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ジャンク屋の受付に座って、来ない客を待ちながらコーヒーを呷る。

窓の外を伺い見ると、先ほどまで曇りだった天気はとうとう雨に変わったらしかった。


ガラスにぽつぽつと、雨粒が叩きつけてくる。

そんな、どんよりとした天気と同調してかサファイアの気分も沈みがちだった。

普段強気の光を湛えている彼女の瞳も、今日はどこか力がないように感じられる。


「はぁ」

「まだ気にしてんの?」


ため息をついたサファイアに、店の奥から声がかかる。

椅子の背もたれにもたれ掛かって、サファイアが声のする方向を伺い見ると机に向かう少女の姿があった。


この少女は、ヒスイという。ウンモの愛娘だ。黒髪のポニーテールが良く似合う。歳はたしか15だったと思う。

今は、回収したジャンク品の電子回路を繋ぎ合わせて修復する作業をしている。

時折、店内まで光が漏れてきていた。


「生きてただけでも良かったじゃん」

「それを、ウンモに言ってやってくれないかな?」


ヒスイの言葉に、サファイアは苦笑いしながら言った。


先日の、兵器工場跡地での話をサファイアはまだ引き摺っているのだ。

生きて帰れたんだからいいじゃないかと食い下がるサファイアに、ウンモは無慈悲に給与天引きを実行したのだった。


「えー、やだよ。お父さんめんどくさいし」

「本人が聞いたら泣くわよ。それ」


さらりと酷いことを言ってのけるヒスイに、続けて苦笑する。

しばらくすると、ヒスイが修理した機器をもって店内まで出てきた。


そして、かけていたゴーグルを外しながら機器を店内において、手ごろな場所に腰かけた。


「この前回収したので使えそうなのの修理全部終わったよ」

「ご苦労さま。それにしても器用なもんね」


純粋に感心しながら、サファイアはそう言った。


「こればっかずっとやってるしね。あ、あとサファイアのスーツももう直ってるよ」

「ほんと!ありがとう!!」


ヒスイは、このジャンク屋のメカニックなのだ。

技術知識の殆どが失われて久しい昨今で、とても珍しい存在だ。

なんでも、母親がそうした技術を持ち合わせていたらしい。


サファイアのスーツも、彼女がメンテナンスしている。


「それにしも・・・。どうやったら、あんな状態になるの?背中のアクチュエータが焦げ付いてたし、右の配線が一部断線。バッテリーはボロボロだった」

「ま、まあちょっとというか、大分無茶してね」


半目で問うヒスイから、サファイアは目を逸らしつつ言った。

紛れもなく、サファイアが戦闘ロボ相手に無茶苦茶やったせいだった。


通常は、ああした使い方をするものではない。


確かに人外の膂力を使えるかもしれないが、それをフルパワーで用いることはそうそうないのだ。

そもそもパワードスーツは、筋力アシストをする医療用機器が軍事転用されたものだ。


その目的は兵士の体力の消耗を押さえ、長時間の活動が可能にすることにある。

得られる力やスピードは、あくまで副次的なものでしかない。


何が言いたいのかというと、戦場の兵士はあくまで銃器を用いて戦闘を行うのであって、パワードスーツで戦うのではないということだ。

もちろん、その恩恵である膂力を活かした戦闘を行う者もいることにはいるが少数派だ。


それに少し考えれば分かることだが、戦場で生き残るためには基本的に戦力の温存が必須なのだから。

銃に置き換えてみれば分かりやすいが、戦場での弾切れが死を意味するのと同じだ。

それに部隊同士の集団戦で、個の力など全くもって意味を為さないだろう。


フルパワーを発揮したところでその後力尽き、何もできなくなって終わる。


「銃だって積んでたんだから、それ使えばよかったじゃん」


もっともな意見を、ヒスイが口を尖らせながら言った。

それに、頭を掻きながらサファイアが申し訳なさそうに答える。


「いやね。できるだけ使いたくないんだ」

「・・・。変わったやつ」


ジト目のまま、ヒスイが素直な感想を述べた。


実際、ヒスイの目から見てもサファイアは変わり者の類に映る。


通常の兵士や傭兵には、サファイアの様な者は珍しく、むしろ荒くれ者のテンプレを行くようなのが多いからだ。

彼女の知る兵士や傭兵達も、力にものをいわせるタイプが多い。


サファイアもサファイアで、荒々しいところがあるので大概ではあるが、それでもヒスイにはそう感じられた。

ふと彼女は、そんなサファイアの過去が気になった。


「あんたさ。なんで傭兵なんてやってたの?」

「え?言ってなかったっけ」

「うん。私、あんたの顔と名前と、ときどき無茶苦茶するその性格くらいしか知らないよ」


ちょっと酷くないかと、むすっとした表情で告げてくる抗議を無視して先を促す。

するとサファイアは表情を変えた後、窓の外を見て少し考えてから天井を仰ぎ見た。


振り始めた雨は、強まる一方だ。

窓の外の景色はもはや豪雨そのもので、安い作りのジャンク屋の天井を雨粒が叩きつける音が響いている。

ウンモとミカゲが鉄を売りさばきに出ているのだが、この雨だ。もうしばらくは帰ってこないだろう。

客足もありそうにはない。


「まあ聞いて面白い話でもないんだけど、することもないしちょうどいっか」


そう前おいてから、両手で持っているコーヒーカップに視線を落とし、彼女は語り始めた。


彼女自身の過去を。


彼女の話によると、サファイアが生まれたのは今住んでいる都市から1000キロほど離れた場所にかつてあった都市だ。

その都市は周囲の砂漠化が進んでおり、周りには岩と砂しかなかったが、都市内では湧水があり水は豊富だった。

加えて、その都市の周囲には油田の名残があったため文明崩壊後では貴重な燃料資源が採取できる施設が生きていた。


食糧問題はあったが、そうした保有している資源を使って他の都市と物々交換することで生活が成り立っていた。

そのため生活自体は安定しおり他都市と比べても、殺伐とした空気が無く人々には穏やかな人格の持ち主が多かった。


「今でも、周りの子たちと一緒に遊んだの覚えてるよ。やたら日差しが強いのに、外で遊ぶもんだからみんな日焼けしてた。

 大人たちも優しい人が多くて、そのままあの場所で過ごすものだとみんな思ってた」


そうした背景もあり、子供時代は比較的穏やかな時間を過ごしたのだった。


「大人の手伝いだ!とかいって勝手について行って、施設壊して全員油まみれのまま怒られたりして」

「今と変わらないじゃん」

「ねえ、ほんと酷くない?」


言ってサファイアはコーヒーを呷ろうとしたが、中身がないことに気がついた。

半目になってから、二杯目を淹れるために立ち上がる。


「コーヒーいる?」

「あ。ちょうだい」


ヒスイの分と、自分の二杯目を淹れながら話を続ける。


「でもね。あたしが16歳になった頃、突然環境が変わったんだ」

「天変地異でもあったの?」

「ううん。違うよ」


淹れ終わったコーヒーをヒスイに渡して、続ける。


「ある意味そっちの方が良かったかもね。その辺の都市国家同士で戦争が起きたんだ」

「・・・」


自分で淹れたコーヒーの杯に、サファイアは再び視線を落とす。

伏し目がちなその表情が、ヒスイには寂しそうにも悲しそうにも見え、そのどちらとも判別できなかった。


なんということはない。ある意味で、予測できていたことだった。


自ら引き起こした文明崩壊によって、その生活を維持できなくなった人類。

食料、衣料、資源。

あらゆるものが足りていないのだ。


当然、そこで発生していたのは奪い合いだった。

もちろん彼女がもっと幼いころからそうした争いは発生していたが皆、別の場所の出来事だと思っていた。


「はじめの内は、隣の都市で発生した小規模な争いだった。でも」

「サファイアの居た場所も、巻き込まれたんだね」


遠い目をして、少女らしからぬ表情で続く言葉を口にするヒスイに苦笑しながらも、サファイアは続ける。

苦笑いを浮かべてはいるが瞳の色は、真剣さのあるそれだった。


「そう、巻き込まれた。私たちは当事者でもなんでもなかった。それでも、その戦火からは逃れられなかったんだ」


隣国、つまりは隣の都市だがその距離は数十キロ単位で離れており、当初は影響は小さいだろうと誰もが思っていた。

しかし、時がたつにつれその戦闘は終息するどころか激しさと規模を増していく。


始まってからたったの数ヵ月で、近隣の複数の都市国家が入り乱れた壮絶な生存戦へと様相を変えていく。


「どんどん、戦争の状況は悪化していった。物々交換の交易は続いていたけど、だんだんと余裕がなくなっていった」


そして、その時がやってきたのだ。

今でも、鮮烈な記憶が脳裏に焼き付いている。


「ある晩ね。夜中に目が覚めて、ベッドから跳ね起きたんだ。汗びっしょりで。物凄い胸騒ぎがして、眠れなくなって。

 親の様子を見に部屋まで行ってみて、二人とも寝てるのを見て安心したんだ。ああ、良かったって。

 それで部屋に戻ろうと思って、ゆっくり扉を閉めて。そしたら、そのまま爆発に呑まれて全部なくなっちゃった」


壮絶な、市街戦が繰り広げられた結果だった。

戦況が芳しくなかった国が、追い詰められて夜襲を仕掛けてきたのだ。


もちろん、サファイアの国にも備えはあった。

しかし奇襲により初期対応が遅れ、結果として住民にも多数の被害者を出すこととなった。


「勘違いしないでほしいんだけど、あくまで過去の話だからね!?」


続きを語る前にサファイアは、努めて明るい表情でそう言った。

ヒスイには、その明るさが不思議に感じられて仕方がなかった。


「なんでそんな言い方出来るの・・・。だって普通恨んだりするでしょ」

「うーん。そりゃ恨んだんだけどね。まあ、続けよ」


両親が亡くなった後、彼女は母国の孤児院に引き取られることとなる。

戦争が続いている状況下で、人の子を引き取れる家などどこにもなかった。


引き取られた施設は、孤児院というよりはむしろ収容施設に近かったがそれでも生きていられるだけましだった。

そして、ヒスイが言ったようにサファイアは、両親を失わせた敵国をひどく恨んだ。


「はじめの頃はね。ずっと恨んだまま過ごして。事あるごとに、復讐してやるんだって叫んで」


そんな孤児院での生活が数ヵ月が続いたある日だ。


「ある人がやってきて言ったんだ。『君が望むなら、君の復讐に力を貸そう』って。それで、私はナノマシンを注入して強化人間になった」


表面上は、表に出ないようになっていたがその孤児院は、元から"そういう"施設だったようだ。

身寄りのない子供を集め、『本人の同意に基づいて』兵士化することが、目的だった。


サファイアが言っている通り、彼女はそこで被験者となってナノマシンを自らの身体に注入したのだ。


そして、それからは毎日が訓練の日々だった。


クラシカルガンと呼ばれる、火薬を用いた古典的な銃の扱い方。

小型化したレールガン技術を転用した、近代的な銃の扱い方。

パワードスーツを用いた、機動訓練。


そこで、彼女は戦闘のノウハウを身に着けた。

16歳の少女が受けるには、過酷すぎる内容だった。


けれど、彼女は彼女を兵士化した人々を全く恨まなかった。

それどころか、感謝していた。


「朝から晩まで馬鹿みたいに訓練して。それで喜んでるの。私の心にあったのは復讐だけだった」


そして、とうとう実戦投入の時がやってくる。


彼女の胸は、喜びに満ちていた。

これで、奴らに復讐ができる。

ただそれだけしか、頭になかった。


作戦当日、サファイア達ナノマシンを注入した部隊は強襲部隊として任務に当たった。

敵国内に駐屯する敵防衛部隊を襲撃し、無力化した後に自国の部隊が奇襲する作戦だ。


怪しくも、それは夜襲だった。


「私たちの部隊は、敵の背後をついて奇襲を成功させたわ。作戦行動は完璧そのものだった」


慌てふためく敵兵を、掃討していく。

パワードスーツによって、筋力を底上げされた彼女らが用いる銃器は特別製で、大口径のものばかりだった。


それらは通常の地上部隊が使用する戦車や装甲車の装甲を容易く貫通し、逃げ延びた敵兵は小型レールガンの餌食になった。

数時間後に、敵国内から爆発と共に火の手が上がった。


陸上部隊による市街戦が始まったのだ。

そして、サファイア達はそのまま陸上部隊の支援に回ることになった。


彼女は、地獄となった都市内部を駆け巡る。


市街地は、ひどい有様だった。

地獄絵図そのものだ。


ぐったりとして動かない子供を抱えて泣く母親。

家族の名を叫びながら、瓦礫に呑まれていく父親。

ただ、泣き叫んでいる子供たち。


至る所から聞こえる悲鳴。炎。銃声。爆発音。


そうした光景を眺めながら、移動していたサファイアの場所の近くで、爆発が発生する。

その時、たまたま近くにいた少女が叫んだのが聞こえた。


振り返ると、家族が崩壊する建物の中に残されているのが見えた。


「お父さん!お母さん!」


サファイアはその光景に、見覚えがあった。


そして、動かずにはいられなかった。


「そこになって、気がついたんだ。ああ、やっちゃったって。私は、私をこうした連中と同じになってしまった。そう思った。

 その後、私に向かって助けたことに感謝する家族を逃がして、私は逃亡したんだ。突然、復讐がつまらないと感じるようになった」


あまりの事の顛末に、ヒスイは何も言えなくなった。

無言のまま、言葉を口にできないでいる。


それに苦笑して、サファイアは続けた。


「繰り返すけど、勘違いしないでほしい。私は自分の意思でナノマシンを注入して戦ったの。

 恨んだのも本当だし、復讐を実行したのも本当。そして、最後にそれを酷くつまらないと感じたのも本当。

 そしてそれらも全部、もう過ぎ去ったこと。今では、あのあたりの都市国家は壊滅して、もう跡形すら残ってないわ」


最後にそう言って、サファイアは黙り込んだ。

瞳を閉じて、座っているイスの背もたれに体重を預けて、何かを思い出すかのようにしている。


ジャンク屋の店内に、沈黙が返った。

天井を打ち付ける雨音が、激しさを増したかのように感じられた。


「ごめん。ただ、これだけは言わせてほしいんだけど、あんたは悪くないと思う」


しばらく間をおいてからヒスイが、なんとも言えないような表情でそう言う。

それに苦笑いが入り混じった、それでもいつもと変わらない表情で、サファイアは本当におかしそうに笑って返す。


「ありがと。でもね。話したのは私だし、それにもう過去の話だし。今は、毎日を楽しんで生きてるわ」


その言葉にヒスイも笑って返して、その話は終わりになった。


話が終わってしばらくすると、ヒスイはそのまま続けて作業に入った。

サファイアはというと、再びすることがなくなったので相変わらず店内の椅子に座って暇を持て余している。


窓から見える、雨の景色を眺めながらぼんやりしていた。

水たまりに打ち付ける水の波紋が、広がっては消えていくのをただ見つめていた。


天井を打ち付ける、雨のBGMは単調だ。


もし私は傭兵にならなかったなら、何をしていたのだろう。

ふと、そんな考えが頭によぎる。


まず強化人間にはなっていないだろう。

いや、分からない。そもそもあの施設は研究施設だった。

当時は気にしていなかったがどの道、被検体にはされていたかもしれない。


遡るなら、もっと前か。


そう、都市国家間の戦争が起きなかったら。

あのまま、みんなで生きていたら。


お父さんと、お母さんと暮らせていたら。

思い出が、蘇る。


「―は!ありえないわね」


そこまで考えて、サファイアは思わず自分で笑って打ち消した。


自分は自分でしかない。

起きたことは絶対だし、その時も、その後の道も、全部自分で選んで決めたのだ。


もしもなど、絶対にない。


彼女は最後にそう考えて、胸に宿る一抹の寂しさを、そのまま仕舞い込んだ。


「と。お!ミカゲが返ってきたよ」

「おー」


その時、雨の景色に見覚えのある人影が見えジャンク屋の入口まで走ってくるのが見えた。

奥からヒスイが反応する声が、返ってくる。


この雨なのだ。さぞずぶ濡れなんだろう。

そう考えて、タオルを持って出て行ってやる。


案の定、扉を開けた先で見えたミカゲの姿はびしょ濡れだった。


「やー。水も滴る男って?」


ふざけた調子で、にやけながらサファイアはミカゲにタオルを差し出して言った。

しかし、ミカゲはそれに反応しなかった。


「なに?怒ったから無視って?」


ミカゲはそんなサファイアの言葉などまるで耳に入っていないのか、呆然とした表情で佇んでいた。


そこで、サファイアはミカゲの様子がおかしいことに気がついた。

そういえば、ウンモの姿がない。


「何があった?ウンモは?」


表情と声色を真剣なものに変えて、サファイアが聞く。

会話が気になったのか、奥からヒスイも顔を覗かせて言った。


「どうしたの?」


問いかける二人に、ミカゲはようやく顔を上げて言葉を口にする。


「・・・ウンモの旦那が、政府の連中に連れていかれた」

「「はあ!?」」


二人の驚く声は、ジャンク屋の外にまで響いていた。


「だから!鉄の取引中に政府のお偉いさんの車が来て、そのままウンモの旦那が連れていかれたんだ!!」

「連れてかれたって・・・。ミカゲ、それほんとに政府の車だった?」

「間違いない、あれは政府専用車だった。ロゴや、見た目だって確認したさ!」


妙な話だ。

興奮しているためか、要領を得ないミカゲの説明を聞きながらサファイアは思う。


今でいう"国家"とは都市国家成立以降、というよりその黎明期から夜警国家を指す。

要するに国を守り保つ最低限の活動はするが、それ以外は干渉しないというやつだ。


だから一般的に政府関係の筋は閉ざされた世界であり、自分達一般の界隈には基本的に干渉してこない。

というよりも、眼中にないはずだ。


やつらの頭にあるのは、他国との争いと食料や資源の確保だけだ。

いい悪いではなく結局、それが一番効率が良く、より多くの人々が生き残るのに適している。


「とりあえず、順を追って聞かせて」


違和感を覚えながらも、サファイアは話を聞くためにミカゲにそう言った。



その頃、当のウンモは政府管轄の建物の一室で柔らかなソファに腰かけていた。

鉄の取引中に半ば強引に連れてこられた後、事務室の様な場所に通されたのだ。


目の前には30歳くらいに見えるスーツの男と、右目に眼帯をつけた40前後の男、歳は分からないが白髪の老人がいる。

ウンモの居る部屋の入り口と、窓にはバイザーとプロテクターをつけた武装したボディガードが立っていた。


「既に車の中であいさつは済ませたが、あらためてよろしく。ジャンク屋ウンモ。私はポールだ」

「そこの白いやつらで取り囲んでおいて、よろしくもなにもあったもんじゃねえだろ?なあ?」


当然、ウンモの機嫌は悪い。


ウンモの外見は、禿頭で日焼けしており筋骨隆々といった感じだ。

その彼が、凄みをきかせて言葉を口にするとそれなりの威圧感があった。


だが、それを飄々と受け止めてスーツの男は続ける。


「おっと。まずは、非礼を詫びておこう。すまなかったね。だが、許してほしい。我々、政府はいつも時間がないんだ」

「―ッチ。戦争で、だろ?」


悪態をつき、腕組みをして片目を閉じながらウンモはそう言った。

ポールと名乗った政府高官はそれに、肩をすかせて返す。


「何か飲み物でも?」

「いらねぇよ。で、一体何だってんだ?しがないジャンク屋のおやじを捕まえて、ナンパってわけじゃないだろうに」


立ち上がって飲み物を勧めるポールに、ウンモが言った。

続けて対面に座る眼帯の男と白髪の老人に、ちらりと視線を向ける。


「おや、話を聞いてくれるのか。それはありがたい」

「言っとくが、内容次第では即刻帰らせてもらうぞ」

「つれない男だ。まあ、紹介しよう自警団のイワンとヌイだ」


ポールの紹介に、二人は立ち上がって頭を下げる。

ウンモはそれに応じながら、眉根を寄せて疑問を口にした。


「自警団の連中が、どうして政府の高官と一緒にいるんだ」


彼の疑問には理由がある。

そもそも、自警団と政府とは相互に全く関係のない組織だからだ。


先述した通り現在の政府は最低限、国と国民の命を守る程度の事しかしない。

その活動の目的は、もっぱら食料や資源の確保と軍によって都市国家の国民を守ることのみに集中している。


故に、先ほど言葉に出た自警団が組織されたという背景がある。


軍によって、守られているからといって安全という訳では決してないのだ。


むしろ、日常の危険の殆どは都市内部での生活の中で発生する。

要するに、放っておくとどうしても治安が悪化するのだ。

この問題を解決する手段として自警団を組織し、住民が自ら有志を募って治安を維持するというのが慣例となっている。


「それについては、まずは彼らから説明してもらおうと思う」


そうポールが返すと、眼帯をつけた男が話し始めた。


「まずは、あらためて名乗らせてもらおうと思う。俺はイワンだ。この爺さんはヌイという」

「イワンにヌイか。俺はウンモだ」


彼らが差し出した握手に応じた後、再びソファに腰かける。


「で、なんで自警団のあんたらがこんなところにいるんだ」

「それなんだが、政府周りの詳しい話はよく分からん。俺たちは、政府に協力を要請しただけなんだ」

「協力?」

「ああ、最近妙なことが立て続けに起きててな。ちょいと手に負えなさそうなんで、軍に協力を仰いだんだ」

「そしたら、あんたを紹介すると言われてのう」


二人の言葉を聞いて、再びポールへと視線を戻す。


「自警団が軍に協力を要請するなんてよっぽどだと思うが、それでなんで話が俺に繋がる」

「いや、政府としては対応したいのは山々なんだが、なにせ信用しうるだけの確証が持てない話でね」

「言っている訳がまるで分からん」


率直な意見を述べるウンモに、ポールは嘆息する。

そして、ポールは次のように返した。


「まあ、話の本題はこれからだ。続けて」


それに頷いて、イワンとヌイが言葉を続ける。


「単刀直入に言うが、人が消えるんだ」


少し間をおいて、真剣な表情で告げられたその言葉にウンモは背筋に寒気を覚えた。


「人が消える?」

「ああ。ある日突然いなくなって、消息がつかめなくなる事件が多発している」

「単純に、攫われたとかじゃねえのか?」


ウンモの言葉に、自警団の二人は首を振って否定した。


「もちろん、その筋も疑って俺たちで既に調べてみたんだが、何も手掛かりはなかった。

 むしろ、範囲が広範囲に及んでいることが分かって逆に問題になったくらいだ」


さらに詳しく話を聞くと、内容としてはこうだった。

ある時期を境として、人が消える噂が立つ。

当初は真偽の定かでないその話を鵜呑みにする者はおらず、皆ありがちなただの噂だと思っていた。


しかし、しばらくしてそれがただの噂話ではなく、実際の話だということが分かったのだ。

行方不明になった人物たちがおり、未だ行方が知れないらしい。


「被害が出た人間、場所、日時、時間。あらゆるものに共通点が一つもなく、かつ目的が見えない」

「なんで、わし等のような特にとりえがあるわけでもないただの人間を狙うのか。てんでお手上げの状態 じゃ」


ひとしきり話し終えた二人の言葉を引き継いで、ポールが続ける。


「そして、対応に困った自警団が我々に接触してきたといわけだ」

「なるほどな。なら、それで終わりなんじゃねえか?」

「いや、事はそう簡単じゃない。政府の抱えている軍のうち正規兵も傭兵も、

 明確な目的なしには動かない。そして、それは――」

「あー。ようするに、他の国の軍か、資源の確保が絡んでないと動けないと」

「そういうことだ。しかし、僕としては気になる話だ。ひょっとすると他国の仕業かもしれない。

 だから、対応自体はしたい。そこで、君たちの登場だ」


最後に分かってくれたかと言わんばかりの表情で、ポールはウンモに微笑んだ。

ウンモはそれを無視して、再び目を瞑って考える。


大体の話は分かった。

自警団から持ち掛けられた内容は、政府としても気にはなるが動くだけの理由がない。

警察行為は、現在の国家の仕事の範疇外だ。


けれど興味深くはあり、情報は欲しい。

だから彼らは、都合の良い手足を探しているのだ。


最初は乗り気ではなかったが、聞いてみると悪い話でもない印象をウンモは抱いていた。


要するに、有益な情報が得られればそれでいい。別に自分で解決しなくてもいいのだ。

やり方次第では、危険に足をつっこまずにすむ。


取引としては、悪くない。

だが、まだ引っかかる点が一つだけある。


なぜ自分達に白羽の矢が当たったのかという点だ。


「成功報酬は弾むし、きちんと経費も払うつもりだが」

「当たり前だ。そっちじゃない。なんで、俺らなんだ。まだ、それが分からねえ」


そう言ったウンモに、ポールは一枚の紙を取り出して机の上に置いた。

何かの報告書らしい。


読むように促されたので、それに従って目を通すうちに、自身の身に覚えがあることに気がついた。


「とある兵器工場跡地で繰り広げられた、戦闘ロボと傭兵と思しき人物との戦闘記録だ。

 これだけの戦力を有していて、かつ危険地帯にも自由に出入りできる人物達などそういない。

 実に有能な人材だ。期待しているよウンモ」

「・・・あの馬鹿野郎」


頭を抱えて、ウンモは呻くようにそう言った。

2018.5.26 一旦の、執筆と校正を完了


あとがき

プロローグでアクションに悩みましたが、キャラクターの内面を描くのに苦労しました。

続けて楽しんで書こうと思います。

あと、文明衰退しても人間同士で戦争するとかどれだけなんだと思いつつ、それでも自分の中では一番現実的な可能性だと思っています。

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