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#050b 鍛錬

 中通りから大通りの街道を進んで、ある小道に入る。石畳が敷かれていない、土で固められただけのあぜ道(・・・)だ。草木が生え人影もない道をさらに歩き、今度は茂みにもぐりこむ。

 林のなかを三人で進み、やっと視界がひらけた。林を抜けたさきに広がるのは『エオスブルク城の城壁』。そびえる城壁には、縦に伸びた『細い亀裂』があった。


 ――ここはラルフさんから教わった、城に入る『秘密の出入り口』。正式な門から入城しようとした場合、どうしても大通りから目立ってしまう。それを避けるためだ。

 亀裂の幅は人ひとりがぎりぎり抜けられるほど。聞くにこの亀裂を知っている人間はごく一部で、長らく補修がされてこなかったものらしい。なぜ亀裂を知っているのか聞いたが、彼は何も言わなかった。

 城内に入る事になるのでロラには実体化を解いてもらう。亀裂の中へ身をよじりながら入って、セニアもその後につづく。抜けたさきは城壁内の小さな倉庫であり、亀裂を(たる)で隠したあと通路を進んだ。


 城壁の渡り廊下から天守内部に入り、ラルフが待つ塔へと向かう。特異点調査はすれ違う衛兵に気を付けつつ、廊下で行うことが多かった。また王のエドモントやラルフ側からは自由な行動を認められていたため、昨日は食堂や広間の特異点を探った。きょうの廊下は特異点が少ないようだ。


 廊下を進み、右の渡り廊下から階段をおりる。

 ラルフがいる塔に入った。

――

 ――


「おう! 待っていたぞアレク、セニア」

 共同部屋の扉を開けると、ラルフがいた。なぜか普段の服とは違う薄汚れた麻の服装、しかも炉の近くで金槌を握っている。そばには金床と赤く光る大剣が置いてあった。

 そういえば扉を開けるまえにカンカンと音がしていたような。


 ラルフは額にかいた汗を拭いて、歯を見せた。

「俺の『紅炎の剣』が、思いのほか(なま)っていたからな、修繕中だ。もう少し叩いたら磨きにうつる。スマンが鍛錬はちと待ってくれ」

 あとで聞いたが、ラルフさんの育ての親は鍛冶屋らしい。彼が愛用する大剣『紅炎の剣』はラルフさん自らが鍛造したものだそうだ。


 金槌で剣を叩きながら、ラルフは言った。

「俺が使う魔術はふたつ(・・・)。『ケロシン(灯油の主成分)』の溜め込み、それから物体を『発熱』させる能力だ。ケロシンは剣身の熱と着火装置のスパーク、そして崩壊現象により超高温の火柱に変わるんだ。俺の大剣、『紅炎の剣』の名前はそれが由来だ」


「ええっ、おかしくないですかラルフさん。『街の人が使える魔術は一種類』のはずですよね」


「……はぁ、魔術札でなんでもできるお前(アレク)が言うかそれを?」ラルフはあきれたように苦笑いをした。

「俺たち『暁の戦士たち』は二種類の魔術が使えることが売りだった。ただし魔術が使える武器は限られる。俺はこの紋様つきの大剣以外で、魔術は使えん」


「この剣だけ、ですか……」

 セニアが陰で袖を引っ張ってきた。同感だ、この剣は調べたほうがいいかもしれない。

 修繕を終えたラルフさんから剣をさわる許しをもらい、腕輪式の分析端末でこっそりとスキャンをしておいた。



 ――

――

 ラルフが木刀を片手で構えている。

「では始める。準備はいいか」


「はい。大丈夫です」

 木刀の柄を両手で握り締め、構えなおす。セニアは離れた場所からこの鍛錬を見ている。ちらりと視線を向けると、彼女はすこし不安そうに眉を寄せていた。

 バッグも魔術札もない。僕にあるのは、この木刀だけ。


「さあこい小僧!」

 ラルフの怒声を皮切りに『鍛錬』が始まった。


「はぁぁっ!」

 怒声に負けないぐらい、大声でラルフに木刀を振り落ろす。

 ラルフは片手の木刀で軽々と受ける。すぐさま押し返し、木刀を横にひと薙ぎ。

 アレクの胴に迫ってきた。


「……っ!」

 胴の守りが間に合う、ラルフの攻撃をとめた。

 そう思っていた。


「あ、」

 首筋に感じる、ラルフの木刀。

 胴を狙うあの動きは、首を無防備にするための騙し(・・)だった。



「これでお前は一度死んだ。相手の切っ先の動きは、最後まで見定めておけ」

 こんどは首の木刀が肩に叩きつけられる。


「いだっ……!」

 つぎの瞬間ラルフが迫っていた。懐に潜られ――

「うわぁぁ!」


 思いっきり投げ技をかけられた。



――

「ふぅ。いったん休憩だアレク。それにしても相変わらず(・・・・・)受け身はうまいな。体術は俺が教えなくてもよさそうだ」


「……はぁ。……きゅ、きゅうけい」

 やっとだされた休息に、その場に座り込んだ。


 ラルフさんが教える鍛錬の内容は、木刀の手合わせに投げ技など体術の実践だった。だがそれらはぜんぶ急で乱暴。もしもセニアから体術や受け身を仕込まれていなかったら……、考えるだけで恐ろしくなってくる。


 と、

「おい水だぞ」

 部屋の水差しから持ってきたのか、ラルフさんは水の入ったグラスを両手に持ち、片方を差しだしてきた。喉が渇いていると考えたのだろう。彼の考えは図星で、グラスを受け取りがぶ飲みした。


 汗を流しつつも涼しい顔で笑顔をみせているラルフさん。思い返せば、さすが歴戦の英雄なわけで、すべての動きに一切の無駄がない。

 これは成りゆき上の鍛錬だ。けれど僕が彼のようになるなんて、やはり無理な気がしていた。


「セニアも水どうだ。小僧の動きを見ているだけで、お前は喉が乾くだろうよ」

 ラルフはセニアに優しく笑みを向けた。


「……、ありがとうございます」

 セニアは受けとったグラスを一気に傾ける。どうやら僕の危なっかしい立ち回りに、肝を冷やしていたらしい。



 彼女の飲みっぷりにラルフは笑う。

 そうしてふたりが落ち着くのを確認した彼は、僕を見ると、深くため息をした。

「ああ、懐かしいよ。あのころも俺とヤツは水を飲み身体を癒していた。意外と時が経ったもんだな」


 ――あのころ(・・・・)? もしかして、

 へたり込む気分が飛ばされる。立ちあがった。

「ラルフさん、それって『最初のお弟子さん』のお話ですか」

 投げかけた問いにラルフは「ああ」とだけ答えた。

 一番弟子は当時、確か僕と近い年齢だったはず。僕を見て言ったという事は僕と弟子を重ねているのだろうか。


「……あの、あなたの一番弟子はどんな人物でしたか。まだ聞いたことがなくて」


「ほお、ヤツのことか。フッ」小さく吹きだすラルフは、壮年(三〇代)の歳よりも幾分か若くみえた。

「まっすぐな人物だよ。性格も剣術も、生き様も。ヤツは立派だ」

 言い切ると、ラルフはまるで昔を懐かしむように遠くを見ていた。


「お弟子さんに最近会われたりとかは?」


 一瞬ラルフの視線が揺れた気がした。

「……、いや。あいつは、いま遠いところで頑張っている」ラルフは続ける。

「ずいぶんと遠い、遠い場所だ。だが、そんなヤツが俺は誇らしい」


 ラルフの話を、僕もセニアもじっと聞いた。想像してみた。ラルフの鍛錬をうけた、立派な人物という一番弟子の事を。彼はきっとすごい戦士なんだろうと思う。

 そう考えると、心にはいっそうもやもやが募っていた。


「ラルフさん。こんな僕があなたの一番弟子のような、戦士になれるでしょうか。正直不安です」


「……ん、」ラルフは目を見開く。

 だけどそれは一瞬で、彼は愉快そうに笑った。

「わはは! なあにバツが悪そうな顔でいるんだ小僧。安心しろ、ヤツもな、当初はまあ弱かった。すぐバテたし、しかも時々涙目にもなっていたぐらいだ。それに、実はヤツよりお前のほうが筋がある。『商店の救世主』を続けるうちに体幹や洞察力が磨かれたんだろうよ。……だがな。お前には別の問題がある」


 急に眉根を寄せ、ラルフは厳しい顔つきになった。


「俺が訊くのもおかしいが、お前は何のために俺の鍛錬を必死で受けている。まさか単に呼ばれたからではないだろう。俺のもとに来る理由は、お前が求めているものはいったい何だ」


「……。求めている、もの」

 ラルフの追及に、口が閉じてしまった。

 僕が求めるものは、ラルフさんの後継者になる事でも、武器を握る事でもなくて、ミラージュの一員として城内の特異点を調査する事。鍛錬はそれを隠すのに好都合なだけだ。

 そんな事、言えるわけがない。


 困り果て、黙ったままでいると、ラルフは口をあけた。


「そうか、俺に答えたくないことか」沈んだ声色に変わる。

「ならばよい。お前の選択は尊重しよう。……だが、俺の鍛錬を生半可な気持ちで受けるのなら許さん」


 気まずい雰囲気になり、返す言葉が見つかない。

 と、

「……では小僧。提案だ」ラルフは続けた。

「お前は、強くなりたくはないか」



 ラルフは表情を和らげた。穏やかな口調だった。

「俺がお前とはじめて会ったとき、あの裏路地でお前は無力だったな。武術的なことではなく、背負う境遇についてだ。少なくとも俺の目にはそう映った。俺の剣術が力になれるかは解らん、だがお前には、できることはしたいと思っている」


「どうだ。俺の提案に乗る気はないか」


「……強くなる」

 裏路地で初めてラルフさんに会った頃を思い出す。あのとき、僕は母を失ってずっと自分を責めていた。いまはこの世界を守るために動いていている、でも根っこの部分は変わっていない。

 僕は母への罪滅ぼしのために、強くなりたかった。


 ――強くなる。

 背負ったものの意味とはすこし違う、だけどラルフさんが与えてくれる『それ』に何かの答えがある気がして。


「ラルフさん」彼に向き直った。

「僕を強くしてください。お願いします」


「よし。いいだろう」ラルフは穏やかに微笑んだ。

「お前に俺のすべてを教える。覚悟しておけ」



 隣のセニアが一歩引き、僕はふたたび木刀を握る。


「アレク、相手の動きを無理に見ようとするな。心を落ち着かせ身体が先に動くようになれ。では、いくぞ!」


 木刀がぶつかり合う音が部屋に響く。

 鍛錬は陽が落ちるまでつづいた。


◇関連話◇


 紅炎の剣、活躍シーン

(一章#07a 戦闘)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/7

(二章#034b 対決)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/62


 複数の魔術が使えるアレク

(二章#004b 博士の不器用な愛情)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/32



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『ケロシン』は様々な炭化水素の純物質が混ざりあった『混合物』です。

『紅炎の剣』が溜め込むのは、ケロシン内の『エネルギー密度が高い純物質』になります。


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