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第三章 拝啓、虚構症候群の皆様へ~アナタの愚者より愛を籠めて~ chapter 2 胸のサイズに貴賤なし、瑠奈=ローリエがただ尊い

 こうしてめでたく瑠奈=ローリエは『神官騎士』に。その悲劇の出自に相応しい民衆の偶像(アイドル)となるだろう。

 自分達好みの玩具が手に入った喜びに虚構症候群(ドラマチックシンドローム)の方々が喜びに湧き上がる。

 あれだけ勝利を、優勝を渇望していたはずなのに、夢を掴んだ少女の顔には興奮の色も喜びの笑顔も何一つ見られない。


 僕が瑠奈から感じ取れたのは、諦観めいた安堵と。処刑場へと向かう道を一歩一歩歩いていく罪人の背中を見ている時のような、酷く胸騒ぎのする感情の切れ端だけ。

 歓声を受け、苦々しげな表情を覆い隠すような作り笑いを浮かべそれに応える瑠奈。


 まさしく予定調和。


 誰もが望み、そうであるようにとレールを引いた筋書通りの未来。 

 何の意外性も想定外もないありきたりなつまらない結末だ。

 僕は一通り彼らのそんなやり取りを眺めてから、背後で僕を取り押さえるべく『神官騎士』たちが動き出したのを確認しつつ、絞り出すようにして瑠奈に話しかける。


「……今の負け、で。二七六戦二七六敗。うーん、流石僕。気持ちのいいくらいの……負けっぷりだ。瑠奈ちゃん、正真正銘、君の勝ち、だよ。おめでとう。それと勝手に……こんなことして……ごめんね、謝るよ」


 ……まだだ。まだ時間はある。

 僕の予想した人物がこの大会をセッティングしているなら、試合が中止にならなかったように、舞台上でいきなり取り押さえられることもないハズだ。


「災葉くん。私は、別に……」

「ってて……ごめん、色々酷いことした後に、どの口がって感じかも、だけど。……僕の傷、軽く治して貰えるかな? 瑠奈ちゃんの治癒魔法でさ。ちょっと立ち上がれなくて」

「あっ、ごめんなさいっ、私、ついやり過ぎて……! す、すぐに治療するわ」


 優しい瑠奈は素直に僕の傷を心配し、顔をやや青ざめさせながら駆け寄ってきてくれた。

 手際よく僕のワイシャツのボタンを外してシャツを捲り上げ、お腹に瑠奈の柔らかく少しひんやりとした気持ちのいい掌が当てられる。

 彼女の真剣な横顔に僕が見惚れていると、


「天よ、どうか置いて行かないで。水面に映る月の雫。嘘でもいい、どうか一夜の奇跡を貴方へ。癒し、満たせ、水の加護、捧げるは慈愛の源泉。――『癒しの水(ヒール・フロウ)』」


 聞き惚れるような美しい詠唱と共に魔法が発動する。

 彼女の掌が淡い水色の光を発し、身体の中を直接くすぐられるような、こそばゆい感覚が僕を襲う。

 しかし何故だか不快には感じない、心地の良い歌声が頭の中に無限に反響していくような不思議な体験だった。


 身体の中から傷が塞がっていくように、内側から痛みが少しずつ消えて行く。鉛のように重かった身体が軽くなり、活力が戻っていくのを感じる。

 微力ながら魔力も回復しているあたり、瑠奈は本当に治癒系統の魔法が得意なのだろう。

 そのまま一、二分ほど、穏やかな時間が流れた。


「……ありがとう。もう平気だよ、瑠奈ちゃん」


 そう言って瑠奈の手を優しくのけると、僕はそのまま彼女の手を借りながら、安心させるようにその場で立ち上がってみせる。

 うん。本当に凄いや。たった三分くらい治癒魔法を受けただけなのに、身体にはもうほとんどダメージは残っていない。魔力も少しは回復したし、これならいつも通りに動ける。


 そんな僕の様子に瑠奈からは先ほどまでの陰りが消え、素の表情でホッと息を吐く。


「そ、そう。平気なら良かったわ。……あ、これはその別にアナタを心配しているとかじゃなくて、今アナタに倒れられたら私の寝覚めが悪いからってだけよ。思い上がらないで頂戴よね」


 取ってつけたような後半部分のツン成分に僕は思わず苦笑を零す。


「ああ、分かってるよ。瑠奈ちゃんは僕が心配だったんだよね? 大丈夫、僕はちゃんと分かっているとも。瑠奈ちゃんが優しくて恥ずかしがり屋なツンデレさんだって事は」

「ちょ、違っ……ってだれがツンデレよ! 人の話を聞いていたかしら!? やっぱりアナタ全っ然、分かってないじゃないのっ!」


 瑠奈は顔を真っ赤にして、三つ編みの尻尾を振り回すように首を振って憤慨する。

 いつも通り感情がコロコロ変わる子供っぽい瑠奈を僕は微笑ましく見つめながら、その実彼女のソレが今までとは違う空元気である事に胸を締め付けるような虚しさを覚える。


「それから……やっぱりごめんね、瑠奈ちゃん」

「……さっきも謝っていたけれど、別に私は今回の件に関して何とも思ってないわ。アナタが何をしようがそれはアナタの自由な訳だし、私は私で自分の目的は果たした。だからアナタに謝って貰う事なんて何も――」

「いや、それでも僕は君に謝らなくちゃだよ。だって、これから僕は君を勝手に攫ってここから連れ去るんだからさ」


 彼女の言葉を遮った僕に、瑠奈はきょとんとした表情を浮かべていた。そしてそのまま何を言う前に、彼女の意識がスイッチを切ったようにバチンっと落ちる。

 脱力しその場に崩れ落ちた瑠奈=ローリエ。彼女の手と繋いだ僕の手。その指の先が、いつの間にか医療用の麻酔針へと変貌していた。


「――部位変質(オートレイト):『兄の()居ぬ()間に()イタ()ズラを()』ってね」


 ぐったりした瑠奈=ローリエの身体をお姫様抱っこで抱えて、僕は口の端を吊り上げ不敵にニタニタと笑う。


「油断しちゃダメだぜ瑠奈ちゃん。最初に言ったろ、僕は君の望みを叶えに来たって。つまりそれは、この祭りをぶっ壊す事に繋がる訳だけど、別に勝たなくとも色々有耶無耶には出来るんだぜ? ……問題はどうやってここから逃げたものかなって事なんだけど」


 僕の不穏な動きを察知し、瑠奈の意識を奪った時あたりから動き出したのだろう。

 気が付けば、僕は数多の『神官騎士』達に取り囲まれてしまっていた。


「やあ、皆さんお揃いのペアルックでどちらへお出かけで? 僕? ああ、僕はちょっとこれから彼女とハネムーンに行くところだけど。……あ、ご祝儀なら喜んでいただくよ? できれば一人五万円以上がいいかな」

「……」


 あらら、無視されちゃったよ。

 どうやら僕らの結婚を祝いに来てくれた訳ではないらしい。


 『神官騎士』達は誰もが無個性な仮面と純白のローブで身を包んでいて、男か女かの判別すらつかなかった。

 ただ一つだけ確かな事は、殺意よりもなお鋭く尖りぎらつく敵意が、僕目掛けて放射されているということ。


「その婚約に異議あり、ってトコかな。のっぺりした仮面で表情読めないけど。……でもまあ僕としても、これ以上失敗してやるつもりは微塵もないんだよね」


 大会で瑠奈に勝利し優勝して彼女に告白するという第一プランは失敗に終わった。

 けど僕にはまだやるべき事がある。


 僕は彼女が好きだ。

 『道化』としての言葉ではなく、僕自身の言葉で、僕自身の気持ちをしっかりと彼女へと伝えたい。その僕の願いは変わらない。


 だからこそ。僕は僕の大好きな彼女が一人苦しんでいるのを放っておくことができない。

 彼女の助けになりたい。彼女を助けてあげたい。心の底から、そう思う。


『……ねえ、災葉くん。このまま一緒に全てから逃げてしまいましょうか。私たちを縛る、この窮屈で息苦しい身勝手な世界の全てが届かない、どこか遠くへ』


 諦観と悲哀に満ちた瑠奈との会話の中であの時のその言葉だけが、彼女が紡いだ偽らざる瑠奈=ローリエの本心であるように思えたから。


 瑠奈は自身を縛る何かから逃げたがっている。否、自身を縛るそれを断ち切りたがっている。それが何なのか、愚かな僕にはまだ分からないけれど。

 ただ、彼女を取り巻く事情、抱える問題。それらを全て解き明かし、僕は彼女を救いたかったのだ。


 彼女を縛るしがらみから、彼女を連れ攫う。

 だから僕は、たかが数百の失敗にはくじけない。数千の敗北に投げ出さない。


 いつものように、愚かしくもその言葉を口にする。


「――さあ、次こそは」


 幾千の敗北と挫折の先、ただ一度の勝利を。


 いつものように前だけを見て、未来の可能性に夢を馳せ、楽観的にヘラヘラとした笑みを浮かべるんだ。

 後ろに転がるは何百何千の失敗や敗北や挫折の残骸。

 けれど僕はそんなガラクタを振り返らない。


 後悔したって悔やんで嘆いて涙を流して反省したって、何をしたところで、もう確定した過去と現在は変わらない。そんな事、愚かな僕ですら知っている。


 だから僕は愚直にただ前を見る。何度転んだって前に進む為に何度でも立ち上がる。

 何も見えない濃霧の中を、それでも馬鹿みたいに希望を抱いて進んで行く。

 愚かで向こう見ずで無茶で無謀な事だとしても、未知なる可能性という未来へ挑戦し続ける。

 ただ一つ、それだけがこんな愚かな僕でも変える事ができるかもしれないモノだから。

 それこそが災葉愚憐の在り方なのだと知っているから。


「次こそはきっと、もしかしたらその次の次、さらにその次の次の次には。勝利という可能性に僕の手が届くかもしれない。だから――」


 『神官騎士』達が一斉に抜剣。僕は少女を抱えたまま不敵な笑みでそれを迎え撃つ。


「――抗わせて貰おうか、僕が勝つその時まで……ッ!」 


 拳を構え、雄々しく叫ぶ。

 多少は回復した魔力を振り絞り、僕もまた応戦するように固有魔法『千変万化』を発動。

 ド派手に吹き出す煙の中、両足をバネへと変質させた僕は、僕と彼女の重量によって蓄えた弾性エネルギーを一気に解放。三六〇度隙間なく埋めるような斬撃の雨から上方向へと逃れる事に成功した。

 

 こちらの気迫と煙の演出にわずかに怯んだ一瞬の隙をついた逃走劇だ。


「あははは! なーんちゃってね! 僕が君達とわざわざ戦うワケないだろバーカ! ぶぷっははは! 間抜けな仮面してると思ったら中身も間抜けなのかい『神官騎士』ってヤツはさぁ――あ、れ……?」


 上空五〇メートル。常人では決して届かないような高所で安心しきっていた僕の背後にぴたりと張り付くように飛びあがった『神官騎士』様が一人。


「げ」


 地面目掛けて叩きつけるように振り下ろされる西洋剣をどうにかする術は僕にはなく。

 瑠奈を庇うように強く抱き寄せ、斬撃が直撃するその寸前に、僕は自身を巨大な鉄球に変化させるのが精一杯だった。


 ……ああ、これだから才能の化け物ってのは手に負えないんだ。


 流れ星のように凄まじい速度で上空五〇メートルからビル群に突っ込んで、僕はそんな負け惜しみのような感想を抱いたのだった。



☆ ☆ ☆ ☆



 少年と少女の逃亡劇。それを見る一つの影があった。


「……ああ、ああ、それは分かっている。問題ない、今回は俺が出る」


 燃えるような金髪の青年は無線越しに部下から情報を受けながら、冷徹な声を続ける。


「当たり前だろう。大切な妹が連れ去られたんだぞ? いくら知人であるとはいえ、目を瞑れるのは大会への乱入までだ。ああ、瑠奈は俺が連れ戻す、絶対に」


 通話を切り、青年――聖道修羅はその口元を引き結ぶ。


(瑠奈は誰にも渡さない。そして、あの少年も……)


 『嘆きの聖者(ラメント・セインツ)』の役回り(キャラクター)を神より与えられし聖者が、己の使命を成す為に立ち上がる。

 その手には全ての悪を断つ豪奢な騎士剣を。その心には己が正義を成さんとする覚悟を。


 かの英雄の歩みは止まらない。


 例えどんな悲劇がその行く手に待ちゆけていようとも。

 その全てを乗り越え血の涙を流し、それでも正義を成すのが英雄なのだから。



☆ ☆ ☆ ☆



 時刻は午後五時。

 優勝した瑠奈を眠らせて攫い、会場から逃げ出してから既に一時間半が経過していた。


 隠れる場所の多いビル群に突っ込んだのが幸いしたのか、僕は変身魔法を駆使しながら『東楽』の街に溶け込み、どうにか『神官騎士』達の追跡を振り切っている。

 瑠奈を攫う事で宣言通り見事大会をぶち壊した僕は、現在様々な人の怒りを買っている。

 会場にいた実行委員や観客達。睡眠薬やら下剤やらを盛られて強制失格に追い込まれた参加選手達。僕みたいな『道化』にこけにされた『魔装騎士兵団』所属の『神官騎士』を含む『信道教会』のお偉方。

 お祭りを楽しみにしていた『救済神ヴィ・クワイザー』サマを信じる国民全てが今や僕の敵と言っても過言ではない。


 『演武祭』に関わる全ての人々を冒涜するような大暴挙に出た訳だからこうなるのは当然分かっていたけど、まあ凄い規模だなぁと正直呆れる。

 ビルの屋上から地上を窺った時は、まるで軍隊蟻のような警官の群れに吐き気を催した程だ。


「うーん、今のところは何とかなってるけど、このままだと人海戦術で包囲網を狭められて終わりだしなぁ。そろそろどこかへ移動したいんだけど、当てはなし、っと」


 変身魔法を駆使して空へ逃げようにも僕の魔法は三十秒しか持続しない。飛び続ける事が出来ない以上、包囲された今となっては目立つ空へ逃げるのは悪手だろう。となると地上を行くしかないのだが、


「……警察と『神官騎士』がそこら中にうようよと蟻みたいに群がってるしなぁ」


 さて、どうしたものか。

 僕が一人思案していると。もぞもぞと、僕の腕の中でスースーと健やかな寝息を立てる(かわいい)彼女が動く気配があった。


 体内を流れる水龍に刻まれた自動回復の効果か、麻酔が切れるのがかなり早い。


「……う、んゅ。……あれ、私、いつのまに眠って……?」

「あ、瑠奈ちゃん起きた?」


 軽率に覗きこんだ瑠奈の薄紫の瞳が僕のギョロ目を映し出す。僕と瑠奈の視線は交わり絡み合って、二人の間に無限にも思える空白の時間が流れていく。


 腕の中で身を捩る瑠奈を覗きこむ僕と。腕の中から僕を見上げる瑠奈。


 騙し討ちで麻酔針を打ち込んだ女の子に向けてヘラヘラと笑いかける僕と。


 何が起きているのか理解できず表情ごと固まる瑠奈。


 誘拐犯こと僕と。その誘拐犯の腕に以前として抱かれている(お姫様抱っこ)瑠奈。


「?」

「……」


 終始無言のまま、瑠奈の視線が僕と自分との間を往復すること都合三度。


 ……さて、ここで一つ問題。

 このあと、正しく現実を認識した瑠奈=ローリエの反応とその行動を求めよ。

 ただし、僕こと災葉愚憐はお姫様抱っこのどさくさに紛れて彼女のお尻にがっつり触れてしまっていたとする――




「――痛い……なにもそんなに暴れなくてもいいじゃないか」


 結論から言うと、軽いパニック状態に陥った瑠奈はお姫様抱っこからどうにか脱出しようと僕の腕の中で注射を嫌がる犬か猫のように暴れ回った。

 ひっかき傷とかよく分からない打撲痕とかは暴れ回った瑠奈によってつけられた傷だ。


「し、仕方ないでしょ。わ、私だって目が覚めていきなりアナタの顔が目の前にあったらその……貞操の危機を感じるわよ……」


 瑠奈は僕に背を向け体育座りをして、気まずそうに僕から少し距離を取っている。騙し打ちで麻酔針を撃ちこんだことを根に持っているのかもしれない。


 まあ警戒されて当然ではあるよね。

 瑠奈が眠っている間に彼女の胸を弄らなかった事を証明する為、いかに瑠奈の胸が一般論的に衣服の上からでは弄りようのない貧乳か――ブレザーのごわごわで何も分からない――を力説したらまた涙目で怒られた。

 でも僕は瑠奈の貧乳好きだよ? と言ったらよく分からない表情になってからやっぱり怒られた。

 茹でダコみたいに耳まで真っ赤だったので相当怒っていたのだろう。

 やはり女性の身体的特徴に言及するのは良くない事のようだ。


「フン、……話を戻すわ。それでアナタは、どうして私を攫ったりなんかしたの? 麻酔銃まで使って女性としての魅力に欠ける私を攫った理由は一体何なのかしらね。女性としての魅力に欠ける私を、わざわざ、攫った理由なんて、想像もつかないのだけど」


 何だか非常に棘を感じる言い方なんだけど、それ以前に僕は瑠奈がやたら強調する言葉に引っ掛かりを覚える。

 どうしても譲れなくて、僕は憤慨したように反論する。


「何を言ってるんだよ瑠奈ちゃん。君が魅力に欠けるだなんて、そんなことある訳ないじゃないか。君は凄く魅力的な女性だ。この僕が命を懸けて保障するよ!」

「そ、そんな事を言われたって、もう私は騙されないわ! フン、ど、どうせ災葉くんも小さいのよりおっきいのが好きなんでしょ。最低ね、この変態!」


 そっぽを向いて頬を膨らませる瑠奈。子供のような拗ねた表情と普段の大人びてクールな態度とのギャップの破壊力はバツグンだ。

 けど、僕と話しているときの彼女は大抵こんな感じなのでどっちが普段なのか分からなくなりそうだけど。


 とはいえ彼女に僕が変態だと勘違いされるのは納得がいかないので、僕は瑠奈の的外れな指摘に対して首を横に振る。


「大きな誤解だよ瑠奈ちゃん。僕が好きなのは大きいのでも小っちゃいのでもない。僕は瑠奈ちゃんが好きなんだ。僕の瑠奈ちゃんへの愛の前にはサイズなんて無意味なんだぜ?」

「……ッ!? だぁっ、だからそういうことを恥ずかしげもなくポンポン言うのは辞めてって言ってるでしょうにっ、ほんっとこの子はもうっ! 私知らないんだから!」


 耳まで真っ赤にして涙目で声を荒げる瑠奈はぷいと完全に後ろを向くと、感情に身を任せるように首を左右に大きく振る。

 彼女の動きに連動して三つ編みの尻尾が尻尾のようにぶんぶんと左右に揺れ、往復ビンタのようにぺちぺちと僕の頬を叩いた。ナニコレ可愛い。


「も、もう私のことはどうでもいいわ。いいから私を攫った理由を端的に、無駄なく簡潔に説明なさいな……!」


 照れ隠しなのか僕の顔を見ずにぺちぺち攻撃を続ける彼女の言葉に従って、僕は端的に彼女を連れ去った理由を説明した。


 一通りを黙って聞いていた瑠奈は、僕が話し終わるとその愛らしい小さな頭を抱えて大きく溜め息を吐き出すと、じめっとした半眼をこちらに向けて、


「……要するにアナタは、私が気紛れで口にした『このまま一緒に全てから逃げてしまいましょうか』なんていう冗談を真に受けて、大東日輪神国そのものを敵に回したと。そういう訳ね」

「えー、瑠奈ちゃんのアレは冗談じゃなかったじゃないかー。君が本気で逃げたいって願っていたからこそ僕は君の望みを叶えに来たんむぎゅぅっ」


 瑠奈の小っちゃいお手々が、僕のほっぺたをむっぎゅっと掴み引っ張った。


「いいから、話の腰を折らないで頂戴。じゃないと、このままじゃくだらないお喋りをしている間に包囲網を狭められてお終いよ。捕まりたくないのなら話を先に進ませなさいな」

「あ、あい……」


 すごい剣幕の瑠奈に睨みつけられた僕は、大人しく首を上下に振る。お札の偉人みたいな陰影のついた瑠奈ちゃん、小っちゃいのに迫力がありすぎる。


 そんな僕を瑠奈はじっと見つめてから、大きく長い溜息をもう一度吐き観念したように、


「はぁ……分かった、分かったわ。このままじゃアナタ殺されてしまいそうだし。とりあえずこの馬鹿げた逃走劇に手を貸してあげるわよ」

「え、ってことは瑠奈ちゃん! ついに僕と一緒に愛の逃避行をするという決心が……!」

「違うわよ、お馬鹿。言ったでしょ? 私には私の目的があるって」

「……それって、あの時言っていた復讐のことかい?」

「そうよ。それを果たす為には、お兄様の元で『神官騎士』になるのが一番なの。だから、この国を出る訳にはいかない。私がしてあげられるのはアナタをこの包囲網から逃がす手伝いまで。そのあとは勝手に一人で逃げて。アナタの変身魔法なら、一度彼らの目をすり抜けさえすれば後はどうとでもなるでしょう。だから……これ以上私に関わらないで」


 これまでの和気藹々とした雰囲気から一転、有無を言わせぬ調子で突き放すように告げる瑠奈。

 ……でも、本当に僕を突き放す気なら、『神官騎士』なり君のお義兄さんなりに今すぐ助けを求めればいいハズなのに。それだけの事を、どうしてか瑠奈はしない。


 他者を冷たく拒絶し独りを好み、自分は人殺しの復讐鬼だと宣う瑠奈。それなのに人を思いやる心を見せ非情にもなり切れず、どこか嬉しそうに僕と会話をするお人好しの瑠奈。

 僕に攫われてから瑠奈が見せるどこか芝居めいた不自然なまでの明るさは、一見普段と変わらないようにも見える。


 しかし僕がやらかした事と状況、そして演武祭で僕に気付いた瑠奈の取り乱し具合からの急変ぶりを考えると、どうしても不吉な予感が脳裏を過って離れない。

 ちぐはぐで矛盾だらけのその少女は、かつて自分のことを嘘つきだと自称していた。


 瑠奈=ローリエ。君の本心は、君の〝本当〟は一体どこにあるんだい?


 けれど。

 そんな簡単な問いかけが僕の口から出てくることは、ついぞなかった。

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