130.マルガリテス返還
魔術学院に戻り、平穏な日々が戻ってきた。
毒を盛られたという設定も表沙汰にはしていなかったので、体調不良で数日休んでいただけとなる。
食堂でのベラドンナとの追いかけっこを見ていた生徒たちはいたが、あえて尋ねてくる者はいなかった。関わりたくないらしい。
「ステイシィが無事でよかったですわ。やはり、身分差のある結婚というのは、障害が多いものなのですわね……」
レジーナはアナスタシアの無事を喜んでくれたが、同時に何か思うところがあったらしく、物憂げなため息を漏らしていた。
まだエリシオンは忙しいらしく、魔道具の作り方を教わるのはお休みとなっている。
それでもブラントは研究室を使うため、魔王城に通っていた。まだ結界の魔道具を作れるほどの力量がないため、練習が必要だという。
アナスタシアも一緒に行って魔道具作りの練習をしたり、そっとマルガリテスの状態を見に行ってみたりと、穏やかに時間が流れていった。
そして、さほど月日が流れないうちに、マルガリテスが正式に返還された。
「まさか、これほど早くマルガリテス返還が実現するとは思わなかった」
メレディスの執務室にて、まだ信じられないといった顔をしながら、メレディスが口を開く。
現在、マルガリテスには住民がいるわけでもなく閉鎖中なので、書類上のやり取りだけで終了という、あっさりした決着だった。
アナスタシアとブラントもセレスティア王城に呼ばれたが、式典のようなものがあるわけではなく、サインをしたくらいだ。
「これで条件は半分を満たしたことになるが、結界の魔道具もこの分だと、さほど時間が経たずに完成しそうだな」
「まだもう少しかかりそうですが、おそらく年単位はかからないと思います」
ブラントが答えると、メレディスはまだどことなくぼんやりしながら頷いた。
「……まだ、信じられない気分だ。だが、本当に念願が叶うのだな……」
長い吐息を漏らしながら、メレディスは呟く。
「結界が完成したときに、そなたたちの婚約を正式に認めよう。まずはマルガリテス返還の功績で、ブラントくんにマルガリテスを領地として男爵位を与えよう」
メレディスの言葉に、アナスタシアとブラントは顔を見合わせる。
そういえば、マルガリテスを取り戻せば、そこを領地として爵位を与えようと言っていたことを、今さらアナスタシアは思い出す。
結界も完成して全て終わってからのことだろうと、あまり意識していなかったのだ。
そして、男爵は貴族とはいえ下級となるが、それで結婚が認められるのだろうかなど、アナスタシアの頭に疑問がよぎる。
「もちろん、男爵位は第一歩に過ぎない。結界が完成した際、その功績で伯爵位を与えるつもりだ。そうすればアナスタシアとの結婚も可能になる」
すると、アナスタシアの疑問に答えるように、メレディスが言葉を続けた。
なるほどと納得しながら、アナスタシアは結婚が夢ではなく、現実として近づいてきているのだと、実感がわいてくる。
じわじわと喜びが胸に広がり、どことなく気恥ずかしさにくすぐられるようだ。
「実際に住民が戻れるのは、結界が完成してからになるだろうが……その前にマルガリテスがどうなっているのか、この目で見ておきたいものだ」
「ええと……かなりひどい状態ですよ。長らく瘴気の影響を受けていたためか、草木は生えていなくて、建物も崩れ落ちた廃墟になっていました」
期待を抱いているようなメレディスの姿に、少しいたたまれなさを感じながら、アナスタシアは現状を伝える。
かつては風光明媚な保養地だったというが、その面影はかけらもない。
あまりの落差に愕然としてしまうだろうと、アナスタシアは不安になる。
「そうか……だが、どれほどの惨状だろうと、見ておく必要がある。とはいっても、マルガリテスまで往復となると、そう簡単には行けぬだろう。今から調整しても、いつになることやら……」
メレディスは深いため息を漏らす。
覚悟はあるようだが、マルガリテスまでは馬車で数日かかる。
国王が移動するとなれば、護衛などの人手や様々な手配が必要となるだろう。気が向いたときにふらりと行けるような立場ではないのだ。
しかし、ずっとマルガリテスを取り戻すことを夢見ていたメレディスを、できることなら早く連れていってやりたい。
アナスタシアはブラントに目配せすると、ブラントは意図がわかったようで、微笑みながら頷いた。
「半日ほど空けられるのでしたら、【転移】でマルガリテスにお連れすることもできますけれど……」
アナスタシアが提案すると、メレディスは唖然として見つめてくる。
「……それはまことか。半日くらいならば、どうにかなる」
「ただ、護衛は連れていけないので、護衛するのは私たちだけになります」
「普通の護衛などより、そなたたちのほうが強かろう。問題ない」
乗り気になって頷くメレディスだが、ふと何かを考え始めた。
「……もう一人、連れていくことはできぬだろうか?」
「もう一人ならどうにかなりますが、どなたですか?」
ややあって問いかけてきたメレディスに、アナスタシアは首を傾げる。
アナスタシアとブラントで一人ずつ連れていけるので、もう一人ならば可能だが、いったい誰を連れていきたいのだろうか。
「本人に尋ねてみて、行きたいといえばだが……パメラを連れていってやりたいのだ」
メレディスの口から出たのは、元マルガリテス伯爵家の生き残りであり、今は瑠璃宮の侍女であるパメラの名だった。






