10.魔物退治に向けて
その後、実技の最中もホイルはじっと黙って俯いていた。かと思えば突然立ち上がって頭を掻きむしったり、唸り声を上げたりしていて、奇行が目立つ。
ブラントがいったい何を囁いていたのか気にはなったが、アナスタシアにそれを尋ねてみる勇気はなかった。
「ステイシィはブラント先輩とお知り合いなのかしら?」
実技の授業が終わり、別の教室に移動する最中、そわそわとした様子でレジーナが尋ねてくる。
「うん、図書室で会って、魔術の話をしたの。それで話が合って、放課後は結構会って話しているよ」
隠し部屋のことは言わなかったが、それ以外のことは包み隠さずに話す。
「ブラント先輩って他人に対して線を引いていて、親しい相手はいないっていう噂を聞きましたけれど……どんな話をしているのかしら?」
「ここのところは、空間制御の効率化に関してかな。ある術式で書き換えられない部分があって、他を効率化すれば変更の余地があるかもしれないっていうアプローチで……」
アナスタシアが説明を始めると、レジーナの表情が渋くなっていった。
「ああ……何となく、わかりましたわ。同じレベルで話せる方がいなかったということですのね。わたくしも会話に加われそうにありませんわ……」
ため息を漏らしながら、レジーナがしみじみと呟く。
アナスタシアも前回の人生の知識があるから問題なく話せているが、それがなければ一年の頃に会話が成立したとは思えない。
教師でもまともに話せるか怪しい領域であり、おそらく生徒で話せる者はいないだろうと思える。
「……やっぱり、遠くから眺めるのがせいぜいですわね。お話ししてみたいとは思いますけれど、蔑まれるのはごめんですわ」
ぶつぶつと独り言を呟くレジーナ。
そこで次の授業が始まり、この話はそこまでとなった。
「そうだ、この髪留めお返ししないと。でも、他に何も持っていなくて、明日にでも買ってくるからそれまで待っていてもらえる?」
授業終了後、アナスタシアは借りたままの髪留めについて話を切り出す。
恥ずかしながら、装飾品の類いはまったくといっていいほど持っておらず、昨日レジーナがつけてくれた髪留めをすぐに返すことができないのだ。
「たいしたものでもありませんし、差し上げますわ」
だが、レジーナはあっさりとそう答えた。
「え……でも……」
「本当に飾りも何もない粗品ですので、気になさらないで。でも、もっと綺麗な髪留めが欲しいところね。……そうだわ、明日は休日ですし、一緒に買いに行きましょう。髪留めだけではなく、色々なお店を見てみましょうよ」
アナスタシアが戸惑うと、レジーナは違う提案をしてくる。
友達と一緒に買い物に行くというのは、アナスタシアにとって心浮き立つような出来事だ。
しかし、即答できずにアナスタシアは口ごもる。
「……実は、あまり使えるお金がなくて……」
アナスタシアは小声で呟きながら、俯く。
学業に必要なものを買うのだけのお金はあるが、余分なお金はない。
安価な髪留めを買うことくらいはできるが、色々な店を回る余裕はないだろう。
「まあ……経済的に厳しいのは大変ね……でも、それくらいわたくしが払えますわよ」
心配そうなレジーナの言葉に、アナスタシアは首を横に振る。
一方的にもらうだけの関係は、友達とはいえないだろう。
「気持ちは嬉しいけれど、でも自分のお金で買い物をしたいの。だから、学業の傍らにできるようなお仕事をしようと思って」
「そういえば、学院でも紹介しているようですわね。わたくしには必要ないと思っていたのでよく知らないのですけれど……どんなお仕事を考えていますの?」
「うーん……」
前回の人生では、写本の仕事をしていた。
写本や教師の手伝いといった仕事は学院で紹介されていて、学生の小遣い稼ぎになっていたのだ。
だが、時間がかかるわりに給金は少なめとなっている。仕事をこなせば確実に支払われ、危険もないことを考えれば当然だろう。
だが、アナスタシアは二年の前期休みまでの間に魔王を倒せるだけの力を身に付けねばならない。
給金を得るためだけに長時間を費やすのは避けたいところだ。
そうなると、ダンジョンに潜って魔物退治をするハンターの仕事が、鍛えることも兼ねられて良いだろうとアナスタシアは考える。
「ハンター登録して、魔物退治をしてみようと思って」
「……え? ハンター……? 魔物……退治……?」
アナスタシアが答えると、レジーナは信じられないといった様子で目を丸くする。
ハンターには誰でもなれ、うまくいけば一攫千金を狙えるが、危険も多い。その性質上、ならず者も多く見られる。
上位のハンターともなれば礼儀作法も身に付け、国からも一目置かれるような存在だが、大部分の下位のハンターは食い詰めて流れ着いた者ばかりだ。
魔術学院の生徒は、いわばエリート候補だ。いずれ魔物と戦うにしても、魔術師として兵やハンターを使う立場になることが普通で、ハンターなど見下している者も多い。
「ほ……本気ですの……? まだ、わたくしたちのような一年生では力量が……いえ、ステイシィならできるのかしら……」
「多分、大丈夫だよ」
うろたえるレジーナに対し、アナスタシアは軽く答える。
前回の人生で、この周辺のダンジョンにも行ったことがあるが、たいした魔物はいなかった。もし今も同じ程度だったら、鼻歌を歌いながら一人で踏破できるくらいだろう。
「確か、ここ学院都市にもハンターギルドがあったはずだけれど……」
アナスタシアが記憶をたぐろうとしていると、誰かが近づいてきた。
「な……なあ、話が聞こえてきたんだけど、ハンター登録するのか……?」
どことなく視線を泳がせながら、ホイルが話しかけてくる。
また悪口を言いに来たのかとアナスタシアは思ったが、声にいつもの棘がなく、どうやら違うようだ。
「その……今まで言い過ぎて、悪かったと思ってる。だから詫びとして、ハンターについてだったら知ってるから……俺、国元ではハンター登録してたし……」
「あら、今さら媚を売ろうというのかしら?」
「……レナ」
挑戦的に、レジーナがホイルの言葉を遮った。
思わずアナスタシアは、たしなめるような声を出す。
ホイルは一瞬、顔を赤くして怒鳴ろうとするように口を開きかけたが、ぐっとこらえて口を閉じた。
「……お前には言ってない。ちょっと口出ししないでいてくれよ」
ホイルはレジーナに迷惑そうな視線を向け、抑えた声を出す。
「わたくしたちの間に割り込んできたのは、どなたかしら? あれだけ散々好き勝手言っておいて、今頃になって……」
「だから、悪かったって謝ってるじゃねーか!」
あっさり限界に達したようで、ホイルは大声で怒鳴る。
だが、すぐにはっとしたらしく、口を閉じて俯く。
「……大声出して、ごめん」
ぼそぼそとした声だったが、ホイルは謝った。
これまでと違う態度に、アナスタシアは驚く。
「あなたね……」
「レナ、話を聞いてみようよ」
まだ文句を言いたそうなレジーナを、アナスタシアはそっと押しとどめる。
これまで散々突っかかってこられたことから、アナスタシアはホイルに対して決して良い感情は抱いていない。
だが、彼は謝罪してきて、怒りっぽい性格も抑えようと努力しているようだ。
すぐにわだかまりを無くせるわけではないが、変わろうとしている姿が自分にも重なるようで、無碍にはしたくなかった。
「ハンターについて詳しいの?」
「あ……ああ、国元ではハンター登録して、魔物狩りもしていた。だから、ハンターについてだったら教えられるから……知りたいことがあったら……」
アナスタシアが問いかけると、ホイルはたどたどしく答える。
関係を改善したくて、この話をきっかけにしたいのだが、どう振る舞ってよいのかわからないといった様子で、アナスタシアは微笑ましさすら覚えた。
「ハンターについてはあまり詳しくないの。だから、登録方法から教えてもらえる?」
アナスタシアは彼が精一杯差し出そうとしている手を取り、導いた。






