103.前回とは違う
かつてのアナスタシアは、パーティーメンバーに支配されていたといえる。
勇者シンを始めとして、かつてのパーティーメンバーは外面は良く、対外的にはアナスタシアのことも普通に扱っているように見せかけていた。
だが、裏では鬱憤を晴らすための的として扱われていたのだ。
アナスタシアも、自分がお荷物だったから、自分が不甲斐ないからなど、己に原因があるものとして言いなりになっていた。
遠目にかつての支配者の一人であるベラドンナの姿を見ただけで、当時の記憶が蘇り、心が萎縮してしまう。
「アナスタシアさん……? 大丈夫?」
心配そうなブラントの声で、アナスタシアははっとする。
つい、じっと黙ったまま立ち尽くしていたことに気づく。
「どうしましたの? 顔色がよろしくありませんわ」
「さっきの女に見覚えでもあったのか?」
さらに、レジーナとホイルも心配そうに声をかけてくる。
本気でアナスタシアのことを気遣ってくれているのだとわかり、アナスタシアは当時と今は違うのだと実感がわき上がってきた。
「……ちょっと、知っている人に似ていてびっくりしただけ。でも、遠目だったから、気のせいかも」
アナスタシアは微笑みを浮かべて答える。
すると、三人は少し気がかりそうではあったが、それ以上追及してはこなかった。
ゆっくりと深呼吸して、アナスタシアは心を落ち着かせる。
当時と今とは違う。
そのことを己に言い聞かせ、もう二度と言いなりにはならないと決めたことを思い出す。
考えてみれば、単純な戦闘力ではアナスタシアのほうがベラドンナより上だ。
前回の人生では、アナスタシアは最初こそ半人前で、パーティーメンバーからはお荷物扱いされていたが、後半はアナスタシアが一番の戦力だった。
それでも最初の頃の上下関係が染みつき、実力が逆転してからも支配下に置かれていたのだが、それは心構えの問題だろう。
普通に戦えば問題なく勝てる相手なのだと、アナスタシアは意識を切り替える。
「ここからジグヴァルド帝国って、結構離れているわよね……」
聞こえないほど小さな声で、アナスタシアは呟く。
確かベラドンナは、ジグヴァルド帝国出身だったはずだ。
それも、もともとは後ろ暗い組織に所属していたと記憶している。
ベラドンナの戦闘スタイルはいわば一撃必殺で、敵の急所を狙う。ときには毒を使用することもあった。
旅の後半になると補助的な役割に回ることが多くなり、素早い動きで敵を攪乱していた。
もしかしたら、アナスタシアを暗殺するために送り込まれたのかもしれない。
少なくとも、先ほどのならず者たちよりはよほどやっかいだ。
ただ、もしそうだとすれば、ジグヴァルド帝国の誰かがアナスタシアを狙っているということになるだろうか。
ジグヴァルド帝国の知り合いなど、第三皇子エドヴィンと、その部下であるイゾルフくらいのものだ。
しかし、彼らがアナスタシアの命を狙う理由が思い当たらない。
アナスタシアの母がジグヴァルド帝国の皇女だったので、その関連というにしても、世代交代しているのだし、考えにくいだろう。
もっとも、今回の人生ではすでに色々な出来事が変化しているので、ベラドンナも前回と同じようにジグヴァルド帝国に存在する組織に所属しているとは限らない。
単純に他の用事で魔術都市に訪れたという可能性だってある。
ただ、魔術学院の一年首席のことを探っていたというのだから、やはりアナスタシアに関連しているのだろうなと、アナスタシアは気が滅入りそうになってくる。
「……やっぱりアナスタシアさん、疲れたんじゃないかな。ずっと歩き通しだったしね。ちょっと休もう」
またも黙って考え込んでしまったアナスタシアに、ブラントが声をかけてくる。
「あら……そうでしたのね。では、わたくしたちは二人のお邪魔をしないよう、これで失礼しますわ」
「疲れてるんなら、ゆっくり休めよ」
レジーナとホイルは気を利かせたのか、二人で去って行った。
いたたまれなさを感じながらも、やっぱり二人で連れ立っていくのだなと、アナスタシアはぼんやりと見送る。
そして今度こそ、ブラントと一緒に喫茶店へと向かった。
「アナスタシアさん……やっぱり、襲われたことが心の負担になっているんじゃないのかな」
注文したお茶と菓子がやってくると、ブラントは【聴覚阻害】をそっと周辺に張り巡らせてから、口を開いた。
「そう……ですね……」
アナスタシアは力ない笑みを浮かべながら、素直に答えた。
ならず者たちはまだしも、ベラドンナが現れ、しかもアナスタシアを狙っている可能性があることは、アナスタシアの心に影を落としている。
「それと……さっきの、路地の奥に消えていった女性……知っている人に似ていたっていうけれど、そのときのアナスタシアさん、かなり暗い顔をしていたよ。何かあったの?」
「その……以前、私をいじめていた人に似ていて……」
まさか前回の人生について話すわけにもいかず、アナスタシアは端的に答える。
だが、ブラントはそれだけで十分だったようだ。
「そうか。じゃあ、もし近づいてきたら、俺が始末するから。安心して」
ブラントは一瞬だけ表情に怒りを滲ませたが、すぐに柔らかく微笑むと、安心させるようにアナスタシアの手に手を重ねてくる。
物騒なところがエリシオンと同じで、やはり祖父と孫なのだなと、漠然とアナスタシアは思う。
「思い出したくないこともあるだろうし、無理に話すことはないよ。でも、一人で抱え込むようなことはしないで」
「ブラント先輩……」
アナスタシアは重ねられた手の温もりを感じながら、頷く。
弱気になってしまっていたが、今回は前回とは違う。
ブラントが側にいてくれるのだし、レジーナやホイルという友人もいる。おまけに、魔王エリシオンまでが味方なのだ。
何か仕掛けられたのならば、迎え撃つだけだと、アナスタシアはもう片方の拳をぐっと握りしめた。






