#055b Ωとnull
設定集である『備忘録ライブラリ』を更新しました。
あれ、なんだっけと思った方はぜひ!
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「……『遷移』、また起きたわね」
「……そう、だね」
前方に広がる真っ白なスクリーンを見据えつぶやくセニアに、僕はぎこちない返事しか返せなかった。
――現実世界・VRAビルのブリーフィングルーム。山林地帯での調査は済んだが、ふたたびハワードさんに呼ばれセニアとこの部屋にきていた。ほかに技師のマヤ、そして今回はケネスをリーダーとする実動部隊デルタチームも一緒だ。
現在ボイドは『十四次遷移後』。ついに現実世界の一部地域でインフラが復旧しない事例が認められた。被害を受けた住民たちは復旧した別の地域へ移住する事を迫られているらしい。
はやくロラを助けないと――そんな思いが心の奥でいっそう募っていた。
部屋が暗くなる。ミラージュの司令官ハワードがスクリーンの前で差し棒を伸ばした。
「では始める。この映像を見てくれ」
映されたのは、ネモフィラの花畑と『あの車両』。
「セニアたちがボイドの山林地帯を調査したときに記録した映像だ。……あの世界に『ジープ』、つまり近現代の軍用車両が乗り捨てられていた」
ジープにドライバーはおらず、なぜか周囲に足跡もなかった。
ハワードは続ける。
「エンジンは切られた状態。ボンネットが温かった報告も考えると乗り捨てから時間はあまり経っていないのだろう。周辺の捜索でドライバーらしき人物は発見できなかった」
映像が切り替わり、ドライバーの捜索途中の様子が映される。再生をすべて終えたスクリーンはミラージュのロゴの状態でとまった。
ハワードが口をひらく。
「この日、調査任務はセニアとアレク、そしてAIのオーロラしか動いていない。デルタチームも同様だ」
スクリーンにさきほどのジープが静止画で表示された。
「このジープの型番はM151A2。まあ正式にはこれを『ジープ』とは呼ばないのだが便宜上呼ばせてもらう。……一九七〇年代に製造されたもので、見たとおり体積も大きい」ハワードは続けた。
「当時の十三次遷移後ボイドから、武器や兵器の発現に適した年代は一九五〇年代から六〇年代だった。さらに発現した物体は体積の大きさや重量、構造の複雑さによって崩壊する速度が早まる。……七〇年代製、人が乗れる大きさ、しかも部品数が多いガソリン車。本来ならボイド内から発現することさえ不可能な物体が、何食わぬ顔であの場所を縦横無尽に走り回っていたことになる。我々が知る『発現のルール』が完全に無視されていた」
困惑した表情を浮かべているハワード。手持ちのスイッチを押し画像を動かす。
ジープの『ある部分』が拡大表示された。
それはアルファベットの文字――
「『オメガチーム』。おそらく実動部隊名だろう。……皆、これはおかしいと思わないか?」
投げられた問いにセニアを含む周りのミラージュメンバーは、うなずいたり小さく声をだしたりと同意の反応をみせている。理解できていないのは僕だけのようだ。
「む? アレクどうした」
アレクは手を挙げ、聞いてみた。
「ハワードさん。よく分らないのですが『オメガチーム』がおかしいというのは」
「ああそうか。君にとってはまだ知らないことだな」堅苦しかったハワードの表情が若干緩んだように感じた。
「ミラージュの実動部隊名、アルファやブラボー、チャーリーなど各名称は『NATOフォネティックコード』という通話表から採用している。アルファはA、ブラボーはB、チャーリーはCという具合だ。ミラージュは結成初期にはエコーチームまで存在する五チーム編成だった」
「……つまりミラージュは、オメガまで部隊数はなくて」
「いいやアレク。違う」ハワードは首を横に振った。
「NATOフォネティックコードに『オメガ』という語はそもそも存在しない。Oに対応する語は『オスカー』。オメガはどこにもない」
「『オメガ』はギリシア文字第二四番目の最終文字だ。……『存在しない最後の部隊』。何者か正確にはわからんが、少なくともミラージュの指揮下にない別組織であることは明白だ。もつ装備は我々と同等かそれ以上。敵対勢力の可能性が高い」
「敵対、勢力……」
ミラージュ以外にボイドへダイブしている組織がいる。驚きと同時に、行き場のない不安がわいた。『彼ら』は何者で、目的はいったい何なのか。
「もしも彼ら――オメガチームらしき人員を見かけた際はただちに報告と回避行動をとれ。……やむを得ぬ場合、交戦を各自の判断で許可する」
ハワードの視線はセニアに向いていた。彼にとってセニアは大切な愛娘だ。心配しているのだろう。
それを知ってか知らでか、セニアは普段と同じドライな口調で「承知しました」と返していた。
ハワードから、今度はマヤに差し棒が渡された。内容はボイドの特異点についてだ。
「みんなありがとネ。データが随分とたまったよ、こんな感じに――」
スクリーンの映像を操作する。データの羅列やノイズだらけの画像が次々にウィンドウ上に表示された。
「さてさて、こんなに沢山の特異点データを分析してみた結果だケドも……やはり『情報を○○に送る』という、いわば目的地が欠落したコマンドが存在すること以外に各データの共通点はなかった。『○○』に入る値は『何もない』を示すnull。……目的地に名前をつけるとしたら、『ポイント・ヌル』だ」
マヤはいちど瞼を閉じ、目を見開く。
「ワタシはこの『ポイント・ヌル』が、ボイドの真相を暴く『核心』だと思う。『オメガチーム』の件も興味深い、彼らが何かを知っている可能性はあるね。できるなら問い詰めたいところだ」
説明会が終了しても、ブリーフィングルームにただよう重たい空気はそのままだ。
――武器発現のルールを無視できる組織、オメガチーム。
――ボイド世界の真相につながる核心、ポイント・ヌル。
そして、気がかりな事はもうひとつある。
――近ごろ様子がおかしい、ロラ。
AIオーロラだ。
◇関連話◇
山林地帯
(二章#053b 空色の遠景)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/81
武器発現のルール
(一章#22a Re-Debriefing)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/22
(備忘録ライブラリも良ければご覧ください)
◆グラフあり◆【いろいろ細かすぎる】用語解説
https://ncode.syosetu.com/n6974dy/10
特異点 ○○に送る
(二章#043b 突破口は)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/71





