初めての春
21XX年、止められなかった環境破壊と隕石落下による環境変化により生物は、生活できなくなる前に故郷である地球を捨て、宇宙へと生活の場を変えた。
未熟な技術を精一杯活用し宇宙ステーションを建造。多くの生物を乗せることのできるスペースシャトルを国々が協力し開発。
生物たちは宇宙へと飛び立った。
残った生物もいたが厳しい環境には勝てず、生き残ったのは微生物と植物のみ。
スペースシャトルから見た地球は、生活が困難になったとは信じられないほど青く美しく輝いていたらしい。
宇宙での生活は、今まで暮らしていたようにはいかず困難なものになった。季節の変化、天候など自然に関する日常を失い心身の健康を悪くする者もでた。それでも生物はしぶとく生きた。
時は過ぎていき、生物が宇宙での生活を当たり前のものとした頃、地球は自身がもつ自浄作用で少しずつ環境を回復していった。
地球から生物の多くが去って1000年。
人間が地球に帰って来た。
小型の宇宙船が大気圏を越えて地上に着陸する。地球を出た頃にはなかった高性能な船を見るだけで、生物の文化が止まることなく進歩し続けていったことがわかる。
宇宙船から出てきたのは二人。全身を覆う防護服を着ていて性別はわからない。手に機械を持ち、それを使って何かを調べている。
「先輩、摂氏温度にして6度、空気中に有害なものは含まれていません。防護服を脱いでも問題ありません」
「わかった。それじゃ、こんな動きにくいもんさっさと脱ぐとしようか」
先輩と呼ばれた人物は、乱暴な手つきで身に着けている装備を外していく。後輩も機械を足元に置いて、装備を外していく。
無精ひげを生やした三十歳ほどの男と長髪を後ろで縛った二十前半の女が姿を現した。
「寒いな」
「倉庫などにいかないかぎり、住居地区は温度が一定に保たれて、ここまで下がることはありませんからね。慣れてないと寒く感じるでしょう」
「お前は慣れてるのか?」
「いいえ。でも寒さに対する対策はしてますから」
そう言って女は、服の下にしこんだカイロを見せた。
技術が進化して古いものがすべてなくわるわけではない。カイロもその一つのようだ。
「ずるいぞっ。一つよこせ」
「その願いは却下です。動けば体は温まりますから、さっさと調査を開始しましょう」
「お前な……少しは先輩を敬えよ」
ぶつぶと文句を言いながら宇宙船から降ろした車に、調査に必要な道具をいれていく。
「こんなもんでいいか」
「十分でしょう」
いると思われる道具を詰め込んだ二人は車を走らせる。
二人の目的は地球環境の調査。生物が再び地球に戻ってくるためのものではなく、地球研究をしている学者のための実地データ集めが目的だ。多くの人間は宇宙での生活になれ、いまさら地球に戻って生活しようとは思わない。
二人は地域のデータを集め終わると、宇宙船に戻る。そして別の場所へ飛び、その地域のデータを集める。これを繰り返していく。
危険な生物がいることもある。その場合宇宙船に搭載されている武器で討伐し、再度確認し危険がなくなったと判断した場合地上に下りる。
何度目の調査か数えるのが馬鹿らしくなった日。風の冷たさが緩んでいた。
いつものように車を使い移動していた二人の目の前に、古い建物が現れた。
二人が見回った場所にあった建物は、全て原型を保つことができていないでいた。しかしこの建物は頑丈に作られたのか、あちこち崩れてはいるが原型を保っている。
「これ校舎か?」
「だと思います。あっちに体育館跡らしきものも見えますし」
女が指差す先にはたしかに体育館らしいものが見える。グラウンドの端には咲いていない桜の樹が並んでいる。二人からは遠くにあるので見えないが、桜の樹には蕾がついている。
「よく壊れずにすんだなー」
「そうですね。鉄筋コンクリートの建て替えはだいたい30年から100年と言われてますから、それをこえてなお立ってるというのはすごいです。というか奇跡?」
そういわれると、建物からちょっとした風格を感じる。久しぶりの客を歓迎する雰囲気も。気のせいかもしれないが。
二人は校舎内部へと入っていく。窓ガラスが割れていて風通りがいいせいか、ほこりは積もっていない。
警戒しつつ進む二人の腰には拳銃のようなものが下げられている。危険な生物を撃退するため武器の携帯を許可されていた。
「先輩またブラスター換えたんですか?」
「ああ、どうも馴染まなくてなぁ。
そういうお前はずっとそれだな?」
「ええ、私はこれに慣れてますから。相性もいいですし」
「俺も相性のいいものに会いたいよ。換えてばっかりで金かかるんだよな」
「我慢して使えばいいのに、扱いに慣れたら相性もかわってくるかもしれませんよ」
「どうも堪え性がないようでな」
一階から調べていた二人は厨房に出る。
そこでふと思いついたように男が口を開く。
「俺がいた中学は給食なかったんだが、お前のいたとこはどうだ?
噂で聞いたが給食のある学校もあったらしいじゃないか」
「私のところもありませんでしたよ。
でも校長がお菓子好きで月に二三度お菓子が配られました」
「へー俺のとこはなんもなかったわ。せいぜい牛乳くらいだ。
牛乳飲んでる友達驚かせたりしてた」
「あー何度か男子がやってましたね」
自分たちが通った学校の思い出を語りながら、色々な場所を歩き回る。
音楽室に行って教科書に載っていた歌の違いにジェネレーションギャップを感じたり、科学室に行って薬でやらかした失敗談で笑ったりする。
そんなことをしながらもデータ集めは順調に進んでいる。
「データも収集できたし出るか?」
「そうですね。あっそこ危ないです」
脆そうな部分をみつけた後輩が注意するも少し遅く、男は床を踏みぬいた。そこかしこからピシリと細かいひびの入る音が聞こえてくる。
「……もうちょっと早く言ってほしかったよ」
トラブルはこれ一つだけで、あとは何事もなく外に出た。
二人が歩き回ったせいで負担がかかったのか、もしくはちょうど壊れる時期だったか。二人がある程度離れた途端、校舎は音を立て崩れた。
「もう少し遅かったら巻き込まれてたな」
「……私たちが出るまで耐えていてくれたのかもしれませんね」
「お前がそんなこと言うなんて珍しいな」
口では茶化しているが、男も女と同じ表情で校舎を見ている。
もしかすると、壊れる直前にやってきてくれた二人を最後の卒業生と見立て、無事に送り出すことを最後の仕事としたのかもしれない。物を言えない壊れた校舎は、静かに佇むのみ。
崩れた際に起きた風に運ばれてきたのか、ひらりと桜の花びらが一枚、二人の前に舞い落ちた。
「桜の花かこれ」
先輩は花びらを拾い上げる。
「『春』に咲くんでしたっけ。今が『春』なんですね」
四季の存在しない宇宙に記録として残る季節。緩やかに流れる暖かい風をその身で受け、自分たちが失ったものを体全体で感じた。
以前別の別の場所で書いたものを手直ししてみました。