#047b 戦士ラルフ
――すでに死んでいる?
言葉の意味が、わからなかった。
「……どういう、ことですか」
エオスブルクの住人なら誰もが信じている。『暁の戦士たちは、いまも三人で街を守っている』と。
なのに、
「言ったとおりだアレク。街を守護する精鋭組織『暁の戦士たち』は、一年十ヶ月前に俺を残しふたりとも死んでいる。お前と初めて出会ったときは、すでにな」
「ほぼ二年前……。でも、」ラルフさんと初めて会ったとき、裏路地で、
「ラルフさんは『ふたりは別件で動いている』と言っていたじゃないですか! それに今年の『黎明日祭』は、戦士たち三人がパレードに」
「パレードの『三人』は影武者をかねた代役だ。そもそも俺たちは結成当時から、黎明日祭に参加したことがない」
「そんな……」
あこがれの存在だった人から突きつけられた『現実』。――『暁の戦士たち』は、ひとりしかいない。僕たち市民が見せられてきた、信じたことは、嘘だったのか。
ラルフはやさぐれたような嗤いをひとつして、腕をひろげた。
「……どうだ小僧。これが『暁の戦士たち』の実態だ。善良な街の人を騙しごまかし、俺はいまも街のヒーローであり続けている。幻滅したか?」
ようやく城に呼ばれた事情がわかってきた。
「だから、『後継者』ですか」
「ああ、そうだ」ラルフは続けた。
「お前の召喚はエオスブルク城主、エドモント陛下の一存で決められた。『暁の戦士たち』の力は対黒魔術団用にとどまらず諸外の侵攻を防ぐ歯止めにもなる。後を継ぐものが必要と、陛下は仰っていた」
ラルフは息をはくと、じっと僕を見据えた。
「これに拒否権はない。だがアレク、お前には一度きいておきたい。……真実を知ったいま、お前は俺の鍛錬を受ける気はあるか」
ラルフを、見つめ返す。
話を聞いて動揺はした。けど、僕はなんとしても果たしたい事があるんだ。そばにいるセニアの気配を感じながら、言った。
「鍛錬を受けます。はじめから決めていることですから」
「わかった。よろしく頼むぞ」
静かな間のあと、ラルフは裏路地で出会ったときと同じように穏やかな笑みを浮かべていた。僕と、そしてなぜか一瞬セニアもみながら。
「ラルフさん、僕知りたいのですが、……仲間のおふたりはなぜ死んだのですか」
問いにラルフは口をあける。
その内容は衝撃的だった。
「俺の仲間は『黒魔術団』が殺している。最後の仲間、雷斧使いのカーチスを殺したのは――『黒魔術団の娘』だ」
「……えっ!?」
思わず声がでてしまった。セニアを見ようとする首の動きをどうにか抑える。
まったくの初耳だ。セニアは過去にそんなことを……。
けど、となりにいる彼女に感じた気配は、どこか重たくて暗いような気がした。
ラルフは語りを続けた。
「俺たち三人はもともと流浪の戦士団だった。ある日、この街を訪れた際に城から呼ばれ、エドモント陛下に『対黒魔術団の戦士』になってほしいと直談判された。俺たちはそれを受け入れ『暁の戦士たち』に名をかえた。俺を含めた三人の姓ドーンは、陛下のミドルネームが由来だ。それだけ期待されていたわけだな――」
――暁の戦士たちは、リーダの『紅炎の剣士ラルフ』と、『雷斧使いのカーチス』、『音速の矢を操るオズワルド』の三人で構成されていた。個々の能力はもちろんのこと、お互いの連携は完璧。街を襲う『黒魔術団』を幾度となく蹴散らし追い詰める彼らは、市民も兵士も関係なくエオスブルクで知らぬ者はいない英雄となっていった。
だが、
「とある討伐任務で、オズワルドが死んだ。涼しい顔立ちの良い奴だったよ。その頃から俺たちは苦戦しはじめた。……とくに『黒魔術団の娘』にな」
オズワルドが殺される三ヶ月前に、突如現れた『黒魔術師の少女』。彼女の身体能力や攻撃は他のそれをはるかに凌駕しており、『黒魔術団の娘』ひとりの力で、戦士たちの形勢が逆転するほどだった。
そして、
「あれは、凍える雨の日だった。『黒魔術団の娘』にカーチスはやられた。豪快な奴だが、こと切れれば静かなもんだ。揺らしても何も言わん……」
ラルフはかすかに息を吸い、黒い瞳を閉じる。語りは続けられた。
――市民の混乱と外交を考え、エドモントの命で『暁の戦士たち』の真相には厳しいかん口令が敷かれた。だが二年のあいだに、城内や城下の衛兵たちはもうラルフを英雄だと思わなくなった。
『お荷物のお飾り』。衛兵たちはラルフを陰でそう呼ぶようになっていた。
「……だがな、俺は『暁の戦士たち』をやめる気はさらさらない。カーチスが死んだときに、俺は見たんだ。『黒魔術団の娘』が俺たちの目と鼻の先で立ちすくんでいたことと、あいつの表情を」彼が言う声は、なぜか優しかった。
「あいつは……、悲しんでいた。いや『虚しい』というのが近いかもしれん。やつらの特性上、顔立ちは思い出せない。が、顔に表れた表情は憶えていられる。あの娘は、殺しに成功したにもかかわらず、つらそうだった」
「不思議に思ったよ。仲間を殺された憎しみよりそちらの感情が上回っていた。戦いに必死で考えていなかったが、相手は年端もいかない小娘だ。『黒魔術団の娘』であるこいつは、いったいなにを抱え、なにを秘めながら人を殺してきたのか。……さらに謎は増える。以後奴らは攻勢を緩めたんだ。『暁の戦士たち』が壊滅し街の守りが弱体化したとたん、攻めにかかるどころか逆に穏便に行動しはじめた。まるでその状況を望んでいたかのように」
ラルフは、「これから言う話は秘密にしてくれ」と続け、視線を下げた。
「俺はあの娘と戦ううちに、情が芽生えた。どうしてお前は、つらいと思う役目を続けるのか。なにがお前を突き動かすのか。俺の仲間を殺し、街の兵や市民を殺し、自らも苦しみ傷つきながら走るお前はいったいなにを求めているのか。俺は知りたくなった」
「だからいまも、戦士を続けている。娘から答えを聞くために。それはおそらく黒魔術団の正体につながるものだろう。すでに衛兵たちからは俺が娘に手加減していると感づかれた。だが、俺の味方が誰ひとりいなくなったとしても、娘への情は貫くつもりだ。あいつに死は似合わない」
口角を上げるラルフは「言えてすっきりしたよ」と語りを終えた。
市民が知らない『暁の戦士たち』の真実、そしてラルフの覚悟。この人も孤独のなか戦い続けていたんだ――そう思った。
「まあ、こんな俺がいまさら『弟子』というのもヘンな話だが。陛下に言われては仕方ない。ではアレク、お前をどう鍛えるかだが――」懐から、一枚の紙きれを取りだした。
「この暦のしるしの日に、城にこい」
紙を受け取る。王に召喚されたからには城に滞在すると身構えていたが「城にこい」とはどういうわけだろうか。読むと、手作りの暦には幾つか丸印が付けられている。
だが、
なんだこれは。
「……えぇ!? おかしいですラルフさん。しるしが少なすぎますよ。次の鍛錬は……五日後!?」
鍛錬日は歯抜けを超えたスカスカ状態。後継者を育てるための日程とは、到底思えない内容にみえる。
しかしラルフは余裕の顔なのだ。そのうえ「アレク、胸に手をあてて考えてみろ」とまで言われた。
「本来は保護したほうがいい。お前の召喚も鍛錬も極秘中の極秘、この話が城下に漏れてはいかん。……だというのに、お前は有名人らしいな。素性を調べたぞ『商店の救世主』。俺にも使ってくれたあの魔術札は、たしかによいものだ。お前の人当たりのよさも好かれる理由だろう」声を大きくした。
「お前が急にいなくなれば街の住人が騒ぎかねん。騒ぎがきっかけとなり諸々の秘密がバレる可能性さえある。この場合、事態を防ぐにはお前が忍んで城内に通うのが一番だ。わかっているだろうが他言は禁ずる」
「ですが、こんなに少ない鍛錬日で僕が強くなるのは到底……」
「フッ、安心しろ小僧。前例はある」ラルフは小さく笑った。
「実はな、俺が『弟子』をとったのはお前で二人目だ。最初の弟子もお前と変わらん歳だったし、鍛錬日数もこれぐらい。だがあいつは見違えるほど強くなった。お前もできるはずだ」
「え、もう『弟子』はいたんですか!?」
いっそうおかしな話に思えてきた。すでに弟子がいるのならその人物に後継者を頼めばいいじゃないか。……あっ、でも女神エオスの神託と関係しているから僕が選ばれたのか? 余計に頭がこんがらがってくる。
ラルフは懐かしむような表情をしていた。おもむろに近寄り、僕の肩に手をのせてきた。
「俺の鍛錬はきついからな、覚悟しておけよ小僧! わははは」
笑うラルフ。特異点調査もあるのに僕は彼の鍛錬に耐えられるのか、はたまた期待に応えられるのか。抱いていた自信がだんだん曇ってきて、心配になってきた。
そんなとき、
ラルフは、視線をとなりに向けた。
「ん? どうした、セニア。顔色がよくないが」
セニアのほうを見る、やはりラルフの仲間を殺したことは事実らしい。沈んだ表情だった彼女は、すぐに感情を隠しラルフを見据えた。
「いえ、特にありません。どうかお気になさらず」
「気のせいに思えないがな。……なあセニア、話したいことがあれば、言ってくれ」
部屋にうまれた沈黙。短いようにも、あるいは長いようにも。
セニアはラルフから目をそらし、また戻すを二度繰り返す。そうして、目を泳がす行為をやめた彼女は、おそらくあの雨の日と同じような、虚しい顔をみせていた。
「……。あなたはわたしを見て、その娘とわたしを厭でも重ね合わせたりはしませんか?」セニアは、ラルフを見据え続けていた。
「あなたの仲間を殺した娘は、きっとわたしに近い年齢と思います。もしわたしを見ることで当時を思いかえしてしまうなら、あなたの、心の傷を抉ってしまうのなら……、わたしは、今後城には――」
「セニア。聞け」
ラルフの声は、優しかった。
「俺が知る『黒魔術団の娘』はな、いつも悲しげだった。孤独を抱え、つらい気持ちを抑えつけ『なにか』を捜していた。……俺はきょうお前と会っただけだが、セニア、お前の表情はとても豊かだ。いまを生きている、輝いていると俺は感じた」
「だから、ここにいるお前は、あの『黒魔術団の娘』じゃない。セニア、お前は自由に生きろ」
セニアは一瞬目を見ひらくが、黒魔術団の顔は憶えられない事を思い出したのだろう。
ラルフに応えた。
「は、はい。わたしはこれからも、アレクと行動します」
「うむ。いいだろう」僕とセニアを見て口元を和らげる。ラルフは言葉を続けた。
「では始めようかアレク、『善はいそげ』だ。まずは――」
ラルフの声かけとともに、鍛錬の初日が始まったのだった。
◇◇◇
――
――四〇三号室。鍛錬が終わり、帰宅後にセニアの世界を訪れていた。ラルフに今回教わったのは、今後使う木刀の構え方ぐらい。こんなにゆっくりで大丈夫だろうか。
いや、考えるのをよそう。いま知りたいことは、
「……セニア。ラルフさんと一体なにがあったのさ」
「……ごめんなさい。あなたには、はやく言うべきだった。あなたの反応がこわくて、言えなかったの。ごめんなさい」
「アレク、私からも謝る。君と剣士の関係性を軽視していた」
頭を下げるハワード。部屋にはセニアだけでなく、司令官のハワードと技師のマヤもいた。
ハワードは言葉を続けた。
「私から説明させてくれ。セニアは、十四歳のころに『暁の戦士たち』と呼ばれている『防衛特化型ボイドノイド』を一体抹消している。これは司令官である私が命じたことだ」
ハワードが事の経緯を教えてくれた。
いまから二年と一ヶ月前――潜入調査組織ミラージュがボイドへ任務を続けるさなか、六次遷移を迎えたボイドは変異をおこしていた。
突然現れた三体のボイドノイド。彼らは既存の衛兵を遥かにしのぐ攻撃力と特殊な魔術能力をもち、準備をしていなかったミラージュ側に隊員二名死亡の痛手を負わせる。
――『防衛特化型ボイドノイド』。ミラージュは彼らをそう呼称した。ボイド世界へ介入行為をし続けた結果、ボイドが防御システムを強化したと捉えたのだ。
「初遭遇時の苦戦を思い出すと恐ろしいよ。脅威だった。彼らが立ちはだかり続けるなら、特異点調査は困難になる。しかし明確な被害をうけても私は彼らの抹消を戸惑い続けた。ボイド世界で、英雄という重要な位置付けだった彼らを消すことは、遷移事象の引き金になりかねない。……私は隊員やセニアに対して、けん制しつつ逃げろとしか言えなかった」
言葉を切るハワードは、いちど息を吐き、語りを再開した。
『調査をできないミラージュに利用価値はない』。VRAの上層部はいっそうミラージュに圧力を加えはじめる。
そんなとき、
「偶然ある隊員が、相討ちという形で『弓使い』を倒してしまった。背筋が凍ったよ、これでまた遷移がおきてオーロラが死に近づく、と。……だがしかし、遷移がおきる兆しはない。これが示すことは『防衛特化型ボイドノイド』の抹消行為、つまり彼らの死は、ボイドの遷移と直結しない可能性があるということだ」
当時VRA局長補佐だったルイ・フルトマンはこれを知り、ハワードに対し『暁の戦士たち』こと『防衛特化型ボイドノイド』を一掃するよう命じた。ルイにとってミラージュという組織は潰したい存在。だが、彼が提唱する『ボイド破壊システム』を完成させるためには、ミラージュ隊員が得るボイドのデータが必要だ。
――データを得るために邪魔者を消せ。渋るハワードはルイと話し合いをかさね、結局は『防衛特化型ボイドノイド』をもう一体だけ、消すことを受け入れた。
『特化型』の戦闘パターンを分析し対策を済ませたミラージュは、『暁の戦士たち』を打ちのめしはじめる。特にセニアの戦いぶりに、暁の戦士たちは次第に追いつめられていった。
そして、
「『特化型』が現れて三ヵ月後。セニアはついに、斧使いのボイドノイドの抹消に成功した。これで『特化型』は剣士ひとり。脅威は去った」
その後のミラージュは、ラルフや衛兵たちから身を隠しつつ特異点を調査する方針にもどす。そして、ラルフと戦う際は彼を殺さず、深手も負わせない方針をとるようになった。
――話を聞いて、ラルフさんと初めて出会った裏路地の光景を思いだす。
そうだ、あのときラルフさんがセニアに切られた腕は、利き腕の左ではなく右腕。「あれは、わざとだ」と言ったラルフさんの真意がようやくわかった。
ハワードは視線を下げた。
「これが、セニアとラルフの関係だ。伝えることをせず、申し訳なかった」
「ハワードさん、どうか謝らないでください。僕は大丈夫です。セニアも、ね」
暗い顔のセニアにも、『大丈夫だ』という意味の笑みをおくった。
街の英雄がすでに死亡しているという現実。はじめは戸惑うしかない出来事だったけど、双方になにが起きたのか、事情とかが理解できて、不思議とマイナスな感情は解けていた。
「だから、気にしなくていいよセニア」
セニアはゆっくり、うなずいてくれた。
彼女もラルフと同じくつらかったのだ。自分とおなじ孤独を、敵とはいえ与えてしまった事、それを僕に打ち明けられず迷い続けた事も。
彼女に肩入れしてしまう。やっぱり僕はセニアが好きなんだ。そう思えた。
――でも亡くなった戦士ふたりはどんな人物だったのだろう、一度は会ってみたかったな。
……あ、そういえば。
「ちょとマヤ。いいかな?」呼び捨てにも慣れてきたマヤに尋ねた。
とある事を知るために。
「ボイドノイドが抹消された場合、遷移が過ぎたあとでエオスブルクに再発現することがあるんだよね。……もしや、彼らはすでに再発現をしていないかな?」
話を聞いたマヤは、目を見開いた。
「ほおナルホド! たしかにあり得るね。……ちょっと待ってて、『特化型の三人』の識別データは、と」
マヤがコンソールデスクに駆けていき、デスクを操作し始めた。抹消した戦士ふたりのデータを見つけ、『データベースから検索中』の文字が画面に表示される。
死んだふたりの戦士が、もしもいまの街に『生まれ変わって』住んでいるとしたら……。
彼らに当時の記憶がないにしても、会ってみたい気持ちが、興味があったのだ。
「――おおっ! でたよアレク」マヤがにっこりと画面を見せてきた。
「キミの言うとおりだ。ふたりのうち、ひとりが再発現してる! 『斧使い』の彼は、抹消時とほとんど変わっていないみたいだ」
デスクには、一人の男性が映っていた。がっしりとした体格と鋭い目つき。画像は戦闘のさなかに撮られたものらしく、彼の武器、鎖が垂れた大斧を握り締めていた。この人が『雷斧使いのカーチス』なのか――
……ん? まてよ。この顔、どこかでみたような。
恰幅の良い体つきも、豪快そうな雰囲気もどこかで、
マヤが話を続けている。
「所在地も調べた。このひと、日中はココにいるみたい」
街の地図がズームした。そうして青い点が置かれた場所は、中通りの――
「……ここは、八百屋のおじさんのお店が……。えっ、まさか!?」
――
――現実世界でアレクが唖然とするなか、八百屋を営むある男は、豪快なくしゃみを一つした。
◇関連話◇
『暁の戦士たち』
(一章#08a 暁の戦士)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/8
ラルフとセニアの過去
(二章#010b 少女の記憶)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/38
ミラージュのことについて
ボイドへの介入を控えることについて
(一章#15a 極光の回廊 Ⅰ. AURORA)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/15
(一章#16a 極光の回廊 Ⅱ. Void)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/16
おじさん
(一章#01a 暁の街と少年)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/1
(一章#18a 〜魔術札〜)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/18
(二章#039b 暁の街とセニア)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/67





