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#030b アルバム


◇◇◇

 六日前――

 ケネスの部屋で電子ノックが鳴った。


「どうぞ」

 ドアに背を向けたまま、ケネスは入室を許可する。ドアがスライドするとジャンが立っていた。


「どうも隊長。お邪魔しても?」


「ジャンか。この状態で門前払いはおかしいだろう、入れ」


 ジャンは「あいよっ」と軽く返事をし、部屋へ入った。



 デルタチームのメンバーはVRAビルの居住エリア、三四一から三四五号室までを使用している。隊員の多くがミラージュを去り他の居住エリアに移ったいま、この階層に滞在するのはデルタチームだけだ。

 セニアが暮らす四〇三号室と違い、これらの部屋は実用的なアパートの間取りに近い。広さや窓の大きさも控えめである。セニアの部屋にはキャスケット(ダイブポッド)を備えたキャスケットルームが隣接するが、彼らのキャスケットは下層の共同スペースに配置されていた。


 ケネスはジャンに振り向かず、いまだテーブルのイスに腰をかけている。

「それで用はなんだ」


「まあ、なんとなくですかね。しいて言えば隊長から配られた、『局長(ルイ)から特命がきたぞメール』が嬉しかったぐらいで」


「……おまえな、上官に言う理由でなんとなくはやめろ。あと『特命がきたぞメール』の名前もダサい(・・・)

 小言を言いつつ、ケネスの表情は少し綻んだ。


「毎度つれないっすよ隊長。堅物な性格を何とかしたほうがいいですって」ジャンは気分を切り替えるようにして続けた。

「あのメール、局長からじきじきのご命令なんて俺たちむちゃくちゃ期待されてますね! 直接言いたかったんですよ。頑張ってこんな組織(ミラージュ)抜けて、俺たちでボイドを潰しちゃいましょう」


「……潰す(・・)。……そうだよな」

 詰まるような返事。ケネスは言葉を濁した。


 ジャンはケネスを気にしつつ、そばへ近寄る。

 『あるもの』に目を留めた。


「隊長? それ、なんすか」


 テーブルの上に、『古めかしいアルバム』が開かれた状態で置かれていた。

 台紙は年月を経て黄ばんでおり、端の所々がちぎれている。貼られた写真はすべて色褪せたモノクロで、劣化をしたのか、写真には色が抜けて何を写したのかさえ分からないものさえあった。


 ケネスの褐色の手が、台紙をなぞった。


「私の曾祖母のアルバムだ。厄災当時、彼女はこれを合わせた三冊のアルバムを抱えて、安全な地域へ避難したらしい。他の二冊は兄弟が持っている」ページをめくる。

「厄災の五年後に曾祖母は亡くなった。これは私たちバレット一族の、現存する数少ない『軌跡』だ」


「えぇーっ!! すごいっすね、ってことは四五年以上前の……! 『あの厄災』はいろんな記録や情報を奪いましたから、貴重ですよこれ」目を輝かせるようにジャンは言う。

「もっと教えてください。隊長のひいバアさんは、ほかに何したんすか」


 しかし、ケネスの返す声に力はなかった。

「……彼女は、厄災直後の混乱のさなか家族に言ったそうだ。――今後わたしたち一族は危険な目(・・・・)に逢うかもしれない。昔のことを知って、備えてほしい――と。まあ結局、オーロラが復旧したおかげで一族に危機は訪れなかったがな。ガキのころは絵本のように眺めるくらいだった」


危険な目(・・・・)っすか?」


 ジャンの疑問に応えず、ケネスは黙したままアルバムのページをめくっていった。一枚、また一枚とページは開かれる。

 そこにあるのは、バレット一族の『思い出のかけら』だ。


 家族らしき人物たちや、子供の笑顔がうつる写真。思い思いに描かれたいくつもの落書きも――


 だが、次のページは違った。

 ――新聞記事。

 スクラップされた記事がアルバムの台紙を埋め尽くしている。


 ――『一九六五年・三月七日・日曜』――

 ――『アラバマ州セルマにおいて、危険な事態が発生しました』――

 ――『朝に行なわれたアフリカ系アメリカ人による公民権を求めるデモ行進は、知事の命により州兵らの暴力によって』――

 ――『これに関しキング牧師は』――


 さらに次のページがめくられると、台紙は『家族の思い出のかけら』にもどった。



「……隊長、いまの記事は」


 ケネスは手を止めると、口を開けた。

「もういいだろ、ジャン。……帰れ」


――

 ――ジャンが去った部屋。

 ケネスはアルバムを閉じると、背もたれに身を委ねる。

 天井を仰ぎ、重い吐息をはいた。


 四五年前の厄災は、さまざまな情報を破壊した。蓄積された人類の歴史や人々が歩んだ証しを――

 ミンカル社が例外なく集めたそれらは、厄災によりオーロラの内部に散った。誰もが『過去の記録』を取り返せず、頼るのは生きた証人。壊れかけたオーロラがする事は、いまの人類をわけ隔てなく生かすだけ。

 だが、人類は変わらなかった。


 ケネスはつぶやく。

「局長はおそらく、『肌の色』は気にしていない。彼には、『ボイドノイド』しか目に映っていないのだろう。世間も同じ――」


「……私は、何をしてきた」



 ひとり、時間は過ぎていった。

◇◇◇






◇関連話◇


ミンカル社が情報を集めた

(二章#005b MINCAL Inc.)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/33

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