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三章 拝啓、虚構症候群の皆様へ~アナタの愚者より愛を籠めて~ chapter1 千変万化

 岳竄(がくざん)高等学校三年生東山(とうざん)江夏(えなつ)は優秀な『神官騎士』候補生だ。

 学業優秀、魔法にも優れ、なおかつ怪力で剣と魔法の腕も立つ。地元ではちょっとしたヒーローのような扱いを受けており、江夏自身も自身の実力にはそれ相応の自負があった。


 だがしかし東山江夏はその力強く筋肉質な――いわゆる厳ついゴリマッチョな体型故か、むさ苦しい男のファンばかりで致命的に黄色い声援が少なかった……!

 今回の『救済神魔奉納演武祭』でもどうせ自分の応援は男子高である母校、岳竄高校の生徒ばかりなのだろうと、そう諦めかけていた。


 だが神は、彼を見捨てなかったらしい。

 試合直前に控室に現れた美少女に江夏は現在進行形で鼻の下を伸ばしていた。

 長い黒髪と整った顔立ち、まさに正統派清楚系黒髪美少女といった彼女は、両腕を背に回してもじもじした後、頬を赤らめながらも勇気を振り絞って背中に隠していたボトルを取り出すと告白するような勢いで言った。


「あ、あの……江夏先輩っ。わ、私、江夏先輩の大ファンで……だからこれ、力が出るようにって、特製ドリンクです、もしよかったら、飲んでください……!!」


 差し出されたドリンクボトルを江夏は頬を緩めながら受け取って、今年は一味違った最高の祭りになりそうだ、と。ひと夏の甘い予感に打ち震えるのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



「ふー、はいおしまいっと。……なんていうか、可哀そうなくらいちょろいね」


 ふやけきっただらしない顔で夢の世界に浸っている筋肉マッチョをロッカーに押し込む作業を終らせた僕は、一仕事を終えた顔で額の汗を拭った。

 美少女に変身して東山江夏に渡したボトルの中には超強力な睡眠薬が仕込んである。

 ぐいっと僕の目の前で男らしく全て一気に飲み干した東山は、おそらく丸一日は目を覚まさない。文字通りいつものドリンクとは一味違ったハズだ。


 参加選手の中で一番こういう手に引っかかりそうな人を狙ったとはいえ、ここまで簡単に事が進むと罪悪感を感じないこともない。

 まあ、幻とはいえひと夏の夢を見せてあげられたのだから、それで勘弁してもらうとしよう。


 今日は『演武祭』当日。開会式を前に参加選手たちの中にどうにか潜り込んだ僕は頭の中で思い描いたシナリオを実現するために行動を開始する。

 ここ数日、様々な事が立て続けに起きたけれど当初の目的を忘れた訳ではない。僕は僕の目的の為、彼女に嘘偽りのない自分自身の言葉と気持ちを届ける為にこの大会を勝ち抜くと決めたのだから。


 僕は東山の持っていたトーナメント表を確認し、大きく深呼吸をして気合を入れ直す。

 瑠奈は反対側のブロックにいる。僕が瑠奈と当たるには決勝戦まで進むしかない、ある意味これ以上ない理想的なシチュエーションに僕は思わず笑みを零していた。


「それじゃあ始めようか。劇的な勝利を喜劇的に。悲劇的な結末を面白おかしく。シリアスなんざ笑い飛ばして、悲しみの涙を笑いの涙に変えてやろう。僕は道化(ぼく)らしく道化(ぼく)は僕らしく。正々堂々真正面から真面目に不真面目に不格好に、この予定調和をぶっ壊す……!」


 勝利の為なら手段は選ばない。

 たとえ(どうけ)の手を借りようとも、道化(ぼく)は彼女の元へ辿り着いて見せる。



☆ ☆ ☆ ☆



 大東日輪神国首都『東楽』。

 旧二十三区の新宿区と渋谷区に跨って建設された『国立総合競技場』に設けられた一辺五十メートルの正方形のリングに立ち、少女は銀の髪を揺らし世界に銀閃を走らせる。


「――満たせ、水の杯(ウンディーネ)! 叫べ、悲恋の女王(カタストロフィ)! 我が溢れるばかりの愛憎を杯へ注ぎ、全て食らいて糧となせ! 『来たれ、創造の刃(サモンズ・シュト)。純潔の水龍よ(ローム・ドラッヘ)』!」


 詠唱が鳴り響き、命が宿ったように水が空を舞う。

 駆け抜ける銀閃を追って水の龍が飛翔し、対峙する者を一瞬でリングの外へ弾き飛ばす。

 襲い掛かる水龍を逃れた者は続く連続刺突による捉えがたい点の攻撃に圧倒され、何とか反撃できた者でさえも、彼女の操る水龍がその攻撃を防ぎ、返す刀で潰される。

 終始何も出来ぬまま、気づけば可憐な少女の前に膝を着く羽目になる。


 観客たちからの喝采と共に勝利宣言を受けてなお、瑠奈の表情は優れない。

戦いの中に喜びも高揚感も充足感も達成感も見いだせず、ただ作業のように当たり前の勝利を積み重ね、その度に瑠奈の心は摩耗していく。

 遠くを見通す薄紫色の瞳が見据えるのは優勝のその先、『神官騎士』になる事。

 そしてさらにその先で果たされる己の見据える野望だけだ。


(……残るはあと一勝。待っていてくださいお兄様。私は必ず『神官騎士』になってみせます。そして、必ずやアナタを――)


 瑠奈=ローリエには必ず優勝しなければならない理由があった。否、優勝は単なる通過点、少女の目的はその先でしか果たせない。


 兄の為、自分の為、そしてこんな瑠奈を愛してくれてた両親と今は亡き義理の母と父の為にも勝利は絶対で、それ以外の全てが許されていなかった。

 もはや瑠奈は優勝はおろか目の前の勝負さえもまともに見えてはいない。

 故に気づかない。

 反対側のブロックに、一回戦から準決勝までの全てを不戦勝で勝ち上がってきた特異な選手がいることに。


 その選手が、どこか見覚えのあるふざけた軽薄な笑みを浮かべていることに。



☆ ☆ ☆ ☆



 決勝戦前、東山江夏の控室。

 僕はベンチに座り、緊張で砂漠みたいにひりつく口の中にスポーツドリンクを流しこみながら、決戦に供えて精神を集中させていた。


 不自然な不戦勝でトーナメントを次々と勝ち上がっていった僕だったのだけど、不思議と疑いの声は上がらなかった。

 僕が変身している東山江夏の日頃の行いがすこぶる良かったのが幸いしたようだ。

 東山はこういった勝負ごとに不正を持ち込むのが大嫌いな公正で厳格な性格をしているのだろう。……否、正確にはそう『設定表記証』に書いてあるのか。


 彼の不正を疑う者は、少なくとも大会の運営委員会にはいない。何故ならそれは『設定表記証ステータスカード』とそれを与えた神を疑うも同然の事なのだから、まあ当然か。


 僕としてはとてつもなくありがたい展開だが、真面目が馬鹿を見る虚しい世界の典型例のようになっている現状に乾いた笑みしか浮かばない。


(……いや、本当はそこじゃない。この大会の問題点は、もっと別の部分にある……)


 とはいえ残るは彼女との決勝のみ。僕必殺の超強力下剤の出番はもうやってこない。

 ここから先は正真正銘正々堂々と、僕自身の実力で彼女に打ち勝たねば意味がない。


(下剤に睡眠薬に色仕掛を駆使したおかげで魔力は温存できてる。ただでさえ魔力量の少ない僕だ。消耗してる状態じゃ彼女と勝負にならない。けど、万全の状態でなら――)


 と、僕の思考を遮るように控室のドアがノックされる。どうやら時間のようだ。

 僕はペットボトルをゴミ箱に投げ捨てて、ベンチから立ち上がると、


「ああ、今行くよ」


 とだけ告げてリングへと向かう。

 瑠奈は僕の参加に気づいているだろうか。そんな事を思いながら、僕は目深にパーカーフードを被り決勝のリングに足を踏み入れる。


 僕が入場すると同時、実況が声高々に叫ぶのは僕とは無関係な東山江夏の紹介だった。

 ここまで一戦も刃を交えることなく勝ち上がってきた奇跡の男とか、なにやらすんごいハードルの上りよう。とはいえ彼に期待された役回りが何なのかは、火を見るよりも明らかだ。


 そうして割れんばかりの大歓声に迎え入れられた僕が見たのは、死んだ魚のような曇った目をした瑠奈の姿だった。

 肩辺りで切り揃えられた銀色の髪。一房だけ尻尾のように長く伸ばして三つ編みに纏めているのが印象的だ。不吉に曇った薄紫の瞳は、ここではないどこかを彷徨い、焦点が現実に合っていない。

 瑠奈はいつもと同じように神楽坂学園の女子制服に身を包み、腰には銀と紫を基調とし青系の色彩で統一された装飾が施された流麗な細剣を吊るしていた。


 ただ、同じ制服姿と言えども今日の彼女は正装だ。

 夏服の純白のブラウスの上から紺地に青のラインが入ったブレザーをしっかりと着用。さらには銀色のアーマー状の胸当てと同色の籠手を装備している。


 今日、この場に立っているのは学生:瑠奈=ローリエではない。

 神官騎士候補生・瑠奈=ローリエだという決意表明のようにも見えた。

 目前に僕が――魔力を節約する為に今回は東山には変身せず、目深にフードを被って誤魔化しているだけの状態で――いるというのに、彼女の瞳はまるっきり僕を見ていない。


 人間から心の余裕の一切を削ぎ落とし、目的の為にのみ行動する機械を作ったら今の彼女が出来そうだ。僕は心ここに非ずな彼女を見てそう思った。


「よろしく、瑠奈=ローリエ。いい試合にしよう」

「……」


 話しかけてみるが、僕の声が聞こえていないのかまるで反応がない。茫洋とした瞳は確かに僕を映し出しているのに、その焦点は此処ではないどこかへと飛んでしまっている。

 僕は何だか、それが気に入らない。道化(ぼく)ではなく僕を見てくれた君がそんな目をしていることが、絶対に許せない。


「……決めた。なら次は、僕が君の目を奪ってやる」


 小声でそう呟くとほぼ同時、実況が試合開始の合図を告げた。

 待ちに待った決勝戦に観客たちはおおいに湧き立つ。

 闘いの火蓋が斬って落とされ、僕は彼女目掛けて一直線に石造りのリングを駆ける。

 対する瑠奈は幽鬼のように意志の薄い瞳で抜剣。銀と紫、そして青系統の色彩で統一された細剣をまるで作業のような単調な所作で僕へと突きつけ、暗い声で詠唱を開始する。


「――満たせ、水の杯(ウンディーネ)! 叫べ、悲恋の女王(カタストロフィ)! 我が溢れるばかりの愛憎を杯へ注ぎ、全て食らいて糧となせ! 『来たれ、創造の刃(サモンズ・シュト)。純潔の水龍よ(ローム・ドラッヘ)』!」


 彼女の魔法はいわゆる召喚(サモンズ)創造(メイカー)、その二つの特性を持ちあわせた水の魔法だ。

 彼女の魔力に呼応し、周囲の水が瑠奈=ローリエの元へと収束するように召喚される。

 水は数秒と経たずに形を与えられ、体長五メートルにも迫る水龍を一挙に四頭創造する。

 瑠奈が指揮棒のように細剣を振り下ろし、それが得物を狩る合図となる。


 津波のように一気に押し寄せる水龍の群れ。いつかと同じ光景に、僕は臆せずその渦中へ飛び込んでいく。そんな僕の行動に観客席からざわめきが起こる。

 東山江夏の持つ魔法が火属性の魔法だったからだろう。


 魔法は基本的に『火』、『地』、『水』、『風』の四つの属性からなり、この世界には『四大元素・相乗相克図』という概念がある。

 ――火は地を固めより強固に、地は火をより育む燃料に。

 ――風は酸素を運び火を大きく燃え上がらせ、火は熱を作り風を生みだす。

 ――水は乾いた風を湿らせ空気を潤し、風は水に流れを与え命を与える。

 ――地は水を貯え備え、水は地を大きく育む。


 互いに相性が良く、勢いの弱い方が強い方を活性化させるこれらの関係が『相乗』。

 その反対に――


 ――火は水を蒸発させ、水は火を消し鎮める。

 ――地は風を前に不動、風は地を削り続け風化させる。


 互いに相性が悪く、勢いの強い方が弱い方を鎮静化させるこれらの関係を『相克』と呼ぶそうだ。

 これは元々この日輪に根付いていた思想と後から流入してきた『シンドゥー教』の思想とが混ざり合い生まれた概念らしいが、そのあたりの細かい事情はどうでもいい。


 要するに属性ごとに相性の良し悪しがあるという事、これが重要だ。

 そして瑠奈の『水』と東山の『火』は互いに相性の悪い『相克』の関係にある。

 先に言った通り、『相克』ではより強力な方が弱い方を弱体化させる関係にあり、東山の扱う『火』の魔法よりも強力な『水』の魔法を操る瑠奈が圧倒的に有利だ。


 傍から見ればあまりに無謀な突貫。

 そもそも瑠奈=ローリエは他の出場選手達と比べても確実に一歩抜きんでた実力の持ち主だと言える。

 そんな相手に対して、搦め手を用いて奇策に全てを賭けるならともかく、無策で真正面から突っ込めば実力差であっという間にねじ伏せられるのはこれまでの結果からも明らか。


 故に誰もがこう思っただろう。この勝負決着は着いた、と。

 大会出場者たちは勿論、テレビ中継で大会を見ながら知ったかぶって勝敗を予想している人達。

 そしてとりあえず大声で騒ぎ立て場を盛り上げる観客達も、その全てが僕の敗北を予感したはずだ。

 そして瑠奈=ローリエという可憐な少女の圧倒的な優勝を確信し、喜んだだろう。


 だって誰もが彼女の優勝を望んでいる。だって世間は分かりやすい玩具が大好きだ。


 無敵のチャンピオンや、奇蹟の英雄。最年少レコードホルダーや、年老いた生きる伝説。


 嘘でも偽物でも幻でも作り話でも何でもいい、意味もない記号や虚言やハッタリ、虚飾でデッコデコに修飾された煌びやかな玩具をこそ人は愛す。


 自分達の用意した特別枠に、無理やり他者をはめ込もうとする。


 話題性が、衝撃が、驚愕が、派手さが、面白さが、ドラマチックが、挫折が、悲劇が、不幸が、絶望が、感動が、涙が、劇的な結末が、物語性が、分かりやすい設定が人々は大好きだ。

 元孤児であり、今は亡き『主席神官』が愛した義理の娘であり、義理の両親の死という悲劇に屈せず立ち上がった英雄(ヒーロー)『騎士長』聖道修羅の義理の妹であり『宵闇に浮かび(ロンリネス・)し狂気の朧月(ルナティック)』なんて役回り(キャラクター)を背負った『瑠奈=ローリエ』という可憐で幼い悲劇の少女(ヒロイン)は、彼らにとってまさに最高級の餌なのだ。


 水龍が目前へ迫る。大質量に押し出された空気が突風となって、僕の身体に吹き付け、羽織っていたフード付きパーカーが吹き飛んだ。

 そうして一秒後に訪れるであろう大会の勝者を湛える大歓声を――


変化(オートレイト):『水流に()て回り()し我らが文明(ぐるま)』!」


 ――そんな単語一つで、僕は予定調和な未来ごと黙らせた。


「え」


 呆然としたそんな呟きを、僕は確かに聞いた気がした。


 それは、おもちゃのような質感のふざけた水車だった。

 車輪の中心から僕の顔がこんにちはしてる以上、水車の着ぐるみといってもいいかもしれない。そんなふざけた新手のゆるきゃらのようなヤツが爆誕していた。というか僕だ。


 トラックとの衝突と言っても過言ではない威力を誇る四頭の水龍による突進は、何故か唐突に舞台上に生じた水車の着ぐるみへ一直線に吸い込まれていき、そして水車となった僕はその威力全てを受け流し涼しげにクルクル回る。


「――うぉおおお目がぁ回わあああああああおろろろろろろろろっ!!?」


 ただ、水龍の勢いが計算外だった。華麗に攻撃を受け流し反撃に転じるはずが、勢いのつきすぎた水車の回転が止まる気配が微塵もない。

 なんだか全力で回した時の人生ゲームのルーレットみたいになっている。勢い余って車輪部分が吹っ飛んでしまいそうだというかホントに目が回ってやばいんだけど誰かたすけれれえええええええええええええ……!


 五秒ももたずに、僕は慌てて変身を解除する。

 そのふざけ倒したシュール過ぎる光景に、会場は唖然と言葉を失っていた。


 僕は僕で押し寄せる吐き気に抗う事が出来ず、舞台端にふらふらしながら駆け寄ると、


「うっぷ……あ、あはは。おかしいな、こんな……うえ、はずじゃ……もう無理気持ち悪っおぅげぉろろろおえええええぇぇええ……っ!」


 衆人観衆の中、お昼ご飯のカップヌードル(ココナッツカレー味)を盛大に吐き戻した。


「ぺっ、ぺっ、……ふぅ。口の中気持ち悪いけど、多少はすっきりしたかな」


 唾を吐き頭をぶんぶん振って気持ち悪さを吹き飛ばすと、僕のゲロにドン引きしたのか完全に静まり返った会場中に響き渡るような大声を張り上げる。

 それはこの舞台へ上がった瞬間からこれだけは言ってやろうと決めていた言葉。

 大きく息を吸い込んで、これを僕の反逆の狼煙とするかのように、孤独に誇り高く、高らかに謳いあげた。


「――はじめましてごきげんよう虚構症候群(ドラマチックシンドローム)の皆さん! 人の成功や不幸を食らって生きる怠惰で罪深い性根の腐りきった暇人の皆さん! 僕の名前は災葉愚憐。誰だお前って人が大多数だと思うので、自己紹介兼ここに何しに来たかを端的に言わせて貰おうと思いまーす。えー、ごほんっ。僕、災葉愚憐は、この祭りをぶっ壊しにやって来ましたぁー!」


 僕の発言に観客たちの間にざわめきが戻る。

 大会運営関係者が慌ただしく何処かへ連絡を取っているのも見える。おそらく、正式な参加者でない僕を取り押さえる許可でも上に掛け合っているのだろう。

 ……が、とある事情から僕がここで取り押さえられることはないと予想出来るので無視。


「さて、そんじゃあいい感じに場も温まったので、僕の敗北を期待してくれてる全ての人達へ最後に一言。――アンタらの求める気持ちの良い予定調和なんて知ったコトか。僕は僕への期待全てを裏切り、正々堂々真面目に不真面目に、この大会の全てを好き勝手にぶっ壊して優勝してやる事をここに誓おう……ッ!!」


 僕は嫌いだ。誰かに自分を決めつけられるのが嫌いだ。

 話題性を、衝撃を、驚愕を、派手さを、面白さを、ドラマチックを、挫折を、悲劇を、不幸を、絶望を、感動を、涙を、劇的な結末を、物語性を、美しき偶像(アイドル)を、かっこいい英雄(ヒーロー)を、そんな分かりやすい設定(イメージ)を安易に他者に押し付け自分達の求めた枠に無理やり押し込んでは喜び、その設定から外れた瞬間鬼の首を取ったように責め立てる愚昧な人々をこそを僕は憎もう。嫌悪しよう。軽蔑しよう。だからここから先は好きにやる。


 この大会が最初から(、、、、、、、、、)瑠奈=ローリエの優(、、、、、、、、、)勝が決まっている(、、、、、、、、)マッチポンプだなん(、、、、、、、、、)て事は(、、、)ここから先の戦いに(、、、、、、、、、)は一切関係ない(、、、、、、、)


 僕……災葉愚憐は、悲劇のヒロインでも『宵闇に浮かび(ロンリネス・)し狂気の朧月(ルナティック)』でもない。


 ただの瑠奈=ローリエという女の子と向き合い戦う為にここに来たのだから。


「はーい、んじゃまあそういう訳なんで。それじゃあ皆、活きの良い応援(ブーイング)をよろしくねー!」


 僕が黙ると再び静寂が場を包む。 

 けれどそれは一瞬だった。すぐに思い出したような僕に対するバッシングとブーイングの嵐が会場中から降り注いだ。


 ……僕の言う通りにこうも沢山の声援をくれるなんて、全くもって分かりやすい人達だ。

 僕は言いたい事を言えた満足感を持って改めて対面の少女へと振り向き、


「やあ、瑠奈ちゃん。うっぷ……、また、会ったね。うえっぷダメだまだ気持ち悪い……」


 カッコつけようと思ったけれど千鳥足のせいでその場に真っ直ぐとどまる事もできない。というか酔ったよまた吐きそうだよ気持ち悪いよ。

 大観衆の前で罵声を浴びながら顔を真っ青にして再びゲロりそうになっている僕に、しかし瑠奈は瞳を大きく見開き、身体を震わせるばかりだ。

 だがその瞳は僕を見ている。


「やっとこっちを見てくれたね、瑠奈ちゃん。……全く、酷いじゃないか。こんな凄い大会に出るんなら僕を誘ってくれてもいいんだぜ? なにせ僕らは友達なんだ。隠さず相談してくれれば応援だってしたのにさ」

「……どう、して」

「どうしてって、そりゃ決まってるだろ? 君が言ったんだぜ? 事もあろうに物わかりの悪い愚かな僕に、君が願ったんだ。だから僕はその願いを叶えに来たのさ」


 口から零れ出たような瑠奈の問いかけに、僕はいつものギザギザ歯の覗く笑顔で答える。

 しかし瑠奈は僕の言葉をまるで聞いていない。顔面を蒼白にし、ただ嫌々と首を振る。


「あぁ……どうして、どうしてなのよ災葉くん。何故アナタは此処に来てしまったの……?」 

「瑠奈……?」


 僕の予想していた反応とまるで違う瑠奈の様子に、僕は眉を顰める。

 僕の予想では、卑怯な手を使って大会に潜入した僕に瑠奈が怒りを露わにするハズだった。


 それなのに瑠奈=ローリエは僕が現れてしまう結末をまるで予期していたかのように。

 そして回避しようとしていたその結末に辿り着いてしまった事を悔やむように、顔を覆い嘆き悲しんでいた。

 運命を嘆いていた。


「……。いえ、ごめんなさい。少し取り乱したわ。……ええ、本当は全部分かっていたの。ただそれでも、私はアナタを信じたくなかった。私はアナタに嘘を吐いて欲しかったの。嘘なんて、私が一番嫌いなものなのにね。……そうまで願ったのに、ああ、そうよね。だからこそ、アナタがきっと私の五人目(さいごのひと)なのよね……」


 要領を得ない瑠奈の言葉に、僕はさらに首を傾げ、瑠奈に言葉の真意を問おうとする。

 だがその前に、スイッチが切り替わるように瑠奈=ローリエの瞳に鋭さが宿った。

 その急変ぶりについて行くことが出来ず、気迫に押された僕は思わず口を閉じてしまう。


「――いいわ。決勝の相手がアナタだと言うのなら、今まで散々振り回された分のお礼が出来るというものよね。それに、この際ここにアナタが此処にいる理由なんてどうだっていい……私がやるべきことは一つも変わりはしないもの」


 瑠奈は何かを仕切り直すように握った細剣を横に一薙ぎする。

 ヒュオン、と背筋を撫ぜるような冷たい風切り音が鳴り、その音を合図に先の一撃で霧散した水が彼女の元へと再び結集し始める。

 水滴の集合は水塊へ。水塊は蠢き躍動しだんだんと生き物じみた龍の形を取り始める。


 鉄砲水のように急激に押し寄せる瑠奈の戦意に、僕もまた気合を入れ直す。

 分かっている。僕は武闘大会の舞台上に立っているんだ。


 ならば会話など不要。戦う事こそがここでのルールで自己の表現なのだから。


「前にも言ったでしょう、災葉くん。私は優勝して『神官騎士』になるの。私は私の為に、『神官騎士』にならなきゃならない。だから――」 


 瑠奈=ローリエは振りかぶった流麗なデザインの銀色の細剣を、


「――私の邪魔をするのなら誰であろうと容赦はしない……ッ!!」


 怒号と共に、躊躇なくその場で振り下ろした。

 風を切る刀身が奏でる音、それは闘争の合図。

 指揮棒のように振るわれた剣閃に、彼女の生み出した水の龍たちが雄叫びを上げ、僕目掛けて一気呵成に攻め掛かる。

 彼女の戦意を鉄砲水と例えたが、押し寄せる水の龍はまさに全てを呑みこみ破壊する濁流だ。


「くっ、――変化(オートレイト):『水流に()て回り()し我らが文明(ぐるま)』!」


 僕は慌てて魔力を練り上げて即興詠唱。

 固有魔法『千変万化』を発動、今度は見事魔法が成功し着ぐるみではない、きちんとした質感の水車となって押し寄せる水龍の圧力をどうにか受け流す。


 僕の『千変万化』は連続で同じモノに変身する事が出来ない。

 今回は運良く時間が空いた為、無事変身する事が出来たが次はそうはいかないだろう。

 だがそれでも、才能のない僕が二度も彼女の魔法を防ぐ事に成功したのだ。

 僕の目的が優勝でなければこれだけでも両手をあげて喜んでいたところだ。

 瑠奈はさぞかし悔しさに歯噛みしているに違いない。


 そう思って彼女へ視線をやると、しかしそんな僕の予想は外れ、瑠奈=ローリエは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 先の焼き直しのような光景に、一体なぜ――

 訝しげに思う僕に、瑠奈はこれでチェックだとばかりに細剣の切っ先を突き付けて言う。


「……知っているわよ災葉愚憐。アナタの変身魔法は長くても三十秒しかもたないことを。つまりこの勝負、アナタの変身が解けるまで攻撃を続ければ、それで私の勝ちよ……!」

『!?』


 嵌められた! 初撃と同じ攻撃を選択したのは、瑠奈が僕を見下していたからじゃない。

 むしろその逆。

 全ては僕を罠に嵌めて確実に倒す為の彼女の誘導だったのだ。


 瑠奈は威力を抑え、魔力を水龍の体積を増加させることにつぎ込む。体長五十メートルを超える龍が一体ずつ押し寄せ僕に脱出を許さない、切れ目ない切れ長な攻撃が僕を襲う。

 ――一〇秒経過。ついで二頭目の水龍が僕を襲う。


 僕の魔法適性はランクE。

 僕の魔法『千変万化』はかなり珍しい魔法ではあるが、『才能』がなく『出力』と『魔力量』が乏しい僕では『千変万化』による『変身』を長時間持続させる事が出来ない。 

 一度見たモノなら無機有機を問わずなんにでも変身できる破格の魔法を持ちながら、『才能』がない僕ではそれを満足に使いこなす事もできないのだ。


 ――二〇秒経過。三頭目、このペースだと僕の変身は確実にもたない……!


 全ては彼女の言う通り。魔法が切れれば僕は全くの無防備となり、魔法発動直後の空白の時間、CTが牙を剥くだろう。

 神々の軌跡の御業たる魔法の連続使用は、常人に耐えられるモノではない。

 ましてやノータイムの連続発動など、それこそ何千何億と鍛錬を重ねた者のみが至れる、人の領域を脱した者だけに許される特権のような物だ。


 ――二十五秒、経過……!


 瑠奈が魔力を注ぎ続ける事によって、絶え間なく押し寄せる水龍には依然終わりが見えない。耐えることしかできない僕の敗北が一秒ずつ確かに近づき、今度こそ会場全体が瑠奈=ローリエの勝利を予感し歓喜に沸き上がる。

 状況を打開しようにも押し寄せ続ける水龍を何とかしない限りどうする事もできない。

 瑠奈=ローリエという最高の玩具の勝利を台無しにしようとする邪魔者を排除できる昏い喜びに、人々のボルテージがあがる。巻き起こるのは災葉愚憐への「負けろ」コール。


 ――二十八、 二十九、もう、限界が……!


 『出力』が足りない。脆すぎる魔法構築に罅割れが生じ、それはすぐに許容を越える崩壊へと繋がっていく。

 魔法発動から三十秒が経過、『千変万化』の持続時間の限界を超え僕の魔法構築が崩壊、もう間もなく終わりの時を迎える。


 彼女の水龍が水車を完全に呑みこみ通過すると同時、光が弾けて拒絶されるように僕の変身が解けてしまう。

 僕の魔法は時間切れ、しかし彼女の元にはまだあと一頭の水龍が残されている。


「終わりよ、災葉くん。優勝するのはアナタなんかじゃない。『神官騎士』になるのは、お兄様の隣に立ち、目的を果たすのは他の誰でもない、この私よ……ッ!!」


 僅かなタイムロスすら許さずに、彼女の使役する水龍がトドメとばかりに咆哮をあげ僕を丸呑みにしようと迫る。

 その光景に観客席が大いに沸いた。

 僕にとっては絶望的、瑠奈にとっては勝利を確信するに足る一撃を前に、魔法の持続時間が切れた直後の僕に残された手立ては何もない。


 僕という悪役を得てより一層活気づく虚構症候群(ドラマチックシンドローム)の観客達の期待通りに、僕は瑠奈=ローリエの圧倒的な実力を前に無様に敗北して――



「――その期待を裏切るって、僕はそう言ったハズだ!」


 水龍の牙に噛み砕かれるその寸前、僕は絶対量の少ない魔力を爆発的に練り上げ、吠えるように即興の詠唱文を唱えていた。


変質(オートレイト)ッ:『空と海駆ける蒼き翼(トビウオ)』……ッ!」


 魔法『千変万化』が再発動し、僕の身体が翼のある魚へと変化。

 僕は水龍の口の中へ自ら跳び込むと凄まじい流れの中を優雅に泳いでみせる。


「なっ、そんな……! 魔法の、連続発動ですって!?」


 僕が成したその奇跡に、瑠奈の驚愕の声が響く。

 トビウオと化して危機を逃れた僕は、そのまま水の流れに逆らい瑠奈との距離を詰めようとする。

 僕の狙いに気付いた瑠奈はすかさず水龍を霧散、再集合を掛ける。僕も水面から飛び出し変身を解除。光が拒絶されるように弾け、人の姿となって瑠奈と対峙する。


「……驚いたわ災葉くん。ちゃらんぽらんなアナタがまさか、自分の魔法をそこまで極めていたなんてね」

「ああ、僕はちゃらんぽらんであってるよ、瑠奈ちゃん。なにせ僕は君と違って真面目に『神官騎士』を目指していた訳じゃない。飽きるくらい魔法で遊んでいるうちに、気付いたらこうなっていただけさ。僕は『努力』をしていない。だからこれは、出来るってだけで特に誰に誇れるような事でもないんだ」


 魔法使用直後、CTほぼゼロの魔法の連続発動。

 自分で『魔法の連続使用は人の領域を脱した者だけに許される特権だ』とか何とか言っておいてアレだけど、僕のCTは他の人と比べても異様に短い。


 いや、この場合は『練度』が異様に高いと言った方が適切か。なにせCTの長さには『練度』の数値が大きく関わっているからね。


 僕らの『設定(ステータス)』には魔法適性のランクを決定づける四つの項目がある。『才能』、『出力』、『魔力量』、『練度』。これらの数値から魔法適性ランクが割り出され、記される。

 『才能』は文字通り生まれつきの才能であり変動はない。『出力』、『魔力量』の数値は後天的に上昇するが『才能』の数値が大きく関係してくるので、結局は才能依存の数値だ。


 唯一、才能関係なく努力次第で大きく上昇するのがCTや魔法操作に関わる『練度』の数値。

 幼少期の僕は……まあ今もだけど、基本的に暇だった。

 練習をする時間はそれこそ腐る程に。億を超える鍛錬を反復するだけの愚直さもあった。

 何せあの頃の僕にとって真に友達と呼べるものは自分の魔法くらいだったんだ。

 その努力を努力とも思っていなかった僕にとっては、魔法の鍛錬は一人で出来る楽しい遊び以外の何物でもなかったのだから。


 その結果、僕の魔法関連の『設定』は通常じゃあり得ないようなアンバランスな数値になっている。


『【設定(ステータス)


 固有魔法(オリジン):『千変万化』(一度見たモノに変身することが可能。対象部位を指定し、『魔力』を消費し発動する。持続時間は『出力』に、変身成功率は『練度』に左右される)


 魔法適性:ランクE(才能E/出力E/魔力量E+/練度E+++++)/CT1』


 『才能』を持たない魔法適性ランクEの僕にあったものは『努力』と呼ぶこともおこがましいような、十六年間の月日で得た無心の『純粋なる積み重ね』だけ。

 魔法適性のランクを決定づける四つの項目の内、才能に関わらず大きく上昇するのは『練度』のみ。しかし魔法適性の低い者は、そもそも魔法を鍛練しようなどとは思わない。

 適性の低い魔法を鍛えるなんて非効率だ。

 それよりも『設定表記証』に書かれた自分の未来の職業に必要な技術を身に付ける事が重要だし、やるだけ意味のない努力をするのは馬鹿のする事だと誰もがそう思っている。


 だから誰も彼もがやる前から諦める。

 努力は無駄で、熱くなるのも頑張るのも意味などなくて、夢など見ないし夢などない。

 自分の可能性に蓋をして、見た事もない神様が決めつけた自分に従って、誰かが引いたレールのうえを設定の奴隷のように生きて行く。

 誰かが言う自分らしさなんてやつを言い訳にして、可能性から逃げるのだ。


 けれど僕は愚かで馬鹿だったから、どうして努力が無駄なのか、魔法を練習することが無意味なのか分からなかった。

 そんな事をしても無駄だと言われても、やってみるまで分からないと本気でそう思っていた。 

 後天的に『設定表記証』に追記された補正の+の数が、僕の敗北を望んだ観客たちの沈黙が、瑠奈=ローリエの驚愕が、僕が積み上げてきた時間が決して無駄ではなかった事を証明してくれている。僕はそれが、たまらなく嬉しかった。


 瑠奈は一つだけ溜め息を吐くと忌々しげに片目だけで僕を見て、


「……なるほどね。いつかの『君が満足するまで――』ってアレはハッタリじゃなかったってことね」

「なんなら今からでもお相手するぜ。瑠奈ちゃんが満足するまで、朝焼けのベッドの中からお墓の中までどこまでもお供するけど?」


 僕の遠回しの再プロポーズに、しかし瑠奈は酷薄な笑みを浮かべて戦闘再開を告げるように細剣を構え直す。


「そう。それは素敵なことなのかもね。でもごめんなさい。生憎だけど私、誰かと共に生きて行けるような性格(キャラクター)をしていないのよ」


 瑠奈は手首を返し細剣の柄頭をぐっと自身へ引き寄せる独特の構えを取る。力を溜めて、一気に解放するような動作に僕は警戒を強める。

 しかし次の瞬間だった。僕の警戒を嘲笑うかのように、瑠奈=ローリエの細剣の切っ先が爆発的に伸びた――ッ!!?


「ととっ!?」


 水車酔いに足元がおぼつかない僕が偶然ふらついたのが幸いし、銀閃は僕の頬を掠めるに留まる。

 瑠奈はそのまま僕の右横を突きぬけるように素通りし、水飛沫を迸らせ方向転換。僕の認識が追い付くより迅く、死角から再び爆発的な刺突が走る。


「ちょ、待っ……あぶっっっ……瑠奈ちゃんそれナンて卍改っ!?」


 本能的に身を屈め、通り過ぎた剣閃が僕の白髪を数本巻き込み風となる。


「一緒に来てくれるのでしょう? なら、付いて来て……みなさいなッ!」


 理解の外からの超神速刺突。僕はそれを何度もギリギリのところで避ける。服が裂け、肌は切り傷に血が滲み、次第に回避のタイミングがずれて行く。


 ……これは、まずいな。いつまでも逃げ続けられそうにないや。


 刀身が伸びたかと錯覚するような刺突の正体は――十三キロに伸びる刀身――じゃない! 瑠奈は自身の足元に集めた水塊を利用しロケットみたいに噴射させてるのか!? 


 途端、僕の脳裏に浮かんだのは何だか親しみやすい光景だった。


「あはは、何だか理科の実験を思い出すな。皆が僕目掛けてペットボトルロケットを飛ばして遊んでたっけなぁ……」


 カタパルトのように力を誘導する(ペットボトル)と圧縮空気とを純粋な魔力で代用し、水を勢いよく押し出す事で力を得た高速移動。

 要は作用反作用を利用した『ジェット推進機関』。

 子供でも出来るペットボトルロケットのソレと同じだが、実際のロケットなども原理自体は同じものを採用してると考えると全くもって馬鹿にできない。


 僕は大慌てで彼女の『ペットボトルロケットアタック(命名僕)』に対応すべく魔力を練りあげ詠唱する。

 僕の固有魔法『千変万化』は僕が一度でも見たことのあるモノなら有機物だろうと無機物だろうと問答無用で変身する事が出来る魔法だ。

 その練度の高さによって、魔法の発動に必要な詠唱さえも即興で組み上げられる自由度の高さこそが真骨頂。

 重要なのは変身する対象について正確なイメージを思い浮かべられる事。

 そして僕が変身すべきは、瑠奈の速度に対応しなおかつ点の刺突を迎撃する事が可能なモノ――


「――部位変質(オートレイト):『勝利導く剛(スラッガー・)腕の一振り(クラッシャー)』……ッ!」


 即興詠唱の完了と同時。僕の両腕が不自然な程に盛り上がり、その右手に金属バットが握られる。

 僕はバットを思いきり振りかぶり、高速で飛来する瑠奈=ローリエのレイピア目掛けてフルスイングした。

 耳を劈く金属音と、両手が痺れるような重い手応えが僕の身体に喜びを走らせる。


「あは、当たった……!」

「ぐぅっ……相変わらず滅茶苦茶な発想、ねッ!」


 変化し上昇した腕力で無理やりバットを引き戻しそのまま逆薙ぎにスイング、僕のバットに合わせて瑠奈の右手も閃き、金属音が連続する。

 そのままバットと細剣で幾度か切り結び、単純な力勝負を嫌った瑠奈がワザと僕に弾かれる形で距離をとった。


 そうして生じた空間で彼女は細剣を上から下へと振り下ろす。

 風切り音を合図に、推進力として使用され彼女の足元から離れていた水がすぐさま一か所へ集まって龍の姿を象ろうとするが―― 


「――させない。部位変質(オートレイト):『塵芥滅()する不()変不動の()吸引力()』! からの――二連・連結変質(オートレイト・ツヴァイ):『常夏撃ちぬく(ウォーター)避暑の銃撃(ウォーガン)』!」


 象の鼻のような吸引口へと変貌した僕の左腕が、集結しようとしていた水塊を全て吸い込み――即座に変身解除。さらに連続で魔法を発動し連結させる。

 結果、僕の左腕は瞬く間に掃除機から巨大な水鉄砲へ、ノータイムで連続して変貌する。


「くっ!? なによそれッ、滅茶苦茶じゃないの……!」


 『二連・連結変質(オートレイト・ツヴァイ)』。

 高い『練度』によりCTが極端に短く魔法を連続で使用する事ができるものの、根本的な『才能』が足りない僕は『出力』と『魔力量』が低く魔法の安定感に欠けている。

 その為、どれだけ練習を重ねて『練度』を上昇させようとも、変身状態を最大で三十秒しか維持する事ができず、ちょっとした外部からの刺激でうっかり魔法が解ける事も多々ある。


 そんな僕が至った僕だけのバトルスタイル。


 変身を維持できないのならば、維持しなければいい。

 相手を翻弄するように次から次へと手を変え姿を変え戦術を変え魔法を使い捨て(、、、、、、、)、高速変身換装でもって相手を圧倒し圧勝する。

 繰り返し『千変万化』を発動するため魔力の消費も激しいが、もとより魔力量は少ない僕に長期戦は土台無理な話。

 ならば出し惜しみなどせずに、一瞬の間に魔力を爆発燃焼させるような勢いで魔法を連続発動して繰り広げる怒涛の攻勢(ラッシュ)による超短期決戦こそが僕が取るべき戦術(スタイル)だ。


 故にこそ『千変万化』。


 本来なら欠点でしかない僕の魔法持続時間を逆手にとった、変幻自在、千差万別、疾風怒濤の戦闘スタイル。


「滅茶苦茶しないと勝てないんだもの。滅茶苦茶なのは僕じゃない、むしろ君の方さ!」


 開き直った発言と共に銃口を彼女目掛けて突きつける。


「けどこれでチェックだ! はは、僕の勝ちだぜ、瑠奈=ローリエ……ッ!」


 取り込んだ水を弾丸に。

 距離を空けた瑠奈目掛け、ダイヤモンドをも切断する超高圧水流が発射される。再度魔法を使って水を召喚する時間など与えない速射。

 水を奪われ無防備な瑠奈目掛け一直線に進む水のレーザービームは、直後。


 銀色の瞬きの前に、真っ二つに裂けた。


「……水属性の魔法を使う私に水で攻撃? 馬鹿にしてるのかしら?」


 驚くべき事に、瑠奈は水銃の一撃を細剣で裂くように悠々と切り払ってしまったのだ。

 僕の渾身の一撃を受け、瑠奈は全くの無傷。

 ただ、切り払った際に頭から水を被った瑠奈はびしょ濡れだった。

 俯きがちに僕をねめつける視線は細く鋭く、彼女のレイピアのようだ。要するにすごい怒ってる。


「……あー、その、ええっと……。瑠奈ちゃんがびしょ濡れになって下着がスケスケになるのを期待したんだけど、残念。胸当てのプレートが邪魔で見えないや」

「……相変わらずね災葉くん。私はアナタのそういう人を食ったような発言が嫌いだったわ。力も伴わない癖に信じたくなるような言葉ばかりを並べて、人を惑わせるアナタが……、私は………………ッ!?」


 顔を歪め、怒りと嫌悪に瞳を揺らす瑠奈がそこで異変に気付く。

 僕の足から、触手のような黒いケーブルが彼女の足元へと伸びている事に。


「酷いな瑠奈ちゃん。僕の言葉はいつだって本気だし、一つだって君に嘘を吐いたつもりはないぜ。――だから言ったろ? これで僕の勝ちだって」


 ――三連・連結部位変質(オートレイト・ドライ):『叡智繋(コン)ぎし漏()電流鋼線(ント)』。


 電気配線と化した僕の右足が地を這うように伸び、瑠奈の足元の水溜りに触れる。

 次の瞬間、先の水鉄砲の銃撃を浴びて水気を多く含んだ瑠奈の身体へ、高圧の電流が凄まじい勢いで伝い流れた。


 眩い閃光が視界を染め、少女の華奢な肢体が激しく痙攣を起こし、そのままパタリと地に倒れて――僕は喉が壊れんばかりの大声で、勝利を吠えた。



 僕と言う道化の勝利に会場にはとてもお祭りだとは思えない重い重い沈黙が降りていた。

 観客は誰もが言葉を失い、瑠奈=ローリエの敗北を受け入れられないでいるようだ。

 俗に言うお通夜モード。

 しかし僕にとってはそんな事は関係ないしどうでもいい。


 空気を読めとか、自分の立ち位置と役回りを考えろとか、それこそ愚かな道化の僕に言われても無理なお話。

 僕は人生初の勝利を、それこそ初めて勝利を掴んだ子供のように飛び回ってはしゃいで喜んでいた。


「やった……っ! 勝った勝った勝った勝った! 僕が勝った! 生まれて初めて、誰かに勝ったんだ……っ! こんな僕が瑠奈=ローリエに……かっ、た……ぁあ?」


 そんな僕の喜びも束の間。


 あれ? と思った時には、僕の視界はぐらりと横に揺らいでいた。


 身体を襲う違和感と脱力感に、僕は成すすべなく身体を支える術を失い倒れ込む。

 口の中に広がる血の味に、僕は眉を潜めた。だって、おかしい。僕は、一度だって彼女の攻撃をまともに受けていないのに……どうして、口から血を吐いて……倒れて、いる?


 冷たい石畳の上に横たわり、身動き一つ取れない僕の耳朶を凛とした少女の声が打つ。

 少しだけ苦しげなそれは、本来聞こえてはならない、僕の敗北を宣告する音色であった。


「……喜んでいるところ、申し訳ないのだけど……アナタの、初勝利……は、もう少しばかり。……お預けに、なりそうね……災葉、くん……」


 残った力を振り絞り、どうにかして声の方へ首を回して視線を向ける。

 そうして僕は息も絶え絶えに彼女へ――感電してなお立ち上がった瑠奈へと問いかける。


「君は。どう、して。僕は……いったい、なんで……?」


 僕の問いに、瑠奈は脂汗を流しながらも不敵な笑みを浮かべる。


「言って、いなかった……わよね。私が一番得意な……魔法は、水属性の、治癒魔法。なのよ。私の体内を、循環する水龍には。……治癒の命令式を書きこんで、いるわ……。言ってみれば自動回復、ってとこかしらね」


 つまり、瑠奈の不意をついた電撃攻撃は、ダメージを与えた端から瑠奈の治癒魔法によってダメージを減衰させられて、


「それに、……アナタが不用意に、取り込んだ水は。私の制御下に、あったモノなのよ? ……利用されることくらい、想像つかなかったかしら?」


 彼女の攻撃を利用したはずが、僕の魔法の方が利用されているような有り様で。

 身体の内側から僕を襲ったこのダメージは、あの時体内に吸い込んだ彼女の水によって与えられたモノだった。


 ……あぁ、言われていないけど知っていたよ。だって、最初に瑠奈に負かされたあの日、君は気絶した僕の傷をその魔法で癒してくれたんだろう? じゃなかったら次の日すぐに君の学校へ突撃するような元気はなかったさ。


「はは、ははは……。そう、か。また、僕は。失敗した、のか。そっか……なら、次こそは。頑張ら、……なくちゃ……な、」


 立ち上がった瑠奈=ローリエと地に倒れ立ち上がることのできない僕。


 逆転劇を見せつけた勝者と、逆転劇を見せつけられた敗者。


 この瞬間、僕と瑠奈の決勝戦の勝敗は決した。


 司会者が瑠奈=ローリエの劇的な逆転勝利を、そして優勝を高らかに宣言した。

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