#046b 廊下
空気が凍った――そんな気がした。
ラルフは鋭い眼光をセニアへ注いでいる。『敵をみつけた』ような形相で。
ボイドノイドは、ミラージュ隊員――黒魔術団の顔を憶えられない、
はずなのに。
無言を貫くセニアも驚きを隠せていない。怯えているようにも。
ここは城内だ。もし彼女が黒魔術団とバレてしまったら……。急いでラルフに声をかける。ふたりの間に割り込んだ。
「ラルフさん! 彼女ともなかよくしてください。彼女は、僕の大切な『友だち』です!」
僕とセニアの関係性を言えば収まる、そう考えて――
とっさにセニアの右手を、握っていた。
……なんというか。別の意味で『空気がとまった』気がする。恐る恐るセニアをみると、彼女は耳を赤くしていた。
声を裏返らせる。
「ちょ、ちょっとアレク……! 恥ずかしいから」
ぎこちなく眉根を寄せて、色白の頬を紅に染めたセニア。勢いとはいえ、こっちもどんどん恥ずかしさがこみ上げてくる。最後はしどろもどろに「ごめん」と謝り、握った手を離した。
一応はできることをしたつもりだ。ラルフの反応は、
しずかに口をひらいた。
「娘、名前は」
「セニア、です」
「……『セニア』か。なるほど」ラルフは、表情を和らげた。
「うむ、俺の記憶違いだったようだ。これからよろしく頼むぞセニア」
ラルフの笑顔に、心のなかで胸をなでおろしていた。
謁見の間をはなれ、ラルフのあとを付いていく。謁見の際に進んだ廊下は来訪者用だったようで、いま歩く廊下は石材がむきだしだ。年数を経て、石壁はどれもつるつるとしていた。三人分の足音が小さく響いている。城の潜入はいまのところ順調だ。
向かうさきは『暁の戦士たち』の共同部屋だと、ラルフから聞かされた。
ラルフが歩く後ろで、こっそりセニアと目を見合わせる。セニアはうなずき目をつむった。ミラージュ側と通信をするために。
チャンネルがアレクと共有される。
聞こえてきた声はハワードだ。
〔無事に城内へ潜入できたようだな。セニア、そしてアレク、姿を消しているオーロラも返答はしなくてよい。こちらで動きはモニタリングしている。マヤ博士に代わろう〕
マヤの声に切り替わった。普段よりも元気な気がする。
〔みんな潜入おめでとう! キミたちに良いニュースだよ〕マヤは続けた。
〔城内ですでに特異点が発生してる。しかも数が異常に多いんだ。ざっと調べて、なんと二五個もある! 遷移が続いた影響か、これまで詳しくスキャンできなかった城内特有の現象かはわからないけど、これはビンゴだよ! エオスブルク城にはやはり何かがあるんだ。頑張ってね!〕
特異点が二五個も……! 城下とは比べものにならない数だ。城内の調査に期待が膨らむ。
と、
「喋らないのか? ふたりとも」前を向いたままラルフが話しかけてきた。
「アレク、どうした」
「あ、いえ。すみません」
「まさか、おまえが『選ばれし者』だったとはな……。ふっ、おもしろい巡りあわせだ」
ラルフは小さく笑い、「縁があるな」とつけ加えた。
路地裏で僕の窮地を救ってくれたころを思い出す。互いの立場は途方もなく変わってしまったけど、ラルフさんはあのときと同じ態度で接してくれていた。
「ラルフさん、これからもよろしくお願いします」
「ああ。だが鍛錬は容赦しない」ラルフはいちど言葉を区切り、また話しかけてきた。今度はセニアに。
「娘、セニアだったな。さきほどは睨んですまない。彼の護衛役、俺からもよろしく頼む」
「はい。わたしにお任せください」
「もっとくだけた言いかたでいいぞ。長い付き合いに、なるだろうからな」
ラルフは、ふたたび無言になる。廊下は足音のみが鳴り続ける空間に戻っていた。
沈黙がもどかしい。ラルフさんと話せること、なにかあるだろうか。
ひとつ、思い浮かんだ。
前々から心の隅で気にしていたこと。
「あの、ラルフさん。暁の戦士たちは三人編成でしたよね。『ほかの二人』は部屋で待ってみえるのでしょうか? 僕はまだ、彼らの姿を、みたことが――」
ラルフは、足をとめた。
「……ラルフ、さん?」
まるで棒立ちのように、足音も消えた廊下でラルフは言った。
「まずは部屋に着いてからだ。……いくぞ」
背を向けたまま歩きだすラルフに、付いていくしかなかった。
――
――
城内の階段や渡り廊下を過ぎとある塔に入る。両開きの扉のまえで、ラルフは立ちどまった。
「この先が俺たち『暁の戦士たち』の共同部屋だ。俺専用のスペースもある。散らかっているから、すこし待っていてくれ」
ラルフが部屋に入り扉を閉めた。共同部屋は奥に広いようで、整頓中にもかかわらず彼の気配を扉越しに感じなくなった。
二分ほど経過しただろうか、ラルフはまだこない。
セニアに言った。
「時間、かかりそうだね」
「そのようね」
「……セニア、一番近い特異点はどこ」
「調べてみる」隠し持っていたマッピング端末をひらいた。
「ええと、北に七・八ヤード(約七メートル)。……近いわね。あの曲がり角付近にあるのかも」
端末が指し示す場所は目と鼻のさき、廊下の丁字路だ。
互いに顔を見合わせ、うなずく。
決めた。
「いまのうちに特異点を調べておこう。僕はラルフさんがきたときに備えて、ここを動かないでおく」
「了解。できるかぎりはやく済ませるから」
セニアは足音をたてず丁字路に向かう。今回はロラの衛兵探知の支援が得られないため、丁字路で左右の安全を確認し、曲がり角に消えていった。
両開きの扉のまえでラルフを待つ。もしかすると、部屋にはすでに『暁の戦士たち』全員がいるのかもしれない。ラルフさんの仲間は一体どんな人たちだろう。楽しみだ。
……けど、それにしてはやはり静か過ぎな気もする。
――そんなとき、
「おい」横からの声に振り向く。
いたのは城内警備の衛兵がふたり。これは予想外だ。
詰め寄ってきた。
「……貴様、どうやってここに侵入した? 城門の警備は厳重なはず。何者だ」
「……えっ? いや僕は、王様の召喚をうけてここに」
「召喚だと? そのような話、我々は聞いていない。嘘をつくな」
彼らの表情は真剣そのもので、本当のことを言っているとしか思えない。
おかしい。なぜ『城の人間が召喚を知らない』のか。……まさか城の王や高官たちは、召喚自体を隠しているのか?
衛兵が声を荒らげる。
「市民が警備をすり抜けられるはずがない。貴様、どこの間諜か! 神妙にしろ」
と、
「まったく騒々しい、何ごとだ」
扉を半分開け、ラルフがやってきた。
衛兵たちは現れたラルフに驚いていた。敬礼をしたのち口をあける。
「申し訳ありませんラルフ卿。この、間諜らしき者をいま連行しようと」
「連行? ああ、なるほど」ラルフは、にやりと白い歯をみせた。
「この小僧のことか。安心しろ、あとでお前たちも聞かされるだろうがコイツは俺の『弟子』だ。エドモント陛下のご判断でもある。解放してやってくれ」
「……『弟子』でありますか。かしこまりました」
衛兵たちは僕のそばから離れた。ラルフは彼らの労をねぎらいつつ、城の警備について会話を続けている。
――ラルフさんの弟子。いまさらながら実感がわきはじめていた。
話も終わり、ラルフに敬礼した衛兵たちが廊下を歩いていく。
が、彼らの小声が、聞こえてしまった。
「……はぁ、これも口外禁止事項か? 勘弁してくれよ、あの『お飾り』め」もうひとりも言った。
「同感。静かに去れってもんだ。陛下の存在を盾にして偉そうに……」
――街の憧れの存在が『お飾り』?
衛兵たちはそのまま、丁字路を左に消えた。
ラルフには聞こえていなかったらしい。話しかけてきた。
「あらかた整頓は済んだぞ。ん、どうしたアレク。あとセニアもいないが」
しまった。
「あ、えっと。彼女は」
「ここに居ますけど」
ラルフの背後、死角になる場所にセニアは立っていた。澄ました表情から、誰にも見つからずに調査を終えられたようだ。
――
――
ラルフが両開きの扉を開ける。
彼と一緒に部屋に入ると、やはり部屋は奥に広い構造だった。石壁がむきだしの壁や床、小さな半円窓が等間隔に六つ。少し高めの天井によって、足音も響いている気がする。壁の隅に目をやれば、防具やら弓やら、斧が立て掛けてある。
左奥には暖炉……いや、暖炉にしては若干部屋へ飛び出しているし姿も無骨だ。それに周りには金床と金槌。
これは鍛冶の炉なのか。
「まさに、殺風景だろう」皮肉っぽくラルフは言った。
「鍛錬の場はここにする。いまのうちに部屋に慣れてくれ」
「はい。……あれ?」部屋を見わたす。
ラルフの仲間。『暁の戦士』二人は、どこにもいなかった。
「……ラルフ、さん。あなたのお仲間は」
ラルフは、口を閉ざす。
そしてもう一度言葉をつむいだ彼は、
悲しげだった。
「『暁の戦士たち』は俺ひとりだ。ほかの戦士は、すでに死んでいる」
◇関連話◇
ラルフは『お飾り』
(二章#021b Different angle)
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