#028b 六日後
六日後。
四〇三号室の巨大な窓が現実世界の昼の青空を映していた。アレクを含んだミラージュメンバー全員は、部屋のコンソールデスクを囲んでいる。
デスクには暁の街のマップ、そして散らばった三つの『点』――
セニアが言った。
「ついに、なのね」
「ああそうだ」ハワードは続ける。
「我がミラージュはこれから、『十次遷移後ボイドの特異点調査』を開始する!」
一時間前、ハワードの命によりメンバーはセニアの四〇三号室に集まった。これまでの作戦会議はブリーフィングルームで行なわれていたが、部屋の移動ができないアレクのために場所が変更された。
発現した特異点は三ヵ所。リビ湖近辺の地域――
「ダイブ要員は各自のキャスケットに搭乗せよ! マヤ博士、データの監視と分析を頼む」
「フフッ。お任せあれ」
マヤがハワードに向け、にししっと歯を見せた。
メンバーの動きは早かった。デルタチームはすぐさま部屋をあとにし、セニアはキャスケットルームの奥へ消えていく。
すると、
「あんれえ? アレクはなんでボーっとしてるのかな? もしやワタシが伝えたこと、忘れてない?」
マヤがニヤニヤした顔で、アレクに近寄ってきていた。
「え……? あっ、ごめんなさい。みなさんが急にキビキビ動きだしたので」
「フフフッ。なるほどね、『ミラージュ本来の姿』にビックリしちゃったか。これからキミはね、いまの光景を何度も見るんだヨ。この日常にはやく慣れておくといい」
「はい、そうですね」
――この光景が日常になる。
ふるさとを、セニアの世界を、ロラを守るため――
身が引き締まる思いを、改めて感じた。
だがしかし、アレクは別の事にも意識が向いていた。
どうもマヤの所作がぎこちない。足取りはふらついていて、舌も若干もつれている。顔だってなんだか赤いような……。
「というかアレク。もう一回訊くけど『ワタシが伝えたこと』、覚えてる?」
顔を近づけて迫るマヤに、思考が遮られてしまった。
彼女の不可解な様子については、また後で考えよう――
「大丈夫。しっかり覚えています」
マヤが伝えた内容は三つだ。
ひとつはAIオーロラの任務参加について。
ミラージュがオーロラ、つまりロラとコンタクトを果たして、今日はちょうど六日後である。三日の間隔でボイドに出現できるロラから、任務と分析を支援してもらうには絶好の機会だった。
オーロラが支援で可能な事は、
――『ボイド調査で取得したデータの補正、解析精度の向上』。
――『従来型の広範囲マッピングスキャンの範囲拡大、精度の向上』。
――『オーロラが視認したボイドノイドのマーキングと追跡』。
である。
広範囲のスキャンによると現在ロラは聖堂にいるらしい。彼女を呼ぶ役目を、アレクは任されていた。
もうひとつが調査の目標物、『特異点』の識別法についてだ。特異点はエオスブルクに現れる『ボイド世界のほつれ』。ミラージュがボイドを解析できる貴重な接点である。マッピング端末で位置を確認し接近、対象に分析端末をかざす。
街のボイドノイドが特異点を見た場合、そこには『何もない』ように見えるそうだが、ミラージュなど外部由来の存在は、『若干の空間のゆがみ』を認識できるらしい。
そして、最後のひとつが、
「アレク。大事なことだから改めて言わせてもらうね。キミはおそらく『特異点のゆがみ』を視認できる。理由はキミが二度の遷移を逃した『旧バージョン』のボイドノイドで、つまり現在のボイドと同質の存在ではないからだ。もしもキミが、今後のボイド遷移に巻き込まれたとしたら、……過去のミラージュ隊員と同じくたぶん生きていない」マヤは、珍しく真剣な顔だった。
「だから遷移が起きそうになったらね、任務を中断してここに帰ってきて! カウントダウンは通信で伝えるからさ。アレク、絶対に約束だよ!」
――『遷移』に巻き込まれてはいけない。自身の命に関わる事柄だった。
「はい!!」
返事をして、マヤにしっかりとうなずく様を見せた。
目をつむり、エオスブルクを目指す――
――
光に包まれたアレクは四〇三号室から消え、
マヤが吐息を出した。
「はぁ。やっぱり『あのこと』も言ったほうがよかったのかな?」
「うむ? どうかしたか博士」
マヤのそばにハワードが来た。
「実は……。ついにデルタチームが解体派と結託を始めたみたいです。偶然気づいたんですが、当チームの調査データの送信先が『VRA局長室』に不可逆な形で変更されていました。今後彼らがボイドで得たデータは、十六年前に抹消したはずのルイのアカウントを通って流出し、ミラージュには届きません。まさかあのアカウントが復元できるなんて……。ワタシがつくったプログラムに穴を開けるって、ルイさんはどんな手を使ったんでしょうかね?」
「アイツめ……! これからはセニアたちだけで頑張ってもらうしかないのか、……くそっ!!」
吐かれた怒声が部屋に響いていた。
◇◇◇
――
エオスブルク・アレクの自宅。
光の塊は次第に散っていき、アレクは『我が家』に帰ってきた。
そこにミラージュメンバーはいない。
が、
「ええぇっ! ロラ!?」
人間の姿のロラが目の前に立っていた。
「うふふ、もう来ちゃいました。今日も遊びましょアレク」
満面の笑顔をロラはみせてくる。
彼女を呼ぶ手間が省けたはいいが、その能天気具合を見るに、特異点やミラージュの動きを把握していないようにも見えた。
「ロラ、ミラージュの任務が始まったんだ。一緒に調査を助けてくれない?」
するとロラは、納得したように口を開けて、
「なるほどっ! 皆さんがボイドに訪問されたのは、それが理由でしたか。もちろんです、わたくし頑張ります! 場所は知っていますので、お先に皆さんの所へ向かいますね――」
そのまま消えていった。
「……。合流地点に急ごう」
束ねた魔術札を腰巻きのバッグに詰めこみ、アレクは街へ飛び出した。
アレクがミラージュメンバーと同じ場所へダイブできないのには理由がある。
メンバーのダイブイン可能な範囲は、街の『遷移で発現したエリアの全範囲』であるのに対して、アレク自身は『八次遷移後の街で当時行動した範囲』に限定される。遷移のバージョンの違いが、思わぬ弊害を生みだしていた。
合流地点に向かうため、アレクは十次遷移後の街を駆けた。大通りを南の方角へ走り、途中で右の中通りを突き抜ける。視界をよぎるのは、石畳の丁寧な舗装に、声を張る商人や客の『変わってしまった』身なり。八次遷移のころよりも文化は進歩し、十次遷移後ボイドは現在、ゴシック様式の時代――西暦一一〇〇年から一三〇〇年相当だ。
僅かではあるが、『文化の発展』が進んだ事を改めて感じていた。
中通りから更にもう一本の通りに行くと人影もさすがに少なくなった。乱れた息を整えたあと、周囲に目を配りつつ脇道へ入る。
ここがミラージュとの合流地点。すでにセニアとデルタチームが待機していた。
「みなさん、待たせてすみません」
セニアが近づいてきた。
「大丈夫、そんなに時間は経ってない。でも、ロラはどこ?」
よく見ればロラがいない。
「あれ? 『先に行く』って聞いたんだけど。うわっ!」
突然、そばで閃光が走ったかと思えば、ロラが立っていた。
にっこりとしたいつもの笑顔だ。
「ここにいますよ。アレクが来るまで実体化を抑えていました。負荷がもったいないので」
「そうだったんだ」
「待てよオーロラ! 『俺たちに顔を合わせる』のがもったいないって言いたいのかよ!」
デルタチームのひとり、ジャンが声を荒らげた。
ジャンをケネスがたしなめる。
「ジャン大声をだすな。衛兵に感づかれる。落ち着け」
ジャンの舌打ち以外、全員が静かになった脇道。
特異点調査任務が、始まろうとしていた。
◇関連話◇
四〇三号室(セニアの部屋)
(一章#12a 再会)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/12
遷移で隊員が死亡する
(一章#16a 極光の回廊 Ⅱ. Void)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/16
遷移でエオスブルクが発展する
(一章#16a 極光の回廊 Ⅱ. Void)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/16





