靄
臭い物に蓋をするのと同じように、私は見たくもないものには靄をかけてきた。
それは日々の小さなことも、身内の死という大きなことも、全てを含めた見たくないものであった。
そして今、目の前では愛する人が肉塊と化し、私の左腕は肩までしか残っていない。
少し先ではあちこちの凹んだ大型トラックが壁に頭を押し当てて白い煙を上げている。
喉の奥でどろどろとした液体が引っかかって上手く呼吸ができないし、地面と触れいる腹のあたりが生温かくて気持ちが悪い。
私はこれまでと同じようにこの凄惨な光景にも靄をかけた。
思えば何もない人生だった。
一つの濁りもなく、一つの汚れもない。
ついには愛する人の死にも、自分の死にも涙が流せなかった。
私は初めて自分という者の醜い生き方を直視し、焼けるように熱い赤い涙を流した。
もう少し早ければ…。