128.後処理
それからエリシオンは、湖の周辺に残っていた、瘴気をため込んだり外界と隔離したりするような術式を破壊していた。
これでいずれ草木も生えてきて、人が住んでも問題ないようだが、やはり結界はあったほうがよいだろうとのことだ。
ついでのように、エリシオンは湖近くに転移箇所も設置していた。
エリシオン自身は魔王であるためか、そのようなものがなくても転移できるようだが、アナスタシアとブラントはそうではない。
しかし、これでアナスタシアとブラントもマルガリテスに転移できるようになったのだ。
「さて、儂は少し休んだ後、ギエルの企みを知っていた者がいるか調べに行くことにする。その前にそなたたちを送ってやろう。先ほどの家に戻ればよいのか?」
一段落つくと、エリシオンがそう問いかけてくる。
すでに用事は大体済んでいるのだが、やはり一度戻ったほうがよいだろう。
アナスタシアとブラントは頷く。
「おじいさま、怪我は大丈夫ですか?」
「あの程度のかすり傷、もうとっくに塞がっておる。問題はない」
ふと思い出しようにブラントが尋ねると、エリシオンは何でもないことのように答えた。
もしアナスタシアやブラントだとしたら、おそらく即死していただろうダメージだったが、随分と頑丈なことだとアナスタシアは恐ろしくなってくる。
「ところで、そやつらはどうする? 始末してからにするか?」
そしてエリシオンが指し示した先には、頑丈というか強運というか、生き残ったドイブラー伯爵たちが気を失って倒れていた。
「いえ……もし、連れて行けるのなら連れて行きたいですが……」
「ならば、そやつらも連れて行ってやろう。これくらいなら何とかなるだろう」
アナスタシアが戸惑いながら答えると、エリシオンはあっさりとそう言った。
ここに来るときもアナスタシアとブラントの二人を同時に運んでいたが、もっと多く運べるらしい。
エリシオンはドイブラー伯爵たちを積み重ねるように蹴飛ばすと、踏みつける。そして、アナスタシアとブラントの肩に軽く手を触れた。
次の瞬間、帝国の第三皇子エドヴィン所有だという屋敷の中の、数時間前にいた場所に転移する。
ソファーに座りながら暇そうに菓子らしきものをかじっていたベラドンナが、驚愕の表情で固まった。
「……お姉さま! お戻りになったんですね!」
慌てて立ち上がり、ベラドンナは叫ぶ。
続いて、一緒に転移してきて床に転がるドイブラー伯爵たちを見て、ベラドンナは顔をしかめた。
「これは……捕まえてきたっていうことですか? ええと……よくわからないんですけれど、もしお姉さまたちが戻ったら連絡しろと言われているんで、行ってきます」
そう言って、ベラドンナは屋敷を出て行った。
イゾルフの姿が見当たらないので、おそらくイゾルフに連絡を取りに行ったのだろう。
「では、儂も行く。落ち着いたら、また魔道具作りを教えてやろう」
エリシオンも【転移】で姿を消し、後は床に転がるドイブラー伯爵たちと、アナスタシアとブラントが残された。
「……疲れたね」
「そうですね……でも、無事に終わりそうで良かったです」
二人は一息つき、ぐったりとソファーに座る。
アナスタシアもブラントも外傷はなかったが、魔力と体力は消耗している。
神龍の目覚めという大変な出来事を阻止できた安堵により、二人はソファーに並んで座ったまま、互いに寄り添ってうとうととしてしまう。
どれくらい経ったのか、誰かが部屋に入ってくる気配でアナスタシアとブラントは目覚めた。
一瞬、身構えるが、入ってきたのはエドヴィンとイゾルフだった。後ろにはベラドンナもいる。
「……あの方はどちらへ? それと、床に転がっているのは……」
訝しげにイゾルフが口を開く。
「おじいさまは戻りました。それと、マルガリテスで見つけたので、持ってきました」
ブラントが答えると、エドヴィンとイゾルフは眉根を寄せる。
床に転がったままのドイブラー伯爵たちは、ずっと気を失ったままだ。
もしかしたら、魔道具があるとはいえ瘴気にあてられたのかもしれない。
「ええと……無事に終わったということでよろしいのでしょうか?」
「はい」
イゾルフの問いに、アナスタシアとブラントは頷く。
そして説明しようとしたところで、ドイブラー伯爵たちが目覚めた。
「ま……魔物が……襲ってくる……!」
「魔族が……魔族が……!」
「地鳴りが……世界の終わりだ……」
「次から次へと魔物が魔石に……」
「天人が……天人がいる……」
まだ記憶が混乱しているのか、彼らは恐怖にかられたように、口々に呟く。
その様子を見て、エドヴィンとイゾルフが顔をしかめた。
「……いったい、何があったのだ」
エドヴィンがぼそりと呟く。
ドイブラー伯爵たちはまだぶつぶつと何かを呟いていたので、放っておいてアナスタシアとブラントはマルガリテスであったことを簡潔に説明する。
魔族が神龍を目覚めさせようとしていたが、それを阻止したこと。そしてマルガリテスの瘴気も晴れたことを話す。
魔王のことやダンジョンのことは黙っておくことにした。
「……にわかには信じがたい話だが……アナスタシア姫が言うからには、本当なのだろうな。それに、ブラント殿の祖父君もいたというが……それに関してだけイゾルフが口を閉ざすのだ。どうしてもというのなら、直接聞いてくれ、と」
いちおう、エドヴィンはアナスタシアとブラントの話を信じてくれたようだ。
そしてエドヴィンはブラントに視線を向ける。
気まずそうな顔をしながら、イゾルフもブラントの様子を窺っていた。
「……あまり明かしたくはないのですが、殿下は大切な友人なのでお教えしましょう。祖父は、天人と呼ばれる存在です」
もったいぶってブラントが重々しく口を開くと、エドヴィンは唖然として固まる。
その表情には驚きや混乱など、様々な感情が混じっていた。
「……納得した」
ややあってから、エドヴィンはそれだけを呟いて頷く。
すでに表情はいつもと変わらないものに戻っていて、取り乱した様子もない。
やはり帝国の皇子だけのことはあると、アナスタシアは感心する。
「それはそうとして……マルガリテスの瘴気が晴れたのか……ならば、余計なことを言い出す奴が現れる前に、さっさと話を進めるべきだな。アナスタシア姫は、拷問処刑に何か取り入れたい趣向はあるだろうか?」
突然、物騒な質問を投げかけられて、アナスタシアは唖然とする。
おそらくは、アナスタシアの暗殺を謀ったドイブラー伯爵たちの処遇についてだろう。
とはいえ、帝国はそんなに拷問処刑が好きなのだろうかと、アナスタシアの頭にはふと疑問が浮かんできた。






