#063b TC―Red
「……ラルフ、さん?」
投げられた言葉をすぐ理解できなかった。それでも思考はやがて、ひとつの解を示しはじめる――
「俺はお前たちが『黒魔術団』の一味だと、はじめから感づいていた。セニア、お前が『黒魔術団の娘』ということもすべてだ」鼻で笑い、ラルフは続けた。
「あの襲撃事件、犠牲者たちの外傷はずいぶん興味深いものでな。『無数の銃跡』と『長い刃物で斬りつけられた跡』……寝所内もひどい有様だった。あれだけの銃弾で発砲音も無し、とくればマスケット銃のはずがない。それに人斬りは魔術剣を使わずともできる」
「様子見はこれで仕舞いだ。貴様らを生かておくほど、俺は情に厚くない」
口を閉じたラルフは、愛用の大剣『紅炎の剣』を握り締めた。眼前にある僕たちを鋭く見据えながら。
――恐怖、その言葉が正しいだろう。不気味な感覚が背中から身体を駆け巡った。ラルフさんは僕たちの正体を早々に見破っていた。謁見の間で、それから鍛錬の場でも彼はわかっていたんだ。
それからもうひとつ、セニアの予想は当たっていた。
襲撃事件の犯人は、オメガチームだ。
ラルフに叫んだ。
「違います! 僕たちは宰相さんたちを殺していません!」
そばにいるセニアも、無言ながら抗議の視線をラルフに投げている。
だが、ラルフは言葉の揚げ足を取った。
「ほほう、『襲撃について』は否定するが『自分たちが黒魔術団であること』は、認めるわけか」
「……っ!」
「それでいいぞ。見えすいた嘘をつき続けるよりはマシだ」
不敵に笑みを浮かべたラルフ。はったりではない、強い確信に満ちた表情だった。
睨み返しつつも言い返せない。否定をすれば状況がより悪くなるだけ。
いつも頭のすみに不安はあった。街の英雄、憧れの人物である彼に、僕たちの『嘘』がばれてしまう事が。
それがいま、現実になっている。
「ラルフさん!」正直に言うしかない。
ボイドノイドの彼に伝えられる、範囲ぎりぎりを――
「……あなたと戦う気は無いんです! 僕たちミラ……黒魔術団と呼ばれる組織はあの襲撃に関わっていません。人殺しを目的に動いていないからです。おそらく以前に僕たちの組織を襲った、別の組織が、」
「そうだ小僧。『目的』だ」ラルフは言葉を遮った。
「黒魔術団は『目的』を絶対に明かさないな。俺たち街の人間は貴様らが求めるものを知らない。まるでそれらが知られてはいけないことのように」
「……アレク、セニア。俺は貴様ら黒魔術団と戦ううち、ある考えを持つようになった。単刀直入に訊く――」
――この街は、いいや『この世界』は、『俺たちが知ってはいけないモノ』で成り立っているんじゃないのか。
空気が、固まった。
彼の発言はボイドの核心にせまる、TCレッド(暴露の危機)だ。
対処法は唯一、
抹消《殺害》――
「……っ! だめだセニア!」
拳銃をひきだしたセニアをとめる。だがセニアはラルフに銃口を向けた。
銃を持つ手を震わせがら。
「ははっ図星か小娘! 真相を知った街の者は見境なく殺してきた、例外は小僧というわけか」
高笑いをしたラルフ。こんな姿の彼をみるのは初めてだ。
そうして、大剣の紋様が朱に染まりだす。
「小僧、もしも俺を説得したいのなら諦めろ。この剣に燃やし尽くされるまえに。さあ剣を持て」
紅炎の剣はさらに熱を帯び、触れた空気を歪ませる。牡牛の構えをとったラルフは、鍔の照準器越しにアレクを捉える。
思わずアレクは足もとの魔術剣を拾った。魔術札が入った腰巻のバッグに手を入れて。
でも……でも、
「いやだ、……いやだよラルフさん!!」
「俺の紅炎に、燃え散れ!!」
大剣から火花が迸った。
うわああぁぁぁぁぁ――っ!!
アレクは一枚の魔術札を増幅剣に咬ませる。
すぐさまふたりにプラズマを纏う超高温の炎が迫った。アレクが構えた増幅剣からは『光の帯』が放たれる。
それは絶対零度の冷却魔術。氷の結晶を纏う極冷凍は火炎と衝突した。
灼熱の力と冷却の力、両者は激しい拮抗を続けた。互いに強い光と轟音を巻きあげながら。
共同部屋に沈黙がもどる。
そこには、対峙したままの三人がいた。ラルフはなぜか動かない。
「どうして、ですか。ラルフさん」
「……これで剣に溜め込んだ燃料はゼロだ。いま俺にあるものは、ただの大剣と、そして剣術だけ」にやりと歯を見せた。
「アレク、お前とは飛び道具なしで戦いたい。賭けてよかったよ、貴様と小娘に」
となりにをみれば、セニアはあの状況下でも引き金を引いていなかった。ただし手に力は入ったままだが。
なんて危うい賭けを……。もう少し判断が遅ければ火炎に焼かれ死んでいた。それにセニアが撃つ事だって――
いいや違う、彼女にできるわけない。
ラルフは言った。
「だよな小娘。お前は俺を殺せない理由がある。『暁の戦士たち』の生き残りである俺は、ずっと考えてきたんだ」瞼をとじ、ふたたび開いたその瞳には、悲しみの色があった。
「俺はなぜお前に殺されないのか、貴様らはなぜ目的を隠すのか、……そして気がついた。攻撃はいつも俺たちから始めている。敵意を寄せるのは逆にエオスブルク側だ。発端は黒魔術団がおこした騒乱の伝承。だが、そんなあたりまえの知識さえだれひとり正確に憶えていなかった。女神エオスが小僧を選んだことも含め、正直おかしいと思いはじめたよ……この世界がな」
「小娘、いやセニア。もし俺を殺せばこの世界に何か不都合なことが起きるのではないか?」
「……。ええ、そうね」セニアは無言を破った。
「正確にはあなた自身の死より、最後の『暁の戦士』が死ぬことでおきる街の混乱が怖い」
街の混乱はボイドへの介入行為として十分すぎるのだ。ロラが受ける影響を考えれば迷うのもあり得る。
だがセニアは、否定の言葉を加えた。
「けれど、それ以外のほうにも引っ張られた。……アレクにとめられて迷ったの」
「えっ?」
僕の動揺を無視して、セニアは続けた。
「ラルフ、わたしはアレクのことが好き。とても大切なひと。初めてこんな感情をいだいたひとなの。だから、」ラルフをまっすぐ見据える。
「どうかアレクを、わたしたちを見逃していただけませんか。襲撃事件の犯人はわたしたちの組織が必ず捕らえます」
「セニア……」
曲がりくねった形だが、彼女にいま告白をされた。こんな状況でもやはり恥ずかしい。
ラルフの表情に若干の和らぎを感じた。
しかし、
「だめだぞ小娘、俺は折れん」
あたりまえな結果だろう。決めたことを貫き通す彼の性格を思えば。
だけど僕は違った。いまの状況に萎縮ばかりしていた気持ちがすっととけていく。
そして、決めた。
「ラルフさん、あなたの話を飲みます。戦います、一対一で」
心配そうにするセニアに向く。
「ごめん、セニアは離れてほしい。『街の住人』の僕なら、もしかしたら介入が最小限で済むかもしれないから」
「アレク……、けど」
「なんとかしてみせる。信じて」
意識を集中し、不完全エンゲージウェアを発現する。足と腰の一部分しかない気休めな代物も、無いよりはマシなはず。
最悪のかたちで使うけれど、やるしかない。
「よく言った小僧」ラルフは大剣を前に構えた。
「これが『最後の鍛錬』だ。どちらが生き残るか。お前ができる全力でこい」
「はい」
魔術札が入ったバッグを遠くに捨てる。剣をラルフに構えた。
この窮地を、切り開くために。
◇関連話◇
ラルフの仲間『暁の戦士たち』
(二章#047b 戦士ラルフ)
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騒乱の伝承
(一章#02a 遭遇)
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(一章#16a 極光の回廊 Ⅱ. Void)
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