第三話 皆
◇
ジョパン次郎は深く溜息をつきました。
「ドグラマグラ太郎。
また僕たち二人きりになつたねえ。
どこまでもどこまでも一緒にいこう。
僕の身体は使い捨てだ。
みんなのほんとうの幸せになりたい。
そのためならば僕なんか。
僕の身体なんか百ぺん灼いてもかまわない」
ドグラマグラ太郎は答えました。
「ジョパン次郎の身体が百ぺん灼かれたら。
真面目に考えてみるよ。
灼く人がどんな気分になるかをね」
ジョパン次郎は困つてしまいました。
それで窓の方を見て云いました。
「みんなの本当の幸せは一體何だろう」
ドグラマグラ太郎がはつきりと答えました。
「ジョパン次郎。みんなつて誰?」
「ドグラマグラ太郎。そこからか」
「ジョパン次郎。そこからだ」
「結構面倒だね」
「わかる」
「みんなはみんなだよ」
「死者は?」
「みんなに入る」
「遠い昔の死者は?」
「みんな」
「胎児は?」
「みんな」
「遠い先の未来の可能性としての命は?」
「みんな」
「君のおつかさんは?」
「みんな?」
「君は?」
「みんな?」
「僕は?」
「みんなかなあ?」
ジョパン次郎は深く溜息をつきました。
「みんながゲシュタルト崩壊してきた」
「わかる」
電車は揺れます。
「ジョパン次郎。ちよつと騙されてみないか?」
「騙し方次第かなあ」
「大丈夫。上手くやるから」
「本当?」
「本当さ」
「どうすればいいの?」
「こう云うだけさ。『おーい!みんな』」
「それだけ?」
「それだけ」
「おーい!みんな」
「・・・」
「誰も答えやしないじゃないか」
「これでみんなの不在証明が出来ただろう」
「みんな不在なのか」
「ああ。みんな不在さ」
「呼び続けたらどうなるの?」
「ああ。勿論疲れる。声も枯れる」
「わかりやすいねえ。僕そういうの好き」
ジョパン次郎は深く溜息をつきました。
「ドグラマグラ太郎。何の話だっけ」
「僕知らない」
電車は揺れます。
窓の外には沢山の星が見えます。
ジョパン次郎は深く溜息をつきました。
◇