも意外な言葉に、思わずといったようにブラントが驚きの声を漏らす。
アナスタシアも隣で頷く。
怪しい場所に何故乗り込んでいないのだろうかと思ったが、苦手な相手がいるからとは意外だった。
エリシオンが殴りこまずに考えるなど、相当のことだろう。
『……そなたは、儂のことを何だと思っておるのだ。儂も考えることくらいあるに決まっておろうが』
憤慨するエリシオンだが、あまり説得力はない。
ただ、やはり魔族がいることは間違いないようだ。
おそらくは教団の巫女だろうが、何故魔族が天人を崇める教団にいるのかは謎でしかない。
一瞬、その魔族が銀色の翼の持ち主なのかとも思ったが、そうだとしたら天人として崇められているだろうから、違うだろう。
単に魔族が教団を利用しているだけというのが、一番可能性が高いようだ。
「苦手ということは、戦闘スタイルの相性が悪いのですか? それとも、おじいさまの魔力と相容れないといった、特殊な体質でも持っているのですか?」
エリシオンの言葉を無視して、ブラントは問いかける。
『……いや、そういうことではない。戦えば間違いなく儂が勝つ。そもそも、儂より強い魔族などおらんよ』
「では、どうして?」
『とにかく、苦手なのだ。相対するだけで寒気がする。先日、ギエルの影響を調べる際に仕方なく会ったが……もう嫌だ。儂は引きこもって寝ていたい』
駄々をこねるエリシオンの声に、アナスタシアとブラントは互いに相手の顔を見て、苦笑を浮かべた。






