#07a 戦闘
「あれほど殺されようと煽ったくせに、この仕打ちか。おかしな奴」
「……気が変わっただけだ」
アレクはマントの中で震えていた。
「お前の、落し物は持って無いぞ。隠した……」
声を裏返させながらも反抗する。本当に隠したのだ。『もしも』の為に。
だが、
「くだらない。あの名前を覚えたことの方が問題。つまり」
武器が動きカチャリと鳴る。
終わった……。
体から力が抜けていく。
「言いたいことはもう無いようね。……貴方にはまた会ってみたいかも」
押し当てられる武器に力が込められていくのが判る。
アレクは、静かに目を閉じた。
その時――
「……っ!」
悲痛な息づかいと風を切る音に目を見開く。
彼女に何が起きているのか――すぐに把握した。
「おい! まだ矢を射るな!」
味方だ! 衛兵がいる。
「弓兵隊、前へ並べ!」
指揮する声、幾多の足音。広がる路地に衛兵達が詰めかけている! あの騒がしさで来てくれたのか。
「娘! 人質から離れろ」
彼女は微動だにしない。
「構え!」一斉に弓が張られる。
「黒魔術団の娘に再度告げる! 持っているものを捨てて人質から離れろ!」
――緊迫の時は静かに過ぎていく。
僅かな風が道に抜けていった。
「……命拾いしたな、少年」
アレクから武器の感触が消えていく。
拳銃が降りる――
マントが浮いた――少年から引っぺがし、衛兵を遮るように路地を翻る。
アレクに彼女の姿が見えた。血が滴る左腕で矢を受け止め、痛みに耐える表情。
だがそれよりも目に留まったもの……。
全身にシワなく張り付くライトグレーの装束。
四つに分かれた短い腰布。
なんだ! この衣は。
それに……。
肢体の線をくっきりと出した少女が、目の前にいる……。
アレクが赤面する、前に指揮の怒声が響いた。
「構わん! 放てっ!」
大量の矢がマントへ押し寄せる。
アレクはよろめく。
舞ったままの布地は射抜かれもうボロボロ。だが、あいつがいない。どこだ――
……上だ!
彼女は飛び上がり、壁の高い場所にいた。
閉じる裂け目と、右手にはあの黒い武器。
壁を蹴る! 銃口が火を噴く――落ちゆくマントしか見ていない兵達は爆音を浴びた。
少女とマントが落ちる中で衛兵が一人、また一人と餌食になっていく。
少女が路地に降り、マントが石畳に着いた時、――衛兵達は無残に倒れるだけだった。
降りた少女の髪がふわりと戻る。右手で石畳をつき、武器が壊れた。
衛兵達のほとんどはもう動かない。動ける者もへたり込み、戦う意思はない。
悲鳴と苦痛の声がこだまする。
『あんな奴に、歯向かった……』
立ち上がる彼女の背中を見ながら血の気が引いていく。アレクの腰に力が入らない。
地面に裂け目をつくり、少女は燻し銀の武器を引き出した。
生き残りの衛兵に構える――
「そこまでだ、小娘」
後ろから声がした。
アレクの後ろ、十字路に近い場所に壮年の男が立っている。
ヨレたブラックコート、くたびれた黒髪と服。だが、男の目は鋭く少女を見据え、重厚な剣を向けていた。
肩に女神エオスを表した紋様――
間違いない!
城に仕え、街を守護する精鋭の強者達、『暁の戦士達』の一人だ!
『助かった……』
「小娘、お前はもう手負いだ。諦めて降伏しろ」
戦士は鋭い眼光に反し、穏やかに諭した。
生き残った衛兵達が戦意を取り戻していく。声を掛け合い、陣形を整えた。
前と後ろ、少女は囲まれている。
戦士がアレクに尋ねた。
「そこの少年、生きてるか?」
「は、はい! 生きてます!」
冗談を食い気味に返すアレクに、戦士は少女を見据えながらニヤリとした。
そして剣の構えを変える。体勢を落とし、剣を目の高さまで掲げて、切っ先を少女に向けた。
剣の根元から朱の光が走り、紋様を描きながら剣身を満たす。
「武器を捨てろ小娘。それとも、俺の剣に焼かれたいか」
背中で聞く少女は、静かに構えた腕を下ろすと、武器を落とした。
「少年、こっちに来い。あいつから離れろ」
「……は、い」
アレクはよろよろと立つ。おぼつかない足で、剣を構える戦士へ向かう。
だが、フラフラと進む足は案の定、石畳につまずく。戦士はアレクの方を見た――
少女が反転し戦士へ走る!
鬼の形相の戦士が剣から火花を飛ばし烈火を放つ!
冷えた路地が灼熱の光に包まれる。
しかし少女は火炎を避けていた。戦士に迫り、新たに出した拳銃を向ける――
銃声。
それは、防御した剣に跳ね返された。
少女は戦士の脇を通り過ぎ、走り去って行った。
再び静かになった路地は、火がくすぶるマントと、石畳や壁が焼けた匂いが残った。
転んだ続きで伏せていたアレクは、恐る恐る顔を上げる。
「……あぁ。……終わった」
彼女に殺されかけていた時とは、また別の意味で。
関連話 (「暁の戦士達は強いの?」のセリフ)
※別タブ推奨
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今回、#07aを間違えて二つ投稿してしまいました。
お詫び申し上げます。
07aの文字数が少なめですみません。
次回は3801 (話数を間違えました。正確には『3518文字』です)文字を予定しております。
11/15日より。