#045b エオスブルク城
次の日、召喚当日。
自宅にふたたび使者が訪ねてきた。
「アレックス、準備はできたか」
「はい。あの、使者さま」アレクは使者に言った。
「書類の契約文を読みました。『護衛をひとりつける』と、書かれていますよね」
「そのとおりだが?」
「僕の知人に『腕のたつ人物』がいます。彼女を、護衛者として同伴させていただけないでしょうか」
――
――
城に向かうため、大通りを進んでいく。同伴者はもちろんセニア。使者を含めた城の関係者三人はなぜか、僕たちから大きく距離をとり前後を歩いていた。まるで無関係を装っているような光景だ。
きのう、使者が城への召喚を伝えてきたあと、急いで二〇九四年の世界へ飛びこの事をミラージュ全体に伝えた。そして一日しかない猶予をギリギリまで使い、準備を済ませたのだった。
いまのセニアは、カーキ色をした片マント姿。使者に伝えた素性は『防具屋のツテで知った、同い年の若年戦士』。
街でアレクが仲介したミラージュ隊員は、ボイドノイドから敵対視されない。さらに素性を偽りやすい事もわかっていた。手伝いの仕事で関係があった防具屋に、セニアの素性をいわば『すり込ませ』、この同伴を実現させた。
となりを歩くセニアが口をひらいた。
「アレク、緊張はしてない」
「うん。すこし、ね」歩きながら話した。
「でもセニアがいると、なんだか安心するんだ。サポートを頼むよ」
「あ、ありがとう……」
セニアの言葉じりがしぼんだような気がした。
彼女が言うとおり、緊張はもちろん不安さえもある。けど覚悟は決めたんだ。僕の街――エオスブルクことボイドと、現実世界がともに生きていける世界をつくる。ロラことAIオーロラを消滅させないために、ボイド世界の謎を解く。何がなんでも城内に入ってみせる。
ロラのボイド介入が進んだおかげで、探知や分析の能力は向上を続けている。腕につけている分析端末もマヤが自慢する新型。ロラの分析支援は、城内に『女神』が現れるとやっかいなので、実体化をせずに行なわれる。コミュニケーションをとるのは厳しそうだ。
歩きながら横を向くと、小高い丘に真っ白なエオスブルク城がみえる。現在のボイドは西暦一三〇〇年後半から一四〇〇年代相当。以前より城は高いうえ屋根はさらに尖った。ロマネスク様式の建造物は街から完全に消え、ゴシック様式へと移り変わっていた。
城を眺めるうちに、唯一気がかりな『あの人』の姿が思い浮かんだ。
「……ラルフさん、もしかして城内で待っているのかな」
「……。アレク、あなたに伝えないといけないことがあるの。はやく言うべきだったのに」
「えっ?」
セニアは、重い表情をしていた。
「じつはわたし、ラルフの――」
「ふたりとも、そこでとまれ」気付けば、前を歩いていた城の関係者がそばに来ていた。
「君らには、変装をしてもらう。我々とおなじコートを羽織れ。コートは路地の仲間が持っている、行くぞ」
「は、はい」
どうも変だ。あまりの慎重さに疑問を感じた。なぜそこまでして、僕たちが城に入ることを人々に知られたくないのだろうか。
――
――
渡されたコートを羽織り、大通りから丘へ向かう道に逸れる。いよいよ迫った『街の顔』を見あげながら進んでいく。二箇所の関所と堀を過ぎ、ついにエオスブルク城の正門をくぐった。
城内は少しひんやりとしていた。石組みの空間を、引率の兵や使者たちに囲まれながら歩く。
ここは天守内のある廊下。白い石の柱が等間隔に並んでおり、磨かれた床には紅の絨毯が敷かれている。だがその優雅な光景に反して、場の空気は張り詰めていた。
心の奥底からじわじわと緊張が高まっていく。横目でセニアを見ると、彼女もどことなく引き締まっているように思えた。
引率者たちの足がとまる。前には装飾が彫られた両開きのドア。
「ここだ、さあ入るぞ」
兵のひとりが、ドアを開けた。
――そこは『謁見の間』。扇形をした広間は赤や金、白色に彩られており、豪華絢爛な景色に思わず圧倒されてしまう。奥には紅色の階段、その上に王の威厳を示す『玉座』が置かれていた。広間にはすでに複数の人物たちがいる。きらびやかな服装をみるに、城の高官たちだ。そして想像通り、『暁の戦士たち』のラルフもいる。となりには裏路地でみかけた『衛兵長』も。
だが、なぜか玉座に王がいない。名前はたしか『エドモント陛下』。八次遷移後当時(アレクがいたボイド世界)は、王の名前など城に関係する事はあやふやだった。高官たちは空席の玉座のそばで待機する格好だ。
となりのセニアはラルフを注視している。僕以外のボイドノイドはセニアの顔を憶えられない。
だから大丈夫、のはず。
衛兵が声を張った。
「失礼いたします。『アレックス少年』を連れてまいりました。宰相さま、護衛者も謁見させるほうがよいでしょうか」
「うむ」宰相とよばれた男が言った。
「ふたりとも、陛下が御なりになるまでしばし待つように」
「わ、わかりました」
おもわず言葉が閊えてしまった。
セニアとともに王を待つ。エドモント陛下とはいったいどんな人物だろうか。
待ち時間が長く感じる。こっそり周り見た。宰相とよばれた男が、小声でほかの高官と話していた。
「まだ陛下はお越しにならないのか」
「ええ。もう暫くかかるやも知れませんね」
「尚書官は、……まあいつもどおり陛下と一緒か。陛下には、よりいっそうお急ぎになられてほしいものだ」
と、
「お伝えいたします」衛兵が宰相のそばにやってきた。
「エドモント陛下、まもなくご到着なされます。準備を」
――
――
厳かな雰囲気に変わった謁見の間に、人物の靴音が鳴った。高官たちは背筋を伸ばした敬礼の姿勢。アレクとセニアは事前に指示されたとおり、片ひざをつき頭を下げていた。
人物は赤い階段をのぼる。そして玉座へと腰をおろした。
「私の召喚に応じてくれてありがとう。きみがアレックスかな、黒髪の」
「えっ、」
意外だった。想像よりも優しい声色。王という立場や、まわりの雰囲気からもっと威圧的な人物を考えていた。思わず顔をあげてしまう。
王冠をかぶり玉座に座る人物は、三〇歳代のすらりとした優男だった。
「こら! 陛下の許しなく面をあげるでない」
怒鳴る宰相に、暁の街の王――エドモントは手のひらを向け制止させる。
アレクに顔を向けなおした。
「大丈夫だ。どうか立って楽にしてほしい。となりのひとも」
彼の言うとおりに、セニアと立ちあがる。エドモントは頬笑んだ。
「あらためて自己紹介しよう。私がエオスブルク城の城主、エドモント・ドーン・エオスブルクだ。よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします」
――ミドルネームがラルフさんの苗字と同じだ。不思議に感じたが、考える暇もなくエドモントは続ける。
「アレックス、きみは『あの神託』を聖堂で聴いていただろう。われわれは、きみこそが『エオスさまの神託にあたる、選ばれし者』と考えている。そこでだ」
しかし、エドモントの言葉を遮った者がいた。宰相だった。
「陛下、無礼を承知でいまいちど申しあげます。やはり外部の人間を城に入れるのは、おやめになったほうが」
「まあまあ宰相よ、落ち着きなさいな」エドモントと同伴だった背の低い老人、『尚書官』がしゃがれた声をだした。
「そちらが言うこともわかりますがな、ここは余裕をもって彼らを引き入れてはどうかね。もっと心をひろく」
「尚書官、あなたもはじめは召喚に否定的であったはず。なにゆえ」
「わしはただ陛下の意向に沿うまでで。ほう、あのとき、わしはそんなことを喋っておりましたか?」
「……ぐ、この」
「宰相も爺もやめてくれ」エドモントがふたりをとめた。
「宰相、私の一存で決めたことはすまないと思っている。だが信じてほしいんだ。かならず、万事うまくいく」
宰相はすこしのあいだ言葉を詰まらせたあと、お辞儀をして引きさがった。
「うむ。では話を戻そうアレックス」穏やかな眼差しが力強いものに変わった気がした。
「きみには、『暁の戦士たち』の後継者となってほしいんだ。鍛錬は城でおこなう。エオスさまが『明確にきみを指し示す』よりまえに一人前の戦士になり、この街を守護してほしい。……急にこんな願いを伝えてしまったが、どうか受け入れてはくれないか」
エドモントは、じっと返事を待っていた。
――精鋭の四人『暁の戦士たち』の、後継者になれ。
動揺した。ラルフを含めた彼らは、街を守護する者たちの頂点で市民のあこがれ。そんな重責が僕に務まるなんて、どう考えても絶対に無理だ。さらに疑問も残ってしまう。
どうして、『暁の戦士たち』の後継者が必要なんだ。彼らはそこまでの年齢ではないはず。
けど返事は決めている。この世界の謎を、解くために――
「はい。僕に、その務めを果たさせてください。鍛錬に励みます」
「おお、ありがとう嬉しいよ。突然のことだから断られかねんと憂いていた。さすがエオスさまが選ぼうとした人物だな」
エドモントは朗らかに笑んでいた。
「ならば話ははやい。きみの管理をラルフ卿に一任する。どうか励んでくれ」エドモントはラルフをみた。
「ラルフ、頼むぞ」
「お任せください。エドモント陛下」
ラルフはひざを曲げ、深くお辞儀をした。僕とラルフさんは面識がある。いまの僕に、なにを思っているのだろう。
エドモントは小さく息をはいた。
「では、謁見を終わりとする。ふたりともラルフ卿についていってくれ」
「わかりました」
見ようみまねでお辞儀をして、セニアと一緒にラルフのほうへ行こうとした。
すると、
「そうだ言い忘れていたよ、護衛者のきみ。少女の護衛者とは珍しい。きみの活躍も期待している。もしもの際は彼を守ってやってくれ」
「はっ、はい」
セニアはぎこちなく返事をした。
周りの視線が彼女に向けらた。できるかぎり目立たないようにしていたセニアにとって、これは好ましくない。
ふたりでラルフのそばに行った。しかし彼の表情は険しい。それは、裏路地で会った少年が『選ばれしもの』だったからなのか、
それとも……。
「ラルフさん。あの、よろしくお願い――」
「なあ『護衛者の娘』よ」ラルフはセニアを睨み、なにかを疑うように顔を寄せた。
「おまえ、どこかで俺と会わなかったか?」
◇関連話◇
アレクが仲介すると隊員は敵対視されない
(二章#039b 暁の街とセニア)
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(一章#02a 遭遇)
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