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#033b 黒魔術団攻略作戦


 ――当時、リビ湖・第二埠頭には衛兵たちが大勢いた。誰しも緊張感は皆無。四人の黒魔術団出没の報告が入った際に空気が引き締まったものの、いつしかそれも解け、各々の談笑の声が広がる。

 なぜなら、


「ははは。まったくよお、『俺たち衛兵団の大演習』の時に、奴さん出てこなくてもいいのになあ。こっちは多勢だぞ、南端で包囲もし易いしな」


「ほんとそうだぜ。ラルフ卿も加わった演習だから重ねて安心。ここで固くしているほうがバカらしいわ」


 衛兵団とラルフは、午後から街の南にて対黒魔術団用の演習を複数予定していた。リビ湖の第二埠頭も演習場のひとつで、商人や荷揚げの船はすでにいない。第二埠頭の構造は船が岸壁に沿って接岸する『平行式』のため、荷揚げ場は横にも奥にも広い。大勢の衛兵がたむろ(・・・)しても余裕があった。

 その最中、『黒魔術団出没』の一報が入る。衛兵長ら指揮系やラルフは、演習から黒魔術団を包囲する作戦に切り替える。第二埠頭の衛兵たちは『黒魔術団の四人(デルタチーム)』から離れた地点で、増援要員として待機を命ぜられていた。


「『ラルフ卿が加わっているから安心』、か。アイツも昔の絶頂期に比べれば落ちたが、一応は頼りになるもんな。お前の意見が解らんでもない。まあ市民に『暁の戦士達』の実態なぞ言えぬが。……俺は、あのお飾り(・・・)は嫌いだ。アイツと違って、俺たちは剣術も魔術もないうえこの『軽装備』。さしずめ『命捨てろ』って言われているのと同じだぞ」

 衛兵は重い息をはいた。


 衛兵団の装備品、特に防具類は動きやすく軽いものが使われている。理由は黒魔術団(ミラージュ隊員)の敏捷な動きに少しでも追いつくためと、回避を重視しているため。黒魔術団の銃火器には街の防具はどれも耐えらないのだ。

 薄手の鎧下着から着るものは皮鎧(レザーアーマー)。紺のサーコート(陣羽織の一種)に衛兵団を示す銀の山形《逆V字》帯が記されている。頭部は革製のヘルム()をかぶるだけだ。


 うなだれた衛兵に、仲間が背中を叩いた。

「おいおい。戦いで絶対死ぬわけじゃないんだからよ、そう落ち込むなって。衛兵団は街の誇りだろ、ほらこの山形帯が悲しむぞ」仲間は続ける。

「あの小娘との一件。結局『離反組』は奴を殺し損ねたが、彼らのおかげで戦術に光明が差した(・・・・・・・・・)んだ」


「『奴を真上に飛ばして、下から皆で剣を突き立てる』――衛兵団初の『黒魔術団攻略法』だ! あの小娘に、もう一度お見舞いしてやろう」

 ロングソードを引き抜いた仲間はおどけ、衛兵の男は笑った。


 和やかな時が過ぎてゆく。だが、ひとりの衛兵が、ある道に顔を向ける。

 彼は不審がっていた。

「おい。あの道、なんだか騒々しくないか?」


「そういえば。何かあったか」


 道のほうから乱れた足音がいくつも聞こえる。他の衛兵も異変に気づくなか、複数の人物がなだれ込んできた。彼らは包囲作戦に参加していた衛兵たち。その顔は恐怖に染まっている。

 うちひとりが、裏返った声で叫んだ。

「助けてくれっ! 奴がっ、『黒魔術団の娘』が襲ってきた!」


 第二埠頭は、瞬時に緊迫した。

「……っ! 弓型の陣形をつくれ! 急ぎ武器を持て、構え! 全兵、襲撃に備えろ!」


 焦る声、怒声。クロスボウ( 洋弓銃 )を持つ者や帯刀用しなおす者たちの雑音。ばらばらだった衛兵団は一斉に埠頭の中央に向かい、前方を囲む弓なりの陣をつくろうとした。


 遅れる衛兵たちを急かす。

「はやくこい! おいはやく」その最中――

「……ん。どうした、お前なぜ陣に入らない」


 陣のすぐ横。数歩行けば陣に着くはずの距離で、衛兵ひとりが立ったまま制止していた。まるで身体が強張ったように。いや、本当に強張らせている。

 仲間は気づく。彼の喉元に、ナイフが突きつけられている事を。


「いたぞ! 方向三時(九〇度右)!」

 『黒魔術団の娘』、セニアが肩越しに顔を覗かせる。エンゲージウェア姿の彼女は音もたてずに衛兵を捕らえ、軍用ナイフ(コンバットナイフ)で人質にとっていたのだ。


 剣を抜く衛兵たち。ひとりが叫ぶ。

「でたなこの悪党、そいつを離せ!」


 セニアは周囲を見たあと、不敵に口角を吊った。

「ふうん、いいのか離しても?」目を大きく見開いた。

「ならば、受けとれっ!」


 人質の衛兵を突き飛ばす。人質は声を漏らして前につんのめり、衛兵たちとぶつかる。

 セニアはナイフを捨てていた。拳銃(コルト)と奪った短剣(・・)を十字にクロスさせる――近接格闘用の構えだ。

 銃声。衛兵二人の足を弾が貫く。彼らは地面に倒れ、うめくだけ。


「……くそぅ! ころせ、この娘をいますぐ殺せぇ!!」

 雄たけびが埠頭を覆う。

 戦闘が始まった。


 セニアは速かった。飛び掛かる衛兵の剣を流れるように(かわ)し、懐を切り捌く。

 横からの刺客へ銃口を向ける。鉛弾が相手の首を射抜き、セニアは近づく衛兵へさらに引き金を引く。発砲と同時に拳銃(コルト)から崩壊現象(一章 二二話)の青い火の粉が散った。


「くたばりやがれっ、ぐわっ――」

 拳銃(コルト)の柄で殴りつけ、衛兵の歯を折る。回し蹴りで吹き飛ばす。

 拳銃の耐久力が限界を迎えた。崩壊が始まった銃をセニアは捨て短剣を逆手持ちする。衛兵に迫りながらアキレス腱を斬りつけ、地面から短機関銃(スコーピオン)を発射準備状態で引き出す。ぐらつく衛兵目がけ撃ち放った。


 押し寄せる彼らの追撃はかすりもしない。セニアは衛兵を横に避け、空に翻り、――ひとり、またひとりと銃の餌食にしていく。


「おい! 相手は小娘ひとりだぞ! 貴様ら、はやく成敗し――」

 指令役の頭部を銃弾が貫いた。

 すぐさま指揮権が引き継がれ、号令が響く。


「全兵ただちに『黒魔術団攻略の陣』を再構築せよ! クロスボウ隊、けん制始め!」

 埠頭の木箱コンテナ群を盾に、クロスボウ隊が矢を上空へ放った。

 セニアは矢の雨を全速力で避けつつ、加速。疾風を思わせる速さのまま刃こぼれの短剣を捨て、新品の短機関銃二丁を地面から出す。脚力を緩めず木箱コンテナひとつに迫る。

 宙を舞う。翻るセニアの照準はクロスボウ隊を逃さない。

 鉛弾の雨が二度、降り注ぐ。クロスボウの部隊は壊滅した。


「ぐっ。包囲を継続しろ! ひるむな!」

 衛兵団は斜線陣(・・・)(集団を斜めに配置する陣)を形成し終える。限られた進路に衛兵たちの顔が並ぶ。

 セニアは臆することなく斜線陣へ突進した。脚を速め、再発現した短機関銃を、九〇横に(・・・・)傾ける。

 流れる衛兵団に銃口が火を噴く。弾がばら撒かれるなか、射撃時の反動リコイルが銃口を先へ先へと傾かせ、前方の衛兵たちを苦しめていく。


 指揮は叫んだ。

「いまだ! 陣を変えろ、取り囲め!」


 号令を皮切りに陣両端の衛兵たちが動き出した。直線から曲線、斜めの形からセニアを囲い込む円陣へと移り変わる。

 セニアが立ち止まったとき、人の壁でできた円陣の輪は閉じられていた。


「最後の仕上げだ! 全兵突撃!!」

 ――轟く怒声。

 衛兵たちが一斉に円陣の中心へと突き進む。向けられたロングソードの先には『黒魔術団の少女』がひとり。

 刃の切っ先が触れる寸前に、セニアは上へと跳躍した。


 この攻略作戦は、前回の特異点調査( 2章 017話 )にてセニアが衛兵に敗れた構図の再現だ。衛兵から逃げるため上に飛べば、その身体は真下へ落ちるしかない。衛兵団は剣を空へ掲げ、少女が落ちるのを待つだけだ。

 分厚い包囲の陣に逃げ場はない。セニアは、下へ落ちていく。

 まるで巨大な剣山。

 衛兵たちが突き立てたロングソードの束が、セニアの身体を――



「……そんな、ばかな!」

 ひとりの衛兵が言った。


「フッ、このわたしが『おなじ手(・・・・)にかかる』とでも、思ったのか? ん?」

 妖しげに笑みをたたえるセニアは、

 『ロングソードの上に』立っていた。


 ――すべての物理法則を無視し、ボイド世界のオブジェクトと固着する『張り付き』の能力――

 鋭い剣一本でもオブジェクトのひとつ。セニアはロングソードが足に触れる瞬間に、能力を発動させていた。

 目前で起きた光景に唖然とした衛兵たち。だが、みるみるうちにその顔を引きつらせだす。

 (おのの)く彼らの声もお構いなしに、セニアは短機関銃を、衛兵のひとりへもたげた。

「つぎは、そこのお前にしよう……!」


 乱れ飛ぶ射撃の音。

 円陣は、悲鳴に覆われた。

「て撤退っ! 全兵撤退ぃ!!」


 第二埠頭――そこにはもう統制など存在しない。衛兵たちは恐怖に駆られ、散り散りに逃げまわる。僅かな希望だった戦術が破られたいま、彼らの士気は、抱く誇りは、粉々に砕け散った。

 セニアは追撃を緩めない。逃げる者、立ち向かう者、隠れる者を容赦なく。湖へ突き落す、埠頭の木製クレーンの上からナイフを突き立てる――

 攻撃は何もかもが一方的。それはまるで、人狩りのようだった。


 指揮の男が、部下の衛兵を呼んだ。

「我々ではもう立ち行かない。拠点に増援の要請を頼む。伝令だ」


「はい! すでにこちらの判断で伝令兵を向かわせました。およそ五分ほど前でありま――」

 言い終えるまえに、衛兵は流れ弾に倒れた。


「……くそ! このままでは全滅する。増援はまだか」



 セニアは『おとりの役目』を粛々とこなしていく。全衛兵団の意識を自らに引き付け、アレクがいるはずの北西の中通り(第三特異点付近)へ向けさせないために。

 路地の衛兵を襲いつつ確認した『拠点施設』。そこから離れすぎず衛兵も多い地域、それがリビ湖・第二埠頭だった。埠頭の衛兵団を叩けば大きな騒ぎになり、事態は拠点に伝わる。逃走する人物(アレク)の事など、誰も気にしてはいられなくなるだろう。

 つまりは時間稼ぎだ。けれども、これまでの『おとり』とは、やはり違うものをセニアは感じていたのだった。


 埠頭は混沌としたまま、時だけが過ぎていく。

 そのとき、


「おい! 小娘(・・)ッ!!」


 セニアは振り返った。

 場の空気が制止する。他を凌駕した罵声が戦場に響き渡った。

 発したのは壮年の男。


 ――暁の戦士――ラルフ・ドーンだった。




◇関連話◇


 離反組がセニアを襲った話

(二章#018b 思いの先には)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/46

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