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#052b 視察

 ラルフさんから剣をもらい二週間と四日が過ぎた。木刀での手合わせと並行して、この『札術増幅剣』を使った剣術と魔術の鍛錬が続いている。一般的な剣の場合刃こぼれをしかねないため模擬戦では使わないらしいが、特殊鋼でつくられたこの剣にその心配はないようだ。実際、真剣のロングソードを持つラルフさんとなんども剣を交えているのに、増幅剣は傷ひとつ付いていない。


 朝から昼になり、休憩がはいった。

「よし、いいだろう」ラルフはロングソードを鞘にしまう。普通の金属でできたロングソードは刃こぼれしていた。

「……いらぬ剣とはいえ、あとで直しておくか。ふたりとも(アレクとセニア)、水を汲んでくるから待っていてくれ」


 そう言ったラルフは水差しを持ち、塔の部屋から出て行った。



「アレク、剣うまくなったわね」

 ラルフが離れた事を確認しセニアが口をひらく。感心したような顔をしていた。


「ほんと?」


「ええ本当に上達してる。判断のはやさも重心の動かしかたも。正直、あなたがここまで憶えが良いと想像してなかった」


「いちおうラルフさんも手加減してると思うけどな」


「真剣で物怖じをしなくなったあなたが、いう言葉じゃないわね」


 セニアの一言に思わず吹き出し、彼女も笑った。

 うん、そのとおりだ。振り返れば僕は剣術というものにだいぶ慣れてきている。ラルフさんの鍛錬法が効いているんだ。相性もあるかもしれないが。

 ここまで頑張った。上達したこと、素直に喜んでおこう。


 ――それに、

「城内の特異点調査、いちおうは分析結果がでたね」

 取得できる情報量はなぜか減ったものの、特異点の分析は数をこなす事で、一部を意味あるデータとして読み取る事ができた。


 ――それはまたしても映像。

 ひどく乱れていたが、映っていたのはやはりミンカル社のCEOテッド・クレインの姿だ。前回は『AIオーロラを発表した壇上』だったが、今回は公の場にしてはすこし暗い場所。音声はなく、テッドがいる空間が何か分からないまま、映像はエラーで終了した。


 なぜボイドの特異点に、消滅した企業ミンカル社やテッドが頻繁に登場するのだろうか。

 ボイドがミンカル製のAIオーロラに存在するから? それとも死亡したはずのテッドとボイド世界にはなにかの関連があるのか?

 ミラージュ全体で議論は続いたが、限られた情報しかない現状にどの意見も決定打を欠いたままだ。


 映像のテッドは、いつも鋭い眼差しをしている。まるで相手を己の領域に引きずり込もうとするかのような雰囲気。ラルフさんとは違った『カリスマ性』を漂わせている。

 その面影を見るたび、僕はどういうわけか心の奥に引っかかるもの(・・・・・・・)を感じていた。喉につかえた魚の骨のように、テッド対し不快な、けれどはっきりとしない不明瞭な感情が浮かび上がってくる。

 理由はわからない。でもなぜかそれは、忘れられない、自分にとって重要なことにも感じてしまう。……なぜだろうか、彼に似た人物と出会った憶えなんてないのに。



 考え込んでいるうち、セニアが独りごとを言った。

「……どうして、ここまでデータ量が減ったのかしらね」


「……うん」

 問題はもう一つ、特異点から得られるデータが激減した事だ。


 城内には分析を遮るような要素は見当たらない。そして現在の特異点データは、AIオーロラことロラから得ているのだ。

 セニアの表情が曇る。

 いまもロラは姿を隠したまま。近ごろ様子がおかしい彼女は、いったい何を僕たちに隠しているのだろう。




 ラルフが井戸水をくんで帰ってきた。セニアと場をとり繕い、持参の弁当を食しながらもらった水を飲む。

 鍛錬を再開しようとした。

 ――と、


「お、やっているね。みな元気そうだ」

 開け放たれた扉から部屋を覗く人物。

 いたのは、エオスブルク城の主エドモントだった。そばには背が低い老人、尚書官もいる。


「え、ええっ!」

 おもわず驚いた。城の王さまがわざわざここに来るとは。

 ラルフに目を向けるとすでに彼は片膝をついた敬礼の姿勢をしていた。急な出来事でもまったく動じていない。セニアも、いつの間にか片膝をついている。

 つまりできていないのは、……僕だけ!?


 しかしエドモントはふたりの敬礼をとめた。

「いや待ってくれ、そう丁寧にされると困ってしまうよ。どうか楽にしてほしい」


 エドモントの言葉に、ラルフは「承知いたしました」と立ちあがった。セニアもそれに倣う。

 いまのエドモントは王冠をつけていない。謁見の間のような正式なものでない事は明らかだ。


 ラルフが口をひらく。

「陛下、ご無礼を承知で。このたびは如何なるご用で私たち(・・・)の場に」


 丁寧な言葉づかいで尋ねたラルフに、エドモントは笑顔をみせた。


「別塔に向かうさなかに、この()がな、どうしても鍛錬の様子を見たいと言ってきたのだ。だから来た」


「……な!? エドモント陛下っ!」エドモントに『爺』と呼ばれた尚書官が声を上げた。

「わしは、言ってはおりませぬぞ! 老いぼれでもそこまでは、呆けてない。嘘はお止めくださいな!」


「ははは。まあそういうことにしておこう」尚書官がさらに抗議するのを横目に見つつ、エドモントは続ける。

「いずれにせよ私はこの目で一度見たかった。ラルフとアレックス、君たちがどういった鍛錬をしているのかを……」


 ラルフに顔を向け、言った。

「『暁の戦士』の重責、改めて大儀に思う。仲間を失ったいまもわが街の守護者として戦うお前には、感謝とともに心が痛む。そのうえ今回のわがままだ、本当にすまない」


 目を閉じたエドモントに、ラルフは応えた。

「お気遣いはいりません、陛下」


「そうか。うむ、わかった」

 エドモントは小さな声で言うと一度口をつぐむ。

 そうして今度は、アレクとセニアのほうを見た。


「アレックス、それから護衛のセニア。わがままな要求を呑んでくれたことに改めて感謝したい。そして、君はどうか一人前の守護者になってくれ」


「はい。頑張ります」


 エドモントはアレクを見て頬笑み、うなずいた。



 あとで知ったが、僕の魔術剣についてはラルフさんからすでに聞いていたらしい。鍛錬の動きをエドモントと尚書官は静かに観察していた。ひとしきり見て満足したのか、彼はお礼の言葉とともに続けた。

「では、私たちはそろそろ離れるとするよ。いちおう道草だからね。宰相に悪い」


 そう言うとエドモントは部屋を出ていった。尚書官も続く。

 遠のく足音と、彼らの声が聞こえる。


「行きましょう陛下」


「……はぁ爺、そろそろひとりで行動させてくれないか? 長い付き合いとはいえ、もう三四歳だよ。勘弁してほしいな」



 ひっそりとした鍛錬の部屋。

 ラルフは振り向く。

「よしアレク、続きをはじめるぞ」

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