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#064b 最後の鍛錬


 共同部屋は張り詰めた気で満ちていた。しんとした空間のなかで、互いが剣の柄を、つま先を力ませる。


 躍動は同時だった。


 ラルフの腕に力が入る。振り下ろされる大剣をアレクは真正面で受け止めた。衝突音が止まぬうちに迫りくる次の一振り、また次の攻勢。 それらを辛くも抑えきり、見計らいざまラルフへ刃を薙ぎ返す。

 繰り広げられる剣術同士の攻防。共同部屋には金属の音と足音、荒い息が響き続けた。


「ぐっ」

 街の英雄、ラルフさんの大剣はやはり……いや想像以上に重かった。受け止めたときに手は痺れ、腕の骨がぎしりと軋む。あんな代物を普段たやすく振り回すなんて。

 彼を倒す――そんな事に、僕はいま挑んでいる。


 ラルフの目が光った気がした。その瞬間、大振りの横薙ぎが襲い掛かる。

 リーチ(到達範囲)が長い大剣は大振りすれば相手に逃げ場はない。相手が普通ならば――


「……っ!」

 不完全エンゲージウェアの力で後方に飛び退いた。石の床を擦れながら低姿勢で押し留まる。

 刃が胴に到達するまで本当にぎりぎりだった。いまになって心臓が早鳴りをはじめている。


 それでも、……あの考えは変えたくない。変えたくなかった。


 ――ラルフさんを、死なせない。

 そう、彼を『殺す』なんて本当はしたくないんだ。できるならば、動けなくするだけにとどめたい。負傷でもなんでもいい、こっちには治療用の魔術札がある。

 即死にならなければどうにでも……。


 これが、薄甘い利己的な願望だって、僕にもわかっている。セニアにさえ伝えられなかった。

 けれどせめて、もう少しだけ見極めたい。僕もミラージュも、こんな事を望んでいないんだから。



「小娘のアレと違いその(ころも)はあまり跳べないようだな。……ふう。やはり貴様らの装備は、おもしろい」

 余裕ある笑みを浮かべるラルフ、だが息があがっているようにも感じた。

 セニアも訝しげにラルフをみている。やはりおかしいのだ。


 セニアの視線に、ラルフは顔を向ける事なく答えた。

「ようやく気付いたか。俺の剣は火炎のほかに、ガスの推進力を利用した姿勢制御(スラスター)機能も持ち合わせている。どんなに軽い特殊鋼(メタアロイ)でも剣身が大きければ扱いづらくなるからな。補助(アシスト)をつけない今が、本来の俺だ」


「さあ来い小僧! 互いに、本来の姿で戦おうぞ!」


 ――本来の姿で。

 もう、ラルフさんと以前のような関係には戻れない。それを噛みしめながら、


「はあぁぁっ!」

 全力で彼に迫った。

 勢いを緩めず刃を横に傾ける。走り過ぎながら斬りつける動き。


 ラルフはひらりと避け大剣を動かす。剣と剣の衝突に鋭い音と僅かな火花が生じた。そのまま背中に回り込む。まだ諦めない。斬りつけをもう一度、


 が、

「なっ!」

 前方から巨大な刃が襲う。うなる先読みの大剣を滑りながら避け、さらに来た追撃の上段斬りを防ぐ。

 重量を横へ流し突きの反撃。だが回避され黒コートにかすっただけ。

 そうして押し寄せる、街の英雄の斬撃。大振りの斜め斬りを跳躍で免れる。

 大剣がぶつかった石の床は、ばらばらに砕けていた。


「どうした、お前の本気はこの程度か?」

 ラルフが口の端を吊り上げている。


 剣を握る拳に力が入る。

 まだだ、僕はもっと、もっと強く――

 ラルフに真正面からぶつかり合った。繰り出された突きを後ろに回避し、エンゲージウェアの能力で壁をのぼる。


 動きが、光景が、なにもかもが速くも遅くもみえた。

 脚の力を溜め、跳びかかる。大剣を構えるラルフ目がけて――

 ――

――


 ――『すごい』。ふたりの戦いぶりに、わたしは素直にそう思えた。

 たしかにラルフの剣さばきに違和感はある。けどそれは本当に些細な鈍りで、まさか剣を操る機構を捨てていると思いもしなかった。噴く汗の量に、すべてを筋力で補っているとわかる。やはり彼は強い。


 アレクも……いいえ、もしかするとそれ以上かもしれない。歴戦の剣士が全力で繰りだした攻撃を受け止め、避け、さらに反撃さえする。これほどに洗練した動きを短い期間で会得するなんて。鍛錬の相性とか、才能とかいろいろなものがあるにしても、自身の目を疑ってしまう。


 ……それでも、わかる。

 アレクがいま、余裕を失いはじめている事を。


 軋んだ音を鳴らして鍔競り合いを続けるふたり。息を荒らげるのはアレクのほう。踏ん張ろうとする足元もラルフの力に押され、床を擦る。

 ラルフに押し切られた彼の姿勢が乱れた。一秒にも満たない刹那の無防備、それさえいまは危うくて、


「……っ!」

 ラルフの背におもわずコルト(拳銃)を向ける。照星と照門のくぼみ越しに見える黒コートの背中。


 撃てばいい。撃てばラルフを殺せる。アレクを守れる。


 ……けど、もしラルフを殺したとき、ボイドは、ロラは、

 そして、『信じて』と言ったアレクは――


 固まり続ける照準器から、今度はふたりの位置が入れ替わりアレクの背がみえる。

 グリップ(銃把)に握力を込めたまま、引き金に指を掛けたまま、動けない。

 ためらう視界に、武器崩壊の青い火粉が舞う。わたしは、彼をただ見守ることしかできない――

 ――

――


 ――まずい。そんな感情が頭をよぎった。

 ラルフさんも疲労はしている。でも彼の隙を生もうと走り回り続けたせいか、僕のほうが息があがっていた。

 余力の差がだんだんと広がり始めている。持久戦はあり得ない。


 そのとき、

「隙ありだ!」

 ラルフが大剣の柄を僕の腹に打ち込んだ。


 強烈な衝撃と腹部の圧迫。打撃と同時だった回避のジャンプが威力を和らげたようだが、

着地後も、痛い、苦しい。


「げほっ……ぐぇ」

 ――息が、できない。


 途端にラルフが距離を詰めてきた。

 無理やり息を吸い、襲い掛かる大剣に抗った。

 だけど、力の差は歴然で、


「ぐわ!」

 剣を流される瞬間に回し蹴りをくらう。


 石の床をごろごろ転がり、頭をひどく打ちつけた。



 視界が、歪んでいる。

 ぼんやり、ぐらぐら。

 音もよくきこえない。


 いけない、立たなきゃ。立たないと。


 手を床について、片膝をつく。重たい身体を持ちあげる。

 僕は、切り開くんだ。だからそのためにラルフさんを――


 剣は、僕の剣はどこ――


 視界がゆっくりと戻ってくる。みつけた僕の剣は、あの衝撃で離れたところに転がっている。


 それから――

 僕の左肩に大剣があてがわれていた。

 ラルフさんが、僕を見おろしながら。


「あ……あ、」


「詰めだ、小僧」


 終わった。

 セニアに目をやると、彼女はこちらに拳銃を構えたまま震えた息を発していた。崩壊現象の青い火粉が拳銃から静かに降りおちている。


「小僧、お前は機会を不意にした。お前の剣で俺を殺す機会をな」


 位置を変えたラルフは呼吸を置き、ふたたび言った。

「さきほどの戦い、お前は俺の首を()ねる瞬間も隙もあったはずだ。踏み出せばやれた、だがあえてしなかった。ちがうか?」


 彼の言葉に、身体が固まる。

 もう動けなかった。


 大剣がうごきだす。振りかぶる刃が鈍く光る。

「胸に刻め。それはお前の弱さであり、……強さだ」


「いやあぁぁぁ――!」

 セニアは叫び、引き金に力を込めた。


 だが、崩壊寸前だった拳銃の引き金は、砕け散った。


 大剣は無情に振りおろされる。


 重いものが落ちた音が、ひとつ響いた。



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