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#040b プレゼント


 黒革のソファーに腰をかけてみた。柔らかそうに膨らむクッションも、いざ座ってみれば予想通り沈まない(・・・・・・・・)。いつもの居心地の悪さに結局立ちあがった。


「……。本当は、きっと心地良いものなんだろうな」

 恨めしくソファーを眺めた。



 ここはセニアの自室『四〇三号室』。西暦二〇九四年の現実世界、ボイド調査局VRAのビル内にある一室だ。

 実体なきホログラムで現実世界に存在するアレクにとって、動ける範囲は投影されるこの部屋だけ。視覚と聴覚はあるものの嗅覚や触覚などは感じず、人物にいたっては触れることすらできない。

 白い壁材のワンルームに、洗練された意匠の家具や装置(コンソールデスク)、そして巨大な半円形の展望窓など、エオスブルクではありえないものばかりある。だが好奇心を持ってもホログラムの身では『触れられず』、すべてが味気ない。


「来るのが早かったかな。まさかセニアもいないなんて」

 ため息をつく。六月の今日はセニアとマヤ博士から呼び出され、部屋にやってきた。セニアと話そうと予定より早めに来たはいいが、誰の姿もない。仕方なく、暇な時間を紛らわすため、あたりを見て回っていた。

 階段下の展望ルームで外の摩天楼を眺めたし、階段を戻ってさきほどのソファーにも座った。キャスケット(ダイブポッド装置)があるキャスケットルームの扉に近づいても、開かない。ホログラムで実体がないせいだろう。


「セニア、どこだろう。……ん?」

 すると、部屋の一番端にある扉が開いた。セニアだった。

 汗をぐっちょりとかき、柔らかそうな長布巾タオルで濡れた髪と身体を拭いている。

 しなやかな生地のズボンと、胸部を隠すだけの上着スポーツブラ。へそと、腕や胴には汗が滲んでいた。

 見ていて、顔が火照る感覚がした。なんだか気恥ずかしい。


 セニアが気づいた。

「はっ! アレク来てたの!?」目を泳がせた。

「す、すこし待ってて、汗を落としてくるから」

 彼女は収納から衣服を引き出し、となりのドアを開けシャワールームに消えていった。


――

 ――十分後。

 シャワーを終えたセニアが帰ってきた。聞くと、さきほどまで筋力を鍛えていたらしい。

「あの部屋は『トレーニングルーム』。筋力用以外に肺活量やストレッチ用の器具もあるの。ボイドで活動する際の身体は、現実世界の身体とまったく同じ。だから定期的に鍛えなおしてる」


 話を聞いて「なるほど」と納得した。だからエオスブルクに現れるセニアと、この世界のセニアの姿が同じなのか。

 だが、逆に不思議にも思えてきた。

「でもさ、この世界(現実世界)とまったく同じ姿で、僕の街にダイブしなくていいような……。幾らでも姿かたちを変えられそうなのに。ヘンなの」


「マヤ博士が提供する『キャスケット』だもの。わたしには分からないわ」

 冗談ぽく、セニアが両手でジェスチャーをしてきた。互いにくすすと笑いあう。


 と、

「おっまたせー! チョット早かったかなぁ……って。アレクもういたの!?」

 マヤ博士が、スライドドアから半身を出している。やはり、きょうも顔が若干赤らんでいるような……。




 三人全員がそろい、マヤが口をひらいた。セニアとともに、なぜか僕を向きながら。


「ワタシたちから、キミに伝えたいことがあるんだよ――」マヤはセニアと顔を見合わせ、

 ふたりは満面の笑顔で言った。

『アレク。十五歳の誕生日、おめでとう!!』



 ――言われて、はっと気がついた。

 そうだった! 僕の(記憶上の)誕生日はきょう、六月九日なのだ。数日前に、セニアと誕生日を話題にした事があった。まさかお祝いしてくれるなんて。

 とても嬉しかった。

「セニアありがとう! マヤ博士も、ありがとうございます」


 笑みを浮かべるセニア。対照的にマヤは頭を掻いていた。

「ウーンと……。前も言ったけど、ワタシのことは『マヤ』って呼んで欲しいなあ。歳の差があるけどさ、仲良しの砕けた感じで……、まぁいっか」


 そう言うと、歯を見せて笑顔をつくる。

「フフン、これで満足してはいけないぞアレク。もうひとり(・・・・・)、キミの誕生日を祝いたいひと(・・)が居るんだ」嬉しげに声を弾ませた。

「『オーロラ』だヨ! AIのオーロラ!! セニアに誕生日の話を事前に共有してもらったんだ。だよねセニア」


 セニアが話を引き継いだ。

「ええ、ロラがね、――『そろそろ、ボイド世界の観察結果から現実世界へ介入するテストをしたかったのです、ちょうど良いですね』と同意してくれたの。『アレクにプレゼントを贈る』って」


「つまり、ロラからの『プレゼント』?」


「アレク! そーなんだ」興奮した様子でマヤが入り込んできた。

「これは、とーってもスゴイことなの! 厄災からオーロラはずっと『簡易モード』で人類のインフラや生産ラインを動かしてきた。人間に例えるなら、いわば『仮死状態で脊髄反射しかおこなわない』状態だったんだ。けどいま、これが変わろうとしてる」


「現実世界への介入はまだ不完全らしいけど、オーロラはキミのために、サンフランシスコの生産工場で『なにか』をつくった。そして、きょう届いたんだ。……これさ!」


 マヤが白衣から『紙箱』を取り出す。箱は両手に収まるほどの大きさだった。

「さあ、コレを開けよう! あらたな時代の欠片が、ここにある」



 皆でコンソールデスクに移動して、紙箱を囲んだ。不思議とセニアがマヤ博士から距離をとったが、なぜだろうか。


「ワタシたちはまだ、箱の中身を知らないんだ……。開けるねアレク」

 マヤがすこし緊張した面持ちで、紙箱の隙間に指をいれた。ゆっくりと上蓋が開いていく。

 ――『ロラが贈ってくれたプレゼント』。どんなものだろうか。


 ついに箱が開いた。なかを見ると、ひも状の緩衝材らしき紙切れがたくさん詰められている。そして緩衝材の真ん中を陣取るように、『銀色をした謎の物体』が置かれていた。

 おおまかに形を表せば短い円柱状。しかし『どんぐり』のように、片一方はすぼまる(・・・・)形状をしている。


「なんだ、これ。解りますかマヤ博士」


「うーんと。一瞬、砲弾の類かとも思ったけど、やはり違うようだネ。セニアちゃんは?」


「いいえ。……なんでしょうこれ」


 銀色の金属光沢を放つその物体は、つるりとした表面をしていた。刻印もない。その異様で洗練さを極めた造形は二〇九四年の世界のものよりも、どこか未来的に感じた。


 マヤが眉をひそめる。

「……ま、まぁね。調べればなにか解るでしょ。まずはデスクで分析をして」


 物体を恐々と手にとった。そのとき――


「うわわっ!!」

 マヤの手のなかで、物体が急に動きだした。まるで自らの重心をさぐるような激しい動作に、驚いたマヤが手を離す。

 が、物体は壊れる事なく、『コマに似た格好』で床の上に直立した。次に表面に隙間ができて割れる。音もなく開いた部位は『プロペラ状』。


 プロペラは静かに回転。上昇した物体は三人の胸ほどの高さで静止。すると、

 今度はアレクのもとへ接近をはじめた。


「なっ!? うわっ!」

 避ける隙もなく、銀色の物体はホログラム状態のアレクの身体のなかに入り込んでしまった――



 全員が静かになった、四〇三号室。


「……あ、アレク。大丈夫?」マヤの顔は真っ青だった。

「その銀色の、キミに変なことしてない」


「は、はい。いまの所は……」だが、

「ん? あれ?」


 いや。『している』かもしれない。いつもの四〇三号室と、違う。


 ――『感じる』。ホログラムである自分の頬に、空気の流れが感じ取れている。地に足をつけている感覚さえもある。デスクに触れてみた。伝わる素材の冷たさやおうとつ(・・・・)が、まるで『自分がそこに実在している』かのようだ。

 それだけじゃない。いままで嗅げなかった『におい』まで感じているのだ。部屋の清涼な空気と、石鹸なのか微かに香る花に似た芳香。

 それから――

 マヤの、

「うぅマヤ博士っ!? ……あんた酒臭い(・・・)よ!」


 (エオスブルク)で荷物運びのために酒場を出入りした経験から、『飲酒した人の息』がどんなものかは知っている。

 四〇三号室で初めてマヤに会ったときから、彼女の『ヘンな様子』は気にしていた。ある日は顔が赤らんでいたし、ある日はふらつき気味。

 やっと、理由がわかった。

 ――マヤという女性は、酒癖が悪い――


「そんなぁ、まだワタシのお酒、抜けてないのか。……え。アレクいま『におい』がわかるの!?」


「ねえ、ちょっと」箱のそばでセニアが言った。

「箱の中から『手紙』をみつけたの。何か書いてある」


「ええっと、『お誕生日おめでとうございます。アレクがミラージュの皆さまと同じく実体をもち、自由に過ごせますように』、だって」

 セニアが手紙をみせてくる。手紙の下部には『オーロラ』の宛名が記されていた。


 僕の身体にあの物体が入り込んで、いま『触覚や嗅覚を感じている』、そして手紙には『ミラージュメンバーと同じく実体をもつように』と書いてあった。まさか、物体の正体は――


 突然、マヤが大声を出した。

「まさか、『ホログラム実体化装置』!?」子供のように、彼女はキラキラと目を輝かせていた。

「す、すごいっ! 凄すぎるよ!! ホログラム工学でワタシが叶えたかった『夢の装置』が、いま目の前で動いている! ……感涙ものだよ。七九年間、生きててよかったぁ!」


 興奮しきった様子で、マヤは年甲斐もなく両手でガッツポーズをとっていた。


 ――落ち着いたところで話を聞くと、ホログラム工学が専門のマヤは、『投影情報であるホログラムに実体をもたす』ことを研究の最終目標にしていたらしい。

 利用法は、医療分野。


「ワタシはね、実体化させたホログラムで再生医療をしたかったんだ。空間上に投影できるホログラムは、コンピューターと技術があれば何でもつくれる。もちろん人間の身体とかもね。患者の欠損した部位に『代わりとなる実体化したホログラム』を構築して、それを骨組みに少しずつ幹細胞由来のものに置き換える技術を考えていた。でも結局、実体化装置は完成しなかった」マヤは続けた。

「その夢の装置を、オーロラはつくりだしてくれたんだ。嬉しいよ、ありがとうオーロラ!」


「……ええと、マヤ博士。装置は僕の『誕生日プレゼント』なのですが」


「イイじゃない! あ、そうだ」マヤは閃いたように目を大きくした。

「ねえセニアちゃん、アレクがほんとに実体があるのか、いま確かめてみてよ。ほら!」


「え、まっ……!」

 マヤが、セニアの背中を思いきり押す。勢いに負けたセニアが目の前にやって来た。


「では、おふたりさん。かくにん確認!」


 急かす声に、セニアは吐息をはいた。

「はぁ、わかったわ博士。……アレク、手をだして」


「う、うん」

 言われたとおり、右の手を差しだす。彼女の白い手も伸びてきた。繊細そうな指が、手のひらに触れて――

 セニアは、やさしく僕の手を握っていた。


「ほんとに(さわ)れる。あったかい」

 やはり『実体化の現象』は不思議らしく、いつしか彼女は手の感触を確かめるように握り方を変えたり、指をつまんだりしていた。小さく独りごとを言いながら。


 なんだか、……気持ちもくすぐったく(・・・・・・)なってきた。

「せ、セニア。そろそろやめなない?」


「へっ」

 我にかえったセニアは顔をあげた。みるみるうちに、顔面を赤くさせて。

 恥じらいは収まらない。


「……くぅ! みないでっ!」

 握っていた手を特有の『カタ』に組みかえ――



「うわぁぁ!」

 視界は一回転。『投げ技』を掛けられ、床に叩きつけられた痛みだけが、鈍く残っていた。


※マヤの年齢を七六→七九歳に変更(2019/08/29)


◇関連話◇


四〇三号室

(一章#12a 再会)など

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/12


オーロラ簡易モード

(一章#15a 極光の回廊(コリドール) Ⅰ. AURORA)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/15


実体のないアレク

(一章#13a 騒動)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/13


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