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#035b 迷い


 遷移の前兆を知らせるアラート。それが鳴る、三二分前――

 デルタチームのリーダー。ケネスは通信を行なっていた。

「ああクソ! キャップこちらデルタチーム。敵衛兵団に発見された! 現在交戦中!」


 デルタチームは、第二特異点へ向かうさなか衛兵団に見つかった。数分前はオーロラの支援行為のおかげで難を逃れたが、現在のオーロラはセニアたちのほうで行動している。支援の範囲外だった。

 衛兵たちはすぐさま増援を呼んだ。数は一〇人、いやもっと居る。逃走が困難と判断し、ケネスは衛兵との戦闘を選ぶ。


 ――が、

「なっ、ジャン大丈夫か! 通信報告、ジャンが負傷っ! ああ、そうだ。ジャンがやられた!」


「ええっ!? ちょっと落ち着いてください隊長(ケネス)。大げさですって、ほらかすり傷ですよ」

 みせた傷はジャン本人の言うとおり、矢がかすった程度の軽症だった。


「そうなのか。……すまん」

 驚く顔のあと、ケネスは声をすぼめた。

 冷静沈着、数多の修羅場を乗り越えた彼には似つかわしくない判断。仲間の負傷具合を見誤っていた。


「もう、しっかりしてください。隊長がシャキッとしてないと、俺たち……」

 ジャンが周りを見る。うねうねと曲がりくねった交差路のなか、四人構成(フォーマンセル)のデルタチームは二〇人の衛兵団に完全な劣勢に立たさている。

 ケネスとジャンが隠れるくぼみから目と鼻の先で、ほかの仲間のオニールとリオが敵に苦んでいる。大量の矢を凌ぐため、彼らは三叉路の影に座り込みながら、ケネスへ通信を行なった。

「こちらリオ。限界です! 作戦の指示を」

 オニールも言う。

「隊長っ! 指示を!」


 しかし、ケネスは動けず応えられない。戦闘を決断したものの、ボイドノイドの衛兵たちに銃を向けられないでいた。一瞬一瞬が、どこまでも長く感じ続けるだけ。

 私はこれまで、なぜ気付けなかったのか。

 この世界で、戦い、殺してきたのはデータではなく『現実世界で虐げられる者』たち。どれほど時代が変化しても、対象が移るだけで人間はなにも変わっていない。

 そして、彼らへの加害をいま、この私が――


 そのとき、

 オニールの腕に矢が刺さった。

「ぐわっ!」

 リオが苦しむオニールを支え、浅く刺さる矢をひき抜く。


 衛兵の声が聞こえた。

「やったぞ! 黒魔術団のひとりに矢を当てた!! 殺せる」


 衛兵たちは喜びの声を上げ、士気が最高潮に達した。伝令兵の『黒魔術団の娘が埠頭に現れた』という知らせが届いても、熱気は衰えない。

「いい調子だ、このまま押し続けろ!」衛兵のひとりは続ける。

「おいどうした黒魔術団め! 怖気づいたのか。出てこい、俺たちエオスブルクの兵士はな、堂々と戦うぞ!」


「隊長ッ! 俺たちこのままだと全滅に、……え」

 ジャンが見ると、

 ケネスの口元は緩んでいた。


「『兵士(・・)』、『堂々と戦う(・・・・・)』、か」小さな声で、ケネスは続けた。

「そう、だよな。彼ら衛兵団は兵士だ。そして我々デルタチームも、軍出身の兵士……」


「私は、なにを迷っていたんだ。これは兵士同士の戦い。どちらの側にも守るものがある。救いたい世界が、人々が、目の前の仲間がいるんだ」顔を上げる。

「ならば我々も、正々堂々、彼らと全力で戦わないといかんな」

 ケネスはジャンを見た。

 その瞳に、強い闘志を宿して。


 通信のチャンネルをひらいた。

「デルタチーム、みな聞こえるか。我々にはまだ勝機がある。私が合図したら、オニールとリオは『フォーメーション5』をとりUZI(短機関銃)で衛兵団を攻撃しろ。いいな」


「了解!」

「任せてください!」


 ジャンに向いた。

「ジャン。お前は我がチームで一番、足が速い。単独で第三特異点へ急行してくれ」


「おおっ隊長! そうでなくっちゃ! 俺うれしいです」ジャンは立ち上がる。

「セニアは埠頭のほうで暴れてるんすよね。ということは、あのボイドノイドが特異点に向かっているわけか。なら、奴を抹消して――」


「ダメだ。それは許さん。アレックスは『民間人』だぞ、兵士たるもの非戦闘員を襲うな。命令だ」


 ジャンは顔をキョトンとさせて、小さく舌打ちした。

「へいへいわかりました。だけどまあ、アンタらしいや」


 笑みを送ったケネスが、道の先を睨んだ。

「みな準備はいいな。――作戦開始(ムーブ)!!」


 デルタチームは動く。ケネスをはじめとする三人は道にて衛兵団の殲滅を開始。ジャンは建物に登り、屋根を素早く飛び越えながら、第三地点の特異点を目指した。



――

 ――いそげ。急げ!

 アレクは路地を走り続けていた。こうしているうちも、セニアは衛兵の注意をそらしてくれている。はやく特異点に着かないと。

 ひと気のない道を全力で駆ける。足を、腕を限界まで動かして、石畳を思いきり蹴る。第三特異点があるのは第二特異点があったヴェルム通りと隣接している、西の小さな通りだ。一番近いヴェルム通りから第三特異点を目指す。

 けど、通りはまだ見えない。

 息が切れてきた。


「はぁ、はぁ」

 休憩のため足をとめる。


 一緒にいるロラが話しかけてきた。

「アレク、市民が大勢いるヴェルム通りまで、のこり一マイル(約一・五キロメートル)ですね。もう一息、頑張りましょう」


「わかった。息が整ったらすぐ走るよ。ロラは嬉しそうだね」


 なぜかロラは笑顔でいた。彼女は首をかしげる。

「『嬉しそう』ですか。あっ、たしかにその通りです。アレクとふたりで行動をおこなう現在の状況を、自身にとって貴重な時間と捉えておりました。セニアが奮闘しているなか、少々不謹慎でした」


「いや、大丈夫だよ。セニアも僕の支援をきみに頼んだわけだし。はやく特異点に向かおう」


 ロラは、「はい」と笑顔になり、ふたたび元気になった。


 息づかいも元にもどった。ロラと曲がりくねる道をひた走る。しばらくするうちに喧噪が聞こえはじめ、平和そうに道を横切る人々が遠くに見えた。ヴィルム通りだ。

 ロラにはいったん実体化を解いてもらうことになる。ここは荷運びする人と商人とで、混雑する場所だから。


 けど、そのとき――

 あの『アラート』が、頭のなかで響いた。

 『遷移の兆候を示す』、忌々しい警報が――

 なぜだ、なぜなんだ。

 ロラを見た。

「……どういうことだよロラ!? このまえ、遷移は『数ヶ月単位で早まる』って言ってたよね」


 おかしい。遷移の間隔がロラが伝えたものと、あまりにかけ離れている。

 まさか……嘘を。


 だがロラは、動揺の表情を浮かべていた。

「こちらも、遷移の兆候を確認しました。わたくしが想定した範囲から大きく逸脱しています。……わかりません。アレク、予測を大きくはずしてしまい、本当にごめんなさい」


 いつもの『申し訳ありません』ではなく、彼女が発したのは、『ごめんなさい』。

 ロラの悲しそうな顔をみると、どういう訳か、心の奥が締めつけられる。大切な友達だからかもしれない。だけど、本当にそれだけなのか。一瞬、わからなくなった。

 でもその一瞬は『一瞬』で、すぐに思い出す。


 特異点の手前で、じっとしては居られない。

「急ごう! ミラージュ存続派にデータを届けるんだ」


 ロラに実体化を解いてもらった。通りに入れば、大勢の人々が雑踏をなしている。すぐにゆく手を阻まれた。

「おい小僧! ぶつかる気か」


「すみません、でも急いでるんです」

 罵声を飛ばされ、周りに白い目で見られながらも、人の波をかき分け進む。


 いま、存続派で動けるのは僕だけだ。

セニアの世界を、僕がいる世界を守りたい。その一歩のために、僕が、はやく特異点に――

「ごめんなさい! どいて、どいてください」


 ――

――

 ジャンは建物の屋根の上から遠く、ヴィルム通りの一角を見据えている。雑踏にもまれるアレクを見つけた。


「あいつめ。先を越しやがって」静かに口角を吊る。

「のこり時間もないことだ、特異点の分析はやめとこう。けどな……」


「『バグデータ(・・・・・)のガキ』。お前が、気に入らねえんだよ」

 狙撃銃(M1891/30)を、屋根から引き出した。

 ジャンが覗くスコープに、なにも知らないアレクの横顔がうつる。照準線を頭部に重ね、指を引き金に近づけた。


 拡大される少年の姿。人々の流れに逆らい、特異点がある西へと進んでいく。人とぶつかり、罵倒されても、一途に進む事を諦めない。くちびるの動きで、なにを言っているのかが解った。


『お願いします! どいて、どいてください! 僕があそこにいかないと、世界を救えないんです。お願いします。みんなどいて――』


「……っ」

 引き金にかけた指が、固まる。目に見えたのは使命を必死に成そうとする『ひとりの人物』の姿。

 どちらが任務に取り組んでいるのか、

 ジャンには理解できた。


「くそが……。こんなやつ、撃てねえだろが」

 狙撃銃を下ろし、足で踏みつけ崩壊させる。


 だんだんと小さくなるアレクの背を睨みながら、ジャンは帰還(ダイブアウト)した。


――

 ――


「あった、ここだ」

 ヴィルム通りを突き進み、ついに交差する隣の中通りに入った。通りは(さび)れていて、ひと気も途端にまばらになる。特異点はここを進めばもうすぐだ。

 通りを走り、端末の地図を見ながら左へ曲がる。

 ――みつけた!


 そのとき、音声通信のチャンネルが突如ひらいた。通信のほとんどはセニア経由でないと無理なはずなのに。

 声はマヤ博士だった。


〔アレク聞こえる? さっきセニアちゃんが帰還したから、彼女のキャスケットの通信系をいじってキミと直接話せるようにしたんだ〕マヤは続けた。

〔遷移までのこり九〇カウントを切ったよ! アレク、もう帰ってきて!!〕


 特異点を、見た。

「博士、……僕はいやです」


〔はぁっ!? なに言ってるの。約束したでしょ、兆候があったらすぐ帰るって〕


「……。いってきます」

 マヤを無視して特異点に近寄る。ロラを呼び、彼女が姿を現した。


 ロラも不安そうにしている。

「アレク、やはり時間が」


「きっとまだ間に合う。……ロラ、分析を」

 分析端末を取りだす。

 眉をひそめたロラだったが、諦めたように小さく頷いた。


 端末を特異点に向けた。無数の小さな文字が一気に画面に表示される。となりのロラは目をつむり、分析の支援をはじめた。文字が画面を埋めつくし、下から上へ高速で流れていく。

 現在の進捗しんちょく、十五パーセント。


〔のこり六八カウント! 頼むから帰還して!!〕

 マヤが声を荒らげた。

 でも、この分析をやめたくない。


 ……僕は守りたんだ。ボイド(エオスブルク)を、セニアが暮らす世界を、そしてロラ。もういちど、生きたいって思った『この世界』を、絶対に守りたい。


〔のこり、四二……!〕


 デルタチームは、完全に僕たち存続派の敵になった。いま動けるのは僕だけ。

 だから、僕は――


〔ああ、……もう二〇しかない〕


「アレク。あの、アレク」


 絶対に。だから僕は、

 ――どうなろうとも、


「うぬぅ!! 『アレックス』! いい加減にしなさい!」


 となりの大声に、はっと驚く。

 ロラが怒っていた。

「もう我慢できませんっ! 論理的に考えて、特異点分析のチャンスは今後なんどでもあります。いますぐ、いますぐあなた帰りなさい!」


 急な豹変ぶりで、思考が追いつかない。だが、マヤの音声が耳に入った。

〔のこり、一〇、九、八……〕


 これは、マズい。


「わかった、帰るからっ!」

 そうだ、死んだら元も子もない。四〇三号室に移動するため意識を集中した。街の景色、ロラの姿が纏う光で見えなくなっていく――


――

 ――アレクは暁の街(エオスブルク)から消えた。遷移事象発生まで、のこり二カウント。

 帰還の寸前に、端末の分析が辛くも一〇〇パーセントとなった事を知るのは、セニアにきびしく叱られた後だった。



※2018/12/19の改稿について

アレクの「遷移は『月単位で早まる』」のセリフを「数ヶ月単位」に変更いたしました。

この場を借りてお詫び申し上げます。

────────────────────


◇関連話◇


 デルタチーム、窮地の通信

(二章#031b 南下)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/59/



 遷移の兆候があったら、すぐ帰る

(二章#028b 六日後)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/56/


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