表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/111

#057b 目撃

 オーロラの密告から四日。ミラージュ実動部隊デルタチームの四人は、エオスブルクのとある路地にいた。


「いやいやビックリでしたね隊長。『プロジェクト・エオスブルク』とは」ジャンが調子良くケネスに喋る。

「――『厄災以前にこの世界(ボイド)は存在していた』。AIオーロラを脅す人物も誰なんでしょうね?」


「ジャン、私語を慎め。任務中だ」


「チッ……了解っすよ」

 舌打ちをしたジャンはケネスに従い口を閉じた。


 特異点データはいまだ必要であると判断したハワードは、街の特異点調査を命じた。街なかの調査は近ごろデルタチームのみで行なわれていたが今回はアレクたちも参加。六箇所ある特異点に対し、ふた手に分かれ任務を続けている。

 もとは互いに相容れない存在であったケネス率いるデルタチームとミラージュ存続派。だがアレクの実直な行動を見るうち、彼らはアレクを認め、また存続派とは緩やかな関係ではあるが連携をとるようになっていた。


「……『見守るだけ』のつもりがな。まあこんな選択もよいだろう」ケネスは口角をかすかにあげる。表情をもどした。

「目標の特異点はのこり三七〇フィート(約三四〇メートル)だ。気を引き締めるぞ!」



 すでにデルタチームは三箇所のうち二箇所の特異点調査を終えている。担当する最後の特異点を、彼らは目指していた。

 身体能力を強化できる『エンゲージウェア』の力により、彼らは路地を高速で駆け抜ける。


「目標までのこり一〇〇フィート! 全員、つぎの角をひだりに……!」

 ――そのとき、


 突如乱れ鳴った発砲音。

 運よくデルタチームに銃撃は当たらず、近くのレンガ壁を瞬く間に粉砕した。


「うわっ、なにごと!?」


「攻撃者は後ろだ、隠れろ(Hide)!」


 全員が左の路地へと隠れる。ケネスは挟み撃ちになる状況に備え突撃銃(M16A1)を発現しながら駆け込んだが、誰もいない。

 『青く光る粉』が舞っていたようにも感じたがおそらく気のせいだろう。チームに怪我人がいないことを確認した。


「クソ、なんだよ今の!」

「存続派がフレンドリーファイア( 同士討ち )をしてきたか!?」


「違う。……アレクたちとの距離を考えろ。やつは――」ケネスの目が鋭くなる。

「『オメガチーム』だ」


――

 ――

――


 一〇分前。

 アレクたち三人は、デルタチームから五〇〇フィートほど離れた二箇所目の特異点を目指していた。


 先頭を進んでいるセニアが、アレクに尋ねた。

「……アレク。『厄災前にエオスブルクが存在した』こと、あなたはどう思った?」


「うん。正直、心の整理がつかないよ」

 戸惑う気持ちが言葉に漏れていた。ボイドの発生はたった十七年前というのが常識で、それはハワードさんが見てきた事実のはずだ。

 けれど、特異点データが示す内容に嘘があるとは思えない。


 それに、

「特異点データのエオスブルク、……セニアがいる世界に似ていたね」


 厄災の三年前、西暦二〇四六年に存在した『エオスブルク』は、セニアが暮らす現実世界(二〇九四年)の街とまるで変わらない姿をしていた。『太陽嵐の厄災』は文明の発展を止めたため、いまも現実世界は西暦二〇四九年相当の水準を維持しているのだ。

 つまり当時のエオスブルクは、現実の世界と同じ時代、同じ文明水準を獲得していた事になる。


「まさか『遷移事象』が行き着くさきって、あの姿(・・・)なのかな……」

 思わず口に出したが、『現実世界と同じ』とはどういう事だろう。セニアもロラも、戸惑っているようにみえた。


 が、

「……ん、ロラ。どうかした?」

 急に、ロラの表情が変わる。様子がおかしい。

 何かに、おびえているような――



 ――突然通信が入る。

 ケネスだ。ノイズ混じりの音声、動揺した声と無線の奥で、なぜか激しい銃撃音が聞こえていた。

〔こちらデ……タチーム! 現在銃火器による襲撃を受けている! 恐らく『オメガチーム』が……、ボイドノイドに対するTCトリアージ・カテゴリーグリーン(非敵対)を維持。ミラージュ本部、キャップ(ハワード)応答を!〕


「……まさか、ほんとうに」

 セニアがつぶやく。

 ――オメガチーム。その名に心臓が凍りついた。


 無線はミラージュ本部に届いた。ハワードが応える。

〔なにっ! ケネスそちらの被害は〕


〔……、負傷者はいませんが、押されています。いまのところ敵人数は少数かひとり。姿を確認する余裕はありません。……攻撃が苛烈すぎます〕


〔承知した。機会を見計らい、デルタチームは安全を確保、ダイブアウト(帰還)してくれ〕そしてハワードは声を荒らげた。

〔マヤ博士! マップの状況把握はどうした!? 襲撃が判らなかったのか〕


 マヤの回線が開いた。

〔……ハワードさん申し訳ないです。先ほど、マッピングの情報が改ざん(・・・)されていたことに気がつきました。なんとか修復しましたが何者かのジャミング行為でマトモにマップが読めません……。各隊員の現在位置さえ不鮮明な状態です〕


〔クソ……!〕

 ハワードの罵りが聞こえる。沈黙が流れ、抑えた声が発せられた。


〔セニアそしてアレク。……退却、帰還しろ。オメガチームは次に君らを襲うかもしれん〕


「……っ、しかしキャップ(ハワード)


〔これは命令だセニア。もし、デルタチームの援護を考えているならば許さん〕

 ハワードの予想は図星だったようだ。セニアが唇を噛みしめている。


 苦しむ『仲間』が近くにいるのに何もできない。

 僕たちは、無力感にさいなまれていた。


 そのときケネスの通信が聞こえた。

〔キャップ、私に提案があります〕


――

 ――

――


「キャップ、私に提案があります」

 激しい銃撃を受けるなかでケネスは冷静な口調だった。

 チーム四人が隠れる路地へ、銃弾の雨が際限なく叩きつけられている。隠れた壁はすでにボロボロ。後方の道に逃げる手段はあるが、追いかけられた場合に敵の掃射をもろに受けてしまう。

 そもそも相手の武器がおかしいのだ。通常、武器は撃ちつづければ崩壊現象が起こり、隙がうまれるはず。

 ――だがその隙が訪れない。


 チームに焦りが見えはじめた、そんな時の発言だった。

 ケネスは続けた。


「私が(おとり)になります。敵を足止めするあいだに部下を帰還行為へ。私は、機を見てボイドを去ります。……いかがでしょうかキャップ」


「はぁっ!? ……なにを言ってるんすか隊長(ケネス)!」ジャンがほえた。

「四人集まってこのザマなのにひとり残るなんて自殺行為ですよ! しかも立ち向かうなんて。無謀にもほどがありますって」

 ジャンはケネスを睨みつけた。彼に限らず、他の二人も同じように抗議の視線を送っている。


 だがケネスは、通信を続ける。

「キャップ、どうか承認を願います。いまの状況から、ひとりでも仲間を生還させたいのです」


 わずかに流れた沈黙、ハワードの返答が聞こえた。

〔……承認する。もとからオメガチームからの襲撃時は現場を信じると決めている。だがケネス〕ハワードは伝えた。

〔必ず、帰ってこい。生還しろ〕


「最善を尽くします」


 通信を終えたネネスは仲間に振り向いた。

「反論は許さん。ジャン、オニール、リオの三名は後ろの路地を行け。いまの地点を離れたほうが帰還(ダイブアウト)しやすいはずだ。……走れ!!」


 ケネスが発した怒号。彼の部下三人は名残惜しそうに顔を歪ませたが、命令に従う。

 路地を逃げる彼らの後ろ姿をケネスは背中で見送った。



 走る足音は消え、路地は敵が放つ銃撃音のみが響いていた。

 ケネスは突撃銃を再び発現しなおす。安全装置を解除、初弾装填、銃床を右肩に固定した。


「では、……いこうか!」


 ケネスはボロボロの路地から飛び出す。

 被弾は覚悟の上。敵の注目をこちらに向けさせる。あわよくば倒し、相手に損害を与える。

 たとえ相打ちになったとしても――


 が、

「……止んだ? 銃撃が」


 苛烈だった銃撃が嘘のように、路地は静寂に包まれていた。


 誰もいない。

 いや、居た(・・)のだ。敵がいると予想した場所には『青い火の粉』に似た粒子が、風に散っていた。


「あの粒子は、『崩壊現象』の……っ!?」

 口をつぐむ。

 背後に感じた、異質な『気配』。


 銃を構え振り向いたとき、

 迫りくる敵が長尺のマチェット(山刀)を振りおろした。




――

 ――


 ただ、横たわっている。

 ただそれだけの事が苦しく、つらい。

 流れる血の痛みよりも、いまは苦しい。


 ひとりきりの路地に、うつ伏せで横たわった私はこのまま死に、消えるのだろう。



 ――足音がした。だんだんはっきりしてくる。


 身体を返される。

 けだるい眼球を動かすと、見えたのは。


 ――少女と、少年だった。




 ◇◇◇



 現実世界(二〇九四年)・VRAビル。

 医療エリアに区分される階のとある部屋に、ケネスの名札が取り付けられていた。安静をハワードから言い渡され、彼は殺風景な白い天井を静かに見あげている。


 部屋の外では、ミラージュメンバーが会話をしていた。

 ハワードが口をひらく。

「マヤ博士、ケネスの容態は」


「予想より回復がはやそうですネ。麻痺症状は二時間でほぼ消えるかと」


「おお、……よかった」


 こわばった顔を和らげたハワード。デルタチームの三人も安堵したようで互いに見合っていた。


 するとジャンが、仲間から視線を外した。

「なあふたりとも。ありがとよ、隊長を助け出してくれて」


 優しげな表情。彼のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。

 視線は僕とセニアに向けられていた。


◇関連話◇



 相容れない関係のデルタチー厶

(二章#009b 帰路)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/37

(二章#036b 特異点データ)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/64



 現実世界と厄災

(二章#005b MINCAL Inc.)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/33

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▽ 感想をツイッターに投稿できます▽


twitterでシェアする
====================
◇小説家になろう 勝手にランキング◇


→ 活動報告はこちら ←

tueee.net sinoobi.com
kisasagi g00g1e
分析サイト群
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ