プロローグ
かつての時代から、もう何世紀の時が過ぎたか分からない。
地球人類の文明は既に崩壊し、繁栄したかつての時代は旧世代と呼ばれている。
わずかに残った文献からすると、まず地球環境が激変し農作物が取れなくなったらしい。
「らしい」というのは、その文献が正しいのかすら見定めることが不可能なためだ。
その後、食糧を中心とした極度のインフレーションが発生し当時の世界経済は崩壊。
それが引き金となって、人類は最終戦争に突入した。
その戦争で、高度に発展していたテクノロジーが仇となり修復不可能なほどの損害を人類は自ら被った。
結果、約130年に及ぶ混乱期を人類にもたらし文明が崩壊したことで最終戦争は終結した。
現在、残された人々は各地に残された大都市跡に集まり都市国家を形成している。
しかし、そんな状況となっても争いは終わっていない。
今度は、残された人々の間で食料や資源の保有が問題となり争いが発生したのだ。
そうして、人々は現在も争いの歴史を続けている。
私達は今、そんな世界で生きている。
ガタガタと車体を大きく揺らしながら、廃墟同然となったビル群の合間を縫って、サファイアは自らの運転するトレーラーを走らせている。
破棄された都市の地面は、無数の隆起や生い茂った植物があり、なだらかな場所などない。
そんな荒れた道を走るトレーラーのハンドルを押さえつけ、緋色の長髪を揺らせながら彼女は大声で怒鳴った。
スピードを出しており、道路が荒れていることもあって走行音がかなりうるさいためだ。
「あと何分ぐらい!?」
助手席に座る、20歳くらいの黒髪の青年に問いかける。
彼は彼女と同じように、トレーラーの振動に体を揺らしながら答えた。
「10分ある!!それよりサファイア!道路を進めよ道路を!」
「耳元で怒鳴らないでよ!!それに、これが最短ルートじゃない!!」
「こうでもしないと、うるさくて何言ってるのか聞こえないだろ!!あと、道じゃないところはルートとは呼ばない!!」
大型トレーラーの振動とともに声を揺らしながら苦情を述べる、この青年はミカゲという。
彼女は、トレーラーの走行音に負けないように大声で話すミカゲに頬を膨らませて不満を漏らした。
「このご時世で、交通ルールもマナーもあったもんじゃないでしょ」
サファイア達は今、彼女たちの職場に向かっている途中だ。
ジャンク屋を稼業とする彼女たちの雇い主の仕事は、主に廃品回収をメインとしている。
ただ廃品回収といっても、基本的には都市内部に残されている資材の残骸を漁って転売しているだけなのだが。
それでも都市国家では立ち入り禁止の危険地域にしかそうしたものは残されていない。
そのため、一定の需要があり生計を立てる上ではそう馬鹿に出来た手段でもないのだ。
サファイアも最初は懐疑的だったが、始めてみると意外と儲かるので驚いたものだ。
元は公園だったらしい、草木が生い茂った広場を突っ切り、四車線の道路に飛び出したところで左にハンドルを思いっきり切る。
ショートカットには、成功したらしい。地図を見て、もうそろそろ到着するだろうことを確認し、安堵と共にスピードを緩めた。
「やれやれ。また遅刻したら、ウンモの旦那がうるさいところだったな・・・」
「まあ、今月だけでも3回遅刻してるからねー。あ、見えた」
揺れる車体の振動でズレたメガネを直し、安堵と共にぼやくミカゲに返事をしながら、サファイアは集合地点を視認した。
彼女たちの雇い主であるジャンク屋の主人、ウンモのトレーラーが見える。
サファイアは、スピードを落としウンモのトレーラーの真横につけ、停車させる。
ウンモが手を振り、同時にサファイア達のトレーラーの汚れ方に気がつき顔をしかめて声をかけてくる。
「お前ら・・・何があったんだ。トレーラーだって無料じゃねえんだぞ」
「サファイアに言えよ」
「さ。仕事、仕事」
責めるような視線を向けるウンモというジャンク屋の店主とミカゲから目を逸らしながら、サファイアはそそくさと作業に移った。
今日の彼女らの仕事は、「兵器工場跡での鉄屑集め」だ。
到着地であるここ、兵器工場跡に残されている資材の内、使えそうな鉄を回収する。
ほとんどの機能が失われたとはいえ、一部の区画の都市機能は生きており、その生きている部分をメンテナンスしながら都市国家は形成されている。
だから質の良い鉄などは、主に修繕を目的として高額で買い取りをされることもある。
こうした事情からトレーラや、その燃料など経費もかかるが、十分なリターンの得られる職だとサファイアは思っている。
そもそも、現在の世界でまともに生計を立てることは難しい。
まず依然として地球環境は悪化したままで、並行して砂漠化が進んだことからなおのこと農作物を作ることは困難だ。
もちろん、生産されていないことはないのだがそれらは都市国家内でもごく一部の、上流層にしか流通しない。
次に、都市国家間で発生している戦争だ。
最終戦争と呼ばれた戦争は確かに終わったが、今度は食料や資源の問題から生き残った都市国家間で争奪戦が続いている。
純粋な、侵略戦争のような戦争は珍しく今ではそうした、資源を巡った争いの方が多い。
もっとも、戦争といってもそれはかつての最終戦争の様なものの面影はない。
航空技術や核技術など、高度なものは全て最終戦争とその後の混乱期に失われた。
特に混乱期のそれが、いわば「個」が生き残るための時代だったことが大きい。
そんな時代たったためか、主に個人武装に関する技術。軍用であれば小型のレールガンや、兵士が着込みバッテリーが続く限りは限界を凌駕した膂力を得られるパワードスーツ。
クラシカルガンと呼ばれる、火薬による実弾兵器や、兵士を強化人間にするナノマシン技術などが中心として残っている。
そうした背景があり現在の都市国家間でいう戦争とは、陸上部隊同士の銃撃戦のことを指すのだ。
話は逸れるがかくいうサファイア自身も、かつては都市国家間の戦争で戦った傭兵の一人だった。
彼女が16歳の頃、彼女が生まれた都市国家は崩壊し両親を失った彼女は孤児院に預けられた。
しかし、その孤児院はナノマシンを注入した強化人間を兵士化する施設であり、結果としてサファイアも戦場で戦う日々を送ることになったのだ。
ナノマシンといっても現在の世界に残るそれは、電源を持たないパッシブなものだ。
注入後、細胞と融合しその活動をサポートすることで身体能力はもちろん、病原菌への免疫力・抵抗力や、傷を負った際の回復力が向上する。
副作用としては、新陳代謝が極端に底上げされていることから、老化がないくらいだ。
ただ、尋常でない程に値が張ることに加え、傭兵のほとんどは戦闘で死亡するため寿命自体は長くない。
現在は倫理の観点から、表向きは禁止されている。
「あ。そこガラスの破片が散らばってるから気を付けてねー」
「あいよ」
パキパキと、足元に散らばるガラスの破片を踏み砕きながら、廃墟となった兵工場跡の奥に向けて進む。
そんな経歴を持つサファイアだが、今は紆余曲折を経て現在のジャンク屋に落ち着いている。
はたから見ると、どう思うのか知らないが彼女はそんな自身のことを特に、不幸だとは思っていない。
何故ならば、生きて生計を立てられていることだけで、既に十分すぎるほど幸運な人生と呼ぶべきなのだから。
彼女はそう思っている。
「と、感傷が過ぎるのかな」
「どうした?」
「なんでもない」
そんなことを考えていたためか、独り言が漏れてしまっていたようだ。
ついてきているミカゲが訝しんで様子を伺ってきたので、軽く返事を返して忘れることにした。
兵器工場跡の建物内部は、日が指さず薄暗い。
日中であるにもかかわらず、外と直接つながっている箇所から少し奥に入ると場所によってはライトで照らさなければ見えない場所もある。
人気が無く酷く静まり返った跡地内のコンクリート壁に、足音が反響し遠くまで響いている。
廃墟となった屋内には、コンピュータや研究施設の残骸などが多数見られ、サファイア達はめぼしいものを回収しつつ何度か入った場所と往復しながら探索を続けた。
見てきた中には、何があったのかやたらむき出しとなったコンクリートや、薬品の類が燃えたのかやたら焦げ付いた部屋などがあった。
それらが、否応にも戦争の名残を感じさせる。
「こう、なんか薄暗いところにくるとやだねー」
「墓荒らしでもしてる気分だな」
「うわ、嫌なこと言わないでよ」
『無駄口叩いてないで、真面目にやれ』
無線で揃って短く了解と口にした二人に向け、ウンモが小言を続けているのが聞こえてくる。
二人は、それに首を振って聞き流し、探索を続けることにした。
そうしてトレーラーと屋内とを何度か往復と収集を繰り返して、3時間程度が経過した頃だ。
ミカゲが"それ"を発見した。
「サファイア、あれ」
「?」
周囲を物色していたサファイアに、僅かな期待の色を含んだ声で告げたミカゲが指さす方向を見て、理解した。
彼が指さした先には、一台の作業用ロボットが動いていたのだ。
青色の円筒型の本体に、汎用アームがついたタイプだ。
傷だらけで、ところどころ損耗が見られるが、間違いなく動作している。
何をしているのか分からないが、周期的にこの辺りを往復しているようだ。
実は、ミカゲが先程のような反応をするのには理由がある。
文明が崩壊した今、当然ながらロボット技術は廃れまともにメンテナンスできる技術者など存在しない。
だから稼働している作業用ロボットは、本当に珍しい。
それはつまり、都市国家内では『高く売れる』ことを意味している。
どれくらいかというと、大体ひと月分の食料が買い込めるくらいだろうか。
余談だが、これが医療用ロボだった場合さらに値が張る。
稼働している作業用ロボットを見つけたことをウンモに報告すると、ウンモも嬉しそうにこう言った。
『やるじゃねえか!鹵獲して、売り飛ばすぞ!!』
無線越しに、豪快に言い放ったウンモの声に二人もやる気を出し、工業用ロボの鹵獲作業が始まったのだった。
「で、どうやる?」
「んー。とりあえず、観察してみない?」
「へえ、サファイアにしては、慎重だな」
「それ、どういう意味よ」
鹵獲する方法を相談してくるミカゲに、サファイアは慎重な意見を出した。
すぐに近づくことを躊躇したのだ。
理由はいくつかある。
可能性としては低い方だが、戦時に戦闘ロボが擬態したものである場合や、爆発物を積載している場合もある。
近づいて、いきなり攻撃を受けたり自爆された日には目も当てられない。
たとえそれが不要な用心だったとしても、しないにこしたことはない。
たまにだが、生きた心地のしなかった経験をしたことがあるのも本当のことだ。
危険だ。本当に危ないと思う。
そして、だからこそこうした危険地帯に入るには許可が必要なのだ。
もちろん無視するのは簡単だが、そのまま行方知れずになるのが殆どのケースだ。
「ま。元傭兵様の経験ってわけだね。了解」
「まぁね」
ミカゲはおどけた様子で両手をあげて、サファイアの意見に従った。
兵器工場内の通路や、崩れた壁などを伝い、鹵獲対象のロボットを追いかける。
30分ほど継続して観察したが、移動となんらかの作業をしている以外の動作は見られなかった。
物陰の奥から、双眼鏡越しに観察する。
「特に怪しい感じはしないと思うけどなぁ」
「みたいね」
ミカゲの言葉に、今度はサファイアも頷いた。
兵器工場跡地内の中庭の中央付近で停止している運搬用ロボットを見て、これであれば大丈夫そうだと思った。
警戒した分、拍子抜けした形だ。
「ええと、じゃあどうする?」
「どうするも何も、普通に近づいて行って担いで運ぶしかないでしょ」
「えぇ・・・身も蓋もないけど、それしかないか」
「ウンモ。大丈夫そうだからそのまま運ぶわ。パワードスーツ使っていいよね?」
『了解。構わねえぞ。だが、お前ら気をつけろよ。ここ、一応兵器工場跡地だからな』
ウンモの忠告に、生返事をしながらサファイアは自らの着込んでいるパワードスーツの電源をオンにした。
アクチュエーターの起動音とともに、パワーアシストが動作したことを確認する。
サファイアの服の下で、そのボディラインに沿って淡いエメラルドグリーンの光が灯る。
前述の通り、サファイアもかつては傭兵だったのだ。
そして、パワードスーツを十全に使いこなすことができるのは、ナノマシンを体内に注入した人間だけだ。
通常の人間でも使えないことはないが、その高出力さゆえに一度使っただけでそのままダウンしてしまうだろう。
まして生身の人間のままで、高速機動を行うなどもっての外だ。
内臓をセルフシェイクすると言ったら分かりやすいだろうか。
きっと、数ヵ月は寝込むことになるだろう。
パワードスーツは、バッテリーが続く限り人間に人外の膂力という恩恵を与えるが、それはやはり強力すぎる。
数メートルを超える跳躍。
鉄骨を片手で掴んだまま、振り回すことのできるほどの握力や膂力。
人のそれを遥かに超える、走力や機動力。
それらは、ナノマシンで強度を底上げした強化人間でなければ十分に活用することができないのだ。
サファイアも、それを行使できる人間の一人だ。
そしてそれが、彼女らが危険地域に足を踏み入れる許可をもらえる理由なのだ。
「久しぶりに見たな。それ」
「必要もないのに、そうそう使うもんでもないしね。けど、準備してた甲斐があったわ」
全身へのアシストが正常に起動したことを確認して、不敵な笑みを浮かべてサファイアはそう言った。
結局、ロボットが移動しなくなったのでそのまま中庭で捕まえることになった。
「僕が正面から注意を引くから、後ろから捕まえて担ぎ上げてくれ、さっさと運ぼう」
「分かった」
そう言うや否や、ミカゲはロボのいる中庭へと足を踏み入れ近づいていく。
サファイアも、慌ててそれについていった。
踏み入れた中庭には、腰ほどまでの高さの麦のような植物が生い茂っていた。
作業用ロボットがミカゲを認識し、生い茂っている植物をかき分けて近づいてくる。
そして、ミカゲの目の前で停止した。
『―認証エラー。識別できません』
「エラーってか。固まってるし、丁度いいや」
そのままミカゲが作業用ロボットの頭部を押さえて、固定したのを確認したサファイアが、ロボットを後ろ側から持ち上げようとして気がつく。
「ねえ。こいつ、なんか光ってない?」
「ん?」
サファイアが、そう言った直後再びロボットからの音声が走った。
『―認証エラー。識別できません。認証コードを入力して下さい』
今度はメッセージと一緒に、ビーという鈍い電子音がした。
見ればサファイアの言っている通り、確かにランプの様なものが点滅を繰り返している。
加えて赤いランプの明滅は、徐々に間隔を短くしているように感じられた。
「ちょ!?え!?」
「あれ!?」
既に嫌な予感しかしない。
そしてサファイアとミカゲが、素っ頓狂な声を上げ、顔を見あわせた直後。
『―認証エラー。侵入検知。警戒体制―』
短いメッセージと共に、今度は兵器工場跡地中に響いたと思えるほどの大音量で、警報が鳴り響いたのだった。
あまりの喧しさに、二人とも耳元を押さえる。
しばらくしすると大音量のそれが収まり、周囲は再び静けさを取り戻した。
直後、トレーラー付近で待機しているウンモが焦った声で無線に呼び掛けてくる。
『おい!なんだ今の!?』
「分からない!だけど、これやばいと思う」
「ロボに近づいたら、警報が―」
そして、その時だ。
軽いパニックに陥ったサファイアとミカゲのいる中庭に、兵器工場跡地のコンクリート壁を突き破って、一体の戦闘ロボが突っ込んできたのだった。
凄まじい衝撃による轟音が、中庭に響き渡った。
「うわ!!」
「ちょっと!?」
あまりの出来事に、二人は完全に平静を失う。
離れていても届くと思われる衝撃音や、破砕音が周囲に響き黒煙と共に土煙が舞った。
ウンモが無線で二人の安否を確認し続けているのが聞こえる。
『お前ら大丈夫か!?』
だが、二人にそんな声など届いていない。
二人は、呆然と中庭に姿を現したそれを見あげていた。
舞い上がった土煙の中に、赤い光を灯した戦闘型ロボットの影が浮かび上がっている。
開放感のあった中庭に突如としてその巨体が現れたため余計に威圧感を感じさせた。
時間が経過するごとに、土煙が払われ徐々にその姿が露わになっていく。
キャタピラの脚に、汎用アームがつき、頭部には無数のセンサーがついている。
装甲のあらゆる箇所に傷が入っておりボロボロで、特に両腕に備え付けられた裁断用ブレードの損耗具合が不気味さを感じさせる。
またサファイア達から見て腰くらいの高さの位置に、ライフルが取り付けられているのが見えた。
そして、赤外線センサと思われるポインタが、二人を捉えたのが分かった。
「―逃げろ」
ミカゲが事態に追いついたのかそう口にする。
それを感知してか知らないが、頭部のセンサがミカゲの方向を向いた。
オン。という音共に、戦闘ロボの頭部が向きを変える。
言い知れない恐怖を感じた。
そして次の瞬間、戦闘ロボはその巨体に見合わない信じられないスピードで彼に肉薄し、ブレードを振り下ろしたのだった。
戦闘ロボの、センサと目があった。
ミカゲがそう思った時には、既に目の前に裁断用ブレードが目の前にあった。
彼にはまるで、戦闘ロボが瞬間移動したかのよう見えていた。
「―は?」
辞世の言葉ににしては、間抜けた声が出る。
時間としては、数秒の間もなかった。
ただ、これは死ぬ。
本当に死ぬと、ただそう思った。
遅れた条件反射で、ミカゲが頭を覆う。
無駄だ。
恐らく、あと数秒で自分は無惨な肉の塊になるだろう。
彼は、死を覚悟した。
そして、ズンという重々しい音が、衝撃と共に周囲に響き渡った。
しかし結果としてミカゲは、死ななかった。
「あれ?」
来るはずの衝撃や痛みが来ないことに違和感を覚え、瞑っていた目を開く。
そこに広がっていた光景は死後の世界ではなかった。
だが、それでもそれは、あり得ない光景だった。
そこにはなんと、ミカゲを守って戦闘ロボのブレードを受け止めて立つ、少女の後ろ姿があった。
彼女が力むごとに、鮮やかな緋色の長髪がふわりと舞った。
巨大な戦闘ロボが振り下ろしている裁断用ブレードを、砕けたコンクリート片を盾にして両腕で防いでいる。
戦闘ロボの重量が、どれほどのものか分からないが少なくとも数トンはあることは見た目からでもわかる。
それが振り下ろしたブレードを受け止めているのだ。
通常の人間の出来る所業ではない。
パワードスーツを着た、ナノマシンを注入した傭兵の人外の領域にある力が為せた業だった。
サファイアが、ミカゲを守ったのだ。
一瞬、呆気にとられ脳の思考が追い付かなくなる。
「え?」
「―ッこの!馬鹿力ぁ!!」
必死の形相で、押し返しているサファイアが叫んだ。
ミカゲは、それで我に返る。
ギリギリという金属とコンクリート片が擦れあい軋む、嫌な音が中庭に響いていた。
そしてサファイアも限界だったのか受け止めきれなくなったブレードが逸れ、地面に突き刺ささる。
再び中庭に土煙が舞い上がり、視界が失われた。
「うわ!?サファイア!?」
「何ぼさっとしてんの!?さっさと逃げる!!」
ミカゲがサファイアの安否を案じ叫んだが、その時にはなんとサファイアは既に彼の後ろに回っていた。
逆に腕を引かれている。
「あんなのとまともにやり合う必要ないわ!!屋内に逃げ込んで、さっさと巻くわよ!」
「わ、分かった」
そうして土煙で、赤外線センサの捕捉から逃れた隙をついて二人は工場跡の屋内に逃げんだのだった。
中庭から逃れた二人は、ウンモに連絡を取りながら廃工場内の通路をひたすら走る。
「戦闘ロボが出た!!それも重装型!」
『馬鹿野郎!!なんのために確認したんだ、お前ら!』
「しょうがないでしょ!?――」
走りながらウンモに報告していると、再び轟音が二人の周囲に響いた。
目の前の通路の壁が衝撃音と共に崩れ去る。
崩れた壁の向こう側から、先程の戦闘ロボの巨体が現れた。
事はそう簡単に終わるはずもなかったようだ。
「回り込まれてる!」
『はあ!?重装なんじゃねえのか!?』
戦闘ロボは、執拗に二人を追撃してきたのだった。
そしてそれからは、逃げては回り込まれるの繰り返しだった。
何度も逃走を繰り返したが、ことごとく無意味だったのだ。
兵工場跡の施設に、なんらかの検知機器でも残っているのか必ず回り込まれている。
「なんで先回りされるの!?」
「知るか!」
ぼやきつつも、ひたすら走り続ける。
一定の距離を取り続けなければ、危険なのだ。
「ああ!もう!じれったい!!」
何度目かの逃走となり、その不満と共にサファイアが叫んだ。
すると何を思ったのかサファイアが立ち止り、追いかけてくる戦闘ロボの方向に向きなおった。
「おい馬鹿!何する気だ!」
「逃げられないなら、やるしかないでしょ!」
言って、サファイアは腰を沈める。
二人を追いかけて、戦闘ロボが階段の昇り口から通路に飛び出して来たのが見えた。
そして次の瞬間、ミカゲは再び目を疑う現象を見た。
ゴン。という重い響きとともに、通路の足場に地割れを残してサファイアが跳んだのだ。
水平方向のそれだが、それは跳躍と表現するのが適切だろう。
パワードスーツの灯が尾を引き、エメラルドグリーンの線を視界に残す。
サイファイアはあっという間に、戦闘ロボとの距離を詰め肉薄し、そのまま回し蹴りを戦闘ロボに放った。
続けて金属をハンマーで殴りつけるような、重々しい音が響く。
そしてそれは、一撃で終わらない。
連打だった。
「ほらほら。まだまだ終わらないわよ!」
さらに砕けた柱の一部や金属の棒を拾い上げて、バットの要領で振り回し戦闘ロボに叩きつける。
戦闘ロボも応戦と言わんばかりに、装備している裁断用ブレードや機関銃で応戦していた。
しかし、スピードがサファイアの方が上のようだ。
戦闘ロボのブレードは空を切っている。
サファイアが高速機動で回避するたびに、緑色の光が尾を引いて残像が残った。
一瞬で周囲が、破壊に包まれた空間となった。
建物の損壊がだんだんと酷くなっていく。
壁に穴が開き、柱が砕け、振動で建屋が揺れる。
床にすらひびが入り、そのまま崩れるのではないかと心配になる。
戦闘ロボのブレードや、サファイアが先程から振り回しているコンクリート片が振るわれるたびに硬い物質同士がぶつかる重々しい音が響く。
ぶつけられる衝撃に、戦闘ロボの立ち位置が徐々に後方へと押しやられていった。
そして、サファイアの攻撃はそれでもまだ終わらない。
ドン。という重々しい音が再び響き渡り建屋が振動に揺れた。
見ればパワードスーツの緑色の光が、激しく輝いていた。
「―最大出力!!」
言って、サファイアは渾身の一撃としてバット代わりの砕けたコンクリート片を、これで終いとばかりに思いっ切り叩きつけたのだった。
どれだけの出力が出ていたのだろうか。
衝撃音や、金属から出たとすら思えない打撃音が響き、遅れて衝撃波までもが離れていたミカゲの元にさえ届いた。
そして最後の打撃を受けた戦闘ロボは吹っ飛び、そのまま通路の壁を突き破って、屋外に落下していった。
しばらくして屋外から、物凄い轟音がする。
たとえ戦闘ロボがどれだけ頑丈でも、ただでは済んでいないだろう。
「どうよ!?」
「なんつー無茶苦茶な・・・」
掴んでいたコンクリート片を放って、サファイアが満足とばかりの表情で、腰に手を当てて胸を張って言う。
結構、限界ギリギリいっぱいだったのだろう。肩で息をしている。
ミカゲはその無茶苦茶さにただただ、呆れかえった。
そして、そこにウンモから無線が入った。
『あー、うん。まあ。やったみたいだな』
「どんなもんよ!」
『・・・ああ良かったな。だけどお前ら、ちょっとそこから下を覗いてみな』
「うん?」
下を覗けというウンモの言葉に、疑問を感じながら戦闘ロボが落ちていった壁の穴をのぞく。
兵器工場の建屋から地上を覗き見ると、手を振るウンモの姿が見えた。
「何よ?」
『いやいや。元気そうで何よりだ!従業員が無事でうれしいぜ。でな、もうちょっと右の方見てみな!』
言われて、彼女らがその方向を見るとそこには、グシャグシャになった戦闘ロボの残骸があった。
しかし、その残骸が下敷きにしているものに見覚えがある。
数時間前までそれに乗っていた記憶が蘇った。
サファイアの顔色が、急に蒼くなる。
表情まで見えないが、地上のウンモはキレているようにも見えた。
そのままウンモが続ける。
『トレーラーがな。さっきぶっ壊れたんだ』
言われなくとも、見てそのままだった。
乗ってきたトレーラが、二台とも戦闘ロボとともに残骸になっていたのだ。
『・・・給料からひいとくからな』
「えぇ!?そんな!」
「いや、その前にどうやって帰るんだよ!?」
その後苦労して帰り、計算してみたのだが今回の収入と損壊したトレーラの費用は差し引きゼロだった。
2018-05-19:プロローグの執筆と一旦の校正を完了
あとがき
はじめまして雑木林です。
SFに目覚めてオリジナル作品を書き始めました。
熱中、没頭できる物語を目指して創作をしていきたいと思います。