133.絶対に勝ってみせる
レジーナの実家は、ステム王国に本拠地を置き、各国に支店を持つリッチ商会だという。
父の代で功績が認められて男爵位を授かった新興貴族であり、裕福ではあるが歴史が浅い。
レジーナの母は後妻であり、先妻の息子である年の離れた兄が、現在は商会の多くを取り仕切っているそうだ。
「……わたくしは、家の利益になる相手に嫁ぐことになっていましたの。でも、わたくしは自分の人生は自分で決めたかった……そこで、魔術学院に入学したいと申しましたのよ。当然、家族には大反対されましたわ」
結局のところ、レジーナに甘い両親は折れてくれたという。
しかし、兄は最後まで反対し続けたので、花嫁学校に通っているということにして、魔術学院のことは隠しているそうだ。
「わたくしには魔術の才能があるのですから、卒業すれば魔術師として家から独立して生きられると思いましたのよ。でも……兄が良い相手を見つけてきたので、花嫁学校は卒業して戻ってこいと……」
俯くレジーナを見つめながら、アナスタシアは眉根を寄せる。
確か、前回の人生では、少なくとも二年生の後期が始まった時点で、レジーナは魔術学院にいたはずだ。
当時は親しくなかったので、そのときも同じ話があったのかはわからない。
これが自然に消える話なのか、それとも何かが変わってしまったためなのか、判断はつかなかった。
「わたくし、学院を卒業したい……見知らぬ男と結婚したくない……」
ぼそぼそと呟くレジーナに、アナスタシアはかつての自分が重なる。
ほんの数か月前まで、アナスタシアも同じ思いを抱えていたのだ。
「相手はどこの誰なの?」
「わかりませんわ……手紙には、独身の伯爵令息とだけしか。未来の伯爵夫人になれる、お前も嬉しいだろう、と……」
「なに、それ……」
思わず、アナスタシアは呆れた声を漏らしてしまう。
せめて相手の名前や年齢くらいはあるべきではないだろうか。身分のことしか考えていない内容に、アナスタシアは唖然とする。
「わたくしの実家は男爵家で、しかも成り上がりとか金で爵位を買ったなど揶揄される家ですもの。伯爵家と繋がりができるということで、浮かれているのでしょうね……」
レジーナも乾いた笑いを漏らす。
「せめて相手の名前や年齢などを教えて欲しいと返事を出して、時間稼ぎはしましたけれど……このまま学院を辞めなければならないのかと思うと……わたくし……」
涙ぐむレジーナの姿に、アナスタシアは胸が締め付けられる。
おそらく、兄の命令は絶対なのだろう。無視したり、はねつけたりするといった考えすら浮かばないようだ。
「レナ、大丈夫よ。その結婚話、潰しましょう」
「え……どうやって……?」
きっぱりと言い切ったアナスタシアに、レジーナは涙に濡れた瞳を向けてくる。
「レナのお兄さまは身分にこだわる方のようだから、それならやりようがあるわ。身分での殴り合いなら、私も強いほうだと思うの」
「あ……」
今気づいたとでもいうように、レジーナは絶句する。
アナスタシアは、伝統あるセレスティア聖王国の第一王女なのだ。
もちろんレジーナを娶るわけにはいかないので、婚姻ほどの強さはないとはいえ、王族が友人となれば希少性は高いだろう。
「で……でも、そのようなことをしては、ステイシィに迷惑が……」
「迷惑なんかじゃないわ。レナが悲しむこと、まして学院を辞めるなんていうことのほうが耐えられない。だったら、使えるものは、何でも使うだけよ」
今のアナスタシアは、以前の名ばかりだった王女ではない。
第一王女として認められ、名誉称号も与えられているのだ。
物理的な殴り合いほどではないが、十分に強いだろう。
「私が協力して、レナのお兄さまとお話し合いをしてみましょう。だから、レナは安心して試験に力を入れて。優秀な成績のまま卒業して、自分の好きなように生きるためにも」
「ステイシィ……ありがとう……わたくし、頑張りますわ……」
また涙を流すレジーナだが、今度は喜びと感動の涙だ。
レジーナの顔から先ほどまでの憂いは晴れ、希望が浮かんでいた。
「もし身分での殴り合いが効かなかったら、拳での殴り合いだって残っているし、絶対に勝ってみせるわ。レナは何も心配しないで」
「……ええと……兄は一般的な成人男性程度の強さしかないと思いますわ……ステイシィが殴ったら、死んでしまうのではないかと……」
引きつった顔をするレジーナ。
「それなら、本気を出さないで手加減したほうがよさそうね」
「……拳で殴りつけるというのは、傷も残ってしまいますし……ステイシィの評判にも関わってしまうのではないかしら……」
「大丈夫よ、治癒術には自信があるわ。死んでなければどうにかなるし、証拠を残さないように治療するくらい簡単よ」
絶対にレジーナの自由を勝ち取ってみせると意気込むアナスタシアだが、言えば言うほどレジーナの表情が強張っていく。
「……わたくし自身が、もっとしっかりしないといけませんわね。ステイシィに頼り切らず、まずは自分で説得できるよう、頑張ってみますわ。なので、ステイシィはまずは見守っていて下さいませ」
やがて、何か吹っ切れたのか、レジーナはこれまでの弱気な態度を脱ぎ捨てて、決意を露わにした。
少し怯えているようでもあったが、きっと支配者である兄に立ち向かうことへの恐怖があるのだろうと、アナスタシアは納得する。
何にせよ、レジーナが前を向いてくれたのは良いことだ。
しっかり後押ししようと、アナスタシアは微笑みながら頷いた。






