乙女ゲームに続編がありました。むしろこっちがメインじゃ?
拙い話ですが温いめでご覧頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。
わたしが「あ〜、コレあの乙女ゲームだわ」と気づいたのは、王都に到着しその学院を見た時だった。
ど田舎の男爵家の入婿だった父が、男爵家のメイドだった母に手を出してわたしが産まれた。
母を亡くし途方にくれていたわたしを引き取ったは良いけど、奥方さまの冷たい目に耐えかねて、王都にある学園に追いやるように編入させてくれた。
なんか見た事あるような門構えと『聖ウィステリア学院』という名称。そしてレイシア・オルコットという、わたしの名前。
……『わたしの王子様はあなた』……確かそんな名前の乙女ゲームだったような。
田舎男爵令嬢が王都の学院で攻略対象者を落としていくゲーム。
まぁ、良くある内容で王道でテンプレとしか言いようがないゲームだった。
変わってるところと言えば、攻略対象者が全員王子様ってとこ。
この国の第一〜第五王子までが対象。
なんだコレ?普通なら宰相子息とか騎士団長子息とか大臣子息とかあるでしょうが。それが全員王子様!
設定考えるのも面倒だったのか、いっそ清々しい程の手抜きである。
容姿は兄弟であるにも関わらず全員似たところが無く性格もまるっきり違う。
第一王子は王太子,アルファード。金髪碧眼のザ.王子様。威風堂々のカリスマ性を感じさせる。
第二王子はベルファース。知性が光る若干腹黒感のある 銀髪紫眼の美麗なお方。
第三王子はライオネル。茶髪琥珀色の眼。やや地味な色彩の容姿だがチャラ系男子。
第四王子はジェラルド。武に秀で それに見合った体躯と精悍な黒髪と紫紺の瞳の持主。
第五王子はフランシス。ふんわりハチミツ色の巻毛に若葉のような緑の眼。音楽や絵画の才能溢れるワンコ系の愛らしさをお持ちの方。
王族なんて、現実なら絶対にお近づきになりたく無い。真っ平ゴメンなのである。
前世も今世もド庶民なのだ。スチル見るだけでお腹いっぱい、ご馳走様です。
なので、学院に入学してからは 王子様方とは距離を置くようにしていた。
もともと接点は無いのだし近寄らないようにしておけば大丈夫のはず。
ーーけれどゲームの矯正力侮りがたし。
避けられないイベントがチョイチョイ発生する。
その度に無難な行動をして周りのヘイトも王子様の好感度も上げないように努力してきた。ゲーム期間は二年間。何とか無事…とはいえないけど、一年をやり過ごしてきたのだけど……。
二年目に、わたしは、恋に落ちた。
第三王子であるライオネルに。
彼、ライオネルは不憫な王子だった。
五人兄弟の真ん中。
ありふれた髪色と整ってはいるが一見地味な容姿。右目下にあるホクロが辛うじて色気らしきものを感じさせるくらい。
一番秀でた才能が無い、常に二番目以降に位置している残念な王子さま。
なのに特徴がチャラ男設定って……違和感ありまくり。
コレでチャラ系キャラは無理がある、と言われてた。
ネットでも、ボンヤリーヌ王子とかソコソコ王子とかモブ王子とか言われてたっけ。
だがしかし ライオネルは決して凡人では無いのである!
他の兄弟王子に比べると一見見劣りする様に思うが、そのスペックは決して低くは無い。
カリスマ性は、第一王子に遠く及ばない。
学力では、第二王子に一歩とどかない。
武術は、第四王子に僅かに劣る。
第五王子のような芸術的才能は自身は持ってはいないが、芸術を見極める確かな目は持っている。
優秀ではある。ただ一番では無いというだけだ。
けれどライオネルは、その人当たりの良さと面倒見の良さで男女問わず友人が多い。
ライオネルと関わるきっかけとなったのは、高位の令嬢達に囲まれ罵倒されるという 良くあるイベントの最中だった。
「貴女ごときの身分の者が、高貴な方々に近付こうなんて図々しいこと!」
「そうですわ!身の程をわきまえなさい!」
「母親が卑しい身分の者はお里が知れますわね!」
裏庭に呼び出されて数人のご令嬢に囲まれ好き放題言われた。
「お言葉ですが!わたしから王子様方に近づいている訳ではありません。……単なる偶然です」
……ゲームのイベントの所為でエンカウント率が高いのと、もう一つの原因が理由なので、わたしが積極的に近寄ってる訳じゃない。その後にはさっさと離れるようにしているし。
「まぁ!!生意気な。庶民のくせに口答えをするなんて!口で言っても理解できないなら、鞭で躾が必要かしら!」
まさか言い返されると思わなかったご令嬢は、持っていた羽根飾りの付いている豪華な扇子をわたしに向かって降り下ろした。
が、おとなしく叩かれるつもりは無い!
わたしは華麗に身を躱す。
「ま…まぁ!生意気な!!皆さま、その生意気な平民に目にモノを見せておやりなさい!」
逆上したご令嬢ーールイジアナは取り巻きの令嬢達に命じた。
一斉に打ちかかる令嬢達の扇子をヒラリ、ヒラリ華麗にかわしつつ真剣白刃取りで奪い取った扇子を使って 令嬢たちの扇子を打ち払いその手から弾き飛ばした。うん、決まった!
その時 一人の令嬢の手から離れた扇子が思いのほか遠くに飛んで行った。
「うわ…!」
飛んで来た扇子をキャッチしたのは第三王子のライオネルだった。
「……ラ…ライオネルさま…!」
令嬢達は固まった。
「……あ〜、何をしてるのかな?」
「「「…………」」」
令嬢達は、青ざめたまま言葉を発することもできない。
「ライオネル殿下、ご令嬢方はわたしに新しいダンスを教えて下さっていたのですわ。」
この場をなるべく穏便に収めるべく適当な事を言うわたし。
「…へぇ〜、凄く画期的なダンスだった様だけど。……そうだったの?ルイジアナ嬢」
ルイジアナは、顔を羞恥なのか怒りなのか赤く染めてぎこちなく頷いた。
「そ、そうですわ。私は平民のレイシアさんに、この学園での振る舞い方とダンスを指導していたのですわ!」
「学園での振る舞いって?レイシア嬢に何か問題行動が有ったっけ?」
「荷物を図々しくも、殿下に持たせたり、みっともなく転んだところで助けを請うていたり、……ああ、畏れ多くも上着をお借りしていた事もありましたわね!」
思い出してまた怒りが再燃してきたらしい。
けれど、わたしにも言い分がある。
あれは 令嬢方に荷物を押しつけられて前が見えなかったわたしがうっかり殿下(どの殿下かは覚えていない)にぶつかってしまい、見過ごす事が出来なかった紳士な殿下に持ってもらったのだ。
転んだのだって、誰かに足を引っ掛けられたためだし。上着の件にいたっては、ここに居るご令嬢方に水をかけられたためである。
つまり、そうなったのはあんたらの所為でしょうが!!…と声を大にして言いたい。…言ったところでいっそう面倒なことになりそうなので言わないけど。
「んー、僕も何度かそんな場面に居合わせた事があるけど……そんなにしょっちゅう有ったの?」
わたしは仕方なく頷いた。
一向にフラグを立てないわたしへ、ゲームの矯正力が仕事してる所為なのか、はたまたご令嬢方の嫌がらせの所為なのか、かなり頻繁にイベントらしきモノが起こる。
ハタで見てたら わたし、スゴいドジっ子よ?
よくずっこけて、荷物ぶち撒けて……そうそうこの間ついに階段落ちもしたわ。ワザとぶつかられてね。
あの時は、マジでヤバかったけど、途中で受け止めてもらって助かった。……助けてくれたのは、ライオネルだったな、そう言えば。
「そもそもライオネルさま。婚約者の私が在りながら、色々な方とお付き合いされている様ですわね?あちらこちらで浮名を流されて……。何処まで私を蔑ろになさるのですか!」
ライオネルは口元に笑みを浮かべて言う。
「僕は誰かと不実な付き合いをした事は無いんだけどね」
「まぁ!白々しいことを。私がどれ程傷ついているかお考えになった事が無いのでしょうね?そして今はそこの庶民を庇おうとなさる……。少しは兄殿下で有らせられるベルファース様を見習っては如何ですか!」
「貴女はベル兄上贔屓だからね。幸い貴女と僕は正式に婚約者と言うわけではなく婚約者候補にすぎない。今からでもベル兄上の婚約者候補に替えてもらえる様、僕から陛下に申し上げておくよ。さ、レイシア嬢 行こう」
「「「…!!」」」
顔色が、赤やら青やらになっている令嬢方の前からライオネルに手を引かれて退場した。
そんな事があって、ライオネルからよく声をかけられるようになり、一緒にいる時間も徐々に増えた。
実を言えば、前世でライオネルルートはクリアしてなかった。
チャラ系は苦手だし、地味〜とかモブとか言われていて食指が動かなかったのだ。
………ごめん、ライオネル。
しかしリアルのライオネルは、わたしの好みドストライク!
俺様では無く、陰険でも無く、脳筋でも無く、そして不思議ちゃんでも無い。(誰がどれなのかはきっと想像どおり)
ライオネルの周囲には勿論王子という事で、利権を狙っている者もそれなりに居る。だが第三王子のうえ、カリスマ王太子がいるので王位に着く可能性はかなり低い。そんな思惑なく純粋に彼の人柄に惹かれて集まっている者が多いのだ。
身分の垣根が無くて誰とでも気軽に話すその姿が、一部の高位貴族の眉を顰めさせ「王子ともあろう者が…」と非難されることもしばしばだが、人材は宝だ。誇って良いと思う。
出来の良すぎる兄弟の真ん中。ライオネルは少し自己評価が低い。
そんなライオネルをフォローしたり、令嬢方の盾になってもらったりして学園生活を送り、気がつけば王太子アルファード様と第二王子殿下ベルファース様の卒業式。
卒業パーティーは、卒業生は全員参加で、二年生一年生は自由参加となっているが、王子殿下の卒業という事で例年より参加者が多かった。
アルファード殿下は婚約者であるルピアス様を、ベルファース殿下は婚約者候補筆頭のエリアル伯爵令嬢をエスコートして会場に訪れた。
この乙女ゲーム『わたしの王子様はあなた』では正式な婚約者がいるのは王太子だけで、あとの王子様方には婚約者候補と言われる令嬢達が存在している。
これは「婚約者のいる人に横恋慕して掠奪〜?無いわ〜。ヒロイン悪女なんじゃ?」という一部のユーザーの為の仕様だったんじゃね?と誰かがツイートしてたっけ。
候補であって、正式の婚約者じゃないんですよ、と。姑息である。
但し 王太子だけはルピアス様という婚約者がいらっしゃる。
ルピアス様は隣国キルクークの公爵令嬢だ。
乙女ゲームの舞台となる我が国カラデナルがあるのはグランヴィア大陸。
大陸の西側から北西部にかけてほぼ半分近くがアンテリア帝国の領土で、残りの半分をカラデナル国、クラスト王国、キルクーク国の三国で分けあっている。
アンテリア帝国は元は北部を治める国だったのだが、土地が肥沃とは言えず、周囲の国々からの掠奪や、侵略を繰り返して大陸のほぼ半分を手中に収めた。
それに危機感を抱いたカラデナル、クラスト、キルクークは三国同盟を結び帝国の侵略を抑える事にした。その甲斐あってここ百数十年は、小競り合いは有るもののまずまず平和が保たれている。
その絆を強固にするために三国では、王族や高位貴族の婚姻が結ばれている。
キルクークにもクラストにも我が国の王家の血筋の者が嫁いでいる。
今の王妃はクラスト国王の王妹であり、次期王妃はキルクーク出身のルピアス様だ。
ルピアス嬢はゲームでは悪役令嬢ポジ。誰のルートを選んでも必ず断罪され、王太子アルファード殿下と婚約破棄し、自国へ強制送還。
初めて見た時は怖れつつも同情した。ゲーム通りなら、わたしに危害を加える存在でそのせいで破滅を迎える人な訳で。
ルピアス嬢は豪奢な金髪と紺碧の瞳、スタイル抜群で頭も良く、未来の王妃として相応わしいと言われている。
わたし的には……胡散臭い……。
一見穏やかに微笑んでいるのに時々目が笑ってない。
怖い者知らずの令嬢の妄言に和かに対応した後、その令嬢の後ろ姿に憎々しげに睨んでいるところを目にした時は背筋がザワリとしたものだ。
聴こえてくる噂は良いものばかり。
陰口一つ無いってことがあるのだろうか?
…ちなみに妄言吐き令嬢はいつの間にか学園から消えていた。
静養のためという理由だったが。
勿論ルピアス嬢が関わって居たなどという話は表向きにはない。
けれど件の令嬢が嫌がらせを受けていたのは確実で、主謀者はルピアス嬢の取り巻きとは無関係な令嬢だった。けれど、その令嬢は特に咎められる事もなくいつの間にかルピアス嬢の取り巻きに加わっていた。
ルピアス嬢の命令で、嫌がらせをして妄言令嬢を遠ざけた。その成功報酬として未来の王妃の側に侍る権利を得た……というのは考え過ぎだろうか。
噂通りの人ではない、油断ならない人に思える。
でもまぁ一国の王妃ともなれば綺麗事だけでは済まない事もあるだろうし、何よりカリスマ王太子が手綱を握っていれば大丈夫かな。
ーー結論。ルピアス嬢は見かけよりも怖い人だ。さすが悪役令嬢!
この卒業パーティーに、二学年のジェラルド王子と一学年のフランシス王子はパートナー無しで参加している。
わたしはライオネルにエスコートされて参加。
わたしはライオネルの婚約者に内定したのである。
田舎男爵の庶子が第三とは言え王子の婚約者になれるとは……。ゲームの補整があったのかもしれない。
ライオネルは王位継承権を返上し、ライオネルを以前から気にかけてくれていた、大叔父にあたる辺境伯に養子に入り次期辺境伯となる事になった。
わたしは卒業までの一年で王子妃教育を受け、その後ライオネルと共に辺境伯領へ行く予定である。
王子妃なんて真平ゴメンと思っていたけど、ライオネルが好きになってしまったのだからしょうがない。好きな人のためなら、わたしだって頑張るよ。
わたしの実家の男爵家では皆大喜びで祝ってくれた。夫の不始末の子供であっても奥様も異父兄も冷たい人達ではなかった。(男爵家にいた時責められていたのは父だけだったし)
ライオネルと何曲か踊り少し疲れたわたしは、窓際に置かれていた椅子に座りパーティー会場を眺める。
ゲームでは、今頃悪役令嬢のルピアス嬢が婚約破棄されていた。そしてライオネルルートの筆頭婚約者候補であったルイジアナ嬢も。
でも、確かに陰湿な嫌がらせはあったけど 大事にならずに済んだし、ルイジアナ嬢はそれ程ライオネルに執着していなかったようだ。いつの間にか第二王子ベルファース殿下の婚約者候補に代わっていたし。
そんなことを考えていたら、不機嫌な声が聞こえた。
「田舎者の庶民が王子殿下を誑かして第三王子妃に収まるなんてね。どんな手管を使ったのやら……?」
「…ルイジアナ様、ご機嫌よう」
「あら、少しはマナーを理解したようね」
相変わらず嫌味なお嬢様である。
「本日はベルファース様のパートナーではございませんのね」
嫌味には嫌味でお返しを。
ルイジアナ嬢が一瞬不快げに唇を歪ませたが、すぐにいつもの様にわたしを見下す眼差しを向けて言った。
「今日の夜会ではエスコートを譲って差し上げただけよ。私の方が器量も立場も相応わしいと あの方もおっしゃってくださいましたもの」
……あの方?
「あの方は、私を頼りにしていると、この国のために力を貸して欲しいと 私の手を握ってそう言ったわ。だからもうライオネル殿下と貴女の事などうでも良いのよ。せいぜい辺境のど田舎で仲良くお過ごしなさいな。私はあの方と共に王宮で殿下方をお支えするのだから」
そう言い捨てて離れていくルイジアナ嬢の背を見つめながら若干違和感を感じた。
あの方とは誰だろう?
ルイジアナ嬢は自分がトップでないと気にくわない性格だ。あの様に手を取り合ったり、誰かの下につく様な事は無さそうな人だった。なのにあの表情と話から感じられのは、敬愛。
かなりの心酔振りが窺える。
今夜のベルファース王子のパートナーは婚約者筆頭候補であるエリアル伯爵令嬢。ルイジアナ嬢は侯爵令嬢で、家格は上。財政的にも王国でトップクラス。対するエリアル嬢は由緒ある伯爵家で王家への忠信は誰もが認めるものであるが、それ以外は特筆すべきものはない。
如何いう意図や、権力バランスで婚約者が選定されていたのかはわたしに知る由もないし、まぁ関係ない。……と思っていた。
これで乙女ゲームは終了だ。
ー※ー※ー※ー※ー※ー
聖ウィステリア学院を卒業し わたしとライオネルは王都で内輪だけの婚約式を挙げ正式に婚約者となり、共に辺境伯領へ向かった。
婚姻は来年 王太子殿下の結婚式が終わった後にする予定である。
その前に領地である辺境に慣れるために住むことにしたのだ。
領地は面積の割に農地が少ないが、東側に海があり北側には鉱山が有る優良な所だ。
これからの発展も見込める。(内政は転生者の腕の見せ所だよね)
「元々家督を継ぐ事はない身軽な身体だから」と友人達も来てくれた。
彼らにも協力してもらい領地の運営を始めて約一年。
「なんだって……!!」
王都から驚くべき知らせが届いた。
王都からこの辺境伯領まで馬車で十日。それをろくに休みも取らず四日で駆け付けた伝令の兵は国王陛下と王太子死去の知らせを持って来た。
「一体何が起こったんだ⁉︎何故お二人が……?」
「こちらに……第一騎士団団長の手紙を預かって参りました……!」
埃に塗れ、肩で息をしながら伝令兵がライオネルに手紙を渡した。
「………なんてことだ……」
手紙によると、事が起きたのは九日前。
その日は第二王子であるベルファース殿下と婚約者となったエリアル嬢の婚約披露の打ち合わせであったという。その後の内輪の茶会でその惨劇は起こった。
茶を飲みしばらくして不調を感じた参加者達。
王と王太子は、その場で死亡が確認された。
エリアル嬢はその日の夜に亡くなり、ベルファース殿下と母である側室フェリシテ様、そして王太子の婚約者であるルピアス嬢は一命を取りとめたとの事。
犯人はベルファース殿下に横恋慕していたルイジアナ侯爵令嬢。直ちに捕縛し牢に収監したとある。
「ルイジアナ様の犯行……?」
確かにルイジアナ嬢は、ベルファース殿下の事が好きで、ライオネルの婚約者筆頭を降りてまでベルファース殿下の婚約者候補(その他大勢の中の一人)にまでなっていたが。
エリアル嬢が正式に婚約者に選ばれた事で失望してキレた?そこ迄直情的な人だった?
「……いずれにせよ、直ちに王都に向かわねばなるまい。至急出立の準備を!」
「お待ち下さい。団長から伝言がございます!伝令の第二報が来るまでは留まっていていただきたいと」
「父上と兄上の死は公表されていないのか?」
「はい。混乱を招かぬよう、時期を見ると仰せでした」
ジリジリとした思いで待つこと七日、やっと伝令の第二便が到着した。
内容はベルファース殿下、側室フェリシテ様、ルピアス嬢の容態。三人とも無事に回復されたとの事。
しかし犯人のルイジアナ嬢は牢内で服毒自殺し、毒の入手経路や、背後関係などは不明のままである事。王と王太子の死が市中に漏れ始め、今はまだ噂の段階ではあるが国民の中に動揺が広がりつつある事。そして最後にルピアス嬢の母国であるキルクーク国の外交官とルピアス嬢の実兄が事件後僅か三日後に王国に訪れた事が書かれていた。
「……速すぎるな…」
キルクーク国とは馬で十日以上、ましてやキルクークの王都とはそこからさらに七日以上離れているのだ。
混乱の真っ只中に現れるなんてタイミングが良すぎる。
手紙には不可解なことも多く状況がどう動くか予断が出来ないので、暫く領地から出ないよう書き添えられていた。
辺境で待つだけなのは辛い。
あ〜スマホが欲しい!
こちらからも状況を確認する為に数人王都に行かせているが、情報を持って戻って来るのはさらに時間がかかるだろう。
あ〜ホントにスマホが欲しい‼︎
王と王太子暗殺事件から一月後。
三台の馬車が護衛の騎士と共に我が領地へ逃れて来た。
乗っていたのは、第五王子フランシス殿下とその母である側室アンネ様、そしてルイジアナ嬢の十一才になる弟ジュリオだった。
「フランシス!」
「ライ兄上……!」
「フランシス、アンネ様 無事で良かった。お疲れでしょう、部屋は用意してあります。どうぞお休みください。フランシス、疲れているだろうが執務室へ。わかる範囲でいい、お前の知ってることを話してくれ」
「ごめんなさいライ兄上……。事件後僕も母もほとんど部屋に軟禁状態だったんです。だから僕の知っている事は王宮の文官や武官から得た情報しか無いのですが……」
現在城の政務を執り行っているのは宰相であるオリガルド侯爵。そして毒から回復したベルファース殿下であるという。
まぁ、そうだろう。
「ただ、執務室へは、ルピアス様とルピアス様の兄上や、キルクーク国の文官や武官が出入りしていると」
「それをベル兄上も宰相も許していると言うのか?」
肯くフランシス殿下。
その時執務室のドアがノックされる。
「ライオネル殿下!エヴァンス伯爵嫡男ジュリオでございます。どうか御目通りをお許しください!」
ドアを開けるとジュリオ少年と馬車を護衛してきた近衛騎士ギルバードが入室した。
「お初にお目にかかります。……姉は…姉は、騙されたのです……!」
執務室に入るやジュリオ少年は、叫ぶように訴える。そして一冊の日記を差し出した。
「姉の日記です。これをお読み頂きたく……。姉は…決して王家に叛意など持っておりませんでした。……その、前半部分にご不快な処がございますが…どうか、御覧になって頂けませんでしょうか…。お願いいたします」
ジュリオ少年が気まずげにわたしに視線を向ける。ああ、前半にわたしの悪口が書いて有るんだね。
「ジュリオ殿、これは必ず読ませてもらうよ。その前にギルバード、お前は事件の時、兄上の側に付いていたのか?」
「いいえ。……申し訳ありません」
騎士ギルバードは王太子の護衛であり、幼馴染みだった。
あの日は、突然王都郊外の第二騎士団に呼び出されたのだという。訪れてみれば重要な案件でもなく釈然とせず帰城すると、待っていたのは主君の暗殺だった。
「代わりに付いていた護衛を問い質しましたが………」
茶葉を用意したのはルイジアナ嬢であった事。参加者に異変が起きたのは茶会の終わり頃だった事。毒だと気付いた王と王太子が携帯していた毒消しを服用した途端、容態が激変し亡くなった事。
「あの王宮秘伝の毒消しを飲んだのに?」
「はい。王宮の医師と薬師によればあの毒は遅効性で毒性は中程度。しかし、あの毒消しを飲む事で一気に劇薬化すると申しておりました」
王家の秘薬の毒消しはその製法も成分も秘匿されている。
今まで発見されていた毒であればほとんど解毒できる薬であった。なのに反対に悪化するという事は、この秘薬は分析され尚且つ毒の効果を上げるために利用されたのだろう。
「毒性が中程度というのは、どういう事だ?」
「茶を一杯飲まれたエリアル様は、お亡くなりになりました。ですが茶を半分程残していた御三方は後遺症も無く回復されておられます」
助かった三人ーーベルファース王子と側室フェリシテ様、そしてルピアス嬢。
犯人と言われているルイジアナ嬢は牢内で服毒自殺。
「それからルイジアナ様のエヴァンス伯爵家とその領地は王家の直轄地となりました。伯爵夫妻は処刑され、ジュリオ殿はまだ成人前という事で刑罰は免れました」
騎士ギルバードの報告を俯いて聞いていたジュリオ少年から耐えきれずに鳴咽が漏れた。
何とも沈鬱な空気の中わたしは嫌な事を思い出した。
「エヴァンス伯爵領って、確かキルクーク国の国境と接していたわね。ジュリオ君、エヴァンス伯爵領に外国人…キルクーク人は居なかった?」
「……はい。我が領はキルクークと接しているので以前からよく見かけておりますが……。あっ!そう言えば昨年から増えてきていました。以前は商人がほとんどだったのですが、傭兵のような者も見かける様になりました」
「きな臭いな……」
キルクーク国はルピアス嬢の母国だ。
暗殺事件後の速すぎる来訪、外国人の入室など許されるはずの無い執務室への出入り、キルクークの国境と隣り合っているエヴァンス伯爵領の召し上げ……。エヴァンス領に入り込んでいるキルクーク人。
「父上達の暗殺にキルクーク国が関わっている……と見て間違い無いだろう。とすればベル兄上と宰相はどこ迄の関係なのか……?」
最初から暗殺計画を知っていたのか?それとも事が起こってから仕方なくキルクークの傀儡として王宮に留まっているのか?
情報が中々届かず、状況がよく分からない辺境では判断が難しい。だが、グズグズしてるとキルクーク国に国を乗っ取られそうな気がする。
レポーターと解説者とコメンテーターも欲しい。
それからルイジアナ嬢の日記を開く。
前半は斜め読みで(思った通りライオネルとわたしの悪口が綴られていた)読み飛ばす。
ライオネルの婚約者候補から、ベルファース王子の婚約者候補に乗換えたあたりからはエリアル嬢の悪口が書かれている。そしてある人物との接触後は、その人物に傾倒していく様子が窺えた。
『ルピアス様は完璧な淑女だわ』
『故国を離れてこの国に立ったお一人で、時々不安になられることもあられたとか……』
『私を頼りにしてるなんて…なんて嬉しい!』
『一緒に国のために殿下方を支えて行きましょうって、私の手を取って下さったわ』
『ルピアス様のおはからいで、ベルファース殿下とお会いできるなんて!殿下から卒業パーティーでのパートナーについて謝罪をされたわ。今は貴族間の勢力の関係上エリアル様を筆頭としている方が都合がいいけれど、本当は女性として私の方が好ましいってお言葉をいただけたわ!』
『中々進まないエリアル様との婚約解消……。時間稼ぎのために明日のお茶会でルピアス様に渡されたお茶を出す様に言われたけど……。良いのかしら?いえ、大丈夫よね。だってエリアル様だけじゃなく他の方々も飲むのだから、危険なものじゃないはず。とにかくエリアル様が少し体調を崩されてベルファース殿下との婚約が延期されれば、その後に私との婚約に持って行けると、殿下が仰っていたのだし……。きっと上手くいくわ!』
これが最後の記述だった。
「……これは!……」
「よく処分されずに持ち出せましたね」
実行犯はルイジアナ嬢だが、教唆したのはルピアス嬢だとわかる。
そして王と王太子の暗殺にはベルファース王子が関わっている事も。
「ベルファース殿下はずっと王位を狙っていたのかしら?」
わたしは疑問を口にする。
乙女ゲームの中では、確かに王太子に対して対抗心みたいなものを持ってるのは垣間見えたけど、王太子の資質を認め将来は宰相になって兄である王を支えるつもりだって、ヒロインに言ってたけど(ベルファースのルートで)。
「ベル兄上よりも、フェリシテ様の方が王位に拘っていらっしゃったかな……」
ライオネルの話によるとフェリシテ様は王陛下と子供の時からの婚約者で、いずれ王妃になるのだと思っていたのだそう。しかし三国同盟の取り決めで王妃はクラスト出身で王太子とライオネルの母である現王妃となった。
側室になったフェリシテ様は嫁いで来られたばかりの王妃様をかなり苛めたらしい。
懐妊はフェリシテ様の方が先だった。
第一王子を産んでもその子が王太子になる訳ではなく、王妃の産んだ子が優先されるのだが、王太子の座を狙えない事もない。
その一月後に王妃の懐妊も判明した。
だが先に産まれたのはアルファード殿下であった。しかも僅か数時間早く。
フェリシテ様は、「月足らずで産まれた王子では無事に育つか危ぶまれる。期待されて産まれた王子が死んでしまっては民も不安に思うかもしれない。それならば自身が産んだ子を第一王子として公布するべき」だと主張した。
しかし結局は産まれた順番通り、第一王子はアルファード殿下に、ベルファース殿下は第二王子として公布されたのだった。
フェリシテさまの後宮での威勢を削ぐ思惑もあったのかもしれない。
その後も何度かフェリシテ様による王太子の擁立について奏上が有ったが決定にはまだ早いと流しているうちに、アルファード殿下は元気に成長され、次期王としての資質をも現して来た。
周囲からも王太子として相応わしいと認められるようになり、正式に立太子したのだった。
フェリシテ様はかなり荒れたとか。
………そんな裏設定あったのか………。
「キルクーク国はいつから我が国を乗っ取ろうと準備をしていたのだろうか………?」
ルピアス嬢が我が国カラデナルに来たのは王太子アルファード殿下がウィステリア学園に入学する時だから五年前程か。
「こんな事が僅か五年で成せるとは思えない。キルクーク国の陰謀はかなり前から計画されていたに違いない。」
乙女ゲーム『わたしの王子様はあなた』では誰のルートを選んでも必ず断罪されるルピアス嬢。ゲームをやってた時は同情してたし、わたしがライオネルを選んでも断罪なんかしなかった。
でも、あの卒業パーティーの時、ゲームと同じようにルピアス嬢を断罪してキルクークに強制送還していたら、今のような状況にならなかったのかも……。
断罪………やっておけば良かった。
ー※ー※ー※ー※ー※ー
ーー暗殺事件から半年。
この半年は怒濤の日々だった。
驚いた事に第四王子のジェラルド殿下が王妃様を連れてこちらの陣営に逃げ込んで来た。
ジェラルド殿下の母の側妃マリエル様はフェリシテ妃の派閥の筆頭なので、何かの思惑が有るのではと疑ったが、
「ベル兄上が、エリアル様を殺すなど……!俺はもうベル兄上にも母上にも付いていけない!!」
そう言えばゲームではジェラルドの初恋の君はエリアル嬢だったっけ。
でも彼女はベルファース殿下の婚約者候補。断ち切れない思いを抱いていたのをヒロインと出会い、徐々に惹かれて行く…と言うのが、ジェラルドルートだったな。
キルクーク国の侵略に合わせてアンテリア帝国が我が国へ侵攻を始めた。
それを食い止めるために、王妃様の兄であるクラスト王の協力を得られたのは朗報だった。とは言え内乱が長引けば帝国とキルクーク国だけでは無く大陸中が乱戦に成りかねない。早く収束させなくてはならない。
ライオネルは、ベルファースは簒奪者であり、国をキルクークに売ろうとする反逆者であると国内に宣言し貴族と国民に激をとばした。
『簒奪者ベルファースを許すな!侵略国キルクークを倒せ!!』
『親殺し、兄殺しの卑劣な売国奴を許すな!!』
それに応えて国内の貴族と国民の有志が続々と集まっていた。
国民のほとんどはライオネル陣営に正義があると支持している。
しかし、ベルファース側と利権と義理が絡み敵対する貴族も少なくない。そういった貴族家に大物がいるのが厄介だった。
宰相の侯爵家にフェリシテ妃の実家である公爵家。それに連なる者達が王都に集まりキルクークからの援軍を待っていた。
ー※ー※ー※ー※ー※ー
王都から少し離れている丘に此方の陣を敷いている。
王都には多くの国民が住んでいる。彼らを巻き込まずに王都を制圧するにはどうしたら良いか。
わたしとライオネルは王都を見下ろしていた。
「……僕は兄弟の中で何の取り柄も無い。頭脳でも武道でも芸術でもね。ベル兄上ならば賢王になれるだろうに………」
「そうね。ベルファース殿下が暗殺という手段を取らずに王になっていたならきっと賢王と讃えられたかもしれない」
「…………」
「でもね、彼は非道で忌まわしい手で王位とこの国を手に入れようとしている。………このまま王になったとしたら、ベルファース殿下は狷介で猜疑心の強い王になるんじゃないかしら?仮にライオネル達が最初からベルファース殿下の下に付いていたとしたら……それでもいずれは皆んな殺されてたんじゃないかな」
「まさか…」
「自分は謀略で実の父と兄を弑逆して王位についた。同じ様に兄弟に暗殺され王座を奪われるんじゃないか。あるいは有能な部下はいつか自分を裏切るんじゃないか……とか。きっと心安まるときは無いんじゃ無いかなぁ」
「キルクークの手を借りてまでなんて、賢明な兄上ならどんなに危険な事か分からないはず無いのに………」
「それでも賽は投げられた………もう引く事は出来ないんでしょう」
「…………」
「わたし達も引けない。引いたらこの国の人達はどうなるの?キルクークに、アンテリア帝国に蹂躙されるかも知れない。アンテリアの属国では身分差と重税で喘いでいると聞くわ」
「分かっている。僕も王族として生を受けた者だ。民を守る義務がある!だから絶対に謀反人達に国を渡さない!」
そう宣言したライオネルはわたしを見て何度も繰り返した事を口にする。
「僕は君を危険な目に合わせたくない。今なら陣を抜けて行ける。逃げてくれないか?」
「いやよ!わたしだけ安全な所に逃げるなんて!」
「考えたくないけど、負ける事だって有るかもしれない。そうしたら君まで処刑されてしまう」
「絶対に逃げない!………それにどうするのよ?結婚式に花嫁に逃げられました…って言うつもり?」
そうなのだ。
これからライオネルとわたしの結婚式が執り行なわれるのだ。
こんな戦いの最中に?と思うだろう。
でもライオネルが言ったのだ。
『この戦いが終わったら結婚しよう』って!
ちょ……!それ言ったら駄目なやつ!
なのでそのフラグはキッチリ折らせてもらう事にした。
決戦間近と言うのに暢気に結婚式。
丘の上のライオネル陣営では呑んで騒いでる。
花婿のライオネルはかなり飲まされフラつく足で何とか立ち上がり、皆んなに挨拶をして宴席を離れる。
わたしも皆んなに冷やかされながらライオネル一緒に寝所に向かった。
部屋に入るとさっきまで千鳥足だったライオネルは、表情も厳しく振り返る。
そして用意してあった黒い軽鎧を身に付ける。
最後に剣を携えた。
「行ってくるよ」
「気をつけてね」
「……もし…失敗したら……」
「逃げないわよ。ライを助けに行くから。助けられなくて処刑されるならそれも一緒に。ついさっき誓ったばっかりでしょう?どんな事があっても離れる事なくって」
「レイシア……」
「失敗して処刑されたなら二人で首を並べて晒されましょう」
わたしはにっこり笑顔でライオネルに言った。
「でもできれば子供も産んでみたいし、まだやりたい事がいっぱいあるから………!帰って来てね…」
「…レイシア……!」
ライオネルに抱き締められ眼が潤むが泣くもんか。
わたしはライオネル達が闇にまぎれて見えなくなっても、いつ迄も佇んでいた。
ー※ー※ー※ー※ー※ー
カラデナルの内戦はライオネル王子の隊の奇襲が成功し王宮を制圧した事で終結した。
謀反人は捕らえたが、まだアンテリア帝国とキルクークとの国境では小競り合いが続いているが、叙々に落ち着いて来ていた。
ーーー暗殺事件から一年後
今日は戴冠式だ。
ライオネルが王となる。
そしてわたしはなんと王妃だ!
前世はバリバリの庶民で、現世では男爵家の庶子のわたしが王妃!
何ですかこれ?
ゲームの補正ですか?
初めてこの世界が『わたしの王子様はあなた』だと知って自分がヒロインだと気付いたときは、目立たず関わらず静かにフェードアウトしようと思っていたのに………。
何の因果かゲームの補正か、王妃エンドですって!
ゲームでは、王妃になるのはアルファードルートだけだったのに、現実で攻略(?)したのはライオネルだったのだけど。
『わたしの王子〜』のゲーム期間の二年間に比べて、学院卒業パーティーから今日までかなりハードだった。
王様と王太子アルファードが暗殺され、国が混乱の真っ只中になるなんて、キャッキャウフフのラブラブ学園生活よりこっちの方がメインじゃないの?と何度も思ったわ。
わたしは、王となったライオネルの傍で王妃として生きていく。
わたしの人生はこれからも続く。
王妃になった時点で既にのんびり生活は……無いな。またハードモードになるのかも知れない。
その度にわたしはきっと言うんだろう。
「乙女ゲームに続きがあったなんて……こっちの方がメインなんじゃないの?誰か続きを知ってたら教えて〜!」って。
思ったより長くなってしまいました。分かりにくい所もあったと思いますが、最後まで読んで頂きありがとうございました。