145.天人教団の影
場所を移してチェイスから話を聞こうと考えたところで、警備兵たちが駆けつけてきた。
すでに倒されている魔物たちと、束縛を解かれて倒れ込むチェイス、そして手をどす黒い魔物の血に染めたアナスタシアを見て、彼らは目を白黒させる。
そして、詰所で話をお伺いできますかと言ってきたので、アナスタシアは頷く。
チェイスはブラントが荷物のように担ぎ、レジーナとホイルも一緒に詰所まで歩いて行く。
警備兵はアナスタシアたちに丁寧に接していたが、得体の知れない相手として警戒もしているようだった。
だが、詰所にたどり着くと、隊長格の一人がアナスタシアを見てはっとした顔をする。
「もしかして……アナスタシア王女殿下でしょうか……?」
彼はおそるおそる尋ねてくる。
アナスタシアが頷くと、警備兵たちは驚愕に目を見開いて慌てるが、同時に得体の知れない相手が自国の王女であることがわかり、安心もしたようだ。
手を拭うための布も、うやうやしく差し出される。
チェイスから話を聞きたいので、ひとつ部屋を貸してくれないかと頼むと、快く了承してもらえた。
しかし、魔物化する直前、チェイスはレジーナに下心をぶつけ、ホイルが激怒していたことから、二人は顔を合わせないほうがよいだろう。
レジーナとホイルには魔物が現れたときの状況を警備兵に説明していてもらうことにして、アナスタシアとブラントがチェイスの尋問をすることとなった。
「まずは起こそうか」
借りた小部屋に移動すると、ブラントは担いでいたチェイスを下ろし、魔力を流したようだ。
その途端、チェイスが悲鳴のような叫びをあげて、飛び起きる。
はっとしたようにチェイスは周辺を見回し、驚愕と怒りの眼差しを向けた後、徐々に何かを思い出してきたらしく、顔色を失っていった。
「王女殿下……ご無礼をお許しください」
やがて、チェイスはアナスタシアに向かって膝を突いて謝罪する。
先ほどまでの会話が成り立たない様子から打って変わって、まともになっているようで、アナスタシアは驚く。
「……先ほど、魔物になったことは覚えていますか?」
「はい……何となくですが……。それ以前からも、ずっと頭に靄がかかっていたようで……やっと目が覚めたような気分です」
アナスタシアが尋ねると、チェイスは神妙な顔で答える。
魔物化させるためには特殊な魔石を埋め込む必要があるというが、その際に洗脳もされたのか、それとも魔石自体に思考を狂わせる効果があるのかもしれない。
これまでの女好きという悪評も、そのためなのだろうか。
「その……できれば、美しい成熟した女性を聞き手として用意してほしいのですが。王女殿下はまだ未成熟……ではなく、恐れ多くて気が引けるのです。それと、そちらの彼には退出してもらいたい。僕よりも美しい男なんて、見たくない信じたくない……」
少し同情しかけたアナスタシアだが、続くチェイスの言葉にそのような気持ちは霧散する。
先ほどのような、会話不能なまでのどうしようもない女好きだったのは、何らかの影響を受けてのことだったのかもしれない。
だが、その土台となる部分は変わらず、もともと女好きだったのだろう。
「……贅沢を言える立場ですか?」
呆れ果てながら、アナスタシアはチェイスに冷たい眼差しを向ける。
「ひっ……」
すると、チェイスは息をのみ、自らの胸の中心を探るように押さえる。
顔色も悪くなり、アナスタシアを見て震えていることから、魔石を抉り出されたときのことを思い出しているのかもしれない。
「し……失礼いたしました……何をお話しすればよいでしょうか……」
観念して、チェイスは素直になったようだ。
アナスタシアはこっそり【嘘感知】を使用した後、まずは王妃デライラやお抱え占い師との関係を尋ねてみる。
しかし、大した繋がりはないとのことだった。
王妃からお声を賜ることはあったが、伯爵令息としての儀礼的なもので、個人的な接点はなかったという。
お抱え占い師は、そういえばいたかもしれないといった程度の認識で、話したこともないそうだ。
どうやら、王妃からの繋がりではなく、別の魔族がいるようだ。
続いて、魔族と関わったことはないか、魔石を埋め込まれたことに気づかなかったかといったことを尋ねていく。
すると、魔族など式典のときに逃げていったのを見たのが初めてだという。
魔石をいつ埋め込まれたかも、心当たりがないそうだ。
「ただ……数年前に病気を患ったことがありまして、かなりたちの悪いもので、気づいたときはすでに進行していたのです。並みの治癒術師では治療できず、もう無理かと思ったところで、天人教団ならば治せるかもしれないとなったのです」
思いがけない名前が出てきて、アナスタシアとブラントは顔を見合わせる。
先日、少し天人教の話をしたところだったのだ。
「天人教団本部に行き、モリス伯爵家の名を出すと、特別待遇を受けることになりました。教団の巫女さまから直接治療を施して頂き、病気は治ったのです。しかし……思えば、この頃から頭がぼんやりするようになったような気がします」
眉間に皺を寄せるチェイスの言葉に、嘘はなかった。
ということは、教団の巫女が魔族で、治療時に魔石を埋め込まれた可能性がある。
もっとも、何故そのようなことをする必要があったかは、不明だ。
そして、アナスタシアは天人教団の聖騎士が、前回の人生における勇者のパーティーメンバーの一人だったことに思いを馳せる。
ベラドンナの胸にあった絡みつく蛇の呪いを解除したのも、その聖騎士だ。
だが、当時も天人教団の巫女については、ろくに知らなかった。
巫女は天人教団の最高幹部の一人であり、滅多に姿を見せないという話は聞いたことがあったが、それくらいだ。
前回の人生で、アナスタシアは天人教団本部に行ったことがあるが、巫女を見かけることはなかった。
旅の終わりまで、関わりを持つことはなかったはずである。
アナスタシアは、天人教の話をしたときに不吉な予感がよぎったことを思い出す。
できれば二度と会いたくなかった聖騎士にも、会わざるを得なくなってしまうのだろうかと、心が重たくなっていった。






