132.レジーナの悩み
しばらく待っていると、メレディスとパメラが戻ってきた。
二人は寄り添いながら歩いていて、来たときよりもずっと距離が近くなっているようだ。
メレディスもパメラも、穏やかなすっきりとした表情になっていて、どうやら歩いているうちに気持ちの整理もついてきたらしい。
その顔は国王と侍女の仮面を脱ぎ捨て、かつての幼なじみとしての素顔を晒しているようにも見えた。
「あの日から止まっていた時間が、やっと動き出したように思います。マルガリテスを取り戻して下さっただけではなく、今日の機会を与えて下さったこと、心から感謝いたします」
柔らかな微笑みを浮かべて、パメラがアナスタシアとブラントに頭を下げる。
「まるで幼い頃に戻ったような、得がたい一時だった。戻ったら、復興の計画を立てることにしよう」
メレディスも重荷から解放されたような、晴れやかな笑みを浮かべる。
そして四人はセレスティア王城に戻り、日常へと戻っていった。
魔術学院で授業を受け、放課後は魔王城に通う日々を繰り返すうち、エリシオンも一仕事終えて戻ってきた。
どうやら、神龍を目覚めさせるというギエルの企みを知っているものはいないようだったという。
加担していた魔族たちも、黒い翼の魔王を誕生させるのが目的としか思っていなかったようだ。
セレスティア聖王国やジグヴァルド帝国を裏から操っていたのも、単純に魔族のやりやすいように動かすためだろうと、裏に隠された目的など考えもしていなかったらしい。
「ギエルは見事に操っていたというわけだ。その才覚は見事といえる。おかしな方向に進んでしまったのは惜しかった」
ため息を漏らしながら、エリシオンはそう締めくくった。
今の言葉を聞けば、おそらくギエルは喜んだことだろう。アナスタシアはそう思いながらも、もう終わったことだと目を伏せる。
これで、魔物の大発生の原因は取り除かれたはずだ。
マルガリテスの結界は早く仕上げてしまったほうがよいだろうと、エリシオンによる指導の下、とうとう結界の魔道具作りに取りかかり始めた。
いくつもの種類があるため、簡単なものからだ。
ブラントが主体となり、アナスタシアも補佐をする。
エリシオンは本当は時間をかけて、ブラントに解析まで全てやらせるつもりだったようだ。
しかし、マルガリテスが神龍の眠る地だとわかったことから、あまり時間をかけていられないと、自分で解析を始めた。
「どうやら、媒介に『持たざる者の祈り』が必要となるようだ」
「……『持たざる者の祈り』、ですか? それは何でしょうか?」
エリシオンが口にした単語に聞き覚えがなく、アナスタシアは首を傾げる。
どうやらブラントも同じく知らないようで、不思議そうにしていた。
「ダンジョンコアが瘴気を集めて魔物に変換するように、人々の祈りが変換されたものだな。回復効果のある水で、人間は命の湧き水などとも呼んでいたはずだ」
「そういえば……昔話で、そういったものがあったような……」
記憶をたどりながら、アナスタシアは呟く。
傷ついた騎士が命の湧き水の泉で救われるといった話はあったが、アナスタシアは前回の人生でもそのような泉など見たことはなかった。
「今はあまり利用しておらぬのか。まあよい。各地に点在しているはずなので、近いうちに取りに行っておこう。必要となるのは終盤だから、焦ることはない」
今のところの流れに変更はないらしい。
しかも、エリシオンが取りに行ってくれるとのことで、何から何までお世話になりっぱなしだ。
こうして少しずつ結界の魔道具もできてきて、魔術学院では後期試験が近づいてきた。
ブラントの卒業も近い。
もっとも、ブラントは卒業後も学院に残って研究員となるので、さほど大きな変化はないようだ。
むしろ、研究員のほうが一定の成果さえ出せばよいので、自由時間は多くなるらしい。
「もうすぐ後期試験だけど、今回はもうホイルくんは大丈夫なのかな」
「最近は、レナに勉強を教わっているみたいですよ」
ふとブラントが漏らした疑問に、アナスタシアは答える。
前期試験のときはブラントに泣きついて勉強を教えてもらったホイルだが、今回はレジーナから勉強を教わっているようだ。
レジーナ曰く、人に教えることで自分がより理解を深められるからであって、それ以外の意図はないという。
あまりにも力強く念を押され、アナスタシアは頷くことしかできなかった。
「そうか。うまくいくといいね」
ブラントは生温かい笑みを浮かべながら頷き、その話は終了となった。
ところが、試験直前になってから、レジーナの様子がおかしくなったのだ。
朝食は一緒にとることが多いのだが、どことなく上の空で、ぼんやりすることが多くなった。
だが、アナスタシアが何かあったのかと尋ねてみても、ちょっと実家で問題が発生しただけで大したことはないと答えるだけだ。
「なあ……レジーナの奴が変なんだけど……何かあったか聞いていないか?」
ホイルも心配そうな様子で、アナスタシアに尋ねてきた。
「私も聞いてみたけれど、ちょっと実家で問題が発生しただけで、大したことはないってだけで……」
「そうか……何か厄介なことがあったのかな。俺が知らずに何かやらかしたのかなって思ったけど……」
「ホイルが何かやったのなら、レナは普通に怒るんじゃないかな。もう一回、レナに何があったのか聞いてみる」
今までレジーナには何回も助けられているのだ。
もし何か力になれるのなら、力になりたい。
アナスタシアは放課後に話したいと言って、レジーナの部屋で一緒にお茶を飲むことにした。
「……ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさい」
少しやつれた顔で、レジーナが口を開く。
「レナ、何があったの? もし私で力になれることがあったら、力になるわ。今までレナには何度も助けてもらったのだから、今度は私にも助けさせて」
「ええ……ありがとう、ステイシィ」
アナスタシアが手を握って語りかけると、レジーナは儚げな笑みを浮かべる。
そして、ためらいがちに口を開いた。
「実は……実家から学院を辞めて家に帰ってこいと手紙がきて……わたくしの婚約が決まったから、結婚しろと……」






