#038b 荷馬車
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『あれ、なんだっけ?』と思ったかた、よければ下記をご参照ください。
【備忘録ライブラリ】
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「おーい、どいたどいた。馬車が通るぞ」
昼下がり。賑わう街のなかを木製の車輪が音を立て進んでいた。それは四輪の幌つき荷馬車。二頭立てで手綱をにぎる御者はふたり。街を通る馬車は、ほとんどが一頭立てな事から珍しい光景だった。
馬車の進行を妨げる通行人に対して、再び御者のひとりが怒鳴る。
「おいそこの! そうあんただ。はやく退いてくれよ」
振り向いた通行人は、目を丸くした。
「え、あぁ悪い悪い。……しかしこりゃでかい馬車だ」
「はは、そうだろう。俺たち自慢の荷馬車だぜ」
――
――
荷馬車は暁の街、『エオスブルク』を進んだ。混雑がひどいため大通りから静かな通りに入る。
笑顔の御者が口を開けた。
「この街はほんとに品揃えがいいよな。ふたつ街を越えてきたかいがあるぜ。お前もそう思うだろ」
となりの御者もうなずく。
「ああ。食品に酒、武具に装飾品、さらには織物や香辛料まで……挙げたらきりがねえ。いいところだ」
「さすがエオスブルクだ。たんまり買えたし、あとはよそで売るだけ。ほんとによ、この街は『理想郷』だぜ! わははは」
――と、
「……チッ。またかよ」
荷馬車は停止を余儀なくされた。
進路上を、ふたりの人物が塞いでいる。――少年と金髪の女性だ。
少年が、御者に声を張った。
「すみません! 僕たちを『となり街』まで乗せていってくれませんか? 足がなく困っているんです」
どうやら『旅行者』のようだ。確かに四輪の荷馬車なら、人を乗せる余裕はある。
だが、
「断る! 商売道具のそばにガキなんぞ置いてたまるか。こちとら忙しいんだ、他を」
『――あたってくれ』、そう言おうとしたが、
金髪の女性が、言葉をさえぎった。
「おねがいします! わたくしたちとても急いでいまして、あなた様が頼りなのです。どうか、一緒に旅をさせてはいただけないでしょうか」
長い金髪の女性は、すがるような表情をして頼み込んできた。心なしか、そのおっとりとした碧い瞳も潤んでいるような。
大きな胸でスタイルもよい。どう見直しても、ものすごく美人。
「こんな綺麗な人と、一緒に旅か……!」御者どうし、互いを見合わせる。
決めた。
「ようし、わかりました! ふたりとも荷台に乗ってください」
調子よく言った御者の言葉に、女性――ロラは晴れやかな笑顔をした。
――
――
「いやはや、あなたはとても美人ですね。まるで『女神エオスさま』みたいで」
「えっ、あ……はい。そうです」
「いまなんて?」
「な、なんでもないです」
馬車は人が少ない道を進む。石畳と車輪がぶつかり、乗り心地は決してよいものではない。だが、御者ふたりは上機嫌だった。
「この街での買い物はひと通り済んでます。あとは帰るだけでさ。ちなみに『お嬢さん』、その子とはどういうご関係で。お子さん? もしや弟?」
女性――ロラは、少年――アレクをみた。
「いいえ。彼は、わたくしの『友達』です」
そのとき、
「……動くな、御者。ふたりともだ」
別の人物の声が御者に届く。凛々しくも殺気を感じさせる少女の声。ひとりがとなりを見ると、仲間の御者の頭に『金属光沢の物体』が突きつけられていた。
「そちらの御者、『この武器』が見えるな。この先端からは鉛の弾が飛びだす。わたしの気の持ちようでお前の仲間、そしてお前も死ぬことになるぞ」
「なんだ、その奇怪な武器と服は。……っ、まさか『黒魔術団』!?」
「フッ、だとしたら、お前はどうする」
エンゲージウェア姿の『黒魔術団の娘』――セニアは、不敵に微笑してみせた。
――
――
一時間ほど前。
「つまり、特異点はほんとうに」
〔ウン。特異点は『移動中の荷馬車』内にあるみたいだ〕端末に映るマヤ博士が、アレクに言った。
〔ハワードさんからすでに聞いていると思うけど、キミたちはこれから動く馬車に乗り込んで、そのままジャックしてもらいたい。もちろん馬車を停める選択肢もあるけど、停まったあとの御者が問題で、逃がせば言わずもがな騒動になる。彼らが馬車から降りないように善処して。……あっ! あとマッピング端末で『街の描画範囲』の確認を、絶対に忘れないでね。『範囲外に出た隊員は死んでしまう』んだ〕
――
――
馬車の荷台のどこかに『特異点』がある。アレクたちは、ふた手に分かれ行動を開始した。アレクとロラは御者の気をそらす役を、街の住人に警戒されやすい『黒魔術団』のセニアはその隙をついて馬車に乗り、脅す役割となった。
現在のところ、作戦は順調に進んでいる。
拳銃を突きつけられたほうが、声を震わせた。
「じゃ、じゃあよ、金髪の美人さんもガキも、黒魔術団?」
「……そ、それは違うぞ。あのふたりは『すでにわたしがあの世に送った』。……おい後ろを見るな! となりのお前もだ。見たら絶対に殺す」
荷台を覗こうとするとなりの御者をセニアが制止する。アレクとロラはミラージュ隊員と違い、顔を憶えられる可能性が高い。犠牲者として扱われる必要があった。
「このまま馬車を走らせろ。いいか、なにがあっても降りるな。平静を装え」
そのとき、馬車が上下に揺れた。大きく揺れた荷台がガタリと音を出し、セニアの足元も揺らぐ――
となりの御者が立ちあがった。
「このっ!! 調子に乗りやがって小娘!」
ズボンのポケットから護身用のナイフを取り出す。勢いよくセニアに切りかかった。
だがもちろん、空振り。
しかも――
「ダメだってロラ。一緒に持ち上げてるんだから、もう少し下げてよ」
「そうなのですか。難しい動作なのですね、一緒に持つということは。では声掛けで横に動かしましょうアレク。いちにーの……」
「え……」
木箱を持ち上げているふたりと、御者の目が合った。
「あんたら、なんで生きてる――」
御者の疑問は解決される事はなく、彼はセニアの回し蹴りに倒された。
「はぁ。まったく世話がかかるわね」
セニアが本音をもらしていた。
だが、その余裕はすぐに失われる。馬車の速度が異常に上がった。手綱を握るもうひとりの御者がげらげらと笑っている。
「だはは、速いだろう速いだろう! まともに立ち上がれないはずだ。ざまあ見ろ!」
石畳のおうとつに弾かれて、車輪ごと荷台は飛びあがり、馬は鼻息を荒くする。荷台を覆う幌の布が強くはためき、なかの荷は揺れでガタガタと跳ね続けていた。アレクとロラは周りの荷が動かないよう必死に抑えつけている。
セニアが御者を怒鳴った。
「きさま! スピードを落とせ! 殺されたいのか」
「どうぞ、好きに殺してみろやい! いま俺を殺せば、あんたら馬車ごとひっくり返るぞ。こんな速さで事故ったら、……わかるよな嬢ちゃんよぉ」御者は続けた。
「このまま街を走り続けて、怪しんだ衛兵団がやってくるまで、大人しく座ってろ! この荷馬車は俺たちの大事な商売道具だ。黒魔術団に渡してやるか。やるもんか。……くくっ、わっはははは」
狂ったように笑いだす御者の男。脅しなど、もはや耳に入らない。
荷馬車は猛スピードでエオスブルクを駆け抜ける。周りの市民が驚き、悲鳴が聞こえた。
「アレク、大丈夫!? ロラも怪我してない?」セニアがふたりのもとに近寄る。
「馬車の暴走を、止められそうにない。特異点は」
「さっき見つけた。これ!」アレクが差した場所に『歪み』があった。
「大丈夫、怪我はしてないよ。いまは受信と分析をしてる。ロラ、ボイド世界の『描画範囲』外まで、あとどれくらい?」
分析の支援をしつつ、マッピング用端末を手にしているロラが応えた。
「はい。もっとも近い『描画範囲の境目』まで――のこり一・三マイル(約二キロメートル)です。馬車の速度を考えますと、分析完了までの時間的余裕は少ないですね。継続しますか?」
アレクとセニアは顔を見合わせ、互いにうなづく。セニアが口を開けた。
「ええ、ぎりぎりまで頑張ってみましょう」
揺れる馬車のなか、分析が続けられる。
「進捗、現在三六パーセントです。描画範囲外まで一マイルを切りました。のこり一四〇八ヤード(約一・三キロメートル)」
「距離、一〇〇〇ヤードを切ります。……分析速度が低下。現在、進捗四七パーセント」
アレクがロラの端末を覗いた。映るのは街の地図と進む赤い点と、あいまいな薄い線で表現された『描画範囲外の世界』――
刻一刻と、『限界』が近づいてくる。
「のこり五〇〇ヤードです。分析の速度が上昇しています。進捗七二パーセント」
荷馬車の暴走は一向に収まらない。そのうえ、衝撃で積荷が道へばら撒かれ始めた。軽くなった分だけ馬車が加速していく。
「描画範囲外まで、あと八〇ヤード。分析の進捗、現在九六パーセント。……九七、九八、九九……!」ロラが声を張る。
「『分析完了』です!! はやく脱出を」
「わかった!」
全員で荷馬車の後部に急ぐ。ひとりずつ、道路にとび降り、
三人が脱出した目と鼻の先で、荷馬車は『描画範囲の外』へ――輪郭の歪む世界へ溶けるように消えていった。
幸い道にひと気はなかった。あるのは後ろに散らばる積荷の残骸のみ。
少し間があいて、ロラが口を開けた。
「『描画範囲外』まで、のこり一〇ヤード(約九・一メートル)でしたね。本当にぎりぎりでした」
「そうだね。いま考えると、すこし無理したのかも」
描画範囲外の景色を見ながらアレクは応えた。昔は認識ができなかった『世界の端っこ』。二〇九四年の世界へはじめて飛んだときに、マヤが伝えてきた『街の真実』を、思い出していた。
「あの先も、手伝いに行った記憶があるんだけどな。セニアは前から、見ていたんだよね」
セニアも範囲外を見ていた。
「ええ。でも遷移の繰り返しで、いまの描画範囲はだいぶ広いの」するとロラのほうに顔を向ける。
「ロラは遷移が起こるたびにダメージを受けるのよね。大丈夫?」
「はい。現段階ではリカバーができています。遷移事象の直後は一時的に情報処理能力低下や実行プロセスの損失、さらに現実世界のインフラ停止などが起きますが、まだわたくしが利用できる演算領域の稼働率を上げて、失われた処理機能を補っています」ロラは続けた。
「ボイド世界が極相に近づくという事態はこれからも脅威ですし、わたくしに残された時間はそう長くありません。しかし、『遷移によってボイドに介入しやすくなる』こと。つまり『人間と世界を知る機会を得られる』利点はわたくしとって、極相のリスクよりも大切です」
そう言うとロラは、はにかむように笑ってみせた。
「……そうなのね。でもロラ、無理はしないで」
セニアの言葉に、ロラは「もちろんです!」と返す。場の雰囲気に不釣合いな、朗らかな返事だった。
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描画範囲
(一章#15a 極光の回廊 Ⅰ. AURORA)
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