14.魔物退治
「アナスタシアさん、どうぞ」
緊張感のない声と共に、ブラントはにこやかに笑いながらアナスタシアに先頭を譲る。
「はい」
アナスタシアは素直に頷いて、前に出た。
そもそもブラントへの護衛料は、アナスタシアの魔術を見せることなのだ。当然のこととしてアナスタシアは受け止めたが、レジーナとホイルはそうではなかったらしい。
「そ……そんな、いきなりステイシィになんて……ブラント先輩!」
「あれは……下級狼が三匹じゃねえか! ダンジョン初めての奴が一人じゃあ、ちょっと厳しいだろ! 先輩、護衛なんだから護衛しろよ!」
抗議する二人だが、ブラントはまったく聞き入れようとしない。
唸り声は近づいてきて、大型の黒い狼に似た魔物が三匹、目を赤く光らせながら現れる。
「牙とか毛皮の素材、いりますか?」
「いや、いらない。下級狼の素材なんてたかが知れているし、解体するほうが面倒だから」
だが、アナスタシアは淡々とブラントに問いかけ、返事にただ頷く。
そして近づいてくる下級狼たちに対し、術式を編み上げた。前回の人生で嫌というほど使った魔術のため、発動は一瞬だ。
下級狼たちが淡い光に包まれ、灰となって崩れ落ちていく。カラン……と音を立てて小石のようなものが地面に落ち、それだけが残った。
「えっ……?」
愕然とした声が響く。
レジーナとホイルはもちろんのこと、ブラントまでが信じられないような表情で固まり、立ち尽くしていた。
「ええと……【魔滅】っていう魔術です。魔物を魔石だけ残して、肉体を消滅させるものです。牙とか毛皮のように、肉体から素材が取れる場合は向かないんですけれど、ただ倒すだけなら便利ですよ」
「ええ……初めて聞いたんだけれど……術式も一瞬だったから、なんとなくしかわからなかったし……【白火】とはまた違った系統みたいだね……」
アナスタシアが説明すると、ブラントはまだ呆然とした状態ではあったが、どうにか言葉を返してきた。
「そうですね。【白火】も魔物にダメージを与えますけれど、肉体は残りますからね。でも、魔物の核である魔石に対して働きかけるというところは一緒ですよ」
「それ、消費魔力どれくらい?」
「魔物の強さと大きさによりますね。今の下級狼だと、中級の攻撃魔術程度でしょうか。あと、強力な魔物だと、そもそも効果がありません。弱い魔物を一掃するための魔術といったところですね」
これも前回の人生で魔族から獲得した魔術だ。
ダンジョンに潜ったときは、いつも使わされていた。役立たずなんだから雑魚敵くらいは倒せと、かつてのパーティーメンバーに言われたことを思い出す。
「中級の攻撃魔術程度って……それ連発できるようなもんじゃねえだろ……あっという間に魔力切れ起こすだろ……」
ホイルがぼそりと呻くような声を漏らす。
確かにアナスタシアも最初の頃は魔力切れで吐いていたが、魔素を取り込む術式を覚えてからは楽に使えるようになった。今なら下級狼程度を相手にするのであれば、百回くらい連発してもどうということはないだろう。
「中級攻撃魔術程度か……ここのダンジョンはそんなに広くないから、遭遇する魔物は大体三十匹くらいと考えると……まあ、問題ないかな」
「ブラント先輩……それ、自分の魔力だけですよね? どれだけ魔力量多いんですか……」
ぶつぶつと呟くブラントの言葉に、アナスタシアは驚きを通り越して呆れを覚える。
魔素を取り込む術式を教える約束はしていたが、その後すぐ【転移】を覚えてしまったため、そちらについて語ってばかりで、まだ教えていないのだ。
アナスタシアが自分の魔力だけでこの魔術を使えば、今ならば三回程度がせいぜいだろう。
「もう……どちらにもついていけませんわ……」
投げやりになったレジーナの声が響く。
渋い顔で、ホイルも頷いていた。
「いや、二人ともまだ一年の前期なんだから、わからなくて当然だよ。アナスタシアさんが並外れているだけ。今の時期なら、魔術をまともに発動させられるだけでも上出来だから」
ブラントが励ますと、レジーナとホイルは沈んでいた顔を少しだけ浮上させる。
「……さっきの【魔滅】だっけ? もう一度見せてくれよ。術式を覚えてやろうじゃねえか……」
静かな決意を秘めながら、ホイルがアナスタシアを睨むように見つめる。
だが、その視線は以前よく向けられていたような悪意ではなく、純粋に挑戦するようなものだ。
「そ……そうですわよ……落ち込んでいる場合じゃありませんわ……少しでも、自分の身にしなくてはなりませんわ……」
レジーナも、己を鼓舞するように呟く。
そして顔をしっかりと上げ、前を見据えた。
「いいよ、じゃあ次はゆっくりやってみるね」
アナスタシアは快諾する。
見て術式を覚えるのは、かなり難しい。だが、不可能ではない。
【魔滅】の術式は複雑なため、おそらく今の二人には無理だろう。だが、術式そのものを覚えられなくても、そこに至ろうと試行錯誤する段階で得られるものもある。
「……いいのかい? そんなにあっさり手の内をさらして」
こっそりとブラントが小声で尋ねてくる。
「ええ、魔物に対抗する力が増えるのはよいことですから」
アナスタシアは本心からそう答える。
魔物の大発生の前に魔王を倒すつもりではいるが、絶対に避けられるとは限らない。もしそうなったとき、魔術の力を高めていれば生き残れる可能性が高くなるだろう。
前回の人生では、アナスタシアが学院を去った後、レジーナやホイルがどうなったのかは知らない。
今回がどうなるかはわからないが、鍛えておいて損はないはずだ。
「ただ……多分、今の時点で扱えるようにはならないでしょうけれど……」
二人とも、まだ術式制御が甘かったはずだ。
とりあえずは見てもらって、後から時間をかけて教えていこうとアナスタシアは思う。現物を見ていれば、イメージがしやすくなって捗るはずだ。
「そっか。アナスタシアさんがいいのなら、俺もありがたく便乗させてもらうよ。次はじっくり見させてもらおう」
「……ブラント先輩なら、扱えるようになりそうですね」
うきうきした様子のブラントに、アナスタシアは苦笑する。
レジーナとホイルのことばかり考えていたが、そういえばブラントも見ることになるのだ。
あっさり手の内をさらしていいのかという言葉は、ブラントに対してという意味だったのかと今さら気づいた。
「じゃあ、魔石も二十個必要なんだろう? 行こうか」
ブラントが促し、再びダンジョンの奥を目指して進み始める。
途中、また魔物が現れたので、アナスタシアはゆっくりと術式を展開して【魔滅】を放った。
瞬きも止めてじっと観察していたレジーナとホイルだが、魔物が崩れ落ちて魔石が転がるのを、悔しそうに見つめるだけだ。
「あー、あれが干渉しているから、こっちが……」
ブラントは何かをぶつぶつ呟いて、一人で頷いていた。
そのようなことを繰り返し、四人はダンジョンの最奥にたどり着いた。
部屋のように広がった空間になっていて、壁一面に一際輝く光蘚が貼り付いていた。
ここに来るまでに、魔石は十分な量がたまっている。ハンターギルドに持って行けば、六級に上がれるだろう。
「この光蘚の採取依頼もたまにあるんだ。薬の材料になるらしい」
ブラントが説明すると、まるでその声に応えるように光蘚が揺らめいた。
違和感を覚え、アナスタシアは光蘚に近づいてみる。
すると、微かに風が吹いてくるのを感じた。壁に穴でも空いているのかとアナスタシアは探してみるが、次に感じたのは細い魔力の流れだった。
「ブラント先輩……ちょっと来てもらえますか?」
「……ん? 魔力が流れている……?」
アナスタシアが呼ぶと、ブラントは同じように壁の前にやってきて、同じものを感じ取ったらしい。
「ここには今まで何回も来たことがあるけれど、こんなのは初めてだよ。どれ……この魔力をちょっと逆に……」
呟きながら、ブラントは魔力の流れに干渉する。
すると、壁の一部が重たい音を立てながら、ゆっくりと横に開いていったのだ。






