第四話 灼
◇
ジョパン次郎は深く溜息をつきました。
「ドグラマグラ太郎。
また僕たち二人きりになつたねえ。
どこまでもどこまでも一緒にいこう。
僕は守りに徹してもいずれ死ぬ。
誰かのほんとうの幸せになりたい。
そのためならば僕なんか。
僕の身体なんか百ぺん灼いてもかまわない」
ドグラマグラ太郎は答えました。
「ジョパン次郎。『みんな』は外したんだ」
「外した。『みんな』はいない」
「ジョパン次郎。誰かつて誰?」
「その質問は読めてた。誰でもいい」
「僕でも?」
「勿論だよ。ドグラマグラ太郎」
「君自身でも?」
「勿論だよ。ドグラマグラ太郎」
「誰でもいいから手当たり次第に?」
「勿論だよ。ドグラマグラ太郎」
「犯罪者の自供つぽいね。僕そういうの好き」
「知つてた」
「じゃあとりあえず君自身を幸せにしてくれ」
「ドグラマグラ太郎。そこからか」
「ジョパン次郎。そこからだ」
「何故?」
「体感していない者が誰に何を体感させる?」
「確かに。でも隻手の音は?地獄の菜箸は?」
「極論だよ。身近な例で考えよう。自転車とか」
「自転車かあ。ドグラマグラ太郎。僕乗れるよ」
「乗るとどんな気分?」
「軽く幸せ。歩くより早いし。人力だし」
「答え出た感じ?」
「乗れる人多いから教えれる人多いよ」
「ジョパン次郎。確かにそうだ」
「優位性が少なくない?」
「優位性が欲しいんだ」
「そりゃあ欲しいよ」
「どれくらい欲しい?」
「身体が百ぺん灼かれてもいいくらい」
「灼きすぎだよ。夏の夜を灼く花火か」
「夏の花火は良いね。ドグラマグラ太郎」
「夏の花火は良いね。ジョパン次郎」
「僕の勝ちで良いね。ドグラマグラ太郎」
「それは無いよ。ジョパン次郎」
「何故?」
「僕がライターをつけるとする。小さい火が出る」
「出るね」
「その火の3cm上に」
「上に」
「僕の為に長時間。君の掌を炙つてくれるかい?」
「長時間てどれくらい?」
「3分でいいよ。ジョパン次郎」
「意外と短いけど確実に火傷するね」
「間違い無い」
「熱いし痛いよ。ドグラマグラ太郎」
「間違い無い」
「それで君は何を得られるんだい」
「最初に失笑。途中から恐怖。最後に罪悪感だよ」
「それが欲しいのかい」
「それほどでも無いよ。ジョパン次郎」
「それほどでもない事の為に僕の掌を灼くのか」
「珍しい光景と音と匂いだから価値が無くは無い」
「非道い」
「実際は数秒で『あちぃ』で終わるだろうけどね」
「だろうね。反射には逆らえないし」
「じゃあ自分の身体を灼く灼く云うなよ」
「自分の身体を灼く灼く云うと良いんだよ」
「ジョパン次郎。何が良いんだい?」
「自己陶酔に浸れるんだよ」
「ジョパン次郎。誰に洗脳されたんだよ?」
「宮沢賢治かなあ」
「あいつ自分を灼いたことないぜ」
「そうなんだ」
「凄く大事な人を灼かれた事はある」
「急に重い話?ドグラマグラ太郎」
「君がはじめた話だけどね。ジョパン次郎」
「つらそう」
「だから簡単に身体を灼く灼く云うなよ」
「わかつた」
「かわりの自己陶酔。探してみなよ」
「わかつた」
「自己陶酔つて何。ジョパン次郎」
「僕知らない」
電車は揺れます。
窓の外には沢山の星が見えます。
ジョパン次郎は深く溜息をつきました。
◇