#031b 南下
「なに考えてるのよハワード!! 『局長のたくらみ』をわたしたちに教えないなんて。あいつらに『調査の妨害』をされたじゃない!」
家屋から離れた路地のすみで、セニアが怒った。
デルタチームが離反し、アレクたちは後れを取りながら第二地点へと向かっていた。アレクとセニアそしてロラが、端末に映るハワードを見つめている。
ハワードは押された様子で言った。
〔……すまん。君たちへ伝える機会を逃した。私の判断ミスだ〕
「いい加減にして! ミラージュの存続が掛かってるのに、機会もなにもないでしょ。……もういいわ、切る!」
〔ま、まてセニ……〕
通信が切られた。
「セニア。気持ちはわかるけど怒りすぎだよ。ハワードさんも悪気はなかったんだし」
「……っ。わかってるわよ。あのひとが言えなかった理由も」セニアは視線を落とす。
「『もしデルタチームの前で伝えたらなら、彼らはわたしたちを攻撃する』とか思ったんでしょう。……わかるけど、けど、なんだかイライラするのっ!」
いつもの落ち着いた印象と違って、セニアは顔をぷいと背けた。
「次の特異点に急ぎましょアレク。あのひとの考えでもあるわけだし」
「そうだね。行こう」
――セニアとハワード
ふたりの間には、まだギクシャクとした関係が横たわっている。だが、少しずつだがそれは雪解けを始めていたのだ。
ふてくされるセニアが、なんだか歳相応の少女らしく思えた。
「ちなみに、ロラはどうするの。僕たちと一緒についてくる?」
無邪気にロラは笑む。
「はい! できればアレクたちと行動を共にしたいです。デルタチームの支援はしますが、基本はこちら側に」
セニアが口を挟んだ。
「ロラ。あいつらの支援なんかしなくていいのに」
「申し訳ありません。大切なセニアからのお願いでも、これは譲れません。わたくしは人類の役に立つのがポリシーですから。……しかしながら、わたくしの支援行為は二箇所同時に行なえないので、一緒に居ればいるほどあなた方の任務遂行に有利になるのですよ」
ニッと歯を見せて、ロラはいたずらっ子のような笑顔をした。
――
――
三人は特異点へと急ぐ。デルタチームにふたたび先を越されれば、今回のミラージュの成果はゼロになりかねない。
アレクの足にあわせるため、セニアは速度を抑えている。
「ねえアレク、この順路のほうが『セクション18』にはやく着けるのよね」
「うん。さっき端末の地図を覗いたけど、ここに描かれていない、『ヴィルム通り』へ早く行ける近道があるんだ。ロラのおかげで地図の精度はよくなったけど、まだ僕のほうが街を知ってるみたいだね」
第二地点として端末が指した地域『セクション18』は、南の中通り『ヴィルム通り』と同じ位置にある。
エオスブルクの南に広がる『リビ湖』。そこで獲れる魚や南方の街からやってきた船の運搬物は、ヴィルム通りを経由し街全体へと行き渡る。以前、デルタチームが戦闘に巻き込まれた『リビ湖の岬にある酒場』も、ヴィルム通りにある店だった。
近道の一本目である『路地裏』に三人で入る。幅は身体を捻ってようやく抜けられるほど。アレクとセニアのふたりは難なく抜けられた。
――が、
「……うぐぐっ、みなさん待ってください」
ロラに限っては、進む途中でつっかえた。
しょんぼりと困った表情。もがき続けたせいで壁につぶれた豊かな双丘が、キトン越しに盛り上がっていた。
「あのロラ。実体化をやめたらいいんじゃないかな」
「……。むぅ!!」
子供のようにふくれっ面をしたロラは一度姿を消し、ふたりの前に出現する。「いっしょの行動がしたかったんです」と不機嫌そうに眉を寄せた。
次の近道、アレクを先頭に三人は『南南西の街路』を走った。
そこは多くの商店や露店が賑わう地域、アレクが駄賃稼ぎに通う場所でもある。ロラのキトン姿は目立つため、衣装を白ワンピースに変化させての行動だ。
走る馬車の脇、露店のそばを勢いよく駆け抜ける。
街路を進み、
アレクは前方を指さした。
「ここを曲がるよ。ついてきて!」
街路の左側には『脇道』。アレクが先導して入る。
「了解。……っ!?」
セニアは追おうとした。
だが、
「おい! 待てそこの娘!」
浴びせるような怒声。セニアをとめた人物は、
――衛兵だった。
声は路地のアレクにも聞こえた。振り返れば、長身の衛兵に詰め寄られたセニアがいる。
そしてなぜかロラがいない。
衛兵はセニアを見下ろし、疑いの目を向けていた。
「おい娘。この先の区画に商店はないぞ。なにを急いでいる」
「……。その、近道なんです。……わたし急いでますので」
街の少女を装い、やり過ごそうとした。
だが衛兵は、
「まことに怪しいな。娘よ、お前は『ヤツらと同じ匂い』がするのだ」
疑惑を抱く衛兵の顔が、徐々に豹変してゆく。
――ミラージュという『外部』の存在は、ささいな疑いで『黒魔術団』と認知される――
「貴様っ! やはり黒魔術団の、むす――」
「――衛兵さんまって!!」アレクが駆け寄った。
「この子は怪しい者じゃありません。変なこと言わないでください!」
「なんだお前は、……ん?」急に衛兵の表情が緩んだ。
「お前『アレク』か!? おお久し振りだな! 半年ぐらい前に、酒場で手伝いしてただろ、憶えているか?」
「えっ? ま、まぁそうですが……」
すると衛兵は、急にワハハと大きな笑い声を出した。アレクの背を叩き、
「やはりアレクか! 俺もあのとき手伝いを頼んじまってよ、助かったぜ。……お前さんの友達だったとは、嬢ちゃん悪かったな」
先程までの殺気が嘘のように、衛兵はセニアの頭にやさしく手を乗せる。髪をわしゃわしゃと掻かれるセニアは呆然と衛兵を見ていた。
アレクは安堵の息を吐くと、彼に『あること』を尋ねた。
「……衛兵さん。この道であなた方を見るのは珍しい気がしますが、何かありましたか?」
――
――
衛兵と別れ、ふたりは路地を進んだ。
「……アレク、ありがとう。あの状況でまさかやり過ごせるなんて」
「ううん、セニアも暴れたくなかったでしょ」笑んだあとに、震えた息を出した。
「……あぶない賭けだったけどね。うまくいってよかった。それに――」
衛兵から情報を手に入れた。
第一特異点の老婆が通報し、衛兵団と暁の戦士ラルフが『黒魔術団』を血眼で探し回っている。南のリビ湖から北に向けて、包囲網をつくる最中だと――
セニアが目を鋭くさせた。
「ラルフ……あの剣使いがいるのね。デルタチームも警戒しているはず。気を引き締めないと」
「そうだね。でも」気になる事があった。
「ロラは、どこ?」
すると、
「――戻りました! 申し訳ありません」
ロラが現れた。
聞くに、途中でデルタチームから要請があったらしい。人目を避けたうえで実体化を解き、チーム側で『衛兵探知』の支援をおこなったそうだ。
「要請が急で、おふたりに言えませんでした。以後気をつけます」
「やはりね」セニアが言った。
「ロラ。デルタチームの現在位置、この端末に出してくれない?」
「わかりました。――これでどうでしょう」
セニアが持つマッピング端末に、デルタチームの位置情報が反映された。四人を示す青い点が画面に浮かび上がる。
「よし、わたしたちのほうがリードしてる。追いつかれる前に急ぎましょう!」
――
――
その道は交差が多かった。積荷を置く建物が林立し、道幅は広いため陽あたりは良いが、ゆえに隠れる事が難しい。
セニアを先頭に、アレク、ロラは周りに気を払いつつ先を進んだ。衛兵によると、彼らの一部は包囲網をつくるためここを通るらしい。
セニアが交差路の壁際から周りを確認する。衛兵たちは見えない。
「『クリア』。……すごい。ロラの探知は正確ね。さっきは壁越しに衛兵を見つけてくれたし」
「いえいえ。お力になれたのなら、わたくし嬉しいです」
ロラが恥ずかしそうにはにかんだ。
オーロラ、つまりロラが行なう『ボイドノイド探知』の有効範囲は、ロラを中心とした半径二〇〇フィート内(およそ六〇メートル内)である。直線であれば近い距離だが、建物の中や曲がり角など相手が見えないとき、この能力は頼りになるものだった。
ロラは目を瞑る。
「この世界はもともとわたくしの一部。聖堂に来られた方や、実体化を解き街で観察した方々など、視認したボイドノイドをわたくしは憶えています。『遷移』が起きるたびにこれらの追跡情報はリセットされますが、反面わたくしのボイド世界に介入できる能力は、さらに向上していくでしょう」
「遷移で、向上……」
落ち着き払ったロラを、アレクは見ていた。『遷移』の名で呼ばれるそれは、エオスブルク――ボイドが、ロラを飲み込みながら文明を発展させていく事象だ。
「ねぇロラ。遷移事象ってどこまで進むのかな。この世界の文明が進歩していく先に、なにがあるんだろう。……そのとき、きみは大丈夫なの」
アレクの問いかけに、ロラは微笑んだ。
「おそらく遷移と文明の発展はどこまでも進むでしょう。その延長線上には、きっとセニアがお暮らしになっている『西暦二〇九四年相当の時代』も考えられますね。ですが、わたくしはそれを見ることはできません。わたくしのすべてがボイドになる『極相』は、もっとはやく訪れるのではないでしょうか」
「怖くないの?」
「はい。この世界で『怖い』という感情は学習しましたが、いまのところ遷移に対し恐怖は感じておりません。なぜならば、皆さまの意志を信じているからです。アレクやミラージュの方々なら、きっとわたくしを救ってくださいますよ」
ロラの柔和な顔を見るにその言葉が率直なものであると、アレクは充分に理解できた。
「そうだね。きみが消えないように僕たちが何とかする。けど、ロラは本当に人間っぽいね。不思議だなぁ」
「ですか?! ふふっ、わたくしとても嬉しいです」
喜びをはじかせたようなロラと、それを見守るアレク。ふたりの様子をセニアは横目に眺めていた。
そのとき――
〔ああクソっ! キャップこちらデルタチーム。敵衛兵団に発見された! 現在交戦中! TCはイエロー〕
突如、セニアの耳にケネスの声がはいった。デルタチームの通信が混線している。
セニアはアレクを呼び、通信を聞かせた。ケネスは通信を続けている。
〔敵増援、多数! 第二地点への到達は困難。敵を排除後、第三地点の特異点を優先する〕
通信が切れる。静かな空間であった路地には、微かに幾つもの銃声がこだましていた。
「アレク、これみて」
セニアがマッピング端末を出す。デルタチームの場所はアレクたちから見て北東の方角。
「まずいよセニア、距離も近い」
「ええ。わたしたちも第三地点に行きましょう。場所は南西ね」
アレクは静かにうなずく。衛兵が集まる第二地点はすでに危険だ。
第三地点へ向かおうとした。
が、ロラが叫んだ。
「あわわっ大変です! 『探知範囲内』に衛兵を確認! 右の道からです」
――
――急いた足取りの衛兵五人が、十字の交差路で止まった。
「ここは戦闘地域に近い。やつらの伏兵がいるかもしれん。捜索中に人物を見つけたなら即座に通報しろ! 例のあれを使え。散開!」
号令で衛兵たちは四方に分かれた。身動きがしやすくよう手に短剣を持ち、それぞれの路地へ進む。衛兵のひとりが、静まり返った路地を、息を殺し奥へと前進した。流れた風が、踏みしめた小石の音がその身体を強張らせていく。
――ガチャリ、物音がした。
「誰だっ!」
衛兵は地面を蹴った。路地を駆け、音のした交差路の際でとまる。右側の道から感じる、気配――
短剣を握りなおした衛兵が右の道に飛び出た。視界にあるのは、
地面の、拳銃だけ。
「マヌケ。わたしはここだ!」
少女の声、それは頭上からだった。エンゲージウェアだけになったセニアは重力をものともせず、両足と片手で自重を支えている。
黒魔術団、つまりミラージュの隊員たちは物理法則を無視しながら『壁に張り付く』能力を持つ。手や足などで武器を発現させる(ボイドから引き出す)とき、それを中断させる事でボイドの世界のオブジェクトと手足を固着できる。
衛兵目がけてセニアが壁を蹴った。エンゲージウェアと彼女の類まれな身体が恐ろしいほどの速度を生む。降下しながら衛兵に肉薄したセニアは相手の腕と首元をつかむと、勢いを殺さず衛兵を地面へと叩きつける。
重い音が、道に響いた。
力が抜けた衛兵を組み締めながら、セニアは「ふぅ」と、安堵の息を吐く。
一応の危機は脱した、そう考えていた。
が、
――耳をつんざく鋭い笛音。
意識を戻した衛兵が、事前に咥えていた『小型のホイッスル』を鳴らしていた。
「……っ!!」
高い音域の音はよく響く。
路地は、一変した。
「コンタクト!! 全兵、かかれ!」
※
T・Cについては、
備忘録ライブラリの『◆登場人物と用語集 〜第一章 #28a まで読んだ方向け〜』にも記載しております。
https://ncode.syosetu.com/n6974dy/1





