#043b 突破口は
〔……はあ、困ったものだ〕
端末のディスプレイ。二画面分割の右に映る、ミラージュ司令官ハワードは頭を抱えた。
ミラージュメンバーの全員とAIオーロラが集う、アレクの自宅。みな表情は暗い。特異点調査は今回も無事に終わったが、これまでの結果と同じく、ボイドの正体について明確な情報を得られずにいた。
今日のボイドことエオスブルクの天気は雨。六月も終わりに差しかかっている。五日前にはまた遷移事象をおこし、いまや『十二次遷移後』の世界だ。
暁の街は文化水準を上げ、描画範囲も拡大。一方オーロラは被害をこうむると同時に、現実世界とボイドに介入する能力を上げた。皮肉にもオーロラの復旧と破損は、表裏一体で進み続けている。
「あーあ! ったく、やってられるか」デルタチームの問題児、ジャンがあたりちらした。
「オーロラが調査に参加して一気に解決するかと思ったのによ、このザマだ。なんも変わらねえ。どうしたらまともなデータが取れるんだ、畜生!」
ジャンが悪態をやめない。普段なら、チームリーダーのケネスが口を挟むところだが彼もため息をつく。みな現状に困り果てていた。
「申し訳ありません。……皆さまのお役にたてず」白いワンピース姿のオーロラ――ロラが口をひらいた。
「分析支援に全力を注いでいるのですが、データの損傷が多く……」
「大丈夫だよロラ、きみは悪くない」
アレクがロラをなだめる。彼女が頑張っている事は、任務を通し見てきた。
ディスプレイの左側に映るマヤも、はっぱをかけるように言った。
〔チョットみんな気合入れて! 情報整理だよ、分析結果のおさらいしよう〕
現在得たデータの中で、比較的新しいものをマヤが空間の画面上に出してきた。
〔コレは五月終わりの取得データ。暴走馬車から取得したやつだね〕
そのデータは――『画像』ファイル。
乱れるノイズばかりで輪郭もはっきりしない静止画。色も失われ、もとはなにを写していたのか、わからない代物だ。
「これ、人間が写っているんでしょうか?」
〔おそらくは、ね〕マヤがアレクに言った。
〔『集合写真』に見えなくもないケド……。日付が正確なら、『二〇四五年、三月八日』。これ以上の復元は難しかった。次に出すのは、これまで取得したプログラムすべてを網羅的に解析したデータだ〕
〔『文字の羅列』でみんなは判らないと思うけど、実はすべてのプログラムに、『共通する欠落』があった。――『情報を○○に送る』。この『○○』がいったいどこを、なんのために指すのか。解析を続けたけど、ワタシには見当もつかない〕
空間に映された文字列には、赤丸で強調された欠落部分があった。
解説をしつつ、分析結果を次々に表示してくるマヤ。
最後は、エオスブルクの地図が表示された。赤と青、二色の点がつけられている。
〔いままで特異点が発生した地点、そして分析調査ができた地点を二色で色づけした。特異点の発生場所はバラバラで、やはり法則性はないみたい。……でも『重要なこと』がわかる。ここ〕地図がズームしていく。
〔ワタシたちには、長年『調査ができない』地域が存在している。ずっと描画範囲内であったにもかかわらずだ〕
赤い点しかない場所へズームした。そこは地図の中心。
小高い丘の上にある――
〔『エオスブルク城』。街のなかで、一番警戒される危険な場所だ。特異点が発生しても、いつもここを避けてきた。けどもう街で調べていないのは城内だけ〕彼女は、目を鋭くさせた。
〔ここには『何か』がある。ただの勘だし一種の願望かもしれない。でも現状を打破するなら、ワタシはここに賭けたほうがいいと思う〕
――
――メンバー全体の話し合いがようやく終わった。
ハワードは、今後の特異点調査を『エオスブルク城内を主軸とする』事に決めた。それでも城は厳重な警備があたりまえに敷かれている。『街の要』に近づくのは至難のわざであり、もし運よく入れたとしても長居はできない。
結局はどういった手段で城に入り込むか決まらないまま、今後に持ち越されたのだった。
「……エオスブルク城か」
アレクは自宅の窓から、遠くにある城を眺めた。雨に滲むガラス窓の景色でも、小高い丘に建つとがり屋根の城は、その白い姿を堂々とみせつけている。あそこは街の王さまと衛兵たち、そして街で最強の戦士『暁の戦士たち』がいる場所だ。
優しかったラルフの顔が頭をよぎる。――もし城内で戦う事になれば、そして僕を『黒魔術団』だと知ったなら、……考えたくもない。
「アレク、なに見てるの」
セニアがそばに来た。すでにデルタチームは帰還している。ハワードらが映るディスプレイも消えたため、部屋にいま居るのは僕とセニアと、ロラだけだ。
「そとの城を、ね」セニアに言った。
「どうしたら、あんな守りの堅いところに行けるのかなって。僕にはわからないよ」
「ええ。ひと筋縄ではいかなそう。安全に潜入できる方法、何かあるといいけど」
セニアは考えるようにため息をついた。
「おふたりとも、顔を上げてください」ロラが笑顔をみせた。
「きっと皆さまには、よい答えが浮かびます。人間の問題解決の柔軟さは、わたくしにとっても興味深いのですよ」
「それでは、わたくしは実体化を解きます。またお会いましょうね」
頬笑んだまま、ロラは姿を消した。
「……行っちゃった。ロラの意見も聞きたいのにな」
「ロラは、わたしたちが選ぶ判断を尊重したいのかも。出せるなら早めに結論を出しましょう」
「そう、だよね。……ん、あれ?」
窓を離れる。木棚に置かれた『あるもの』の異変に気がついた。
母との思い出を描いた『黎明日祭の絵』を持ち上げる。それは十次遷移後のクレヨン画より、繊細な、
「――これ『色鉛筆』で描かれてるわね」となりのセニアが言った。
「遷移の影響。画材もここまで発展したみたい」
「遷移、か」
はじめは黒鉛画、次にクレヨン、そして――
この変化する絵は、母がいたという『揺るがない世界の証』。だが同時に、『ロラが着実に死んでいく証明』なのだ。しり込みをする暇なんてない。
絵を木棚に戻した。
「よし、みんなで城の侵入案を練ろう。ロラを助けるために」
――
――
三日後、聖エオス大聖堂。
アレクは街の住人に混じり、長いすに腰をかけていた。『暁の女神エオス』の降臨を待つ。女神役、ロラの指示だ。
三日間のうちにミラージュ全体で議論を重ねたが、これという結論を最後まで絞れなかった。ケネスが一度、口ごもり提案を取り下げた以外、出された案はみな問題があった。
そして今朝がた、ロラがアレクの自宅を訪れた。ひとりでいたアレクが相談すると、ロラは「おかしいですね。皆さまならば容易くまとめると想定したのですが」と首をかしげつつ、『正午の聖堂』にアレクを呼んだのだった。
久し振りの聖堂はもうすぐ正午。礼拝者たちが女神の名を呼んだ――
聖堂の内陣に、まばゆい光が差す。『女神エオス』ことキトン姿のロラが現れた。女神らしく彼女は光の粒子を纏い、背中には白い翼も生やしている。
参列席から感嘆の声が聞こえた。三日ごとに現れるのだから、そこまで感激しなくても――周りの人たちを奇妙に思った。
と、ロラがおもむろに口をひらいた。神秘的なエコーのこもった声が響く。
「わがエオスは、信仰するすべての人々に、伝えます。これは大いなる希望です」
普段、聖堂であまり喋ってこなかったのか、周りの礼拝者や司祭たちも驚きの声をあげた。聖堂がざわついている。
ロラは続けた。
「この世は『悪しき志を持つ存在』により、すべてが混沌に帰すでしょう。しかしそれを『変える力』は、この世に存在しているのです」
静かに、けれど力強く弁するロラ。……いったい何を言っているんだ。『悪しき志を持つ――』のくだりを、周りの人たちは『黒魔術団』の事だと決めつけ始めている。
「我がエオスの『選ばれし者』――勇者です! 彼の活躍により、悪しき志はくじかれ――」
ロラが語りをやめない。
……腹案があるロラ。そして、彼女に聖堂まで呼ばれた僕、
まさか、ロラの案って――!
「選ばれし者は、いま聖堂に居ます。その、人物の名は……!」
※特異点データの日付を、二〇四二→二〇四五年に修正
(2019/08/29)
◇関連話◇
エオスブルク城
(一章#02a 遭遇)(一章#27a アカツキ ノ マチ/あるいは少女の決心)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/2
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/27
『黎明日祭』の絵
(一章#18a 〜魔術札〜)(一章#28a 一歩)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/18
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/28
聖エオス大聖堂
(二章#016b 女神エオス)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/44
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読んで頂きましてありがとうございます!
執筆作業に移ります。今後とも、よろしくお願いいたします。





