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#034b 対決


 ――沈黙。その言葉がふさわしいほど埠頭は静かになった。衛兵が、セニアが、誰もが『ひとりの男』に目を向けている。

 ヨレたブラックコートに、くたびれた黒髪をした壮年の人物。やつれた風貌に見合わない彼の鋭い眼光は『黒魔術団の娘』を見据えながら、紋様が彫られた大剣を脇に携えている。


 エオスブルクを守護する精鋭部隊、『暁の戦士達』。

 そのひとり、ラルフが口を開けた。

「相も変わらず、散々暴れたようだな。来てやったぞ小娘」埠頭に倒れる幾多の衛兵たちに目をくれたのち、ラルフはふたたびセニアを眺めた。

「この惨状で返り血も浴びぬ(・・・・・・・)とは。改めて恐ろしい奴だ」


 セニアはラルフを睨み続けていた。端整な顔に攻撃的な眼差し、眉間に深い皺を刻む。

 無言を貫く。


「……小娘、『俺が来た』ということは、もう分かっているよな?」

 ラルフはセニアに言うと、生き残った衛兵を見る。

 彼らも遠巻きにラルフを凝視するが、どれも表情は険しい。衛兵たちの憧れだった『街の英雄』はいまや『お飾り』。市民に事実は隠されているものの、ラルフの威厳は、地に堕ちて久しかった。


 冷たい視線に、ラルフは昔どおりの調子で声を張る。

「皆ご苦労だった。が、これからの戦闘には、いっさい手を出すな。……俺が許さん」


 湖の風が埠頭にさらう。ラルフは重厚な剣をおもむろに持ち上げ、その切っ先をセニアに向けた。


 一騎討ちの、狼煙が上がる。

「さあ来い、小娘ッ!!」


 セニアが地面を蹴る。風を切り、ラルフへ短機関銃(スコーピオン)の引き金を引く。

 ラルフは瞬時に剣を盾状に構えた。連射された銃弾、すべてが幅広の大剣に跳ね返されていく。

 脚を速めつつ、セニアは崩壊寸前の短機関銃を捨てナイフを発現。肉薄したラルフの真上を跳び、斬りかかる。放物線を描いて翻るセニアに、ラルフは大剣を振りかざした。

 ナイフと大剣は互いに擦れあう。刹那、青と赤の火粉が舞い散った。


 埠頭には鋭い金属音が響き続けていた。

 セニアとラルフ――歳も体格も異なるふたりは攻防を激しく繰り広げる。勢いは、まさに拮抗していた。

 相手の長い剣身(リーチ)をものともせずセニアがナイフを振るう。鋭く息を飛ばし、右へ左へ身体の重心を切り替え、常人ならざるスピードでラルフへと斬りかかる。

 ラルフは大剣を用い、セニアのナイフ捌きをすべて跳ね返した。少女と同等の速さでナイフを受け止め、弾き、さらに薙ぎ返す。重厚な剣にもかかわらず質量を完全に無視したような剣術。その素早さはまるで、鳥の羽根でも振り回しているかのよう。


 ラルフのひと薙ぎを、セニアは後方へ最小限の動きで(かわ)した。追って繰り出された大剣の突きを横に避け、引き出した新たなナイフでラルフへ間合いを詰める。

 ナイフと大剣が激しくぶつかる――ギチギチと音を出し双方の刃が揺れた。だが押し合うままのふたりは、微動だにしない。


 悠々とした調子でラルフは口を開く。

「小娘。お前とふたたび合間見えることができて嬉しいぞ。あの怪我は、大事ないか」


 セニアは鋭く睨むだけ。短く息を吐くと脚の筋肉をラルフへ躍動させた。


「ぐっ!!」

 横腹目がけた強力な回し蹴り。ラルフは蹴り脚を腕で防ぐが、その力に押され埠頭を横滑りした。

 セニアは翻弄するようにジグザグに走り、ナイフを突く。ラルフはすんでのところでカウンターを防いだ。

 ふたたびの鍔迫り合い。


 声が、低くなった。

「……ほほう。今日はすこぶる調子がいいとみえる」気迫が変わる。

「ならばこちらも、本気(・・)を出してやろう……!」


 大剣が、急激に熱を帯び始めた。金属特有の膨張音を発しながら、剣身を飾る紋様が根元から朱の光に染まり、剣全体が熱気特有の揺らぎ(逃げ水現象)(まと)う。紋様すべてが灼熱の輝きに満ちても、大剣は温度の上昇をやめない。

 ラルフがもつ重厚な大剣は、『高温の火炎を放つ魔術剣』である――


「……っ!」

 高温に耐え切れずセニアが後ろへ跳んだ。


「さぁ! 俺の紅炎を受けてみろ!」

 火花と常時に、大剣が火炎の光柱を放った。

 そのさまはまるで熱線。直線的に飛ぶ烈火の帯が埠頭の倉庫を貫き、爆発音が轟く。地面には火の粉がくすぶる黒い線が残った。


 土煙から飛び出す影――セニアは火炎を避けていた。滑るように横へ駆けながら短機関銃(スコーピオン)を引き出す。

 ラルフはすぐさま大剣を目の高さに掲げる『牡牛の構え』をとりなおす。(つば)についた照準器(・・・)がセニアを捉えた。

 火炎を断片状に撃ち放つ。火炎は幾つもの火球に変わり、セニアへ襲いかかる。逃げ続けるセニア。逸れた火球がコンテナを、木製のクレーンを、粉々に破壊していく。

 火球の雨をセニアは走り続ける。ラルフへ向け銃弾を乱れ飛ばした。


 土煙が埠頭を覆う。立ち止まったセニアは周囲を警戒しつつ拳銃(コルト)とナイフを引き出す。視界が閉ざされるなか、攻撃をしないラルフの次の手がわからなかった。


 だが、そのとき――


「……えっ」

 セニアは、戦慄する。

 ラルフに対してではない。

 彼女の耳だけに響く、『あのアラート(・・・・)』に。


 ミラージュから通信が届いた。声の主、マヤ博士は明らかに動揺していた。

〔ナンデなの! 大変だセニアちゃん、『ボイド遷移の兆候』をシステムが探知した。アラートがあなたにも届いているでしょ、急いでダイブアウト( 帰還 )して! 次の遷移まで、残り四八二カウント〕


「なぜ……」

 ――もうすぐ遷移事象が起こる。けれど、ロラが予測した遷移の間隔より、これはあまりに短い。

 どうして。


 が、

「隙ありだ」

 土煙から大剣が振り下ろされる。


「……くっ!」

 ナイフと拳銃をクロスし、ギリギリの位置、力押しで剣を受け止めた。下ろされた剣の圧力にナイフと拳銃が青い火粉を散らせる。

 武器の崩壊が、確実に進んでいく。


「ん? どうした。いつもならこれしき避けるはず、お前らしくない」ラルフはゆっくりと大剣の柄に力を込める。睨むセニアを見つめ、言った。

「なあ、教えてくれ小娘。『黒魔術団』はなぜこの街に現れ、お前を(つか)うのだ。お前は奴らになにを想う。……少なくとも、あのときのお前は――」


「……うる、さい! 邪魔だっ!!」

 拳銃の引き金を引く。大剣に押されたスライド部が砕けながら動き、銃口が火を噴く。

 ラルフの足元で弾が撥ねた。

「……っ!?」


 セニアは大剣を横に逸らす。

 瞬時に距離をおき、ラルフと対峙した。


 土煙は風に流れた。互いの間にあるのは、気迫のみ。

 大剣が構えられる。

「いざ、小娘!!」


 セニアは駆ける。あらん限りの速度でナイフを逆手に持ち、ラルフへ一直線に。

 大剣とナイフ、刃同士がすれ違う。

 少女の髪先だけが切れ、落ちる。セニアは大剣を避け通り過ぎていた。

 ナイフを、ラルフの左腕へ斬りつけながら――


 水面に飛び込む音。『黒魔術団の娘』はリビ湖へと飛び、埠頭から姿をくらました。


――

 ――

 『黒魔術団の娘』がリビ湖へ逃げた。それからしばらくが経つが、いまだに埠頭は衛兵たちの声に溢れている。

 水面を睨む者に、泳ぎだす者。少女を捜そうと彼らは躍起になっていた。


 ラルフはリビ湖を見つめる。巨大湖は相も変わらず、静かな波を打つばかり。


「ラルフ卿。現場の兵から話は聞きました」近づいてきたのは衛兵長だった。

「利き腕のほうは、大事ありませんか」


 ラルフは「ああ」と言いつつ、少女に斬られた利き腕(・・・)、左腕の手元を衛兵長にみせた。

「大丈夫だ、この通り『鎖帷子(チェーンメイル)』の袖が守ってくれたよ。重くなるからいつもは着たくないのだがな。虫の知らせというか、今回は着けていて良かった」


 鎖帷子の袖を引き出す。ナイフの刃によって布の衣装はざくりと斬られていたが、鉄製の袖には浅い傷しか付いていなかった。


 ラルフは小さく笑う。

「小娘に少しばかり言い過ぎたようだ。ははは。いつもならば、奴は――」


「『手加減をする』、とでも言いたいのですか? ラルフ卿」衛兵長はラルフを遮る。

 声を低くした。

「……お忘れなく。このような甚大な被害を(こうむ)っても、我々はあなたに我慢をし続けているのです。貴方が拠点を去ったあと、四人の黒魔術団と戦っていた兵達は、全員死にました」


「ラルフ卿。貴方こそ、娘に『手加減をしている(・・・・・・・・)』。そう衛兵団は疑っておりますので」

 衛兵長はラルフに背を向け、部下のもとへ去っていった。



――

 ――

 リビ湖、人の気配がない湖畔。

 穏やかな波に洗われる岩の上で、セニアは泳いだ身体を休めていた。

 僅かに乱れた呼吸を整え、街へ振り返る。

 ハワードへ通信を行なった。

「キャップ。アレクは……。了解しました。先にダイブアウトします」


 視界に広がる街のどこかに、まだアレクがいる。遷移まで、残り一〇三カウント――


「アレク……。はやく帰ってきて」

 後ろめたさを感じつつ。セニアは帰還した。


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