#06a 窮地の場
一人の少女が少年を殺そうとしている。
彼の心臓は緊張と恐怖のあまり、早く脈打つ事さえ忘れていた。
ドクン、ドクンと動く頼りない鼓動。
静寂だった路地は、今や殺戮の音しかない。
アレクはとっさに十字路の右、影に覆われた道に飛び込み、壁にもたれ座り込んでいた。
なぜこんな事になったんだろう――アレクは思った。
あれだけ僕は死にたかったはずなのに、生きたくなかったのに。
死ぬ実感が沸いたからだろうか。
何にせよ今はその気がおきない。
ここから生き延びよう――
しかし、アレクは道の入り口で座るしかない。
これ以上動いても無駄。なぜなら、
「行き止まり……」
細い道は家の壁で途切れ、いわば袋小路。近くの裏口へ逃げても時間稼ぎくらいだ。
飛び込んだ方の反対側は途中で道幅が広がり、そのまま続いていた。
「そんな……」
目の前に逃げ道があるというのに、
攻撃は止まらない。
アレクは奇妙な武器の姿を、逃げながらも確かめていた。
現れた武器は黒い物体で、大きさは一フィート(およそ三十センチ)ほど。持つ部分以外に、小さい箱状のものが下に向かって刺さっていた。
こちらに向けた先端から、放っているのだろう。
とめどなく続く破裂音――
放たれた何かが強く壁にぶつかる音――
「うわっ!」
壁の土ぼこりと破片がしぶきの様に、隠れるアレクに降りかかる。
この武器はいったい何なんだ。爆発魔力のある見えない矢でも射っているのか。勢い良く石つぶてを飛ばしているのか。
どちらにしても迂闊に出られない。
出れば穴だらけ、――蜂の巣だ。
無慈悲な爆音、カラカラと落ちる金属音は響き続ける。
――音が止んだ。アレクは恐る恐る様子を窺う。顔を出した。
武器から火の粉に似た『青い粒子』が飛び散っている。彼女の口は動いているが、微か過ぎて聞こえない。
武器の一部を落とし、取り替えると、放つ先端がこっちに……。
アレクが隠れると同時に、横殴りの雨のような攻撃が再開される。
くそぅ! 今走り出せば良かったのに!
今度似た状況になれば、……いや、それでも短すぎる。
「やっぱり、立ち向かうしかない……!」
アレクは腰に巻いていたバッグを漁りだした。
これでも、アレクは魔術師として優秀な方に入る。街のあらゆる所へ赴き、様々な期待に応える為に札を使いこなしてきたのだ。
バッグを開けば書き込んだ魔術札が整然と詰められ、白紙の札やペンだってある。
「何かないか……何か!」
魔術札を出していく。
貼ったものを温める、発熱させる札。
冷やす、凍らす札。
薬草の成分を、浸した水に抽出させる札。
ケガの治療用……云々。
……あるはずがない。
「あぁ……」
手伝いの道具としてなら充分過ぎる魔術だが、一切役に立ない。
去年やった害虫駆除の煙札を目くらましにと書き込もうとしたが、あれは元になる薬草がいる。しかも大量に。
そもそも、武器や道具を創りだす魔術なんて一般の市民にはできない。城の人達だって無理だろう。できる事は、ものに一定の変化を加えたり、成分を溜め込ませたりとか、その位。
だから今に至るまで、奴等に苦しむんだ。
「……はぁ」
漁ったバッグの中はもうぐちゃぐちゃ。落ちた札が風に吹かれていく――
そのとき、カランと音がした。
アレクの目の前に何かが投げ込まれていた。
『小さくて丸いもの』。何かは分からない。
だが彼女の攻撃で、手から離さなければいけない武器が、『目の前』にあるということは……。
「あぁ、そんな……!」
「……あれ?」
しかし、物体は攻撃してこなかった。
青い火の粉が散ったかと思えば、消し炭のように崩れ、塵になっていく。
ついには跡形もなく消えてしまった。
きっと失敗したのだ。
青い粒子はおそらく武器が壊れる予兆で、壊れれば何も残らない。奴等の武器は脆いのだろう。
あいつが失敗に気付くまで、時間ができたかもしれない。
『何かあるはず……!』
諦めず脱出策を考えるうち、アレクの心に希望が芽生え始めていた。
――少女は、煙たく酸っぱい臭気(硝煙のにおい)を纏っていた。
投げたものが爆発するのをひたすら待つ。
時間が過ぎても何も起きない。彼女は、手榴弾が不発に終わったことに気付いた。
静かになった十字路に『少年』が飛び出してくる気配を感じない。あの道は行き止まりのはず。
見逃した逃げ道でもあったのか、すくんで動けないだけなのか。
確認する必要があった。
少女は「爆音の武器」を構える。
だがその銃(短機関銃)は青い火の粉を舞うほど飛ばし、砕け散った。
少女はため息をこぼす。
壁に切れ目をつくり、新しく燻し銀の(拳銃)を出した。
袋小路へ歩く。路地に小さな足音が鳴る。
あと三歩、二歩、一……!
……いない。
少女が構える袋小路には誰もいなかった。
日当たり悪く、影に包まれた行き止まりがあるだけ。
家のドアが目に入る。裏口から逃げ込んだのか。
少女は拳銃を構え、ゆっくりとドアへ向かう。
一歩、また一歩と裏口に近づいていく……。
――今だっ!――
彼女目掛けてレンガを投げる。
アレクは少女の真上にいた。
――時間に余裕ができた時、思いついた。
あいつを引き付けて武器を壊してから、逃げ道へ行こう。このまま走れば、離れていても「爆音の武器」の餌食になるかもしれない。
落ちた壁の残骸から欠けたレンガを手にし、壁の凹凸を利用して登る。
駄賃稼ぎに、壁の修理作業をやっていて良かった。
家の壁を難なく登ったアレクは、庇の上で彼女を待ち構えていたのだった。
力を込めて落とすレンガの先に、あいつが持つ武器がある。
――武器と左手に思い切り当たった。持つ武器が青い火の粉と共に塵になっていく。
手をかばい、うずくまる。見るからに痛そうだ。
女の子にひどい事をしてしまった気もあったが、相手は圧倒的な力を振るう黒魔術団の一味。逃げる為には、この手しか思いつかない。
アレクは庇から道へ飛び降りた。
『今のうちに……!』
向かいの道へ一目散に駆ける。
幅が広がる道は、きっと大通りに繋がるはず!
十字路を過ぎ、道を走った。
――が
「うわっ」
何かに足をすくわれた。目の奥で星が飛ぶほど派手にこける。
『まずい……』
急いで立ち上がるが視界が揺らぐ。
突如、視野が上から遮られた。茶色い布、被せられたのはマントだ。
じたばたもがくアレクの頭に何かが宛がわれる。
「動くな」
温みが残る布地越しに、ひやりとした武器を感じる。
少女は出した拳銃を、少年のこめかみに押し当てていた。
関連 (次週分の投稿日時について)
※別タブ推奨
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/954126/blogkey/1880443/
11/16 修正済み
リンクが間違っていました。
お詫びいたします。