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#覆面書庫 「共歩」「受胎告知」

作者: livre
掲載日:2019/05/05

Twitter内での企画「#覆面書庫」に参加させていただいた時の作品です。

1作は詩、1作は短編になってます。

【共歩】


手を繋いで歩きたい。

あなたと並んで歩きたい。


歩調が合わずに置いてかれても

小さく走って追いついてでも

きっとそれすら愛おしい。


同じ目線で 隣に並んで

ふたりの靴音響かせながら。


私はそういう夢をみる。

夢にもなれない夢をみる。


私のせかいはそんなもの

祈ることさえゆるさない。


────────────────────────


【受胎告知】


「ああ…聖母様、神の御子がおいでになっています」

朝餉を運んできた女官が、着物の上から下腹部に掌を添える。これは毎朝の日課。いつものこと。

そのまま何も言わず下がることもあれば、今日のように受胎を告げる日も少なくない。私の生活に変化が生まれるのはこの瞬間だけだ。

「明晩、御子を現世に降ろす儀式を執り行います。別の者が参りますので、御身を清めてお待ちください」

「…はい」

膳に置かれた椀物の匂いに混じって、格子の窓の向こうから微かに梅の花が薫っている。ここでこの香りを感じるのは何回目か。

幼い時は、もっと間近に…。あの赤い花を、確かにこの目に…。

甘やかな香りを放つその姿を、もう何年も見ていない。


 十二か十三の歳の頃、ある朝下着が赤黒く汚れていた。

それが血だと気付いて慌て、泣きついた時の母の顔を今でもよく思い出す。

「おめでとうございます。聖母様」

幼いながらに憐れみを感じ取ったあの瞳。

あの日から私はこの奥座敷で、御子が宿るのをただ一心に待っている。


「手を翳すだけで御子がおいでかどうか分かるだなんて、私なんかより貴女の方がよほど特別に思えるわ」

食べ終えた膳を持ち下がろうとする女官に声を掛ける。

生活の匂いが遠ざかり、取って代わるように梅の香が深くなった気がした。

「いいえ。御子をその身に宿すことが出来ますのは聖母様だけでございます。私など、とても」

そう応える女官と視線が交わることはない。私はもう何も言わず、明晩行なわれる儀式へと想いを馳せた。


 その晩だけは、奥座敷に篝火が焚かれる。

ぼんやりと赤く照らされた格子が畳に規則的な黒い影を落とし、そして揺らいだ。

牢の閂がひらき、数人の女官達が這入ってくる。自分以外の者の息遣い。衣擦れの音。

それらによって普段の暗闇と静寂が破られることに慣れず、儀式の前は毎度緊張してしまう。

「聖母様。ご準備のほどは如何ですか」

「…ええ。もう大丈夫」

声が掠れた。それを合図に、御子を現世に降ろす特別な儀式が始まる。

「では失礼致します」と、捲られた着物の裾から脚の間に細い竹筒が挿し込まれる。

ぐ、と漏れそうになった悲鳴を、口に押し込んだ絹布で必死に抑えつけた。

身体の芯を裂き貫くような痛み。何度も何度も体験しているはずの痛みは、いつも新鮮に脳にまで届く。

数拍の後に どろり と冷たいものが胎内へ流れ込んだ。全身が粟立つ。気味が悪い。寒い。冷たい。怖い。痛い。

けれどこれも御子の為。聖母である私にしか成し得ないこと。

声を殺し痛みに耐えているうちに、ずるりと筒が引き抜かれる。布団を強く掴んでいた両の手が緩んだ。

ああ…、終わった。裂けた膚はじくじくと痛む。きっと今回も血が流れていることだろう。汗で額に張り付いた髪が気持ち悪い。恐らく、今の私は酷い顔をしている。

しかし今度も私は成し遂げた。聖母としての責務を果たせた。

 簡単に傷の手当てを済ませて女官達が牢を出ていき、篝火を消す。見慣れた暗闇に視界が落ちる。

闇に視覚を失い研ぎ澄まされた耳へ、遠くで経を読む声が届いた。ここではないどこか近くの部屋で坊主が読んでいるのだろう。私の為に、私と御子の為に皆が祈っているのだ。

夕暮れから降り始めていた雨が激しく梅を濡らし、花の香りをより一層燻らせていた。その中にほんの僅か、血の生臭い香りが漂う。


 私は聖母として時折、神の御子を受胎する。

毎朝同じ女官が腹に手を当て、受胎の有無を確認する。

御子がおいでの場合には、その身を現世に降ろさなくてはならない。儀式を済ませるまではその魂のみしかこの世に存在できていないのだ。私には、それを現世に定着させる義務がある。

儀式が成功すればこの身体に御子の肉体を宿し、お育てし、やがて産み落とす。

失敗したら翌日また儀式を行なう。これが成功するまで続く。

そうして神はこの世に降り立つ。私はその為の母胎となる。

座敷牢に住まうのは、様々な災難からこの身を守らなくてはならないからだ。神が降りる為の身体に災いが起こることなど許されない。

幼い時分に母にそう言い聞かされ、以来、幾度となく御子の母胎として御役目を果たしてきた。

産みの苦しみは決して小さいものではない。儀式に伴う痛みも大きい。

ここでの暮らしもひとりきりで、子供の頃に比べれば楽しいとは言えない。

けれどこうして崇高な御役目に就けることはこの上ない幸せだと感じる。

今しも御子が御座すかもしれない腹を撫でさすりながら、目を伏せ、私はもう何度目かの台詞をぽつりと独りごちる。

「どうかあなたの御身が、この身で健やかに育たれますよう」



 口にすることさえ忌まれるような存在がある。自分達が行なっている行為の醜悪さから目を逸らし、正当化したがっているのだ。

家の存続と繁栄を目的として一人の少女を生贄にしている。そして、それを話題にすることは好まない。

自らの境遇に不満を抱かぬように、耽溺できるような世界を与える。

お前は姫だ。特別な存在だ。その身は尊いものである。

そうして生まれた忌まわしい習慣が“聖母様”だ。


 私は聖母付きの女官として、今代の聖母に侍っている。

彼女は十三の歳に初潮を迎えて以来十年、座敷牢に閉じ込められて暮らしている。何かに触れ真実を知られては困るからだ。

ひとりきりで、そこから出ることは叶わず、外の景色を見ることもできず、出入りの女官以外とは言葉を交わすことさえ許されずに、毎日ひたすら時間を殺している。

折を見て指示が下った時にのみ私が彼女に告げる言葉がある。それは、既に儀式のひとつと言えよう。

「聖母様。神の御子がおいでになっています」

腹に手を当ててそう告げるのだ。すると彼女は凜然と“儀式”に移る。痛みと恥辱に耐え、少女は神の母胎となる。

もちろん、手を翳しただけで受胎を確認することなど出来るはずがないし、そもそもその時点で彼女の腹には何も無い。

魂も、肉体も、何も無い。

“儀式”によって初めてその身に子を宿すのだ。

しかし彼女はそれを知らない。先に魂が宿り、後に肉体を作り上げるのだと信じ込んでいる。

そしてそれが神様の御子であると信じて疑わない。

実際には家の為に孕まされた、単なる人の子にすぎないというのに。


 前回の受胎で産まれたのは女児だった。梅の季節には女児が産まれやすいのだと聞く。

かくいう私も、何代か遡った先代の聖母から産まれた。梅の咲く時季だった。

実母だと思っていた母親が乳母であったこと、“聖母様”についての話。それらを聞かされた時には衝撃を受けたものだった。同時に、私は選ばれなくて良かった、と安堵もしたのだ。

聖母には、家の親類に籍を置く女児の中から体型や健康状態を吟味した一人が選ばれる。

そして何故か、梅の季節に聖母から産まれた女児が選定されることが多いのだという。他の母親をもつ血縁の娘も少なからずいるというのに。

つまり、産まれたばかりのこの娘は次代の聖母になりうるということだ。

悦びは知らぬまま機械的な破瓜によって子を成し、その胎内で育て壮絶な痛みと共に出産する。そんな繰り返しで負担を強いられる母体は長くはもたない。大半が三十前後で命を散らす。今代の聖母も、もってあと数年だろう。

 遠い昔に思いがけず生き長らえた聖母が、毒を盛られて始末されたとも聞いたことがある。役に立たない聖母に用はないのだ。真実を告げるわけにもいかず、手に余り、そうして処分される。

どの道、聖母は短命以外に道はない。


 儀式で使い終えた竹筒が引き抜かれ、血濡れてぬらぬらと光る様子はいつ見ても気味が悪く、吐き気がする。無理矢理押し込まれたせいで裂けた傷口から流れ噎せ返る血の匂いは、いわば命の香りだ。

これが新たな命を作り、そして、目の前に横たわって全身で息をしている少女の命を削っているのだ、と実感する。

私自身も、こうして作られたのだと。


 聖母付きの女官は短期間で入れ替わる。長く時を共にしたせいで聖母に情が移り、真実を伝えてしまうことを防ぐためだ。

私も間もなく任を解かれ、良き人と夫婦となり、普通に子を成すことだろう。

私は聖母ではない、ただの母となる。


 遠い異国の地にある伝承に、“受胎告知”なる話があるという。

天使が、処女である女性に神の子の受胎を告げるのだ。

ならば私は天使だろうか。

ありもしない魂の存在を嘯き何も知らぬ少女の胎内に子種を注ぎ込む私は、果たして天使になれるだろうか。

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