#061b 軋み
「――……レク、アレクちょっと!?」
「ん……。えっ?」
「『えっ』じゃないヨ、どうしたの。歩きながらボーっとしてさ」
マヤが怪訝な顔で、僕をみつめていた。僕の目の前に立ちふさがる格好で。
強い違和感を覚える。彼女はさっきまでバーテーブルで居眠りをしていたはず。
おかしいと思い、周りに目を向けて気づく。
……マヤの部屋じゃない。
ここは、『VRAビルの廊下』か?
マヤは息をはいた。
「やっぱりショックだったかな? ごめんね。もうすぐエレベーターだから、そこで別れよう」
彼女の言葉を聞き、だんだん思い出す。
そうだ、あのときに僕はマヤを無理やり起こしたんだ。マヤは「ミラージュ全体に真相を打ち明ける」と言い、まずは司令官ハワードの自室へ向かおうとしていた。
僕はというと体内にある実体化装置を四〇三号室に置いたうえでエオスブルクに帰るため、マヤの後ろを歩いていた。
――そのはずだったんだ。
なんだ、『さっきの光景』は? いままで記憶が欠けていたのか……?
いいや違う。あの僕はマヤを起こさなかった。
そして、テーブルのうえには――
「ほんと顔色悪いよ、大丈夫?」
マヤが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
あれは『幻覚』に間違いないはず。だとしたら『謎の夢』の一種、という事になる。
……マヤに相談しよう。単なる夢だと自分に納得させていたけれど、どうやら考えが甘かった。医療にも詳しい彼女なら解決策を知っているかもしれない。そう思った。
だから、まずは『いま見た光景』、幻覚についてを――
「マヤ……じつは僕、さっき幻覚みたいなものを見ていて」
「ん、幻覚を?」
マヤに頷き、言葉を続ける。
「幻覚のなかで僕は、マヤを起こさずに部屋を去ろうとした。それからテーブルのうえに――」
――テーブルの、うえに、
……あれ?
「……。なにが、置いてあったんだっけ」
――光景が、思い出せない。
あの瞬間だけ、まるで抜け落ちたかのように。
もどかしい気持ちのまま、時ばかり過ぎていく。
僕はあのとき、
いったいなにを見たんだ――
――
――
◇◇◇
四日後。
アレクは、セニアとともにエオスブルク城にいた。きょうはラルフから鍛錬を受ける日だ。以前と変わらない行動、だが確実に変化した事がある。
マヤがミラージュにすべてを告白した事で、彼女が知る事実と、そして仮説が全員に共有された。
――『オメガチーム』なる組織は、ボイド世界をつくったレン・ユーイング含む『ミンカル社員の生き残り』である、というものだ。
マヤはハワードに真相を隠していた事を謝罪した。ハワードはそれを受け入れ、犯人が局長のルイではないと確信する。
だが、良い事ばかりではなかった。
城の廊下から窓をのぞくセニアが言う。彼女は空をみていた。
「いまのところ、無人航空機は飛んでいないようね……」
前日、ボイド世界の上空を一機の航空機が飛行していた事が、広範囲のスキャンにより判明した。
機体名はMQ―1C・多目的無人航空機。西暦二〇〇〇年代の攻撃能力を有す無人機が、即時崩壊を起こさずに街を空から見おろしていたのだ。
おそらくは偵察飛行だろう。長時間飛んだ無人機は着陸に向かう軌跡なく、空中で姿を消した。
アレクは無言のまま、セニアと同じく窓の外を眺めた。
CEOのテッド亡きミンカル社員、彼ら――レンたちは、ロラことAIオーロラを手中におさめようと躍起になっている。
もしロラが脅迫に屈したとして、ミンカル側は何をしたいのか、正確な事はいっさい不明だ。しかしわかる事がひとつある。ふたつの世界を支えるAIオーロラを蝕む彼らは、現実世界、そしてボイド世界にとっても大きな害だ。
彼らがおこす遷移にロラが消えるまで、残すは三回。VRA局長ルイによるミラージュ強制解体も迫っている。
それまでに、彼らを食い止めなければ――そう考えていた。
城の廊下を進む。十四次遷移後のエオスブルク城は西暦一七〇〇年後半以降から一八〇〇年代の、ロココ様式が取り入れられていた。金縁の繊細な装飾が目をひく。
そんな途中、あるものを見つけた。
廊下の壁にあいた深いニッチ(くぼみ)のなかに、つや消しの黒い鎧像が立っている。がっしりとした姿は、騎士が使う板金製より厚みがありそうだ。実際に使えるものとは思えない。
あとで衛兵に尋ねて知ったが、『暁の鎧』という装飾用の鎧像らしい。頭から指先、つま先まで覆う真黒な鎧は隅々まで紋様が刻まれており、独特の威厳を醸し出していた。
ラルフがいるはずの部屋につくと、彼だけでなく宰相もいた。
立ち話をしていたようだ。
思わず言葉に迷った。
「えっ……あ、その」
「おっとこれは失敬。もうそのような時間か。ラルフ卿もすまんな」
こちらを振り向いた宰相は状況を把握したらしい。ラルフに詫びをいれた。
「お気遣い感謝いたします宰相様。お力になれないこと、申し訳ありません」
「うむ案ずるな。……しかしまったく、血気盛んな兵を抑えるのは難しい。衛兵長にはもう少し彼らをまとめ上げてほしいものよ」
ラルフにそう言った宰相は笑みを浮かべ、部屋を去る。尚書官の老人に厳しくあたる彼が頬笑む姿はどこか新鮮だった。
だが、ラルフの顔はさえない。セニアが尋ねた。
「なにかありましたか」
「……まぁな。きみたちにも教えておいたほうが良いはずだ。注意してくれ」
ラルフは宰相と話した内容を教えてくれた。
エオスブルク城ではいま、新兵器として『マスケット銃』つまり歩兵銃が開発されていた。黒魔術団から一番の被害をうけている衛兵団は、この画期的な兵器をすぐさま導入、配備するつもりでいた。
しかし城の王エドモントはそれを認めなかった。理由は命中精度と連射効率の悪さ、そして立ち回りのしづらさ等々。歩兵銃は黒魔術団がもつ銃器にまったく及ばないうえ、兵たちにいらぬ過信を与えかねない。エドモントは従来どおりの戦法をとれと指示し、宰相もこれに同意をする。
だが衛兵たちの多くはこれに不満を抱き、亀裂は城内に広がろうとしていた。
宰相はラルフに、一部の過激な衛兵たちを説得できないかと相談をした。ただしラルフは衛兵からの信頼を失っていたためこれを断ったが。
ラルフは、ふたりが争いに巻き込まれる可能性も考え、事情を話したのだった。
「城に就く者としてまったく恥ずかしいことだな。だがどうか、争いに巻き込まれないようたのむ」
◇◇◇
――
――
現実世界、四〇三号室にて。
アレクはマヤに呼ばれていた。彼女に『走り続ける夢』の件は相談済み。しかしあの幻覚に似た光景については、さらに記憶があいまいになり結局うまく伝えられなかった。マヤもこれについて原因や解消法に心当たりがなく、様子をみる事になっている。
今回は別の案件。
思わず聞き返した。
「……僕に『エンゲージウェア』を、ですか」
「ウン、そう」マヤはうなずく。
「ずっとキミを丸腰にしておく訳にもいかないからね。諸問題でだいぶ手間取ったけど、一応は動作するはずだ」
ケネスを瀕死にまで追い込んだオメガチームに対し、現在のアレクはエンゲージウェアを使えない。危機感を覚えたマヤの判断だった。
部屋のコンソールデスクをマヤは操作した。
「……これでキミの従装具データに追記できた。アレク、着用をイメージしてみて」
「わ、わかった」
言われたとおりに意識を集中し、セニアやミラージュメンバーが着るあの衣装をイメージした。
すると脚まわりや腰に、閃光が走る。眩しさが引きエンゲージウェアと同じ材質の布地が張り付いていた。
でもなぜか、布地は脚の外側と関節、腰だけ。
そばにいるセニアも困惑している。
マヤに目をやれば、彼女は申し訳なさそうに眉をよせた。
「ほんとにごめんね。そのエンゲージウェアは下半身の、しかも通常型の三割ぐらいしか筋力アシストができないんだ……。予想はしていたけれどボイドノイドにウェアを導入することが、ここまで難しいとは思わなかったよ。今後も調整は続ける、だからアレク、いまはコレで我慢してほしい」
頭を下げるマヤを、僕はなだめた。彼女のことだ、きっと相当頑張ってくれたはず。文句を言う気にはならない。
ホログラム実体化装置もある事から、現実世界にてウェアに慣れる訓練のスケジュールが組まれた。
――
それから三日が過ぎる。不完全なエンゲージウェアの扱いにもようやく慣れてきた。ミラージュ解体の期限まで、のこり一週間。
焦りとともに、このウェアを使わないで済むならどれだけ良いかと、考えはじめた頃だった。
突如それは起きる。
予想を超えた、最悪のかたちで――
◇◇◇
「――アレク、宰相が殺された」
◇関連話◇
ボイド世界の遷移
(一章#27a アカツキ ノ マチ/あるいは少女の決心)
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(二章#028b 六日後)
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宰相と尚書官、城の王 エドモント
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(一章#08a 暁の戦士)
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(二章#021b Different angle)
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(二章#003b 義父と娘)
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