#09a 消滅
逃げた時のまま、行き止まりの道は魔術札が散乱し、吹かれた風でひらついている。
「あいつ、まさか見つけてたりはしないよな」
隠し場所は庇の上にある窓枠、そこに立て掛けておいた。スイスイ壁を登ると、『タンマツ』は逃げた時のままだった。
「よかった。あった」
庇から腕を伸ばして引っ掴み「よいしょ」と地面に降りた。
「本当にあいつが言った通り、隠すなんて『くだらない』ことだったんだな」
札がこれでもかと散らばっている。
「うわぁ、こんなに」
風のせいで、思いもよらない場所にまで飛ばされていた。
アレクは、『タンマツ』を持った手に札を集めていく。あまりに面倒だが、札を書き直したり薬効を溜めたりするのを考えれば、捨てるのはもったいない。
そしてここは他人の家の前だというのもある。
「よし、あらかた集まってきたかな」
『タンマツ』に目が移る。
極小の板が無数に貼られ、上部には区分けされた領域が陣取る、使い道が不明な板状の物体……。その姿は改めて見ても『異質』だった。
奴等の『存在』をそのまま具現化したような――
「変な道具だよな……。一体どうやって使うんだろう」
もちろん、いじったりするつもりはない。そのままの状態で城まで届ける。
それでもアレクは『タンマツ』をじっと見つめていた。
『こんな物体で何ができるのだろう。これを使う奴等は、どんな人達だろうか――』
「――なっ!」
アレクは、いきなりの出来事にのけ反った。
突然、小さな板の部分すべてが光りだした。暖かさのない青白い輝きは、強くなったり弱くなったりと鼓動のように繰り返す。
今度は一番大きな領域――夜中の窓のように何もなかった場所が光ると、青色の背景に無数の文字らしきものが、下から上へ濁流のごとく流れ始める。
最後には、『タンマツ』の周りにオレンジ色の光の板が空中に次々と現れた。
それは想像を絶し、空想の域さえも凌駕していた。
「う、うわ……あ」
驚きが強すぎて手から離せない。
動揺しているうち、青白い光の鼓動がだんだんと速くなるのにアレクは気がつく。
間隔がゼロに向かう光に、少女が誰かに話していた言葉がふと浮かんだ。
『――任務終了後、「自動抹消」を願います……』
「じどう……はっ! 抹消……!!」
その時、光の間隔がなくなった『タンマツ』は閃光に覆われた。それは少年さえも包み始め、持った手から腕へ、肩へと蝕む。
閃光は物体を塵に変えていく。
景色が、風景が、アレクの見ていた世界が、流星の勢いで、遥か彼方へ遠ざかっていった。
――何もない、何も感じない……。真っ暗闇――
アレクの意識は、途絶えた。
――『暁の街』を照らす陽は、既に赤みを帯びるまで傾いていた。
沈黙に還った路地を、持ち主を失った札の束が散らばる。まるで、ここに誰もいなかったかのように。
少年は忽然と、街から消滅した。
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(落し物の形状)
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(自動抹消のセリフ)
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