#058b 三つの証言
――あのとき、『ケネス自らが囮になる』と聞いたセニアはいっそう帰還を拒んだ。もしもの際に、すぐ援護ができる状況を維持したかったらしい。なぜならキャスケットの性能上、ダイブアウトした場合次のダイブには三〇分以上も待たねばならないからだ。
ロラが実体化の限界で消え、ハワードが渋るなか突如ジャミングは収まった。マップ上でケネスが瀕死で倒れている事が判明し、ふたりで駆けつけ、治療用の魔術札を施した。
マヤが、手にもつケネスの診断カルテを記した端末を動かした。キャスケットから入手した負傷当時のデータが表示される。
頭をかいた。
「……はぁ。右腕は複雑骨折で、左腕はひどい創傷。右肩は刃物が貫通した刺し傷に腹部と両足は銃創でボロボロだ。そのうえ頭蓋骨にはヒビさえ入ってる。アレクの治療札がなければ助からないよコレ。しかもぜんぶ治しちゃうなんてさ」
「でもマヤ。ケネスさんは帰還後にひどい麻痺がでて命が危なかったんでしょう。僕は治せていないんじゃ」
「『帰還させた』ことがすべてだよアレク」即座にマヤは否定した。
「『帰還行為』は隊員自らが決定し、安定したバイタルのもとで成功するんだ。キミはボイド世界でケネスを完治させ、彼を帰還に導いた。そもそもキミの治療札はボイド世界にある身体を治すものであって、帰還した場合におこる負傷箇所の麻痺は避けられない。大怪我をしたセニアを路地で治したときもそうだったでしょ?」
マヤは「今回は怪我が特にひどかったからね」と付け加え、僕の頭に手を置いた。
手を下ろし、彼女は続けた。
「まあ、バイタルが危うい隊員を強制帰還する技術は必要そうだ。あとジャミングを受けたからにはミラージュの管理システムにあらたな防御を掛けないといけないし、……他にもイロイロ備えておこう。こりゃ忙しくなるよ」
重く息をはいたマヤ。謎の組織オメガチームによる急襲は、からくも犠牲者なく済んだ。だが多くの課題と、そして疑問が残った。
――なぜオメガチームは僕たち側を襲わなかったのか。襲う優先順位でもあるのか、隊員の数がそもそも少ないのだろうか。
考えているとハワードさんにその様子を見られ、察してくれたのだろう。
メンバーの皆に顔を向け、言った。
「まあ、ケネスの回復を待って彼に聞こう。我々と敵対し攻撃する者は、どのような人物かを――」
しかし、
「なに? 『よく憶えていない』?」
二時間後。ケネスの麻痺症状が収まったことを確認しメンバーは部屋を訪れた。だがケネス本人が発した言葉は意外なものだった。
ハワードの問いにベッドで上体を起こしているケネスは、うなだれた。
「……はい。安静にしていたあいだも、なんとか当時を思い出そうと努めておりました。ですが、どうあがいても断片的な印象しか、でてこないのです。……キャップ、申し訳ありません。敵を知る数少ないチャンスを、私は……!」
下を向き、ケネスは声を裏返す。膝の拳がシーツを握りつぶした。
――オメガチームと戦った貴重な経験を生かせない。彼の様子からは、後悔の念が強く感じられた。
だが、ハワードの声は穏やかだった。
「お前が気に病むことは一切ない」肩に手を置いた。
「生きて帰った。それ自体が重要な成果だケネス。お前の損失を埋める者は誰ひとりいない。よく憶えておいてくれ。帰還、感謝する」
ケネスは顔をあげる。ふたたび伏し目にもどり、しかしまたハワードに向く。そして、か細い声ながら、感謝をハワードに伝えた。
沈黙のあと、ケネスは続けた。
「あやふやな記憶ですが、私が憶えていることすべてを証言します。ミラージュの力になるならば……」
「私が単独で戦闘を仕掛けたとき、前方の敵は消えていました。『崩壊現象の際に発生する青い粒子』が漂っていたことは憶えています。……その瞬間、敵に背後から襲われ、頭にひどい衝撃と痛みがありました」
「それ以後の記憶があいまいです。……何とか思い出したのは、『アーマー』のような装甲で全身を防護した敵だったこと、それから――」
ケネスは身体をこわばらせた。
震えた声。普段は冷静な彼が、怯えていた。
「あのときに抱いた恐怖だけは、私は強く憶えています。……私は怪力にされるがまま、敵の動きに感情は見いだせず、何もかもが冷血で……。あの敵はまるで、機械でした……」
局長室の窓辺を夕暮れの傾いた陽がさしていた。部屋には現局長ルイ・フルトマン。
そしてケネスを除いたデルタチーム三人と、ハワードがいた。
「なに用かね? みな揃っていきなり」細眼鏡をかけたスキンヘッドの男、ルイは眉をひそめ、
過去の友、ハワードへ視線をむけた。
「オーウェン大尉。ケネス隊員の件はすでにデータを受理しているが。回復したと」
ルイと同様に、他人行儀な口調でハワードは応えた。
「はい。ケネスの麻痺は治りました。精神的なダメージがいまだ残っておりますが、マヤ博士の診断によると当時の記憶があいまいなせいもあり、幸いにも心的外傷にいたるまで重篤ではないようです。自らも任務参加を強く希望しております」
「……任務継続を希望、か」ルイはデルタチームのほうを向く。三人に向けた表情は、ハワードに対して見せない、柔らかなものだった。
「ケネス君が残るなら君たち三人も、やはりミラージュを捨てないのか。残念だよ、デルタチームには今すぐにでもミラージュを去り我がプロジェクトの一員になってほしいのだが。よいポストも空けてある」
三人は黙ってルイを見るだけだ。いや、睨んでいるが正しい。
口火を切ったのはハワードだ。
「フルトマン局長、いやルイ。……お前の部下がケネスを襲ったのか?」
「ん?」
目を見開いたルイに、ハワードは言い寄った。
「今回の襲撃とクラック行為、ジャミングについてマヤ博士に発信源を探ってもらった。……出どころはお前が接収したキャスケットを保管する部屋と、局長室からだ。またミラージュ在籍時にあったお前のアカウントが使われた痕跡もみつけた」
「ひとを傷つけてまで……、お前の組織、いや貴様は、なにを企んでいる?」
ハワードは怒りを押し殺せない。表情は歪み、鋭い視線が目前の男に注がれた。
が、
「寝ぼけたことを。図ったのは、ハワード貴様のほうだろうが!」眉間に深いしわを刻み、ルイは続けた。
「届いたデータを吟味した。『ジャミングを受けた』、『第三者から襲撃された』だ? バカらしい……それら云々を裏付ける情報すべてが偽装されていたぞ!」平手を机に叩きつけた。
「デルタチームをも巻き込んで自作自演の『襲撃事件』かハワード……。ケネスたちを引き止める算段のつもりだろうが、同胞である人類を傷つけた貴様に司令官の資格はない! 君たちは騙されている、デルタチームは早くこの司令官から逃げたほうがいい」
「……なにを、言っているんだよ。アンタは」
ジャンがルイへ向けた言葉は、怒りに震えていた。
「あれがキャップの自作自演だと本気で言っているんですか局長! 絶対に違う。ケネスが証言してます、敵の姿は――」
「『記憶があいまい』なのだろうジャン君!」
声を張りあげたルイ。反論を無理やり止め、ふたたび声色が穏やかに変わる。
ハワードに目だけを向けた。
「こいつは目的のためならば欺瞞をいとわない男だ。ケネス君の証言を、意図的に誘導した可能性がある。まだ君たち実動部隊が知らない『存続派』の取り巻きがいるやもしれん。ボイドノイドの少年を仲間にしたのだ。隠れてあらたな手駒を引き入れたとは考えないか?」
「ルイ、貴様ぬけぬけと!」
ハワードはルイの胸ぐらを掴もうとした――
だが、できなかった。
ジャンがさきにルイの胸ぐらを掴んでいたからだ。
「……ふざけんなテメェ。局長だから好き放題言える訳じゃねえんだぞ」ルイを力ずくで引き寄せた。
「欺瞞があるのはアンタじゃねえか? 俺は隊長と、キャップを信じる」
言い放ったジャンはルイから手をはなす。解放されたルイは、苦しかったのか首元をさする。だがすぐ普段の冷徹な顔にもどった。
ジャンはうしろの仲間ふたりに目を配らせた。勝手な行動を悔やんでの行為だったが、ふたりはジャンに小さくなずく。抱く思いは同じだった。
ため息が部屋に流れ、ルイは口をひらく。
わずかに口角が上がった。
「……そうか、これ以上ミラージュを崩せないなら仕方がない。この男にはもっと孤独を感じてほしかったが。そろそろ終わらせよう」
「諸君。ボイド調査局VRAの『局長命令』だ。潜入調査組織ミラージュを、解体する……! ただし二週間の猶予はつけよう。デルタチームはその間に考え直してくれ」
◇関連話◇
ルイがミラージュに移籍していた当時
(二章#013b 父親)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/41
ルイのアカウントが動いている
(二章#028b 六日後)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/56





