#056b 密告
「これは、変わっていないんだな」
木棚に置いてある母の形見、ペンダント。八次遷移後のころから輝きを変えないガラス玉に、手を触れた。
十四次遷移を迎えたエオスブルクの自宅。『黎明日祭の絵』は額に入った銀塩写真となり、暁の街がいまも変遷を遂げ続けている事を感じさせる。
もしボイド世界が『極相』を迎え、そのさきも文化の発展があるならば、……いや、そんなこと絶対に食い止めるんだ。ロラを極相で死なせるわけにいかない。
――突如、部屋に光がさす。振り返るとロラが部屋の真ん中に立っていた。今回の遷移後、彼女はいくぶんと大人びたように思えた。ボイドに介入しやすくなり、学習結果が身についている。ボイドで実体化を維持できる日も三日に一回から毎日に頻度が増えた。
だがそれは反面、彼女自身に『死』が近づいた証なのだ。
暗い表情。近ごろ見る彼女の顔色。きょうは特につらそうだ。
「アレク。その……」
沈んだ声色の彼女に、言った。
「ロラ、すこし話さない?」
ふたりでベッドの端に腰かける。かたい木の椅子より、ここのほうが落ち着けると思えたからだ。
ロラと一緒にいると、いつもどういうわけか『懐かしさ』に似た感覚が湧きあがってくる。もちろん彼女と初めて出会ったのは聖堂、だがそれよりも以前であるかのように僕は感じるのだ。
もっと古くて、もっと昔で――彼女は、そしてこの気持ちをいだく僕という存在は、いったいなんだろう。
いや、いま考えることじゃない。
彼女に言う。
「ロラ、大丈夫? 最近きみの様子がおかしい気がして」
僕の投げかけに、ロラは目を伏せ、さびしげな様子をみせている。
「僕ができること、なにか無いかな。きみの力に、僕はなりたいんだ」
しんと静かに、わずかな時が流れた。
彼女は、口をひらく。
「アレク、あなたといるとわたくしは、不思議と安心するのです。だからきょうここに来ました。お伝えする決心をくださり、ありがとうございます」
「わたくしは、……『脅迫』をうけています」
――
――
ミラージュメンバーが集った。
セニアが言う。
「……ロラ、つまり城内の特異点データが不自然に欠けていたのは」
「はい。わたくしはこれまで意図的に、情報の一部を隠しておりました。すべてある『人物』の指示です」
ロラが語る内容に、皆が聞き入った。
『人物』が、ロラことオーロラに接触してきたのはボイドが十一次遷移を迎えた――アレクが特異点調査で遷移発生のギリギリまで分析を粘った日の深夜だった。ロラは謎の部屋へ強制的に呼び出された。
――俺の配下になれ――それが人物の要求。また城内の特異点データについては『間引き』を迫った。
さらに、
〔なんだと……! そいつは『遷移』を起こせるのか〕
「はい。実際に宣言をしたあと、十二、十三、十四の遷移事象が発生しております。十一次遷移も『人物』自らが起こした旨の発言がありました。偶然ではなく事実でしょう」
モニターの奥で驚くハワードに、ロラは淡々と答えた。
『人物』が遷移を起こしている理由はロラに身の危険を憶えさせ言いなりにするため。ロラは特異点データの間引きは受け入れた。しかし『人物』の配下になる事だけは、いまも拒み続けている。
「これが皆さまに隠していた事実です……。お伝えせず申し訳ありません。アレク、セニア、本当にごめんなさい」
消え入る声で、ロラはうつむいた。
悲しげな彼女をみて、僕は拳を震わせた。『人物』に対し際限なくわきあがる怒りと苛立ち。セニアも同じく眉間に深いしわを刻み、目つきが殺気立っている。
ロラを苦しめるやつは絶対に許さない。――そう思う。
同時に、あの夢『どこかへ駆けていく』夢の奇妙な感覚が心をざわつかせていた。
けど、いまは考えないようにしよう。悲しげなロラに尋ねた。
「『人物』は誰か、ロラは見当つかないの」
「顔立ちや体格はわたくしが認識できないようプロテクトが掛けられていました。声紋も特殊な加工がなされ、判別がつきません」
静観していたハワードがつぶやいた。
〔ロラを仲間に引き入れたい人物で、……結果的に、われわれミラージュの邪魔をしたい……。まさか〕顔をあげる。
〔ルイ、か!?〕
ルイ・フルトマン。VRA現局長、ハワードの旧友であり、いまでは彼を憎み敵対している男だ。
〔たしか奴がつくろうとしている『ボイド破壊システム』は、オーロラをも傷つける可能性があった。もし奴が破壊システムを完成させていて、それが遷移を起こせるものだとしたら……。いや、だがルイはAIオーロラの認知を歪められるほどプログラムに長けていたか? オメガチームの件さえある……ああクソッ、わからん!!〕
ハワードが拳を机にたたきつけた音が、通信端末を介して流れた。
黙ったままでいるハワード。
同画面のマヤが場をつないだ。
〔ね、ねえオーロラ。ちなみになんだケド、この密告が『人物』に知られる危険性は大丈夫かな? アナタに危害が加わるんじゃないか心配で〕
「ご心配に感謝いたしますマヤ博士。お考えのとおり、もちろん発覚する危険はあります。しかしながら『人物』はわたくしの行動すべてを把握してない様子でした」ロラは続ける。
「わたくしを『監視している』と脅しても、その内容がかみ合わない、あるいは知らないという場面をいくつか確認しております。現時点では仮説ですが、『人物』のダイブ環境は不安定な状態と思われます。……ダイブ環境が不安定になる時期や条件を探しだし、ヒューリスティックではあるものの結論が出ましたので、今回危険性が低いと判断したこの日の時刻にアレク宅に来た次第です」
〔ナルホドね……。でも『ダイブ環境が不安定』って、いったい何をすればそんな状態になるのやら〕
考え込むマヤは小さく唸った。
聞くにキャスケットの運用実績において、ダイブ状態が不安定化した事はないらしい。〔解明できればいいけど〕と彼女はつぶやいていた。
ロラは胸に手を当て、瞳を閉じる。
「AIユニットであるわたくしの内部に発生した領域『ボイド』は、ご存知のとおり十四回目の遷移を迎えました。『人物』が言うにボイドが極相を迎えるまで、残り三回……。皮肉なことですが極相が迫ったいまのわたくしはボイド世界と現実世界へ介入する能力がいっそう向上しており、ことさらボイド世界においては街全体の俯瞰と各人物の行動予測が可能になりました。……皆さまにはこの機能による任務支援をおこないたい所存ですが、『人物』が何らかの手段で妨害をしており、いま以上の支援行為ができません。回避法がわかり次第お力添えいたします」
「さいごに。……皆さまに隠匿していた『エオスブルク城内の特異点データ群』をお渡しします。お受け取りください」
ロラが右手を前に差しだす。手のひらが光り輝いた瞬間、いくつもの白い光球となり宙へ浮いた。
分析端末が光球を回収。マヤによって取得済みのデータとつなぎ合わせられる。
〔ヨシッ、データ統合完了っと。表示するね〕
空間上にディスプレイが現れ、映像がうつる。
城内の特異点データ――その内容は、全員が言葉を失うほどに驚くべきものだった。
まず表示されたのは、一〇枚以上の画像。どこかの都市を遠景からうつした写真だ。セニアたちの現実世界に似た高層ビルや乗り物がみえる。また、建物のなかを写したものもあり、歩く人がうつっていた。
〔……これ、ワタシたちの世界? ん、違う。この地形、というかビル群全体の輪郭線、どっかで見たような。……はっ、チョットまさか!?〕
マヤは操作をおこない、画像からビル群の輪郭線をとる。
そして今度は『暁の街』エオスブルクの地形マップを表示。角度を変え、輪郭線と重ね合わせた。
エオスブルクの地形、謎の都市の輪郭線――
両者は完全に一致した。
「これ、……もしかしてエオスブルクですか」
僕の街と似ても似つかない。『僕の街』。
〔どういうことだ。写真のタイムスタンプは!〕
ハワードの問いに、マヤは答えた。
〔日付は……西暦二〇四七年、七月二四日。いまから四七年前。オーロラが破壊された『太陽嵐の厄災』の三年前です〕
次にマヤが出した画像は、ロゴのようなもの。英字で、
――プロジェクト・エオスブルク――
こう記されていた。
◇関連話◇
ペンダント
(一章#01a 暁の街と少年)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/1
(一章#18a 〜魔術札〜)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/18
(一章#20a 〜返してくれるひと〜)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/20
変遷する黎明日祭の証
(一章#18a 〜魔術札〜)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/18
(一章#28a 一歩)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/28
(二章#043b 突破口は)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/71
遷移とロラの死
(二章#027b AIオーロラ)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/55
謎の人物
(二章#054b 予兆)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/82
ルイとボイド破壊システム
(一章#21a 局長室)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/21
(二章#007b VRA統合会議)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/35
(二章#054b 予兆)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/82





