#068b 急転
「あんた、厄災で死んだはず……」
目を疑う光景に、アレクは思わず声をだした。
ありえない。テッドは四五年前、『太陽嵐の厄災』に巻き込まれて焼死体になったはずだ。この情報は教えてくれたマヤひとりの証言に限らない。ミラージュどころか、いまを生きる人類全体が共有しているものだ。
だが当人のテッドは、見下すように薄笑いをうかべた。
「残念だったな、俺は生きている。もちろん生身の姿でな」
特異点データでみた『プレゼン映像』の優しい様子とはまったく違う、粗暴で傲慢そうな雰囲気。おそらくあの姿は外向きであり、彼の本性はいまなのだ。
そして、現れたテッドに対して、なぜか妙な感覚をおぼえた。――何かが心にひっかかったような、……彼のこういった顔をずいぶん前にみたような。
これは、既視感?
セニアが片方の耳に手をあて、小声で言った。
「こちらセニア。キャップ」
通信のチャンネルがひらく。
〔……ああ、こちらもモニタリングしている〕ハワードの声には動揺が混じっている。同じくマヤの音声も入り、〔ウソでしょ……〕という呟きが聞きとれた。
〔十分注意しろセニア。もしもの際は場所を気にするな、発砲を許可する〕
だがテッドは次の行動にうつる。歪んだ笑みをすると、彼の足もと、床から『黒いもの』がひとつ、またひとつとせりあがり始めた。
それは黒鎧の頭部だ。まるで泥沼から浮上するかのようにゆっくりと姿を晒す黒鎧たち九体。足先まで完全にでた鎧七体が、突撃銃やマチェットを手もとに発現する。
と、浮上中だった二体が動きをとめる。さらにもう一体の黒鎧も頭をがくんと下げた。
「……チッ」
テッドが舌打ちをすると、空中に光るディスプレイ画面が現れた。文字が走ったあとディスプレイは消滅。動かない黒鎧三体は崩れ去った。
さらにテッドの頭上、空中から黒い裂け目が二つ出現する。ぱっくりと大きく開いた裂け目の輪郭に幾何学模様の円環が回転し、裂け目からは突撃銃の銃口が顔をのぞかせた。
黒鎧も裂け目にも一本の『黒い線』が伸び、テッドの足もとに集まっている。
六体の黒鎧たちが、一斉に手にもつ武器を構えた。
「……っ!」
セニアはコルトを引き出し構える。アレクも増幅剣をテッドに向けた。
テッドは薄ら笑いをうかべた。
「ほほう、良いのかね娘。いま銃をだしても?」
周囲に目をやるセニア。まわりの反応に息を詰まらせた。
「おい! この娘、なぜ黒魔術団の武器を……!」
「まさか本当に『黒魔術団の娘』だったのか」
「『暁の鎧像』も珍妙な銃を持っている。一体どういうことだ」
黒鎧と裂け目は発砲せず、構えたまま静止しているだけだった。
もはや誤魔化しはきかない……!
悔しさでセニアは歯を食いしばる。騒然とした声が渦まく謁見の間で、テッドはふたたび高笑いをあげた。
「ははは! 仕上げといこうか。ちょうどあの偽装ではヤツを呼べなくてな。さあ来い、俺がつくった傑作、オーロラよ!」
テッドのとなりに、まばゆい光が広がった。光が消滅したとき――
そこには、キトン姿のロラがいた。うつむいたまま、彼女は沈黙している。
「え、エオスさま!?」
「エオスさまが顕現なされたぞ!」
「なにぼやっと突っ立っている! 皆はやく跪け!」
衛兵や大臣たちが一挙に片膝をつく。
街の女神『エオス』の姿でいるロラの横で、テッドは彼らに言った。
「俺は女神エオスの上にたつ存在である。エオスを生みだし、こいつにエオスブルクを見守らせてきた存在だ」テッドは続ける。
「その子供ふたりは街を壊すつもりでいる。いますぐにふたりを俺に渡すか、殺せ!」
衛兵と大臣たちが膝をついたまま話し合いをはじめた。
テッドの思うがまま、アレクたちにとって最悪な状況がつくられていく。
「くそっ!」
アレクの声に、テッドは不敵に言った。
「諦めろボイドノイドの少年。どうだいまならば間に合うぞ。オトモダチの娘と仲良く、俺に捕まれ!」テッドは「おっと、それから」と言葉を継いだ。
「オーロラには期待するなよ。こいつはいま何もできない、俺が誰であるかも認識できないのだ。開発者である俺のIDは『オーロラの管理者権限』を掌握している。がんじがらめにしているからな」
悲しげに立ちつくしているロラをみて、アレクは思い出す。彼女が人物の正体を割りだせなかった理由はこれなのか、と。
……テッドは、いまも絶対的な力でロラを押さえつけている。そしてその横暴は収まるところを知らず、僕やセニアたちに、
そして、殺されたラルフさんや城の人びとにさえも向けられたんだ……。
ゆるさない……。
こいつを僕は、絶対に許さない――!
喉が震えるほど叫んだ。
「――テッド! 貴様ぁっ!」
「ははは! 負け惜しみかボイドノイド。お前はじつに愚かだよ」嘲笑したテッドはいちど口を閉じた。
「……安心しろ。すべて終わらせてやる。この俺の手で、過ちすべてを」
テッドはロラに向いた。
「オーロラ! 跪いているボイドノイドたちに伝えろ。『あのふたりをよこせ』とな。これは第一権限者の命令だ!」
ロラは、うつむいた顔をあげる。
真一文字だった口がゆっくりとひらいた。
「ロラっ!!」
彼女を必死に呼びとめようとした。わずかな時間、部屋には沈黙が訪れた。
ロラの横顔をじっとみつめた。――だがその瞬間、またあの『変な感覚』が彼女に対し沸きあがる。夜の自宅にて彼女が現れたときにも感じた、心の奥がひどく揺さぶられるような感覚を。
正も負も、さまざまな感情がない交ぜになって、僕の心を一気に覆っていく。――大切なひとを想う気持ち――
……どうして。僕はロラになぜこんな気持ちを抱いているんだ。
いったい、なぜ。
彼女はひらきかけの口をいちど閉じる。そして、言った。
「わたくしはあなたに従いません。……テッド」
「……なに?」
「『テッド・クレイン』。わたくしの想いは、アレクと共にあります!」
ロラは、まっすぐな眼差しで自分を支配しようとする男を見据えた。力強いその瞳に、男は顔をひきつらせた。
「な……! なにがおきた。貴様は俺の名を言えないはず」
狼狽えるテッド。セニアは足に力を込めた。
テッドはすぐさま、裂け目からつかんだ『グロック19X』を構えた。
「動くな! ……なにが、いったい」
テッドの目線のさきに、光るディスプレイが現れた。
埋め尽くす文字が下から上に流れていく。分析結果を人工音声が読みあげた。
〔分析プロセス完了。『管理者権限の順位』に変更がありました。第一権限者テッド・クレインのIDはエラーにより凍結。管理者を『第二権限者』に移行――第二権限者は現在アクティブ状態です〕
人工音声の言葉を聞き終えたテッドは、呆然とした顔になる。
アレクをみながら。
「このボイドノイド、まさかそこまであいつと……」が、その表情はすぐに消える。
「まあ良いだろう。どっちみち変わらんことだ!」
ロラに向いた。
「俺の命令に従えオーロラ! 遷移をうけたいのか!?」
ロラはテッドの罵声を無視する。謁見の間を見わたし、その声にエコーが掛かった。
「『女神エオス』の名のもとに、皆へ命じます。この無礼な男をこらしめなさい!」
「貴様……では望みどおりに……! 此処にいる要人どもを全員蜂の巣にして、遷移事象を――」
――そのとき、
黒鎧たちの前を、何かが横切った。
「な、なんだ」
異変はすぐにおきる。短機関銃を構えている黒鎧たち――その腕が一斉にずれ動き、落ちてゆく。露わになる腕の空洞。切断面は滑らかで、流れるように切り落とされている。
次の瞬間、テッドは息を呑む。
横切ったのは人影と剣。そしてまた、人影が振るう刃が鈍く光った。
テッドへ迫る刃を立ちはだかった黒鎧のマチェットが受けとめる。
だがマチェットは押され、軋む音をだした。
その人影は――エドモント。
発した声には、瞳には、殺意がとめどなく溢れている。
「私には『女神の命令』なぞ、もはやどうでもよい……」刃がギリギリと震える。マチェットの刀身にヒビが走る。
「私の師を、竹馬の友を殺したおまえを、私は許さない……!」
マチェットのヒビが一気に広がり、
粉々に飛散した。
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太陽嵐の厄災
(二章#005b MINCAL Inc.)
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