#044b 神託の行方
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投稿を再開いたします。
前話とつながりがありますので、もしよければ『二章#043b 突破口は』を参照いただけますと幸いです。
「んなああぁぁ――!!」
厳かな聖堂に、立ち上がった少年の叫び声がこだました。
『女神』の言葉に耳を傾けていた人々たちがみな一斉にアレクを見る。礼拝にきた人も司祭たちも。その面持ちは、驚きよりむしろ不機嫌。
わずかな沈黙が過ぎて、ひとりの司祭が凄まじい剣幕で迫ってきた。唇は震えている。
「おいそこの少年! 暁の女神エオスさまの前だぞ、静粛になれ! 大切なご神託が聞けぬではないか!」
「だ……ダメ、です!」
「『ダメ』? ダメとはどういう」
「え、えっと」司祭のほうへ顔は向けつつ、目線はロラに据えながら言った。彼女はキョトンと首をかしげている。
「じつは僕、正午にだいじなお仕事の予定とかが。でもうっかり、忘れていて……」
「なにが言いたい!」
「……。このまま流れに任せていたら『僕は街で仕事ができなくなっちゃうな』と」
――ロラ、どうか察してくれ。彼女を見つめながら願った。
確かにエオスブルク城に潜入するために、僕が特別な存在――『女神に選ばれし者』になる方法もあるだろう。逆に城のほうから招きが来るぐらいだ。けど、それはつまり市民から『注目の的』になる事でもある。
これまでセニアたちと活動ができたのは、市民に目立たないようこっそりと秘密裏に動いてきたから。さらに調査とは関係ない、僕自身の生活もある。
目立つのは避けたい。いちど実行したら元には戻せない事を、したくなかった。まさかロラはこの問題に気づいていないのか。
司祭はというと「女神さまになんたる無礼か」と言い続けていた。
ロラ――女神が司祭に顔を向けた。
「司祭、落ち着きなさい。気にやむことはありませんよ」
「はっ、エオスさま」
エコーのこもった声に司祭は素直に従った。聖堂内もようやく落ちつく。
目を閉じたロラはコホンと咳払い。なにか思いついたのか、瞼がひらく。
「えーと、皆さま。さきほどの『選ばれし者』については……」苦笑いをした。
「まだ、『お伝えしなくともよい』でしょう。時間は充分にあります」
「ではまた、お逢いましょう――」
女神役のロラが、聖堂から消え去った。
周りがざわつき始めた。
「……おい、どういうことだ」
「エオスさまが帰ってしまったわ」
席に座る人々も、司祭たちも動揺を隠せない。『女神』から神託が下るかと思えば言葉を濁され、さらに礼拝の機会なく消えてしまったのだ。
聖堂の最高位、大司祭がなんとか場を鎮めた。今回の礼拝は取りやめ、礼拝者は去るよう伝えられた。
聖堂を出る人々に紛れながらこっそり門を抜ける。幸いなことに聖堂に顔見知りはいなかった。だが、背後に気配を感じる。念のため脇道に入り、ひと目の付かない場所でダイブアウトした。
――
――アレクの自宅に、アレクやセニアを含むメンバー全員が集まった。ロラことAIオーロラもワンピース姿でその場にいる。
端末のハワードが、口火を切った。
〔……状況はアレクから聞いている。オーロラ〕
「申し訳ありませんでしたハワード司令官。わたくしの、現状認識や想定に大きな誤りがありました。あらためてお詫びします」
セニアも言った。
「お願いロラ。わたしたちも話し合いをして、……それで結局は決まらなかったのだけれど。けどね、勝手に動くのはやめて」
「承知、します」
しゅんとするロラ。聞くと、やはり街の人の視線が自らの発言でどう変わるのか、完全に理解していなかったようだ。
「遷移事象も続き、ボイドノイドたちの営みがさらに学びやすくなったうえ、学習成果も蓄積されていましたので……。いっそう習得に努めます」
「キャップ。私は、オーロラの意見は捨てがたいと思います」ケネスが言った。
「同様のリスクが頭をよぎり言えませんでしたが、私も同じことを考えていました。強引に潜入するより、まずは『城のほうから招いてもらう方法』を練るべきかと」
〔招いてもらう、か〕
ハワードが静かにうなる。潜入方法について、話し合いは続けられた。
――
――
夜も更けたエオスブルク城内。とある一室に人物たちは集っていた。装飾つきの四角い長机を挟むように彼らは座る。
顔ぶれは城の大臣や武官、そして聖職者など。多くが動揺と困惑の顔だ。『暁の戦士』のひとりラルフ卿と、衛兵長もこの場にいた。
――『賢人会議』。政の方向性を定める緊急の会議が、いま行なわれようとしている。
発端は、聖堂の大司祭だ。
「みなさま、私の、呼びかけにお集まりいただき感謝いたします」とくに動揺していたのは大司祭だった。白い長ひげが動く。
「申しましたとおり、偉大なる暁の女神エオスさまから、ご神託を……賜りました。『選ばれしもの』が、この世をすくい」
「はあ。そのはなしは何度目か。もう聞き飽きたぞ」宰相が眉をひそめる。
「大司祭よ、エオスさまはすぐにご神託を撤回なされたそうだな。『選ばれしもの』の名を伏せたのだ。ならば貴殿の考えは――」
「いいえ! わが街は、いやこの城は行動すべきです」声を裏返しながら大司祭は机をたたいた。
「エオスさまは人間たちへ暗に伝えたかったのです。『備えよ』と! 選ばれしものを探し、守れという。……これは女神さまから与えられた『大いなる試練』なのですぞ!」
大司祭の言葉に、役人の一部がうなずいた。
「……。まったく」
宰相はため息混じりに、声を漏らした。
この賢人会議の議題――それは『選ばれしものを、保護するかどうか』。女神が発したあいまいな発言をどのように処理するか、意見は真っ二つに分かれていた。
「宰相の私は保護に賛成しかねる。あいまいな神託で部外者をやすやす城内に入れてはならん! ……ああこれでは水掛け論だ」宰相は後ろの扉をみる。閉じられた扉はひっそりとしていた。
「陛下はまだですか尚書官、あなたならよく知っているはず。『エドモント陛下』は、いまなにを」
宰相の席からすこし離れた位置に座る小柄な老人が振り向く。しゃがれた声が出された。
「さきほど陛下は外交案件の書簡を。じきに来られると思いますよ。『爺はさきに行っておけ』と小言を仰っておりましたな」
尚書官は余裕ある面持ちで「かっかっか」と笑った。
「……たぬき爺め」宰相は尚書官をにらむ。
大司祭のほうに顔を向けなおした。
「大司祭、聖堂を管理するあなたは聡明なお方です。だからこそ考え直していただきたい。そもそも、選ばれしものの名前も住む場所さえもわからない現状で、何ができるのです。街で騒動を起こすつもりか?」
「いいえ、宰相さま。目星はすでにつけております」大司祭は得意げに頬を吊りあげた。
「選ばれしもの、つまり『彼』は今回のご神託の際も、以前の礼拝時においてもとりわけ目立っておりました。エオスさまの方からじきじきに、お声をかけられたことのある『少年』になります」
「――『アレックス』。巷では、アレクと呼ばれている孤児です。彼の住む地域も家もすでに調べました。聖堂は、戸籍も保管しておりますので」
「なるほど……、残すは『呼ぶか否か』というわけか」
宰相は両手を机の上で組んだ。
ざわめく部屋のなか、司祭の発言に驚いたものがふたりいる。
衛兵長が小声ではなす。
「『少年』、そして『孤児』。もしや黒魔術団の襲撃計画を防いだあの人物でしょうか。……どうなされましたか、ラルフ卿?」
ラルフは、呆然としていた。
「アレク……。本当に、あいつが」
そのとき、奥の扉が開け放たれる。付近の兵は声をあげる。
「みなさま! エドモント陛下が御成りになりました」
賢人会議に集う全員が、一斉に立ちあがった。
静かな部屋に、ゆったりと歩く靴音が鳴り続ける。王の名を冠する男は、長机の一辺、集った全員を見渡せる席に堂々と座った。
――
――翌日の朝。
アレクは自宅でひとり、身支度をしていた。きょうは任務もなくミラージュメンバーはボイドに来ない。商店の手伝いも済ませ、きょうは暇だ。
「セニアのところにでも、行こうかな」
おだやかな一日になる、
そのはずだった。
――玄関のドアが二度、ノックされた。
「はーい!」
街の人が来るなんてめずらしい、衣服をかるく整え玄関に向かう。木製のドアを開けると、見知らぬ男がひとり立っていた。
市民の服装だが、男のたたずまいには違和感を感じる。まるで着慣れしていないような。
男が急に訊ねてきた、少しばかり小声で。
「君が『アレックス』か?」
「は、はあ。そうですけど」
「私は城の使者である」
すると上着の内から一枚の羊皮紙を取り出す。文字が書いてあり、男はそれを読み上げた。
「アレックス。我が街の王『エドモント陛下』の勅令により、エオスブルク城への召喚、および陛下と謁見を命ずる。召喚日はあすだ。書類は渡しておく、準備をしておけ」
◇関連話◇
ケネスが提案を言いあぐねたシーン
(二章#043b 突破口は)
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以前アレクがロラ(女神エオス)に声をかけられたシーン
(二章#016b 女神エオス)
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衛兵長が語った『孤児の少年』
(二章#021b Different anglel
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