#069b エドモント
マチェットは砕け、エドモントの剣が黒鎧の頭に直撃する。その刹那、黒鎧は袈裟がけに両断されていた。
目の前でおきた光景がアレクには信じられなかった。いつも穏やかだった王エドモントの変わりように。
怒りに突き動かされる彼の剣捌きは見た事がないものだった。
――僕が知っている剣とは、重量と勢いで叩き斬るものだ。けれどエドモントは頑丈な黒鎧を、まるで水膜をなでるように軽々と斬っている。鎧の断面はその太刀筋がわかるほどに滑らかだ。
彼の剣は王らしく金装飾が施されているが、剣身はロングソードにしかみえない。
やはり、城の王エドモントはラルフさんの一番弟子なんだ。そう改めて思える。
彼の荒ぶる様子に、いかにラルフさんと親しい間柄だったかが伺えた。
エドモントの斬撃はより速さを増していく。せまる黒鎧を一体、また一体と斬り伏せる。
「くっ! こいつ――」
拳銃をむけたテッド。だがエドモントはその銃口を瞬時に斬り落とす。さらに剣はテッドの頭上、ふたつの『裂け目』へ向かい、頭をだす突撃銃二丁をも斬り飛ばした。
攻撃の手段をなくしたテッドに、エドモントは狙いをさだめる。
剣が走る。
「覚悟っ!!」
上段から斬りおろされる刃。
しかし剣の刃は、テッドの寸前で静止する。剣撃が『なにか』により完全に受け止められている。――周囲と屈折率のちがう『歪んだ空間』によって。
それは剣の接触面と重なる円弧状。鎧さえ断ち切ったエドモントの剣を、衝突音もなく防いでいる。
驚くエドモントに、円弧のおくでテッドは眉を引きつらせた。口ぶりに怒りが滲みがら。
「……亡霊は、亡霊らしくおとなしく死んでいろ!」
自己再生を終えた黒鎧がエドモントの首をつかんだ。持ち上げられ、エドモントの足が浮いた。苦しそうな声がもれる。
テッドが冷笑すると同時に、もう一体の黒鎧がマチェットを振りあげた――
そのとき、
「セニア!」
「ええ!」
ふたりが動いた。
アレクは増幅剣から『極冷凍の帯』を放った。マチェットをもった黒鎧に、白くきらめく帯が直撃する。
セニアは回り込み、突撃銃の引き金をひく。エドモントをつかむ黒鎧の腕が、弾丸の雨に破壊されていく。
マチェットの黒鎧は刃を振りあげたまま凍りつく。もう一方の黒鎧は腕がもげ、床に足がついたエドモントは後ろに飛びのいた。
エドモントは首にしがみついた鎧の腕を引きはがす。
腕をテッドへ投げた。
「衛兵長ッ! この男を許すな」
「仰るまでもなく!」応えた衛兵長は叫ぶ。
「陛下の敵はわが街の敵! みな、逆賊を討て!」
衛兵長の言葉が皮切りとなり、謁見の間に雄たけびがあがる。兵たちも大臣たちも、エドモントも。各々がもつ武器を構え、テッドへ駆ける。
黒鎧たちは、ほとんどがエドモントに斬られた腕を再生しきっていない。
テッドは舌を鳴らした。
「くそが、亡霊どもめ……!」
次の瞬間、黒鎧たちが一斉にうごいた。
テッドの後ろ――壁に向かって。
謁見の間が衝撃で大きくゆれる。黒鎧たちは石壁に体当たりをおこない、壁に大穴をあけていた。城下の景色と青い空がみえ、吹きさらしの風が部屋に流れこんでくる。
たじろいだ兵と大臣たち。
黒鎧の一体がテッドを背負った。
テッドは振り返る。
「オーロラ!! 創造主の俺を裏切った罪を、いまから味わうがいい!」
黒鎧の背に乗って、テッドは穴から城外へ飛び降りた。まわりの黒鎧たちもそれに続き――
謁見の間はようやく静かになった。
優雅な部屋に大穴がぽっかりと残された。
エドモントは一度咳き払いしたあと、口をあける。
「みな大丈夫かい」
衛兵長がまわりを一瞥した。
「けが人はおりません。ですが……」
衛兵長はセニアをみた。彼だけでなくほかの者たちも彼女に目をむけている。
突撃銃をもつセニア、そして彼女の擬装用衣服――コピー衣装のめくれた袖から『エンゲージウェア』の布地が露わになっている。
これまで城内を出入りしていた少女が『黒魔術団の娘』だと、知られてしまった。
大臣たち、衛兵たちの視線に、セニアはただうつむくしかない。その様子に耐え切れず、アレクはセニアに駆け寄る。
彼女をかばった。
「まってください! 僕たちは、味方です」
まわりに叫んだ。だが彼女がエオスブルクで何をしてきたかを振りかえると、まるで説得力がない言葉だ。
視界にはいる誰もが、表情を緩めない。
一人をのぞいて。
「どうもそのようだね。きみたちを信じよう」
「……っ、陛下!?」
「衛兵長、きみも見ただろう。彼らは私の危機を救ってくれた。真の敵ならば、王である私の死は都合が良いはずだ」
エドモントは驚く衛兵長に言うと「少なくとも『尚書官だった男』よりは話し合える」とつけ加えた。
「みなも肩の力を抜いてくれ。大丈夫だ」
セニアもアレクも、はじめはエドモントの言葉に目を丸くしたが、どちらともなくふたりは武器を床に置き、片膝をつく敬礼の姿勢をとった。
「ありがとうございます」
「いいや、こちらこそ礼が言いたい。あだ名は『アレク』だったね。ラルフから聞いていたよ、感謝する。セニアもありがとう」
「い、いえ」
セニアは頭を下げたまま小さな声で返した。
アレクは顔をあげた。
「エドモント陛下。あの、ほんとうにあなたがラルフきょ……ラルフさんの」
「ああ、一番弟子だ」エドモントは頬笑む。
「此処の者たちどころか、城内や街のだれひとり知らないことさ。さっきまではね」
そう言うと大臣や兵たちに目を配る。
すぐさま姿勢をただす彼らに、エドモントは苦笑いをした。
彼らが緊張するのも無理はないとアレクは思えた。あの剣術、動き――王だとか位の高さだとかを差し引いても、敬意を向けるにふさわしい人物に感じるはずだ。単にあっけに取られていただけかもしれないが。
それから、彼に気になる事があった。
「あの、ラルフさんから弟子の件は存じていました。ですが一番弟子は当時、僕とおなじくらいの歳だったと聞いています。つまり一〇代と」
壮年のラルフさんと釣り合わない、そう感じていた。
だがエドモントは「なるほど、それか」と吹きだして、語った。
「ラルフと私が出会ったのは私が十三歳、あいつが十四歳の頃だよ。これでもう分かるかい?」
「あっ……」
エドモントが口走っていた『竹馬の友』という一言が脳裏を横切る。やっと理解ができた。
驚いたけれど彼に静かに頷いた。幼少期からラルフさんと彼は親交があった。鍛錬をしていたとき、ラルフさんが昔を思い出していたときの顔を思えば、よい関係だったのだろう。
まだ彼に聞きたいことはある。でも、その時間はない。
エドモントも同じ考えだった。
「これからきみたちといろいろと話し合いたいが、状況が落ち着いてからにしよう。逃げた男が気になる」
「そうですね」
「だが教えてほしい。ひとつだけ」口を締めた彼は、尋ねる。
「ラルフは、あいつはどんな最期を」
「……優しいお顔をしておりました」
「そうか、……なら良かった」
エドモントは柔らかな表情をした。
「うん? 外が騒がしいな」
衛兵長が異変に気がつく。乾いた破裂音が散発的に鳴っている。
音は開いた大穴から。出処は城下、街なかのようだ。
突如、セニアにミラージュの通信が入る。アレクにもセニア経由で音声がとどいた。
声はハワードだった。
〔ふたりとも聞こえるか! マヤ博士の分析で、街が銃撃にあっていると判明した。ボイドノイドの抹消も確認できる。テッド・クレインの仕業で間違いない〕
「いけない! アレク」
「街のひとが。……やつを止めないと」
「なるほど、『きみたちの組織』も異変を察したか。あの男かね?」
アレクとセニアがみせる同意の眼差しにエドモントは「よろしい。では」と、言葉を続けた。
「衛兵団がきみたちの力になろう。味方は多いほうがよい」
彼の言葉にふたりは驚く。それは衛兵や大臣たちも例外ではない。
衛兵長がエドモントに割り入った。
「陛下っ! お言葉ですが、彼ら『黒魔術団』を味方として扱うなど……」
「敵の敵は味方だ。城下の市民たちが苦しむいま、彼らを救うための策はすべて打つ。……君たち衛兵団の被害は胸に刻んでいるつもりだ。しかし衛兵長、私の命をどうか受けてほしい」
エドモントの瞳はまっすぐに衛兵長に注がれていた。衛兵長もエドモントをみつめる。
つかの間の沈黙が過ぎ、
衛兵長は王に敬礼の姿勢をとった。
「承知いたしました。我ら衛兵団、陛下のご決意に忠誠を誓います」
「ありがとう。きみには感謝しかないよ」エドモントはふり返る。
「アレク、言わせてくれないか」
「きみはエオスさまに選ばれた『街を救うもの』だ。素性がどうあれ、この揺るがない事実を私は信じる。街を頼んだよ、それからセニアも」
「はい、かならず」
アレクは応える。セニアとともにエドモントに礼をした。
「衛兵長、城下にむけ『信号鐘』を鳴らせ。あれを使うときがきた」
「はっ!」
エドモントが衛兵長に『信号の内容』を伝える。
「……ん、そういえばエオスさまがおられないが」
衛兵長の言葉どおり、エオスことロラがいなかった。
そのとき、
アレクとセニアの耳元に声がした。
〔――聞こえますか? さきほど、ミラージュの中枢域へアクセスすることに成功いたしました〕
〔管理者権限の移行により、テッド・クレインが制限した『任務支援能力』がすべて解放されました。わたくしの能力を、どうか任務にお役立てください〕
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(二章#056b 密告)
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