134.あと二年
後期試験が始まった。
沈み込んでいたレジーナも元気になり、試験に取り組むことができていた。
結婚話のことはホイルに黙っておいてほしいと言われたたため、アナスタシアはホイルには何も言わなかったが、レジーナは問題が解決しそうだと伝えたらしい。
心配していたホイルも安心したようで、こちらも落ち着いて試験を受けていた。
アナスタシアはいつも通りだ。
「ブラント先輩、最後の試験お疲れさまでした」
「アナスタシアさんもお疲れさま。何だか、あっという間だったなあ。特にこの一年は色々なことがあったけれど、時間が経つのも早く感じたよ」
試験終了後、アナスタシアとブラントは図書室の隠し部屋で話す。
後は卒業するだけとなったブラントは、ぼんやりとしながら呟いた。
「試験が終わればすぐに卒業式だけど、卒業パーティーがあるらしいんだよね。出席者は三年だけだから欠席したかったのに、首席なんだから挨拶しろだって。まだ試験結果出ていないのに」
うんざりしたように、ブラントはため息を漏らす。
「でも、今回も首席ですよね」
「うん、そうなると思う。アナスタシアさんも二年後、挨拶することになるよ。ああ……でも、レジーナさんやホイルくんがいるから、卒業パーティーも悪いものじゃないか」
当たり前のように、卒業パーティーにレジーナがいることを前提とした話をされ、アナスタシアはやるせない気持ちがわき上がってくる。
そうなって当然の未来を、レジーナから奪おうとしている者がいることが、許しがたい。
「……何かあったの?」
ただならぬアナスタシアの様子を見て、ブラントが眉をひそめて尋ねてくる。
「実は、レナが学院を辞めろと言われているそうで……」
「どういうこと?」
アナスタシアは、レジーナに結婚話が持ち上がっていることを話す。
どこの誰かもわからない、ただ伯爵令息だという相手との結婚を強要されているのだと、アナスタシアは苛立ちながら説明した。
「政略結婚か……学院を辞めろなんて、レジーナさんは魔術の才能があるのにもったいない。しかも、何ていうか……完全に道具扱いだね」
「ええ、もう呆れてしまって……だから、私も一緒に行ってお話し合いをしようかと思っています」
「ああ……そうだね。殺さないよう、気をつけてね」
多くを語らずとも、ブラントはアナスタシアのことをわかっているようだ。穏やかに微笑みながら、励ましてくれる。
アナスタシアは手加減するので大丈夫だと、頷いた。
「ところで、ホイルくんはどうしているの?」
「レナから結婚話のことはホイルに黙っておいてほしいと言われたので、言っていません。レナとホイルはよく一緒にいるのに、そういう関係じゃないってやたら否定してきますけれど……やっぱり、そういう関係なんでしょうか」
「うん、そうだと思うよ。友達以上恋人未満な感じだけど。お互い素直になれなくて、付き合うまでいっていないみたいだね」
「なるほど……微妙な立ち位置ですね。恋人だったら、阻止するために何か行動を起こしてもおかしくないんですけれど……」
ホイルは、問題が解決しそうだというレジーナの言葉を素直に信じたようだ。
もともと能天気なところがあるので、何も言わなければ、おそらくこのまま気づかないだろう。
「ホイルくんがレジーナさんのことは渡さないって乗り込んでいくのは熱い展開だけど、大混乱になるだろうね。これでホイルくんが、実はどこかの王子だとかいうのなら、話は別だけど」
「……あり得ませんね」
アナスタシアは苦笑する。
確かに王子といった身分の存在が現れれば、レジーナの兄も手のひらを返しそうだが、ホイルは平民だ。
「まあ、アナスタシアさんが乗り出す以上、どうにかなるだろう。ホイルくんを焚きつけるとか、俺も手伝えることがあったら手伝うよ。話し合いは後期休暇に入ってからかな?」
「はい、きっとそうなると思います」
「そうか。今回は結界の魔道具作りもあるし、前期休暇のときのように長く出かけることはできないだろうけれど、何日かは一緒に遊びに行きたいね」
「そうですね……前期休暇は楽しかったです」
ブラントと過ごした前期休暇のことを思い出し、アナスタシアは口元を綻ばせる。
魔族と遭遇したり、ブラントがフォスター研究員とわかって愕然としたりと、色々なことがあったが、あの休暇を経てブラントと恋人同士になったのだ。
「結界が完成すれば、正式に婚約だ。順調にいけば、アナスタシアさんが卒業したら結婚になるだろうね。あと二年か」
「あと、二年……」
どことなく夢心地で、アナスタシアは呟く。
前回の人生において、アナスタシアが命を落とした年でもある。だが、今回はそれを越えて幸福が続くのだと思えた。
好きな相手と結ばれる日を考えただけで、心は喜びに満たされる。
「その日を無事に迎えられるよう、一緒に頑張っていこうね」
そうして、アナスタシアとブラントは口づけを交わす。
大分慣れてはきたが、それでもアナスタシアは心臓の鼓動が跳ねあがってしまう。
唇を離した後も、まだ気恥ずかしさでブラントの顔をまともに見ることができない。
いつになったら平気になるのだろうと自分に呆れながらも、アナスタシアは幸福感に酔う。
そして、こういった幸福に一切目を向けず、レジーナを悲しませるだけの輩など、やはり一回くらいは殴っておくべきだろうと、アナスタシアは拳を握り締めた。






