#029b 十次遷移後ボイド特異点調査任務
〔――任務開始!〕
「了解。全隊員、第一地点へ行くぞ!」
ハワードにケネスが応え、ミラージュメンバーは動きだす。
街の装束を模したコピー衣装下にエンゲージウェアを発現させ、デルタチーム四人とセニアの脚は瞬時に地を蹴った。
彼らは細い脇道を走り、通りへと向かっていく。
一瞬の出来事でアレクは動けなかった。
気づけばロラもいない。実体化を解きメンバーを追っているのかもしれない。
「……まずい、僕も行かなきゃ」
石畳を駆け、全速力で彼らを追う。
エンゲージウェアなど着ていないため、まず追いつけない。だがすでに第一地点の場所や順路は頭のなかにあった。
なぜならこの街は手伝いのために駆けずり回った世界。庭のようなものだ。
だが通りに出ると、セニアが立っていた。デルタチームは走り抜けたのかもう見えない。
彼女は目をそらしながら、言った。
「ごめんアレク、あなたは速く走れないのよね。忘れてたわ」
「セニア……」
その優しさが嬉しかった。僕に気を遣い、セニアは待ってくれていたのだ――
笑顔を向けた。
「ありがとう。でも僕の街だから迷わないよ。頑張って君に追いつく」
セニアは安心したように表情を和らげる。
「わかった、先に行く。待ってるから」
彼女は走りだす。遠くなる姿を見つつ、目的地まで急いだ。
――
――第一地点付近、ようやくセニアとデルタチームが見えた。メンバー全員は目的地近くの建物の隙間に隠れ、外の様子をうかがっている。
合流すると、ジャンが苛立っていた。
「隊長! なんでコイツらと行動しないといけないんすか。さっさと目的地に行きましょうよ」
「ジャン。今回はAIオーロラが初めて任務に加わるんだ。一度ぐらい『ミラージュの本来の姿』を、奴さんに教えておいたほうがいい。だよなオーロラ」
呼びかけに反応し、ロラがその姿を実体化した。
「わたくしも賛成です。ケネス隊長、判断に感謝いたします」
やさしく笑うロラとは対照的に、ジャンは渋面をつくった。
――ケネスの言葉を聞き、はっとした。『ミラージュ本来の姿』……もしかすると、ロラの存在でミラージュが変わるかもしれない。
「あの、ケネスさん」ケネスに近寄った。
「よろしくお願いします。ロラと一緒に、僕も任務を頑張ります」
しかし、ケネスは顔を背ける。
声は小さかった。
「……お前には、関係のない話だ」デルタチームを向いた。
「第一地点は家屋の中だ。……引き締めていくぞ!」
――
「突入しろ!!」
ドアを蹴破る音――
入り口がこじ開けられ、ミラージュメンバーが家屋に侵入した。セニアとデルタチームは銃器を構え、周囲を警戒しながら奥へ進む。
部屋を中ごろまで進んだとき、ケネスが声を発した。
「やはりか……。『ボイドノイド』一体を発見! この家の住人だろう」
銃口の先には、老婆の姿があった。
腰を抜かして、震える老婆が叫ぶ。
「ひぃぃっ! 『黒魔術団』が、黒魔術団がでた!!」
ジャンも来た。状況を把握するとケネスに耳打ちをした。
「隊長。コイツどうします? 抹消しちゃいますか」
途端、ケネスは黙った。一瞬の間があいた。
「……いや。現在のTCはイエローだが……無闇な抹消行為は控えよう」
そのとき、
「だっだれか、たすけて!」
老婆はまるで転がるように、開いた窓から外へと逃げていった。
「あーあ、逃げちゃったじゃないすか隊長。あれは『バグデータ』ですよ。そう躊躇わなくても」
ジャンに対し、ケネスはなにも言わなかった。
セニアが拳銃を下ろす。
「脅威は無いようね。アレク、来ていいわ」
「……。わかった」
アレクはようやく家屋に入った。ミラージュメンバーと違い、街の住人に顔を憶えられる可能性があるからだ。家屋内の安全がわかるまで見張りを任されていた。
おずおずとした足取りで歩く。
「そんなに怯えないで。アレク、特異点調査は『こういうこと』をしたりもするの」
「……わかってるけどさ、どうも慣れなくて」
動揺を隠せない。
――知らないひとの家に無理やり侵入する。その行為に、やはり気が引けてしまっていた。
「まあでも、その優しさがあなたらしいわね」
目を細めてセニアが言った。
突如、ジャンが声を投げてきた。
「おい、てめぇら! ボケッとしてると先に特異点を見つけ……って、あったぞ!」
ベッド近くの壁――
そこに『特異点』があった。
――
――ケネスの端末が特異点にかざされた。
「キャップ、こちらケネス。特異点を発見しました。現在アナアライザー端末にてデータを受信、解析させています」
〔わかった……。デルタチームご苦労だ〕
ケネスは隣に目をやった。
「解析支援は順調か、オーロラ」
「はい順調です。トラブルはありません」
そばにはロラがいた。端末に取り込んだ特異点のデータが、彼女の演算処理にかけられている。
ミラージュがこれまで成果を上げられなかった原因は、取得したデータの解読に行き詰まっていたためだ。
AIオーロラの支援によって、これを『意味のあるデータ』に復元できないか――確証もなかったが実行に移された。
ケネスとロラの様子を、残るメンバーが遠巻きに見ていた。
セニアはアレクの方を向く。
「アレク。特異点は見える?」
「うん、壁の部分が歪んでる。マヤ博士のいう通りだ」
それは、かぼちゃより少し小さい、一フィート(およそ三〇センチ)程度の『歪み』――
特異点を『視認できた』。ならば、
「僕は、本当に『遷移に巻き込まれてはいけない』んだね……」
すると横からデルタチームのジャンがやって来た。
舌打ちをした。
「なんだよ、見えるのかボイドノイド。まったくイヤな話だぜ、俺たちと同じもんをお前が見てるなんてな」
蔑むような視線が送られた。
アレクは言い返した。
「ジャンさん、ちょっと酷くないですか。僕だってミラージュのために――」
――頑張っている。
そう言おうとしが、できなかった。デルタチームは『解体派』。ミラージュに思い入れなんてない。
そして彼らは、
ボイドを、ボイドノイドを憎み、卑しんでいる。
ジャンの顔はすでにセニアへ向いていた。
まったく違う話題だ。
「なあセニア。どうしてまだコルトを使ってるんだよ? さっき叩いて強度を試したが、いまのボイドならこのワルサーPPでも安心してやっていける。そろそろ鞍替えしたらどうだ。あとな、いつものスコーピオン使用はやめた方がいいぜ」
「……コルトには思い入れがあるの。古いぶん崩壊の危険性が下がるのもあるけど。スコーピオンは小ささと軽さで立ち回りやすいから。戦闘中の崩壊は覚悟しているし、連射時の命中精度はエンゲージウェアのパワーでなんとかする。それよりジャン――」セニアはコルトを腰の高さから突きつけた。
「アレクを、馬鹿にしないで」
「チッ……そりゃお熱いコトで」
しかめっ面になり、頭の後ろに手を回しつつジャンは離れていった。
「……セニア、ありがとう」
「いいの。きにしないで……」頬は心なしか赤らんでいた。
「アレク、やつの小言なんて聞かなくていい。これからデルタチームに、目にもの見せつけてやりましょう」
「ああ、そうだね」
セニアを見て、うなずいた。
特異点の分析が終わったようだ。ケネスは立ち上がり、ロラは人間らしい仕草をしたいのか背伸びをしていた。彼らに近づいた。
ロラに声を掛ける。
「結果はどうだった?」
ロラは曇った顔で首を横にふった。
「データを解読できませんでした。この地点のみで補完処理をしようにも破損部分が多すぎます。残りの特異点データから、再度解読を行なうことを提案いたします」
「……と、いうわけだ小僧」ケネスが言った。
「これより『第二地点』へ向かう……だがもういいだろう。我がデルタチームは個別で行動だ! 足手まといは捨て置く」
「ケネスさん! 僕は――」
「うるさい。お前を待っていたせいで任務の能率が落ちている……。ジャンとオニール、リオ。行くぞ!」
ケネスはそう吐き捨てメンバーを呼び寄せる。
だがその表情は、どこか暗かった。
メンバーたちが裏口から出て行くなか、
ジャンが振り向き、口角を上げた。
「『アレク』だったか? フフッ残念だな。言っとくが俺たちの端末に入れた『このデータ』、ミラージュには一切渡さないぜ。直接局長室に行くようにフルトマン局長がシステムを細工してくれたんだ。まあ、俺達よりはやく特異点に行くこった。んじゃあな!!」
デルタチームの去った家屋に、重たい空気が残されていた――
――
――道途をひた駆け、次の特異点へ急ぐデルタチーム。最中、ジャンはケネスに接近し声を掛けた。
「隊長? その顔どうかしたんすか。なんだか元気ないっすよ」
「ん? ……あぁ、すまない」
虚ろな目から力が戻ったものの、出された声は小さい。
「本当に大丈夫なんすか? いつもの隊長らしくない……って毎度無口だったか。ええと、さっき逃したボイドノイドは気にしないでくださいな。いまごろ震えてるだけしょうから。堅物なのは知ってますけどそこまで――」
ジャンは急に口をつぐぎ、顔色を変える。
「もしや、『六日前のアレ』と関係あったりします?」
「……。まぁな」
ケネスは、ぼそりと言った。
◇関連話◇
武器の強度について
(一章#22a Re-Debriefing)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/22
今週の投稿スケジュールは以上となります。
次週分の投稿日時は『活報39』にて!





