135.貴族の義務
後期試験の結果は、前期とほぼ同じだった。
アナスタシアは筆記と実技の両方で一位の、首席だ。
レジーナも筆記が二位、実技が三位での次席と、前回と変わらない。前回よりも実技の点数が落ちていたので、やはり動揺は残っていたようだが、順位を落とすほどではなかった。
ホイルは筆記が七位、実技が二位と、前回よりも順位を上げていた。三席という席次は変わらないものの、筆記の成績が上昇していることに、アナスタシアは感心する。
ちなみに、ブラントも変わらず首席である。
「……席次を落とさずにすんで、安心しましたわ」
試験の結果を眺め、レジーナは胸を撫で下ろしていた。
ホイルはまた三席かと少し悔しそうだったが、レジーナの様子を見て安心しているようでもあった。
そして、レジーナの婚約者についての返事も届いた。
大切なことを伝えるのを忘れていたという詫びと共に、相手はモリス伯爵家の長男チェイスであり、二十六歳だと記されている。
そこに驚く要素はなかったが、セレスティア聖王国の貴族だと書かれていて、アナスタシアは目を疑う。
レジーナの実家はステム王国に本拠地があるというので、ステム王国の貴族だとばかり思っていたのだ。
だが、セレスティア聖王国ならば、身分での殴り合いがとてもやりやすくなる。
とはいっても、モリス伯爵家をアナスタシアは知らない。
これまでは名ばかり王女だったので知る機会もなかったが、王女としての身分を使うのなら、せめて自国の貴族くらいは知っておくべきだと、アナスタシアは反省する。
後期休暇の間に勉強しておこうと、アナスタシアは予定に入れておく。
しかしながら、今は時間がない。
学んでからでは手遅れになってしまうので、手っ取り早い手段を使うことにする。
「お父さまにお伺いしたいことがあるのです。とても私的なことなので、都合が悪ければ出直します」
アナスタシアは、セレスティア国王メレディスの執務室に突撃した。
国王に尋ねればよいという安直かつ大雑把な考えだ。
「構わぬ、申してみよ」
だが、メレディスはこれから何を言い出すのだろうといった興味深そうな顔をしながら、アナスタシアを促してくる。
「モリス伯爵家の長男チェイスについてお伺いしたいのです」
まずはレジーナの婚約者だという相手のことを知っておきたい。
そう思って尋ねたのだが、名前を出した途端にメレディスの顔が引きつった。
「……まさか、そなたのことまで口説いたとでもいうのか?」
ややあって返ってきたのは質問で、その内容にアナスタシアも顔をしかめる。
「……そういう人なのですか?」
「女好きで有名だな。過去に婚約者がいたが、チェイスの浮気が原因で婚約破棄となっている。だが、それでも収まらずにモリス伯爵夫妻は頭を抱えていると聞く。彼がどうしたというのだ?」
どうやら、結婚相手としてはかなり不適切な相手のようだ。
もし素晴らしい相手だとしたら、良い出会いになる可能性だってあるのだという甘い考えは、あっさりと潰された。
アナスタシアはレジーナの兄に対する怒りがわき上がってきたが、今はぐっとこらえる。
「実は……友人が婚約が決まったと家から告げられ、相手がモリス伯爵家の長男チェイスだったのです」
「そなたの友人といえば……レジーナ・リッチか?」
「……ご存知でしたか」
メレディスの口からレジーナの名が出てきたことに、アナスタシアは驚く。
今まで、レジーナのことを話したことはなかったはずだ。
だが、過去にブラントと旅行に行ったことも知られていたので、レジーナのことくらい調査済みなのかもしれない。
「確か、ステム王国の男爵家だったな。なるほど、他国ならば評判を知らぬだろうし、格下の家なら我慢させられると思ったのだろう。モリス伯爵家はあまり金銭的に裕福ではないようなので、援助も期待しているかもしれぬな」
さらにメレディスは予想を呟くが、かけらも安心できる要素がない。
「……クズじゃないですか」
思わずアナスタシアは呆れた声を漏らしてしまうが、メレディスも黙って頷く。
「もし私なら、娘をくれてやる気になどなれぬ相手だな。して、そなたは友人のために結婚の許可を出さぬよう、私に頼みに来たのか?」
メレディスから問われ、何のことだろうかとアナスタシアは首を傾げる。
しかし、貴族の結婚には国王の許可が必要だったことを思い出し、そういえば今回の件はそれに当てはまるのかと、今さら気づいた。
一瞬、あっさり解決する問題ではないかと思ったアナスタシアだが、そううまくいくものだろうかと疑問が頭をよぎる。
「……結婚の許可を出さないようにするのは、可能なのですか?」
アナスタシアは探るように問いかけてみる。
「理由があればな。結婚の許可を出すのに理由はいらぬが、許可を出さないためには理由が必要だ」
すると、やはり一筋縄ではいかないようだ。
許可を出さないほどの理由となれば、個人間の問題では弱いだろう。
「……彼女は、私にかけられた呪いを解くきっかけをくれました。これまでも励ましてくれたり背を押してくれたり、とてもお世話になっている大切な友人なのです」
「そうか。良い友人なのだな。父としては娘の願いをきいてやりたいが、国王としてはそうはいかぬ。いくら相手が女好きで、そなたの友人が結婚を望まぬとはいっても、それだけでは理由にならぬ」
アナスタシアは情に訴えてみるが、やはりというべきか、切り捨てられた。
ぐっと拳を握りしめ、アナスタシアは俯く。
「そもそも貴族にとって、家に有益な相手との婚姻というのは、家に対する義務だ。個人の好き嫌いの問題ではない」
諭すようなメレディスの物言いに、アナスタシアは何も言い返すことができなかった。
実際に政略結婚で憎しみを抱く国から妃を娶り、愛妾すら国のためだったメレディスの言葉は、重たい。
「それを覆したければ、それ以上の利益を提供する必要がある。そなたのようにな」
ところが、続く言葉で風向きが変わった。
アナスタシアは顔を上げ、どういうことだろうとメレディスを見つめる。
「レジーナ・リッチは将来有望な魔術師であろう。伯爵家のバカ息子に嫁がせるよりも有益な使い道があると、知らしめてやればよい」






